第四十七頁 アタッシュケース
男が去ったのを見て、ロッドは魔力を解いた。
女性たちと杯がスッと消えた。
「大丈夫?クウヤ」
ロッドとミクリはクウヤの元へと駆け寄った。
「いてーよー!ここ!にのうでかかたかわかんねーけど、ここ!」
ジンジンと鈍痛を感じる場所を指し、半べそをかいている。
「見せて」
ロッドは優しく声をかけた。
クウヤは服の襟を掴んで肩を露出した。
患部は内出血を起こしていた。
「あ〜、痣になってるね」
「またかよ〜!せっかくはらんとこなおったのに〜!」
クウヤのHPは0になった。
「痛いの痛いの飛んでけ〜」
ミクリは患部をクウヤの服の上から掌で摩って飛ばす動作をした。
「ありがとう、ミクリ」
「うん」
ミクリは感謝されて嬉しそうだった。
ミクリがクウヤに付いている間に、ロッドはビゼーの方に向かった。
「大丈夫?」
クウヤの時と同じように問いかける。
「あぁ。体に傷とかがあるわけじゃねぇ。けど、急にクラッてきてさ。立ってられなくなっちまった」
ビゼーはゆっくり立ち上がった。
ロッドは焦った。
「ちょっ!ビゼー!大丈夫なの?立って?」
「あぁ。休んでって言い方変だけど座ってたら落ち着いてきた。クウヤがヤベェ時に何もできなかったな……いつもの俺でも何もできなかったか。ハハッ……」
(冗談も言えている。ビゼーのことだから自分の体のことは分かってるよね)
ロッドはそれ以上何も言わなかった。
「ビゼー!だいじょうぶか?」
クウヤとミクリも二人の元にやってきた。
「平気だ。今はもうなんともない」
「よかった。なんかめちゃめちゃやられたけど、次はちゃんとたおすよ!」
クウヤの宣言に対し、神妙な顔でロッドが意見した。
「クウヤ。そのことなんだけどあまり楽観的にならない方がいいと思う」
「えっ?なんで?」
「あの人、強い人だよ。本当はもっと」
「えっ?」
「クウヤは分かる?最後、あの人が俺にした攻撃。どんなだったか?」
「いや、知らない……なんかゾワってしたやつあったのは知ってる」
ロッドからの逆質問に何それ、という顔をした。
「感じてはいたんだ。俺が言ったのはそれのことだよ。恐らくビゼーが食らったのと同じ攻撃。それを俺にもしたんだ。殺気みたいなやつ。あの攻撃の理屈は分からないんだけど、魔人じゃない人にあれをやると高確率で気絶しちゃうんだよ」
「攻撃されたのが分かったってことはお前も使えるのか?」
ビゼーが聞いた。
「うん。やり方は説明はできないけどできるよ。危険だから実践っていうわけにもいかないんだけど……」
「あれこうげきだったんだー。ロッドはどうしてへーきだったんだ?」
今度はクウヤが聞いた。
「俺も同じことができるからかも?詳しくは分からない。でもなんともなかったことは事実だし……君たちと俺との違いは魔人としての力を制御できるかってとこぐらいだから、それ関連じゃないかな?」
ロッドの話を踏まえてビゼーが言う。
「ってことはあの男、魔人だってことだよな?」
「うん。九十九パーセント間違いないよ!今まで弱いふりしてたのもクウヤを油断させるための作戦だと思う。この前、あの人の倒れ方が変だったのもずっと気になってたんだ。今考えてみれば、クウヤの攻撃が当たったからわざと倒れたふりをしたんじゃないかな?気絶したふりなんていくらでもできるしね」
「筋は通ってるな」
ロッドの仮説をビゼーは評価した。
「ありがとう!でもなんのために負けたふりなんかしたんだろう?」
どんな考え方をしてもこの疑問だけ道理から外れるのだ。
殺したいなら早くすれば良い。
いつでも実行できる力を持っていながら獲物を泳がせて成長の時間を与えるという不可思議な行動を根拠を持って弁証することができない。
ビゼーが自分の考えを話した。
「素直に信じていいか怪しいけど、アイツが自分で言ってた通りなんじゃねぇか?自身のある奴を屈服させて快感を得るタイプみたいだしな」
言い方からしてロックウェルの言葉をあまり信用はしていないようだ。
ロッドはミクリの意見も仰いだ。
「ミクリちゃんはどう?さっきの人がクリストファー・ロックウェルなんだけど、実際見て心当たりとかある?」
