第五十一頁 講義 参
講義の内容は「生気と能力の関係」へと移った。
結論から述べると能力はほぼ百パーセント生気に依存するのである。
能力の根源は生気なのである。
体外に放出される生気を使いやすい形にして出力する。
これが能力の正体なのだ。
「無(目に見ない生気)から有(目に見える不可解な現象)を生み出す」
魔力と言われ続けてきた所以である。
それをやってのけるから魔人なんだと反論されればそれまでであるが、科学的根拠を提示されればものの見方も変わるだろう。
しかし生気は全ての人間が生成できるにも関わらず、能力者は能力を使え、健常者はできない。
それはなぜか。
前者と後者の違い。
——能力遺伝子。
能力遺伝子は「生気→能力」の変換操作を容易にさせる変換因子なのである。
生気が通常汗に溶け込んでいることを考慮すると、生気を意志を以て扱うことの難しさは想像に易いだろう。
一般に物質の合成と分離では後者の方が難しいとされているからである。
では、何故能力者は生気を自由に扱えるのか。
それは、能力者の『生気濃度』が健常者のそれの百倍以上の数値を示すからである。
生気濃度とは体外に放出される物質(糞尿等を除く)のうち生気が占める割合を数値で示したものである。
健常者の生気濃度は約0.1%程度——所謂オーラが濃い健常者の場合、生気濃度が1%程度になる者もいる——だが、能力者のそれは最低でも10%を示す。玄人にもなれば生気濃度が95%を超える者もいるという。
余談にはなるが、これほどの割合で生気が体外に放出されているが故に、能力者は健常者に比べて汗の量が少ない。反対に体内で生成される生気量が非常に多い——この現象が起きるのも能力遺伝子が深く関係している可能性が非常に高いという。しかしいまだその研究はされていない——。必然的に余剰分の生気が多いということである。
閑話休題。
能力遺伝子は自らの生気を固有の能力として出力するはたらきがある。生気濃度が高ければ高いほど扱える生気量が多くなり、結果として出力される能力の威力が大きくなるという理屈である。
また、自己免疫機能により他人の生気は勝手に排除される。排除が上手くできなかった際は、他人の生気が皮膚に触れて拒絶反応を起こすことがある。これが「気配」の正体である。
能力の発動の理屈は上記の通りだが、能力初心者を悩ませるのは「能力の暴発」である。
体外に放出された生気は非常に不安定で、体外に出た生気はより安定な能力という形で消費されようとする。これを能力の「安定化傾向」と呼ぶ。
生気濃度が低ければ能力になりきる生気量に達せず、能力は不発に終わる。
しかし中途半端に生気濃度が高く、能力の扱いに慣れていないと、安定化傾向に従って術者の意思と無関係に能力が発動してしまうのだ。
生気や能力のコントロールは能力者に必須のスキルなのである。
ロッドは自分の能力の正体を知った。
ビゼーは自分の能力を使うには、まだ自分の生気のコントロールが未熟だということを思い知った。
能力の前に立ちはだかる壁。
まずは生気を自在に操れるようにならなければいけないことをロッドとビゼーの二人は理解した。
生気の使い方は座学より実際に見た方が早いということでアダンが明日、外で実際に見せてくれることになった。
今できないのか、とビゼーは問う。
アダンは次のように答えた。
「見せることは不可能ではない。しかし今此処でお前たちにも分かるように生気を出すと壁に穴をあけ、窓ガラスや電球を粉砕し、生気に耐性のない人間や他の動植物を危険に晒す可能性がある。従って明日、人がいない場所、今日俺たちが出会った辺りで披露し、練習するのがいいだろう。覚えておいた方がいい。生気とは『触覚を通す放射線』だ。使い方によって善にも悪にもなり得る。能力者が敬遠されている理由を思い出してみろ。そういうものだ」
「……すみません」
ビゼーは謝罪した。
この後、生気に関する質疑応答の時間が設けられたが、二人はすぐに質問が浮かばなかった。
初めて聞いた概念に戸惑ってしまったのだ。整理して明日以降疑問点があったら聞くことにした。
講義はまだ終わらない。
しかしキリがいいので休憩を取ることにした。
二人は光の速さで机に突っ伏した。
休憩中にクウヤが頭を上げていた。
心なしか元気になっている。
しっかり眠ってクウヤ自身も昼間死にかけたことを忘れていた。
ビゼーとロッドの頭はすでに能力者のこと、生気のことで一杯一杯であった。
アダンはそれを察し、講義の続きは明日以降でもいいと提案をする。
しかし二人は提案を却下した。
今すぐ知りたいからとあえて続行する道を選んだのだ。
学ぶ意思のある人間に野暮なことは言えない。アダンはそう言った。
クウヤも再び姿勢を正し、講義の第三部が幕を開けた。
この話は三人共一度で理解することができた。
「能力に関してだが、生気と密接な関わりがあるとは先ほど言った通りだ」
アダンが喋り始める。
