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魔人キコウ録  作者: 长太龙
第一篇 大米合衆国篇〜ブラジル州〜

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第五十九頁 邂逅 弐

一七三二四年二月二十五日(金)

大米合衆国・ブラジル州 ブラジリア郊外 サンタテレサ・デ・ラ・クルス城


 ——サンタテレサ・デ・ラ・クルス城

 ブラジリアの中心街から少し離れた森の中に建てられた城である。

 城といっても古代に建てられたものではなく安穏の五千年(パーフェクトピリオド)末期に多目的施設として造られた。

 古代の建築技術を倣って建てられた古代風の城は国内外で話題を呼び、外国人も大勢訪れるなど国内屈指の観光スポットであった。


 しかし安穏の五千年(パーフェクトピリオド)崩壊後、当然のように観光客は消えた。

 あわや世界大戦の始まりを肌で感じるという時世。その立地の良さから軍事施設(仮)として転用されてしまう。

 しかしすぐに新たな軍事専用施設が作られ、御役御免となり、放置されていた。

 冷戦状態となった現在も、取り壊されることはなく、森の中にポツリと聳え立っているのだ。

 それからというもの城周辺の治安は著しく悪化した。

 不法投棄が多数行われ、最恐心霊スポットとしても名を馳せた。


 しかしある時、誰が始めたのかブラジル州初の決闘がこの城で行われた。

 以降、決闘の多くがこの城で行われるようになった。

 決闘界隈では通称としてこの城で行われた直近の決闘の勝者の名前が冠されている。

 現在の通称は「ミロク城」——


 クウヤは我を忘れて走った。

 目的地の詳細な位置は知らない。

 しかし「城」という字は覚えていた。

 たしか「しろ」と読むんだっけ程度の記憶だったが、周囲を見渡してそれっぽい建物を探す。

 それはすぐに見つかった。

 それは鬱蒼とした森——アマゾンとは別のもの——の中から顔を出していた。

 彼は迷うことなくそれを目指した。


 森と調和しない真っ白な階段を勢い十分に登る。

 この階段を上り切った先が城の入り口である。

 走ってつけた勢いを殺さず、観音開きのドアに体当たりした。

 バンっという大きな音と共にクウヤは城の内部へ足を踏み入れた。


 そこに入って一番に感じたのは生臭い臭いだった。

 血の臭い。

 長年決闘が行われ続けた証だ。建物自体に染み込んでしまっている。

 外壁の綺麗な純白からは想像もできない。

 臭いに嫌悪感を抱きながら、彼は前方の景色を双眸に取り込んだ。

 そこには衝撃の光景が広がっていた。


 このフロアの中心にクビのない遺体が転がっている。首があったであろうその位置には、代わりに赤黒い粘着性を持った液状の物質が平面的に広がっていた。

 本物の首はクウヤから見て左側の壁際に転がっていた。目が開いたままだ。

 左耳を下にして寝ていた。右の頬の辺りが一部窪んでいる。

 高速で壁に叩きつけられたのだろう。生首の近くの壁の上の方に新しそうな血が付着していた。

 壁に後頭部を向けて生首の目線は首のない体の方に向いている。

 まるで別れを惜しんでいるような儚い表情で見ている。


 また気持ち悪いことに切断面がクウヤの方を向いていた。

 クウヤは吐き気を覚えた。

 骨と肉がはっきり見える。

 しかしその切断面は非常に綺麗だった。一思いに一断ちされたようだ。

 首の構造が一目で分かる。医学的にはとても価値の高い標本になりそうだ。

 生首には首の切断面と顔の窪み以外の傷はなく、出血もなかった。


 代わりに血がついていたのは首なし遺体の目の前に立っていた若い女だった。

 上背はクウヤと同じくらいか少し低い。

 可愛い馬のイラストが描かれた半袖のTシャツに血が付着している。Tシャツだけでなく顔にも少々飛んでいた。

 恐らく返り血だ。この女が殺したのだろうか。

 しかし遺体の前で目を閉じて下を向き合掌している。

 武器は持っていない。

 凶器と思われるものが近くに落ちているわけでも、遺体に刺さっていたりしたわけでもなかった。


