第四十二頁 石澤
イシザワ邸を出た後でクウヤ、ビゼー、ロッドの三人はミクリにイシザワ家について聞いていた。
以下四人の会話である。
ク:「なーなーミクリー!さっきお母さんが言ってたこと教えてくれよー」
ミクリ(以下ミ):「あ、はい。長くなるんですけど、大丈夫ですか?」
ク:「へーきへーき。あとけいごとかめんどいからタメ口で!」
ロ:「確かにそのほうがいいね!」
ビ:「名案だな!珍しく」
ク:「へへ、そーだろー!ってだれがめずらしくだ!」
ビ:「いいから聞こうぜ。頼んだミクリ!」
ク:「……」
ミ:「えっと石澤家ってそもそも四つの筋があって……本家、次家、助家、副家の四つです……あっ、四つ……だよ?」
ビ:「無理しなくていいぞ……」
ミ:「ううん!大丈夫です!あっ大丈夫!」
ロ:「自分のペースでいいからね」
ミ:「うん……それで私は本家なの」
ロ:「そうなんだ!ミクリちゃんはお嬢様なんだね」
ミクリは高速で首を振った。
ビ:「じゃあ分家ってのは本家以外の家系ってことか?」
ミクリは首を振った。
ミ:「ううん。本家以外の三家はまとめて亜家っていって分家とは別もの」
ビ:「そうなのか……色々あんだな。悪ぃ、早とちりした」
ミ:「石澤家は長女が継ぐことになってて、次女とか三女は当主が変わったらお家を出なきゃいけないんだって。その出て行った後の家系が……」
ビ:「分家ってわけだ」
ミクリは首を縦に振った。
ロ:「でもクリストファー・ロックウェルをミクリちゃんもお母さんも知らなかったんだよね?どうして分家の人だって分かったの?」
ミ:「分家の人は石澤って名前を使えないから別の名前を使わなきゃいけないの。でもほとんどの人が石澤家のプライドがあるから簡単には名字を捨てられない。だから『石』とか『岩』とかそう言う意味が入ってる名字を使うんだって」
ロ:「ロックウェルか……」
ミ:「本分家の名字だったら記録があるから聞いたことくらいあると思うんだけど……」
ビ:「ほんぶんけ?本家の分家ってことか?」
ミ:「そうです。ごめんなさい」
ロ:「ミクリちゃんが聞いたことないってことは亜家の分家ってことなのかな?」
ミ:「絶対じゃないけどその可能性が高いです。あっ……」
ビ:「言った後ならもう直す必要ねぇよ」
ミ:「うん……ちなみに亜家の分家のことは枝分家って言うの」
ロ:「用語が多いね。もうついていけなくなってる人もいるよ」
クウヤは死んだ顔で歩いていた。
ミ:「あの、みんなが探してる人って何者なの?」
ビ:「あぁ、話しといたほうがいいよな。何故か分かんねぇけどクウヤを執拗に狙ってくる輩がいてよ。もう三回襲われたらしい。俺は二回しか見てねぇんだけどな」
ミ:「お、おそわれたって無事なんですか?」
ロ:「顔は死んでるけど体はピンピンしてるでしょ?だから心配しなくても平気だよ」
ミ:「確かに……」
ビ:「この前付けられた痣ももう治っちまったし、心配ない。気になることといえば、ソイツ、めちゃめちゃ弱ぇんだよ」
ロ:「そうそう!この前も剣で叩いたら倒れちゃったんだよ。しかも鞘に収まったままの剣でだよ!何がしたいのかさっぱり分かんなくて」
ミ:「ふーん。弱いのは分かんないかも」
ロ:「そうだよね。ところでミクリちゃんは亜家の人たちと仲良いの?」
ミ:「助家の美衣稲ちゃんと美唯稲ちゃんはちょっとだけ喋ったことあるけど、他の人たちとは全然。すごい年の離れたお姉さんもいるし」
ロ:(そういえばミクリちゃん人見知りなんだった)
ビ:「ミクリから辿るのは無理か」
ミ:「役に立てなくてごめんなさい」
ロ:「謝る必要なんかないよ」
ビ:「ミオンさんは仲良くないのか?」
ミ:「お母さんは……おばあちゃんとケンカしちゃってて……他の家の人と会う時は当主に言わなきゃいけないから難しいと思う。当主はおばあちゃんだから」
ビ:「そうなのか。すげぇ大変なんだな……」
ミ:「そうなんです……」
ロ:「喧嘩の内容は?俺たちに言っても大丈夫なやつかな?」
ミ:「う〜ん……大丈夫なのかな?でも秘密じゃなかったから……」
ロ:「ミクリちゃん、グレーなら言わなくても大丈夫だよ」
