表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/64

第五十三頁 実技 壱

一七三二三年十二月二十日(月)

大米合衆国・ボリビア州 コーユー市


 時刻は午前十時。

 四人の中で最も早く目を覚ましたのはミクリだった。

 パーテーションの裏から四重ねの布団を覗き見る。

 三つは埋まっており、一番出入り口に近い布団だけ空いていた。

 ミクリは音を立てないようにその布団に近づいていった。

 枕元に立ち左を見た。

 奥からビゼー、クウヤ、ロッドの順で寝ていた。

 いつも通り中央だけ騒がしい。

「あの人、もう起きてるんだ……」

 この部屋にはアダンの姿はなかった。

「あっ」

 ミクリは置き手紙を見つけた。

 布団の白色と同化していて見えづらかった。

 手紙を拾い上げ読む。

「先に行っている」

 一行だけ。名前も書いていないが十中八九アダンが残した物だろう。

 手紙が置かれていた場所の下には現金が残されていた。

 恐らくタクシー代だろう。

 ありがたい話だ。

 ここでミクリは疑問を浮かべた。

(何時に行けばいいんだろ?)

 具体的な時刻の約束はしていなかった。

 午後になるまで二時間もない。

 ご飯を食べて、タクシーで三十分。

 ギリギリではないか。

「——!」

 ミクリはすぐにロッドの肩を揺すった。

「う〜ん……」

 一回では起きない。

 もう一度繰り返した。

「うん?ん……あっ、ミクリちゃん?どうしたの?」

 うっすら目を開けて、寝ぼけた声でロッドが問う。

「おくれちゃう!約束」

「今何時?」

「十時七分」

「午後からでしょ……まだ大丈夫だよ……」

「朝ごはん食べて……タクシー、三十分」

「うん……うん?あっ!」

 ロッドは飛び起きた。

「着替えて、荷物持って、チェックアウトして、ご飯食べて、タクシー捕まえて、三十分。そこからまた何分か歩くよね?」

 早口だった。

「うん」

 ミクリは頷いた。

「午後って何時から?」

「分からない」

 時間が差し迫っていることに気づいた。

「クウヤ!ビゼー!起きて!時間ギリギリだよ!ミクリちゃんは準備始めてていいよ!」

 ビゼーはすぐに起きた。

 問題児が一人いた。

 昨日しっかり寝ておいてなぜ起きないのか。

「クウヤ!起きるよ!」

 強制的に体を起こした。


「すみませーん!遅くなりました!」

 ロッドはアダンの姿を見るなり叫んだ。

 アダンとの待ち合わせ場所に着いたのは午後十二時半を過ぎていた。

 クウヤの目が完全に覚めるまで時間がかかり、チェックアウトに手間取り、平日の昼間になぜか渋滞に巻き込まれた。

「意外に早かったな。二時ぐらいになるかと思っていた」

 アダンは怒っていなかった。

「勝手に先に行って悪かった。準備をしておきたかったんでな。少し休むか?」

 息を切らした四人を見てアダンは言った。

「大丈夫です。今すぐやりましょう」

 ビゼーが答えた。

 全員やる気に溢れた目をしていたのでアダンはすぐに始めることにした。


 昨日クウヤが一戦交えたまさにその場所で能力・生気の実技が行われようとしていた。

 アダンの隣には彼の身長の二倍の直径を持つ球状の岩石が陣取っていた。

「では実際に生気の使い方を見せよう。主な使い方は二種類だ。一つは生気を生気のまま使う方法。もう一つは生気を能力に変換し使う方法。昨日言った通り体を離れた生気は不安定で、能力に変換した方が安定だ。故に簡単なのは圧倒的に後者だ。しかし生気の使い方を学ぶ上で前者をやらないわけにはいかない。生気は鍛えなければ強くならないからな。暴発を起こしたくなければ聞いてくれ。まずは視覚で捉えられるものから説明しよう」

 アダンはそう言うと岩と相対した。

 右の拳を握る。

 そして動き出した。

 モーションから推測するに岩を殴ろうとしている。

「ちょっ!」

 クウヤは思わず声が出てしまった。

 その直後。

 ——ドーンッ!ガラガラガラガラ……

 大きな衝撃音の後、岩は数個の大きな岩と無数の小石に分裂していた。

 アダンはゆっくり拳を下ろした。

 痛がるそぶりはない。

 何事もなかったかのように四人の方を向き、話し始める。

「今見せたのは生気の『破壊力』だ。これが大きいほど今のように生気を対象に当てた時の威力が大きくなる。能力の威力にも影響する。同じ技でも、あぁ技というのは能力の出力結果のことだが、破壊力が小さいものと大きいものではまるで違う技のように見える」

 四人には彼が何を言ったのかさっぱり分からなかった。

 内容も難しかったのは確かだが、生身の人間が自分の何倍も大きな岩を木っ端微塵になったが目に焼き付いて離れなかった。

 口を開け、立ち尽くす四人にアダンは言う。

「このような力が全部で六つある。それら全てが能力の質を向上させる。自身の能力の性質と併せてどの力を優先的に鍛えるべきかを考えろ!」

 続いてアダンは右手の人差し指と中指を伸ばし、砕けた岩のうち最も大きいものに向けた。

 その直後。

 ——バンッ!