 出入り口付近は吹き抜けで二階や三階が見える。

 クウヤからは男が七、八人見えた。

 揃いも揃ってかなりいかつめだ。

 クウヤが侵入したのを見て「鍵かけ忘れたのは誰だ」などと話している。

 その内の一人が下に降りてこようとするのを女が止めた。

 男の方は向かず、無言で左手を大きく横に出していた。

 どうやら合掌を終えていたらしい。


「久しぶり」


 クウヤの方に初めて顔を向けて女は挨拶をした。

 女の顔は、クウヤが旅に出る直前に見ていた写真に写っていた男性の面影があった。

 凛々しい顔立ちとは対照的に、彼女の声はとても可愛らしいものだった。元々高い声をわざと低くしているような印象で、幼女ボイスとまでは言えないが近い性質を持っていた。しかしその声からは冷たさしか感じない。もう少し明るく喋ったならばとても可愛い声なのだろう。

 こんな声質の妹がいたら毎日とても癒されそうだ。


「テメェと話すりゆうなんかねーよ!」


 女の顔を見るなり、クウヤは抜剣して彼女に斬りかかった。

 普段のクウヤからは考えられないほど鋭い目つきだった。

 初撃は躱されるが、すぐさまニ撃目を試みる。

 しかし当たらない。


 ここでビゼー、ロッド、ミクリ、アダン(バ)がクウヤに追いついた。

 四人は絶句した。

 クウヤが知らない女に真剣を振るっていたからである。

 それだけでなく、その二人の足元には首のない死体が横たわっている。


「見ちゃダメ!」


 ロッドはすぐにミクリの視界を塞いだ。

 ミクリは温順だったので、能力を使ってまで目の前の光景を見ることはしなかった。


「し……しんでる……ん、だよな?」


 アダン(バ)はガタガタ震えている。


「クウヤ!」


 ビゼーは叫んだ。

 クウヤは返事をしなかった。

 聞こえているのか否かも定かでない。

 

 女は二撃目を避けると一つため息をついた。

 直後、女は足を振り上げた。

 見事にクウヤの腹に直撃した。

 威力はそこまでなかったように外野からは見えた。

 しかしクウヤは右手から剣を離して、腹を押さえて悶絶した。

 剣が落ちた音と共に、黒ずんだ床に膝をついて微動だにしなくなってしまった。


「私、決闘終わった後なんだけど……もう休みたいの。そんなに私を殺したいなら申請してきて。合法的にやりましょう?その方があなたにとってもいいんじゃない?」


 女は足元で蹲る侵入者の背中に言い放った。


「……」


 クウヤには返事できるだけの余裕はなかった。

 女はビゼーらの方を向いた。


 この時四人は感じた。この女が並大抵の人間ではないということを。加えてこの女が能力者であることを。

 能力に関する特訓を受けていないアダン(バ)でさえも、目が塞がっているミクリでさえもそう感じた。

 女から放たれる生気に押し潰されそうな気がしたのだ。

 十メートルは離れているにもかかわらず、命の危機を感じた。

 まるで野生の熊と鼻先が触れるほどの距離で対峙しているかのように錯覚さるのだ。

 全員、これがただの生気だということは分かっている——アダン(バ)も移動中に生気に関する話は聞いている——。

 しかしただ立っているだけで、視界に入れられただけでこのような圧迫感を覚えるのはなぜだろうか。

 この女が本気の敵気てっきを向けてきた時、自分は生きていられるのだろうか。無意識に考えてしまう。


 ——考えれば考えるほど死が垣間見える。

 経験したことのない状況に焦りが生まれる。

 狙われているわけでもない。彼女を刺激するようなことをしたわけでもない。四人に対しては敵意もないだろう。

 だが、何故か安心できないのである。

 本能が囁いてくるのだ。


「油断したらすぐ死ぬぞ……」


 冷や汗が次々と湧いては滴り落ちていく。

 ミクリはあまりの恐怖に腰を抜かしてしまった。目が塞がれていたことも災いしてしまった。

 ロッドも普段なら配慮できたはずだが、この時は自分の身を案ずることだけで精一杯になってしまっていた。立っていられなくなったミクリに寄り添うこともできず、ただ立ち尽くした。


