第六十三頁 決闘
決闘状を提出した日の夜。
ジャックはアダン(エ)と会っていた。サシである。
ア(エ):「何を勝手なことをしている?」
ジ:「なんのことですか?」
ア(エ):「殺人の手伝いをしておいて白を切るとはな」
ジ:「クウヤのことですか?」
ア(エ):「それ以外何がある?」
ジ:「どうしようと俺の勝手なんじゃなかったですか?」
ア(エ):「今すぐ手を引け!」
ジ:「断ると言ったら?」
ア(エ):「政治の世界ではクリーンなイメージが大切なんだったな?俺は世間からどう見られると思う?」
ジ:「本気……ですよね?自分の評価を下げてまで……そんなこと。ミロク・インディュラが関わっているからですか?」
ア(エ):「余計な詮索は不要だ。分かったな?」
ジ:「お言葉ですが、クウヤは何もしなくても強くなりますよ」
ア(エ):「一週間ではどう足掻いても育ち切らない。お前が関わらなければ成長も自ずと遅くなる。どうしてもアイツを強くしたいというならやればいい。だが俺とて手段を選ぶつもりはないぞ」
ジ:「……分かりました。博士の執念には勝てません。特訓には付き合いません。ただ救出はいいですか?」
ア(エ):「……好きにしろ。俺も能力者の命を奪いたいわけじゃない」
ジ:「奴がクウヤを殺すとお考えですか?」
ア(エ):「それで救出がどうのと言い出したんじゃないのか?」
ジ:「まさか。再起不能になる前に止めようとしてるだけです」
ア(エ):「お前にできるのか?」
ジ:「……隙があれば、可能です」
ア(エ):「あればいいな」
アダン(エ)は去って行った。
「悪ぃな。クウヤ。今はまだ博士の脅迫には逆らえない」
ジャックは悔しそうに言葉を漏らした。
一七三二四年三月五日(日)
大米合衆国・ブラジル州 ブラジリア サンタテレサ・デ・ラ・クルス城
決闘状を提出した翌日、ジャックから特訓に付き合えなくなったと言われたクウヤは、一人で特訓を続けた。
見てもらったのは半日にも満たなかったが、その日に言われたことを意識して反復練習をした。
そして決闘当日。
城の前にはビゼー、ロッド、ミクリ、アダン(バ)が待っていた。
一週間ぶりの再会だった。
「あっ……」
クウヤは気まずい気持ちになった。
「本気で行くのか?」
ビゼーが問う。
「うん」
クウヤは答える。
「やめる気はないんだね?」
ロッドが聞いた。
「うん」
クウヤは答えた。
続けて問う。
「たおしてから行けとか言うのか?」
「言わねーよ!これから決闘しようとしてる奴の体力削ってどうする?力づくでは止めねぇよ。言葉では全力で止めるけどな!」
ビゼーが答えた。
「姉弟げんかは良くないよ!」
「なかなおりしよー!そのほうがいいって!」
ミクリとアダン(バ)もクウヤに訴えかけた。
「ごめん。オレ、行くよ……」
四人を横目にクウヤは城の階段を登って行った。
四人もクウヤの後をついて行く。
中に入るとミロクが待っていた。
前回見た血溜まりは完璧に清掃されており、元より描かれていた床の絵画を拝むことができた。
古代の絵画にありがちな露出の多い人間たちが複数描かれている。中には翼を持った者もいる。
所謂名画の類ではない。
真似て創作したものだろう。こういうものは床に描かれるのではなく、壁画のイメージではあるが。
上の階を見ると先日同様、八人の男たちがいた。
全員が先日もいた人物かどうかは定かでない。
そのうちの一人、スーツの男が問いかける。
「見届人の方は一度こちらへいらして下さい!」
その言葉にミロクが反応した。
「この中に見届人はいません。もう少し待ってもらえますか?」
どうやらスーツの男性は役所の職員らしい。
決闘法によって決闘前に役所の職員が決闘者と見届人が全員揃っていることを確認しなければならないのだ。
「遅れました!」
直後、ジャックら五人がやってきた。
ミロクがジャックを睨んでいるようにも見えた。
それに気づいたか気づかないか、五人は急いで城の二階へ行き、見届人全十三人は職員の元に集まった。出欠確認をした後、決闘者二人の最終同意確認が行われる。
二人とも申請内容に誤りがないことを確認した。
仕事を終えると職員は足早に城を後にした。
職員がいなくなってミロクは言う。
「さ、めんどくさい手続きは終わり。始めましょうか」
「あぁ」
「その前に彼らの説明ね」
彼らと言うのはミロク側の見届人の男たちのことだ。
「いらねえよ!」
クウヤがこう答えた直後、クウヤはとてつもない圧力を感じた。
重力が急に強くなったかのようだ。立っているのがやっとである。
「いいから聞きなさい」
この圧力はミロクが放っているもののようだ。
クウヤ以外は感じていないらしい。
「うぅ……」
押しつぶされそうになるのを気合いで耐える。
十秒ほど圧力を与えたところで解除した。