ミ:「私もちゃんと理由が分かんなくて聞いてもいいですか?」
ビ:「聞きたい?」
ミクリは頷くと足を止めて、持っていたカバンからノートと鉛筆を取り出した。
サラサラと何かをノートに書くとビゼーに見せた。
それをロッドとクウヤも覗き込んだ。
ノート:「石澤醜生」
ロ:「何これ?」
ク:「よめねー」
ビ:「ちょっと黙ってろ!」
ミ:「弟の名前です」
ビ・ロ:「えっ……」
ロ:「間違ってない?これ?」
ミ:「ううん」
ビ:「漢字表記がこれってことか?」
ミ:「うん」
——漢字表記。
世界言語が統一された際、氏名を漢字で表記する地域に合わせて戸籍に氏名の漢字表記を記載することが義務付けられた。
出生届の子の氏名を記載する欄には、漢字表記を使用しなくても(カタカナ表記)よい。
その際は漢字表記対応表に従って、届けられた氏名の一音あるいは二音に対応する漢字が当てられることになる。
あくまで漢字表記が義務付けられただけなのである。
反対に特定の漢字を使うことを希望する場合は、出生届に対応する音と漢字を明記する。
熟字訓を使用しても構わない。
大米合衆国では漢字表記はほとんど使わないため、飾りになっていることがほとんどである。
ちなみにクウヤとミクリは漢字表記があり、それぞれ「空也・印度由来」、「美玖莉・石澤」である。
ビゼーとロッドには届けられた漢字表記はない。故に漢字対応表に従うこととなり、それぞれ「比世・杏多宇止」、「呂止・安論尊」と表記する。
ミクリはノートに書かれた「醜」の字を指した。
ミ:「私、この字知らなくて……お母さんに聞いてもこれだけは教えてくれなかったの」
ロ:「お母さん、なんて言ってたの?」
ミ:「もう少し大きくなったら教えてあげるって」
ロ:「どうする?ビゼー?」
ビ:「いずれ分かることだろ?今言おうが、後で言おうが変わんねぇよ」
ロ:「ミクリちゃんに言って大丈夫かな?」
ミ:「?」
ビ:「ミクリ、この名前って誰が決めたんだ?」
ミ:「おばあちゃん!生まれた子の名前は当主が決めることになってるの」
ビ:「そうか……ミクリ、醜は『みにくい』って読む」
ミ:「みにくい?……どういう意味?」
ビ:「美しいの反対の意味だ」
ミ:「?」
ビ:「他になんて言えばいいんだ?」
ロ:「改めてそう聞かれると分からないね」
ビゼーは携帯端末で「醜い」の意味を調べた。
ビ:「あっ……こんな意味だ。『けがらわしい』、『見ていて不快だ』、『見苦しい』……」
ミ:「——!」
ク・ロ:「……」
ビ:「これは……酷いな……怒るだろ、そりゃ……分かってたけど、名前に入れていい漢字じゃねぇ!」
ロ:「醜生君って『醜く生きる』って意味になるよね?……どうして?」
ミ:「分かんない……」
ク:「そんなのかわいそうすぎるよな……」
ロ:「亜家の子もみんなこうなの?」
ミ:「女の子はみんな『美しい』っていう字が入ってるの。でも亜家の男の子は……あれっ?見たことない……」
ク・ビ・ロ:「?」
ミ:「いないのかな?家同士で集まる時も女の子しかいないし、大人も女の人しかいなかった!」
ビ:「どうなってんだ?イシザワ家ってのは?」
ロ:「華々しい表の顔とは別の裏の顔がある、ってことかな」
ビ:「あぁ。ミクリの前で言うのもなんだけど、なんかおかしいぞ」
ク:「もしアイツがイシザワけのしんせきだったらあったときにきいてみようぜ」
ロ:「そうだね」
ビ:「ロックウェルは分家かもって話だからイシザワの内情まで知ってるとは考えづらい。ダメもとで聞き出してみるしかねぇな」
ク・ロ・ミ:「うん」
意図せず見えてしまったイシザワ家の闇。
既にクウヤたちはこの闇に接触していたかもしれないのだ。
イシザワ家とは何者なのか、知っているつもりで、実際にはほとんど知らない。
そして彼らがイシザワの闇と相対するのは、まだずっと先のことだ。
そしてクリストファー・ロックウェルという男。
この男の正体とは……
謎はまだ多い。
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