第六十六頁 独断
一七三二四年三月十五日(水)
大米合衆国・ブラジル州 ブラジリア サンタテレサ・デ・ラ・クルス城
早朝、朝日が水平線から顔を出した頃。
クウヤは城の前にいた。
神妙な面持ちで扉を開ける。
扉の鍵は開いていて、ミロクが先日と同じ場所で待機していた。
他には誰もいないようである。
「また来たの?」
ミロクは尋ねる。
そう言いながらも、来るのが分かっていたかのような表情をしていた。
「……」
クウヤは何も答えなかった。
「お友達は……来てないのね?」
ミロクが尋ねた。
「オレ一人だ!てかげんなしでたたかえるだろ?」
今度は答えた。
ミロクは質問を続けた。
「いないことに気づいたら必死に探すんじゃないの?優しそうな子たちだったし」
「そんな心ぱいいらねーよ!アイツらがおきるまえにおわらせてかえればいいだけだ」
「そう。無事に帰れたらいいんだけどね」
「まえみたいなヘマはしねえ!」
「強がりを言えるほどの実力は伴ってるわけ?」
「やればわかる」
「ふ〜ん。一応忠告しておくけど、戦い始めた瞬間あなたは犯罪者に堕る。それは承知の上で言ってるの?」
「そんなことでおまえはけーさつにチクるのか?」
「フッ。よく分かってるじゃない!じゃあ、始めよっか」
ミロクは前回同様、右手を前に出し右腕のあたりから指先方向に左掌でなぞった。
なぞった部分が剣に変わる。
クウヤも抜剣した。
呼吸を整えると、息を合わせたように互いに敵を目掛けて突っ込んだ。
——キーン。
刃と刃が擦れ合う甲高い金属音が響き渡った。
目の覚めるような音だ。
ハイレベルな剣戟が十数分にわたって繰り広げられた。
前回とは違い、クウヤはミロクの剣についていくことができた。
ミロクは考える。
(前はこのくらいで息を切らしていたはず、私の動きにも対応できているし。ただベッドに伏していただけではなさそう)
ミロクはクウヤと距離をとった。
「ちょっと見くびってたよ。付け焼き刃の努力に敬意を表して出力を上げよう」
「——!」
クウヤにはその違いがすぐに分かった。
見た目が変わったわけではない。雰囲気が変わったのだ。
ミロクから感じるオーラのようなものがより強く鮮明に感じられるようになった。
(これが生気ってやつか?)
しかしただの推測である。
再び刃を交える。
先ほど受けた時よりもミロクの押しが強かった。
「うおっ!」
クウヤは飛ばされないように力を入れ直した。
ミロクはさらに力を加えていく。
とても女性の力とは思えない。
下手をすれば踏ん張っている足元の地面が割れそうである。
クウヤも全力を尽くして押し返す。
(思ったより力はある……まあ、男の子だもんね。流石に単純な力勝負じゃ勝てないか……私も筋トレを一生懸命してたわけじゃないし……)
ミロクは力を緩め再び剣技で勝負を仕掛けた。
出力を上げたミロクにクウヤは防御に徹する以外の選択肢が取れなかった。
攻撃を浴びせながらミロクはクウヤを煽る。
「結局徹底防御姿勢?それじゃあ勝てないよ」
「くっ……うるせえ……」
「あっ、また生気が乱れた。悔しかったらこの状況を打破して見せてくれる?」
ミロクは攻撃をやめた。構えておらず無防備のようにも見える。
しかしクウヤは誘い込まれていることを分かっている。簡単には近づかない。
「おっ、学習してるじゃん」
ミロクは感心した。
クウヤは冷静を取り戻すために深呼吸をする。再び剣を構えた。
もちろんミロクの動きを最大限警戒しながらである。
クウヤはミロクが最も防ぎにくいと思われる場所、所謂隙を探した。
……ない。じっくり観察してみたが見つけられなかった。
相手はただ突っ立っているだけである。
それにもかかわらず何故か攻撃を簡単に仕掛けに行くことができなかった。
以前のクウヤならばそれっぽい場所に迷わず突っ込んだであろう。
しかし今のクウヤはそうはしない。
ミロクと決闘をしてからというもの、クウヤ自身の生気の動きが以前より活発になった気がするのだ。
それもあってか、能力者によく注意を向けると、雲のような煙のようなものが見えることがあった。
恐らく生気の流れと思しきものである。
退院してからの三日間で気づいたことであった。
今、クウヤはミロクの生気に完全に集中している。
すると見えてきたのだ。
誰よりも濃く、誰よりも太く、誰よりも厚い生気の塊が。
全身を鎧のように覆っている。ムラも、掠れも、荒れもない。
一流画家の描いた絵画のように均一で自然な輪郭を形成しているのだ。
(スキがないのはこれのせいか……)
これはクウヤにしか分からない。
周りの能力者の誰のものを見ても弱った毛のような線しか見えなかった。
生気へ意識が向いていなかったからかもしれない。
しかしたとえそうだったとしてもミロクのそれは異常である。積乱雲のような生気。
クウヤもこの見え方の意味は分からない。
ただ目の前の女が、他の能力者とは一線を画すことだけは見てとれる。
「どうしたの?来ないの?」
ミロクはまだ待っている。
このまま膠着状態では何も始まらない。
クウヤは慎重に近づいていった。
——剣を振りかぶって。
——振り下ろす。
——途中で止めた。急停止だった。
——しかしすぐに振り下ろした。
「——!」
ミロクは剣撃を受け流す予定で真正面に立ち、タイミングを合わせて腕を振り上げていた。
完全に不意を突かれてしまった。
クウヤの剣と接触する前にミロクの右腕は既に天井へと伸びていた。
タイミングは外されたものの、急遽斜に構えて体への直撃を防いだ。
さらにクウヤの体勢を少しでも崩すために、腕を振り下ろし、僅かにクウヤの剣に自らの腕を当てた。
(はっ?いまのあたんねえのかよ!)
