第四頁 前途多難
本エピソードでは犯罪行為の描写がございます。またこれ以降も犯罪描写が多くなります。
読者の皆様がお住みの世界ではルールを守っていただき、犯罪行為等一切行わないようお願い申し上げます。万が一犯罪行為等を犯された場合、早急に自首することを勧めます。
※今後同じ注意書きは致しません。
クウヤは森に入った。木々が生い茂り太陽の光もあまり入ってこない薄暗い森だ。
彼が歩いて来た方向には道が一本しかなかった。他の地点から村の外に出れば明るくて安全な道があったかもしれない。行き当たりばったりの旅なので細かいことは考えていなかった。いや、考えられる脳みそがなかった。
しかしこれが壮大な物語を彩る最初の選択となったことだけは間違いない。
人生とは絵柄のないジグソーパズルである。生まれて死ぬことだけが決まっていて、様々な選択肢がある。しかしどれ一つとして同じ経験はない。様々な過程があるものの、やがて一通りの人生に収束する。終了までの所要時間も人それぞれ。天寿を全うして初めて、その人唯一の生き様が浮かび上がるのだ。そしてその完成形はどれもかけがえのない生きた証である。その生涯が多くの人にとって価値が高いものであれば大事に保存され、低ければ歴史の積み重ねの中に埋もれる。
薄暗い森の中、スカーレッドと別れてから五分も経たないうちにクウヤは最初の試練に巻き込まれてしまった。
「おい!」
声のする方を見ると、大男が立っていた。身長は二メートル近い。呼びかけられた時の声からしてものすごく腕っぷしが強そうだったが、姿を確認してもなお見るからに強そうなのである。
男は自信に満ち溢れていた。強者の覇気のようなものすら感じる。
「殺されたくなきゃ、持ってるもん全部よこせ」
旅人は恐喝に遭った。
クウヤは思った。
(はぁ〜?まだ旅始まったばっかだぞ。こんなことある?ってか、アイツデカくね。オレのばいくらいデカくね?ぜったいヤバいやつだよな。言うこときかないとダメか。どうしよー)
「何だ?聞こえなかったのか。持ってるもん全部よこせっつってんだよ!」
クウヤが心の中で叫んでいると痺れを切らして男が現実で叫んだ。
クウヤはビクッと身を震わせると急いで返事をした。
「いや、きこえてますよ。もちろん」
「ならさっさと返事しろ!どうすんだ?」
「あんたの思いどおりにしてやれなくてざんねんだけどさ、こっちも旅始めたばっかなんだ。ほしいならうばってみろよ!」
(考えてもしょうがない。今、自分は武器を持ってる。ワンチャンある)
そう思って凄んだ。
「ずいぶん舐めた態度だな!お望み通り全部もらってやるよ!」
逆鱗に触れたようだ。男が言い終わる頃には既にクウヤの方に向かって殴りかかっていた。
クウヤは男から目を外さなかった。冷静にその拳を避ける。
男は躱されてそのままクウヤの後方に行ってしまった。
背と背が向き合っている状態だ。
クウヤはその状態から男の首裏目掛けて納剣したままの餞別の品を思い切り当てた。肩を存分に使って振り回したためかなりの衝撃だった。
ドンッ、と鈍い音が響き、男は何も言わずうつ伏せで倒れてしまった。
「えっ、ワンパン……おーーい」
か細〜い声で呼びかけてみる。
反応はない。
起きていないか実際に触れて確認しようとしたが、怖かったのでやめた。
周囲を確認した後、何もないことを確認してホッとため息をついた。
「よわくね?あんだけのこと言っといて。つーか、死んでないよな?ヤバい音したけど、だいじょうぶ……だよな?」
顔を覗きこもうとしたが、完全にうつ伏せになっており、表情などを窺うことはできない。
「も、もうわるいことすんなよー。きこえてないか」
捨て台詞を吐いて、音の速さでその場から逃げた。気絶しただけであれと願いながら、とにかく男と距離をとることを優先した。
(うーーわっ、めっっっちゃこわかったー。オレ死ななくてよかったー。こういうのってもうちょっと時間たってからやるやつじゃね?さいしょのさいしょはやべーって。神様おねがいします。マジゆるして〜。さすがにきちぃよー。)
逃げている最中、こんなことを思っていた。
うざったいくらいに耳にまとわりついてくる甲高い声が止んだ。遠ざかっていく足音。逃げ足はかなり早い。やがて完全に音が聞こえなくなってから倒れていた男はすっと起き上がった。
「なるほどな。結構やるじゃねぇか。あれのどこが脅威なのか知らねぇが、面白そうな奴だ。いたぶりがいがある。じっくりやってやろうじゃねぇの。あの人にも感謝しとかねぇとな」
衣服についた土を払いながらそう呟くと、クウヤとは別の方向にゆっくりと歩き出した。
朝から骨の折れる体験だった。
先ほどの件もあったのでクウヤは森を全速力で駆け抜けていた。それもとてつもない速さで。
幼少の頃から他人より身体能力が高く、村では彼より早く走ることができた者は誰もいなかったという。
あれから一時間弱はマラソンしただろうか。流石に喉が渇いたのでリュックの中から水筒を取り出し給水しようとした。
水筒を手にとった瞬間、違和感を覚えた。妙に軽い。
嫌なことを想像してしまった。気のせいだと思いたい。だが……現実を受け入れたくない気持ちと受け入れなければならない現実との葛藤が始まる。ゆっくりと水筒の蓋を回していく。完全に緩んだ蓋をとって中身を見た刹那、彼は絶望した。
「中身……忘れた……」
昨日、持っていくのを忘れないよう水筒をリュックに入れた。そして今日の朝、その水筒に中身を入れるプランだった。
しかし完全に頭の中から消えていた。
出発前にリュックのチャックを開けて確認しなかったのだ。
何もない森の中では命に関わる。大失敗だ。
呆然としながら自らのやるべきことを口に出した。
「水、探さなきゃ」
水探しを始めるとあっという間に時は過ぎた。おそらく正午はとうに過ぎ、午後になっていただろう。なるべく水分を失わないように気をつけていたが、喉はカラカラだ。これはもういよいよ死ぬかもしれないと思い始めた矢先、彼の目に希望が飛び込んできた。
「家だ!」
辺りが薄暗くてはっきりとは見えないが、明らかに人工物であろう大きなシルエットが見えた。
彼の本能が行けと言う。吸い寄せられるように目標へと近づいていった。
やっとの思いで出入り口の扉の前まで来た。どうやら家で間違いないようだ。
誰かいてくれと祈りながら、期待を胸に戸を叩いた。
「すいませ〜ん。すいませ〜ん!」
「……」
「……」
助けを求める声は酷く掠れていた。
戸を叩く音が深い森に谺する。
もう一度声を出そうとして止めた。
人がいないのに声を出して大丈夫だろうか。いや、死ぬ。残った水分は無駄にできない。
諦めて帰ろうとした時、背後から声が聞こえた。
「どうした?何か用か?少年」
クウヤが振り向くと、そこには人の良さそうな七十歳前後くらいの男性が立っていた。両手にはぎっしり中身が入ったレジ袋を下げている。
クウヤは男性の質問に必死な表情で答えた。振り絞るように出した声が必死さを増幅させていた。
「水を……ください!」
次回 好々爺