クウヤは変な汗をかいた。息も少し乱れていた。
気にするそぶりも見せずミロクは話し始める。
「彼らはね、あなたと同じ。私の命を狙ってる人たち。二十四時間三百六十五日いつでもね。今年は三百六十六日だけど。以前、決闘して殺すのが勿体無いと思った男たち。みんな強いよ。いつでも私を殺せるようにこの城で寝泊まりしてるの。隙を見せたらいつでも私を狩りにくる。彼らはもう私と決闘する権利が無くなっちゃってる。でも法に触れてでも私を殺そうとしてるんだよね。この決闘中も彼らが乱入してくるかもしれないけど許してね。悪気はない。ただ私を殺したいだけだから。寝込みを複数人で襲われたことも何回もあったし、お風呂入ってても油断ならないから休まる時間なくてさ。おかげで毎日が訓練になってるけど。そういう中で私は生きてるってことだけ伝えとく」
淡々と恐ろしいことを述べているが、クウヤは動じなかった。
「話したいことはそれだけか?」
「えぇ。長くなった。前みたいに一蹴りで終わらないでよね」
「そのよゆうそうなかおをきりきざんでやる!」
クウヤはミロクに接近しながら抜剣した。
いよいよ決戦の火蓋が切られた。
クウヤは連続で剣を振っていく。
その剣速は常人では追うことすら困難な速度であった。
流れるような剣捌きでミロクの体を狙っていく。
しかしミロクには当たらない。
クウヤはそんなことは気にしなかった。反撃の隙を与えることなく剣撃を繰り出してゆく。
このまま避けさせ続ければいつかバテるときが来る。そう思っていたからだ。
クウヤの考えを知ってか知らずかミロクは顔色を変えずに躱し続けた。
五分くらい同じ状況が続いた。
両者の形勢は変わらない。
未だにクウヤは攻撃を続け、ミロクは避け続けている。
しかし決闘開始直後と異なることが一つだけあった。
クウヤの呼吸が乱れ始めた。
「もう息が上がっているの?」
ミロクは決闘中にも関わらずクウヤの健康観察を始めた。
「風邪?それとも体力不足?」
「うるせえ!ただよけてるだけのくせに!ちょうしにのるな!」
クウヤは剣を大振りした。
当然のことのようにミロクは避ける。
すかさずミロクは左の拳をクウヤの腹にお見舞いした。
「がっ!」
寸分の狂いもなく腹の中央にヒットした。
「心の乱れは生気の乱れ。教わらなかったの?ここ弱くなってる」
「だまれ!」
再びクウヤは連撃を始めた。
クウヤが攻め、ミロクが避けることさらに五分。
見届人の目から見ても明らかになっていたことがあった。
クウヤの攻撃のペースが確実に下がっていた。
まだ連撃と呼べるペースではあるが、数分前の太刀筋と比べると精彩を欠き、腕も重くなっている様子が見て取れる。
それと同時にミロクの動きも変わっていた。
ただ避けるのではなく、当たる直前に回避する神技を何度も成功させていた。
もちほんダメージを受けている様子、疲れている様子もない。
ミロクは、クウヤの攻撃頻度が下がっていくのに合わせるように、自らの攻撃頻度を上げていった。
やがて序盤とは全く反対の展開となった。
ミロクが拳を振り続け、クウヤがその攻撃を剣で受け止める。
ミロクの動きは速い。疲労が蓄積しているクウヤは避けきれず、やむなく剣で防ぐほかなかった。
「前より随分マシになったじゃん!一週間でやれるだけのことはやったって感じ?」
「……」
「無視?」
クウヤは返事をしなかったのではない。できなかったのだ。
厳密にはその余裕がなかった。
既に十五分。ノンストップで動き続けている。
クウヤは肩で呼吸をしていた。
これほどの疲労と息苦しさは経験したことがない。
学校のマラソン大会の疲れとは比べ物にならない。
ミロクの言葉を受けた後、彼は次のように思っていた。
(コイツ。なんでこんなよゆうなんだよ?オレと同じでずっとうごきつづけてるのに……まだぜんぜん元気そうじゃん!)
気力だけで攻撃を遇い続けた。
迫り来る攻撃を避け続ける。
ある瞬間にクウヤには一瞬の隙が見えた気がした。
「おりゃぁぁ!」
クウヤはその場所に突きを繰り出した。
ミロクは分かっていたかのように距離を取り、クウヤの重心がブレるのを見て再び接近し、剣に蹴りを入れた。
クウヤ自身は完璧に蹴りを防いだと思ったが、当たった瞬間壁際まで吹っ飛んだ。
——ボーンッ!
鈍い音と共に壁の一部が崩れる音がした。
クウヤは背中を強く打ち付けていた。
音の具合からして健常者であれば骨折必至だ。
しかし初心者と言えど、クウヤもの能力者。
痛みを覚える程度で済んでいた。
「ふーん。受け身も取れるんだ。そろそろつまんなくなってきたから終わらせようか」
ミロクは右手を前に出し、右肘あたりに左掌をあてた。
その状態から左手を右手の指先に向かってゆっくりと撫で下ろした。
次回 瀕死