「おおっ!」

 男三人、刹那のユニゾンが響く。

「これが『射出力』。能力の射程に関わる。次は誰かに手伝ってもらいたい。クウヤ!来い」

 名指ししてアダンはクウヤを自分の前に立たせた。

「思いっきり殴れ!どこでもいい」

「えっ?」

 ただでさえ混乱する状況。もはやアダンは半狂乱である。

 クウヤが戸惑っているとアダンは催促した。

「早くしろ。時間は限られている」

「は、はい……」

 返事をするしかなかった。

 どうにでもなれと思ってアダンの腹に力一杯拳をぶつけた。

「いっっっっってーーーーーーー!」

 あろうことか痛がったのはクウヤだった。

「悪い。やり過ぎたな。今のが『耐久力』。能力の効果時間に作用する」

 謝罪もそこそこに説明をする。

「ちょっと待ってください!いくら何でも説明がなさ過ぎます!」

 ビゼーがアダンに物申した。

「申し訳ない。生気を思い切り使うのが久方振りでな。舞い上がってしまった。冷静になる。少しだけ時間をくれ」

 アダンは謝ると深呼吸した。

 ——一回。

 ——二回。

 ——三回。

 最後に一息、フッと吐くと再び話を始めた。

「取り乱した。それで生気についてだ。まずは自分の体で練習した方がいいな。今から俺が言うことをやってみてくれ。まずは体の内側を意識する」

 四人は言われた通りに集中を始めた。

鳩尾みぞおちの奥または子宮を意識すると良い」

 男性三人に子宮はない。唯一の所持者であるミクリもまだ子供なので子宮と言われても実感が湧かない。

 結果的に全員が鳩尾に意識を集めた。

「そこからエネルギーを搾り出すイメージをしろ。大事なのは水のように染み出す感覚じゃなく、雑巾を絞った時のような力を込める感じだ」

 例えが両方水がらみで混乱しそうになる。

 四人は鳩尾の奥で雑巾を絞った。

「できたら搾り出したエネルギーを体内を伝わせて体の表面に集約させる。利き手の示指にでも集めてみるか」

「じしってなに?」

 クウヤが尋ねる。

「……何と言えばいい?この指だ」

 人差し指という単語が出てこなかったのだろう。自分の左手の人差し指を右手の人差し指で指して説明している。

 示指は全員が知らなかったので全員で見た。

 クウヤ以外はあまりのカオス具合に笑うのを必死に堪えた。

 このせいで集中が切れたのでもう一度最初からやる羽目になった。

 鳩尾の奥に意識を集中させ、雑巾を絞る。搾り出したエネルギーを血管に沿わせるイメージで右手——四人全員が右利き——の人差し指に集め、留める。

「ある程度のところで前方に向かって弾丸を発射する要領でエネルギーを一気に解放してみろ」

「うわっ!」

 ロッドが急に声を上げた。

 言われた通りにすると指に溜めたものがなくなる感覚と共に衝撃が伝わった。

 その衝撃の強さに驚き一、二歩後退した。

「わっ!痛……」

 その直後ミクリが尻餅をついた。

「大丈夫?」

 ロッドが案ずる。

「大丈夫。……これ、すごい」

「そうだね。初めてだ、この感覚。ほぼなにもしてないのに結構疲れたし……」

 ミクリも同じだと首を縦に振った。

「それが生気だ!」

 アダンが二人に言った。

「今やったのは生気の塊を放出するだけの簡単な動作だ」

 するとアダンも二人がいた位置の延長線上に立ち二人が生気を放出したのと同じ方に指を伸ばし、生気の塊を放出した。

 数秒後数十メートル離れた前方の木がカサカサと音を立てた。

 風が吹いたわけではない。

 アダンの丁度目の前の葉だけが何かと擦れたようなのだ。

「鍛えればあのくらいまで弾丸の形を維持したままで飛ばせるようになる。どこまで飛ばせるかは射出力次第だがな。お前たちの生気はあの木に到達する前に拡散してしまい、葉を揺らすだけの威力が残っていなかったんだ。だが、生気について初めて触れて、生気の弾を出せるのは大したものだ。自分の能力について知見が深い証拠だな。これがお前たちとの差だ!」

 お前たちと言うのはクウヤとビゼーのことである。

 ロッドとミクリは彼らの方を見た。

「はぁ……クソッ!」

「ぜんぜんできねー」

 苦戦していた。

「これができるから偉いとか、できないからダメだということは決してない。できるからなんだと言われればそれまでだ。能力を必ず使わなければいけないわけじゃないしな。だが、お前たちには使えるようになりたい理由があるんだろ?詳細は聞かない。能力者として一人前になりたければ死ぬ気で食らいついて来い!俺がお前たちの能力を引き出してやる!」

 クウヤとビゼーは悔しかった。

 能力者にも強い弱いがある。自分はまだ弱い側だと痛感した。

 最初から分かっていたが、ここまで差を見せつけられると堪えるものがあった。

 二人は誓った。

 絶対にロッドやミクリに追いついてみせる、と。

次回 実技 弐

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