 四人がそんなことを思っているとは知る由もない女は優しく言う。


「あなたたち、クウヤ(これ)の友達?」


 ビゼーが「はい」と答えると女はさらに続けた。


「申し訳ないんだけど持って帰ってくれるかな?ここに置いたままだと邪魔だし。見ての通り掃除もしなきゃいけないから。構ってる暇ないんだよね。私のお願い聞いてくれる?」


「わ、分かりました」


 ビゼーはそう答えることしかできなかった。


「ありがとう!忘れ物ないようにね!」


 そう言うと女はクウヤを担ぎ上げた。

 クウヤの右腕を引っ張って、自らの左肩に腕を引っ掛けた。

 クウヤは運ばれながらも、左手で女の左腕をがっしりと掴んだ。


「!」


 何か言おうとしたが、彼は気絶してしまった。

 女は何事もなかったかのように傍に落ちている剣も拾い上げるとビゼーの方に歩いて行った。

 近づいて来る度に強烈な生気で気が狂いそうになった。


「うん?あっ……」


 女が何かに気づく。

 その直後、四人は殺伐としたものを感じなくなった。

 体が軽くなったのをとても感じる。

 ビゼーは女からクウヤを受け取った。

 次に剣を受け取ろうとした。

 その時、


「剣で切らないように気をつけて。私が納剣しようか?」


 と言い、女は鞘に剣を納めてからビゼーに手渡そうとした。


「ごめんクウヤ(それ)も持ってこれも持ってじゃキツイよね」


 すぐにアダン(バ)に寄っていく。


「君がこれを持とうか」


 アダン(バ)に剣を渡した。

 そして二、三階にいる男に何やら合図を送ると男のうち一人が紙を二枚、女に手渡した。

 その紙のうち一枚をロッドに手渡した。


「それ、決闘状。私が記入するところは全部埋めてあるからクウヤ(あれ)の情報を隣に書いて。で、下の方。見届人の欄。あなたたち全員の名前を書いてもらえると嬉しいな。あっ、そこの女の子はやめとこうか。でもなるべく埋めて、役所に提出しといてくれる?委任状も書いてあるから」


 女は持っていたもう一枚の紙もロッドに渡した。


「こんなとこにいても息苦しいだけだから早く帰りな」


 全体に言った後、しゃがんでミクリと目線を同じくした。

 ミクリは返り血塗れの女が目の前に現れ、恐怖のあまり固まってしまった。

 女はミクリに言う。


「怖い思いさせてごめんね。これあげる。可愛いでしょ?タネも仕掛け何もないから安心して。お詫びの印」


 女が持っていたのは犬のキーホルダーだった。

 ここまで女は笑顔を一切見せていなかったが、ミクリの前では表情を緩ませていた。

 ミクリは震える両手を合わせて器の形を作った。

 女はキーホルダーをミクリの両手にまたがるようにしてそっと置いた。

 渡し終わるとすぐに立ち上がって先ほど立っていた辺りに帰っていった。

 ミクリは女を見ながらゆっくり両手を結んだ。


「行くぞ!」


 ビゼーの掛け声で四人は城を後にした。

 ミクリは腰を抜かしたままだったので、ロッドはもらった二枚の紙をアダン(バ)に預け、ミクリをおぶった。

 城の外にはアダン(エ)が待機していた。

次回 正体

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