クウヤはビゼーに小声で尋ねた。
「なー、しょーきってなに?」
「ちょっと黙ってろ!後で話す」
小声で返す。
聞くだけで精一杯であるにも関わらず、横から質問もされてビゼーはイライラした。
二人のやりとりを前から見ていたアダンは復習と題してクウヤに生気についての最重要事項だけを伝えた。
クウヤはなんとなく理解した様子だった。
ビゼーとロッドも先ほどよりは理解を深めることができた。
話題が戻る。
「能力は能力者の体調や感情にかなり影響される。最善の状態は健康で落ち着いている時だ。感情の昂りは能力の質を低下させる。漫画の読み過ぎで怒り状態が最強だと勘違いする奴が多いのが懸念点だ。心に火がつくのは悪いことではないが、生気にとっては最悪だ。生気に揺らぎが出て変換効率が格段に落ちる。怒りが力に変わることは否定しないが無駄な生気まで消費してしまう。所謂コスパが悪いという奴だな。火は着火に成功すれば燃え続けるわけではない。火がついた後は薪を焚べ続けなければならない。できなければ鎮火が訪れるだけだ。能力を使う際は常に冷静を心がけろ」
「はい!」
珍しく、三人も納得できるいい例えが出た。
三人は返事をして理解できた旨を示す。
「それともう一つ。生気を消費するということが何を意味するか分かるか?」
この質問にビゼーが答えた。
「死ぬかもしれないってことですか?」
「察しがいいな。その通りだ」
「えっ?」
ロッドは驚いた。
ロッドは十年以上能力を使い続けている。
一瞬で恐怖に襲われた。
「心配するな。人間の体が簡単に自爆するようにできているはずがないだろう。極論の話だ」
アダンの言葉は「(笑)」を含んでいた。
彼にとっては冗談のつもりだったらしい。
しかし表情が変わらないのでロッドには一瞬それが分からなかった。
「なんだ……」
ロッドは安堵した。
ここでアダンは三人に質問を投げかけた。
「お前たち、能力の使い過ぎが原因で気絶したことはあるか?」
クウヤは当然首を横に振った。
ロッドは当然はい、と言った。
ビゼーは次のように回答した。
「気絶じゃないですけど、動けなくなったことならあります」
三者三様の答えを聞いたアダンは、少し考えてから解説を始めた。
「能力の使いすぎによる気絶は一種の仮死状態だと思え。体内の生気が限りなくゼロに近い極めて危険な状態だ。自分の生気量を自分で把握できていないまま能力を使ったがために、肉体の許容量を超えた生気を消費してしまい、意識を保つこと自体が困難になる。こうなった時は既に総生気量の95%以上を失っていると思え。まあ、中級者にもなればこんなことは起きなくなる。生気の底を自分で知っているのと、体がある程度ブレーキをかけるからな。無茶さえしなければ顧慮する必然性は皆無だ。しかしビゼーが経験したのはこれとは違う。誰でも起こり得る症状だ。その時のお前の状態を言い当ててやろう。頭は普段より冴えているが、体が全く動かない。瞬きも思うようにできず、呼吸も困難な状態だ。普段かかない汗が大量に噴き出したんじゃないか?時間経過と共に心臓に近い箇所から段々と可動域が広がってくる。半日も経てば完全回復しただろう。どうだ?」
ビゼーは仰天した。
「ほとんど当たってる……」
「ほとんど?」
アダンは程度の副詞が気になった。
「あぁ、俺は完全回復までに半日どころか、一時間で動けるようになったんで」
「一時間で……歩行もか?」
「はい」
「ふ〜ん……興味深いな」
どうやら能力の初心者でありながら恐るべき短時間で動けなくなった状態から回復するというのは異常なことらしい。
アダンにとっては最高の研究対象だ。
研究所で検査を勧められた。
ビゼーは笑ってはぐらかした。
アダンは説明を続ける。
「お前が経験したその症状を『活動限界』という。個人差はあるが、平均して総生気量の85%以上を消費すると突然この症状が出る。ここまで生気が消費されると、生命活動の維持に使う生気量と体内での生気の生成量が釣り合ってしまう。体は生気の生成を優先する。それによって体は活動を最小限にしようとする。つまり強制的に睡眠状態に入る。しかし脳は起きたまま。一言で表すなら、金縛りと似た症状が出るということだ。しかし脳の活動量を低下させると生気の生成量が著しく減少する。生気の再生を司るのは脳だからな。しかしその脳を動かすのも生気だ。従って残った生気の大部分が脳に供給される。結果的にこうした現象が起こってしまう。仮死状態になってしまえば意識がないまま回復動作に入ってしまうから気にならないが、活動限界になると意識がある分、仮死より厄介なことになる。能力の使い過ぎには注意することだ」
「はい!」
三人は返事をした。
講義は能力の分類へとテーマを変えていく。
その前に内容整理も兼ねて休憩を取ることになった。
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