「全然……」
ミクリは首を横に振った。
「そっか……気づいたことがあったらいつでも言ってね!」
「うん」
今度は縦に首を振った。
「まぁ、奴が魔人だったってことが分かっただけでも十分な収穫だな」
ビゼーが言った。
「そうだね。どんな魔力かも分かればもっと良かったな……」
「高望みしてもしょうがねぇ。また時間をもらえたんだし、ポジティブに考えよう」
ロッドは頷いた。
「クウヤ!休むか?」
ビゼーはクウヤに問う。
「いてーけど、だいじょうぶ!行こうぜ!」
四人は先を急いだ。
歩き出したのも束の間、木——ロックウェルが寄りかかっていた木の数本奥——の下。
何かが落ちている。
自然物ではない。
周囲の雰囲気とは全く似合わない白っぽく輝いている物がある。
四人は近づいた。
「それ」をはっきりと双眸に収めると四人は不安を覚えた。
——アタッシュケース。
テレビの向こうでしか見たことのなかった代物だ。怪しげな銀白色の直方体に黒い取手がついている。
それがこれ見よがしに置いてあるのだ。
「忘れ物……だよね?まさかあの人の?」
ロッドは他の三人の顔を見る。
「それはない……とは言い切れねぇな。考えたくもねぇ。つーかロッド。忘れ物以外だったとしたら何だと思うんだよ?」
ビゼーはロッドに問うた。
「意図的に、置いたもの?」
「怖ぇこと言うな!もし仮に意図的に置いたものだったとして、こんなところにこんな物置いといて持ち主はどうするつもりだったんだよ!」
「それは……」
ロッドは言葉を詰まらせた。
「バクダン……とか?」
ニヤッと笑った後、とぼけた声でクウヤはこう言った。
「ヒィッ〜!」
ミクリは声をあげて慄いた。
アタッシュケースから離れ、ロッドの後ろへ隠れた。
対照的にビゼーとロッドの両名は無言で冷たい視線をクウヤに向けた。
「なぁ、アタッシュケースの中身が爆弾だったとしてだぞ?こんな誰も通らない場所に置いとくか?」
「爆弾の可能性がゼロなわけではないけど、テロとか起こしたいならもっと人が多いとこに置くんじゃない?」
尤もらしい理屈を並べられてクウヤは肩を窄めた。
不貞腐れた顔で彼は言う。
「じゃあ、あけてみようぜ〜!中み見ればなにが入ってるかすぐわかんじゃん!」
「やめとけ!人のカバンの中を勝手に見んの。不道徳だぞ!」
ビゼーはクウヤを叱責した。
「じゃあこーばんにもってこーぜー」
クウヤは適当に言った。
「待て!危ないものだったらどうすんだ?」
ビゼーはクウヤを制止した。
「ビゼー、ちょっと遅かったかも……」
ロッドに言われて驚いた。
すぐに止めたつもりだった。
しかし、クウヤは既に持っていた。
黒の取手をギュッと掴んで……
パンドラの箱は重力に任せて垂れている。
中身をガッチリと保護しつつ、自身はユラユラ揺れている。
忘れ物から鞄に昇格し、まるで喜んでいるようだ。
「……何してんだ、お前〜!」
ビゼーはブチギレた。
「ヒィッ〜!」
クウヤとミクリが同時に声をあげた。
「なに?オレ?」
キョロキョロしながら自信を指して問う。
「お前以外誰がいんだよ!何勝手に持ってんだ!」
「だってここにあるより交ばんに……」
「危険物だったらどうすんだって言ったばっかだろ!」
「えっ〜‼︎やっぱバクダン入ってんの〜?」
「落ち着いて!二人とも!」
ロッドが二人の仲裁に入った。
「幸い縦にしても何も起きてないし、あんまり刺激しないようにそ〜っと運べばいいんじゃない?」
「そうだな。取り乱して悪かった。クウヤはもっと危機感ってもんはねぇのか?」
ビゼーは冷静になって謝罪した。続けてクウヤに問う。
「だってビゼーが『バクダンは入ってない』って……」
小さな声で答えた。
ビゼーは大きなため息をついた後、クウヤを戒めた。
「何でもかんでも妄りに触るなよ!爆弾じゃない危険物だって星の数ほどあるんだぞ」
「わかったよ……ごめんなさい」
クウヤは素直に謝った。
「もう持っちゃってるし、気をつけて運ぼう!」
ロッドが言ったその直後だった。
「すみませ〜ん。そのケースはそこに落ちていた物ですか?」
声を震わせながら白衣姿の男性が話しかけてきた。
次回 持主