クウヤは驚いたが、しかしミロクの体勢も崩れている。
戦ってきた中で紛れもなく一番の隙だった。
この最大の好機を逃すわけにはいかない。
クウヤは持っていた剣の運動の方向をミロクが避けた先に無理矢理変えた。
狙うは脚。
咄嗟の防御策だったが故にミロクの右腕と脚との距離がかなり空いていた。
クウヤの剣とミロクの脚との距離の方が近い。
先ほどのように剣で守ることは難しい体勢のはずである。
確実に当たる。クウヤは確信した。
その瞬間、クウヤの右尻に衝撃が走った。厳密には尻と脚の間の部分。地味に痛い場所。そこにミロクの左足が食い込んでいた。
クウヤが怯んだ一瞬の隙を見て、後方に避難した。
さらにバク転とロンダートを組み合わせて十メートル以上の距離をとる。
「チッ……あたんねえ!」
クウヤは悔しがる。
「……ちょっと舐めすぎてた。あれから時間もそこまで経ってないし大して変わってないと思ってた。でも成長速度だけは想像以上だった。だから……次に挑む気も失せるぐらい盛大に蹂躙してあげる!」
ミロクから大量の生気が放たれた。
クウヤは全身鳥肌が立った。
換気をしていない冬の部屋のような淀んだ空気を感じた。
クウヤは少々気分が悪くなった。
ミロクはクウヤの心の声を読んだかのように話し始めた。
「気持ち悪いでしょ?でもその感覚は間違ってない。それはあなたと私の生気濃度の差。生気量の差。生気を扱う技量の差。能力と触れ合ってきた時間の差。命を懸けた経験の差。そして、死ぬことに対する覚悟の差。一朝一夕ではどうにもならない障壁があなたの勝利を阻む。どうせ言っても分からないだろうけど教えてあげる。私の武器は『親和力』。親和力は自分以外の人との生気の相性を司る力。親和力が高いほど生気の波長を合わせるのが上手いってわけ。波長を合わせるのが上手いってことは波長をずらすのも得意ってこと。あなたが感じている気持ち悪さの原因もあなたの生気の波長と正反対の性質の生気を私が出しているから。体が私の生気を拒絶してるの。お喋りは終わり!この状態でどこまで戦えるのか。楽しみにしてるから」
ミロクは剣を構えた。
一七三二四年三月十五日(水)
大米合衆国・ブラジル州 ブラジリア 某ホテル
ビゼーの目が覚めた。
偶然である。変な夢、感覚的には悪夢を見ていた気もするが夢の内容までは思い出せなかった。
徐に横を見る。
「あれっ?」
横で寝ていたはずのクウヤがいない。
クウヤの退院後、アダン(エ)以外は同じ部屋で寝ていた。監視の側面も兼ねている。
ビゼーは不思議に思ってトイレの方に行ってみる。
……いない。
部屋の入り口を見るとクウヤの靴がなくなっていた。
「こんな朝早くに外に行ったのか?……いや!そんなはずねぇ!」
時刻は午前七時過ぎ。
クウヤが朝に弱いことは周知の事実だ。
朝の散歩に行く時間があるくらいなら、街ではなく、ベッドの上、夢の中を彷徨っているはずだ。
「誰も目覚めていない時間にわざわざ起きてまでクウヤが行こうとする場所。——あそこしかねぇ!」
ビゼーは部屋のカードキーを持って部屋を飛び出した。
次回 能力




