第三十頁 籠城 参
「ロッド?どうした?」
「何言ってんだ?ロッド?」
理解不能だと言う顔をしたクウヤと理解不能だという声をしたスピーカーの向こうのビゼーがロッドに問う。
「何言ってんの?昨日言った通りでしょ?」
そんな事実はない。
役場占拠作戦はその全てをビゼーが発案・指揮・実行しており、クウヤとロッドは指示に従っていただけだ。
そのはずがロッドは頓珍漢なことを宣っている。
頓知を利かせたのか、無策で突っ走っているだけなのか。
当の本人は悠然としていた。
「えっ……?」
クウヤは言葉が思いつかない。
「君たちがこんなところで捕まるのは色々と良くない。俺と一緒だと後々《あとあと》迷惑をかけてしまうし、俺が犠牲になることで君たちが平穏無事にこの町を出られるならそれでいい」
「だめだ!」
クウヤが叫ぶ!
「ロッドがつかまるならオレもつかまる!」
「やめてくれ!」
藪から棒に口を挟んだのは町長だった。
「君がつ、つ、つ、捕まったら、わ、私が、殺される」
剥き出しの殺意の効果は予想以上に持続するようだ。
「知らねーよ!」
「頼む〜!私を助けてくれ〜!」
目元を腫らして、クウヤのズボンの裾を両手で摘んでいる。
念の為に言っておくが、町長は犯罪に加担しているクウヤが自首することを引き留めているのである。
自らの生存のために犯罪行為の事実を隠匿することを勧める。
本来こんな大人は存在してはならないのである。
この世のものとは思えない会話が繰り広げられる中、ビゼーが町長室に姿を現した。
「ロッド!」
珍しく焦った様子である。
「やあ、ビゼー!」
爽やかにビゼーを迎えた。
「やあ、じゃねぇよ!急にどうしたんだよ?」
「語ることなんかないよ。他の仲間は?」
「はっ?そんなもんいるわけねぇだろ!」
「?」
「?」
不思議な時間が流れる。
「えっ?あっ……いないならいいや。町長!二人を町の外へ」
ロッドは指示した。
「はい!」
腹から声を出して返事をした。
「さあ、こっちだ。ついておいで〜」
猫撫で声でクウヤとビゼーを自分の方へ呼んだ。
ビゼーは簡単には動けなかった。
一刻も早くこの場を去りたいが、仲間を置いていくことなどできない。
「ビゼー、早く」
ロッドが催促した。
ビゼーがロッドを見ると、どこか満ち足りたような不可解な表情を浮かべていた。
意図が完全に不明だ。
しかしビゼーはロッドに対して背を向けた。
ところが事態は思わぬ方向へと舵を切った。
「ロッドをちゃんといえにかえらせろ!」
町長の眼前に剣が突きつけられた。
クウヤが鬼の形相で町長を睨めつけていた。
ビゼー、ロッド、町長は仰天した。
「クウヤ、何を……?」
「お前何してんだ!」
「はっ!あわわわわ……」
三者三様の言葉を発した。
クウヤはビゼーに言う。
「いいのか?このままで。ロッドは何もしてないのにまた悪いことしたふうになっちゃうんだろ?それじゃなんもかわんないじゃん!」
「——!」
ビゼーはハッとした。
(そうだ!クウヤの言う通りだ!このままじゃ何も変わらない!ただただ占拠り損なだけじゃねぇか!リスクと成果が全然釣り合ってねぇ!ロッドは立ってただけだ。この場で責められるべきじゃない!その役は俺が引き受けたんだ!でもこのままじゃ台無しだ。この町長はロッドに全ての罪を着せる。ロッドのためにやったことなのに、ロッドを苦しめてどうする!このままじゃ駄目だ!全員で帰る!絶対に!)
ビゼーの表情が変わったようにクウヤは感じた。
「ど、どうしたんだい?分かった!そこの魔人に操られているんだろう!だから役場を占拠なんて馬鹿な真似をしてしまったんだろう!可哀想に!魔人に利用されてしまったんだね。本当に迷惑な話だ。反抗するなら自分の力で一人でやればいいものを……未来ある若者をこんな私利私欲のために……不憫でならない!大丈夫だ!私が警察に口を聞いてやろう!大丈夫!警察で少し話を聞かせてもらったらすぐに解放されるよ。全ては魔人のせいなんだ。君は悪くない。今すぐに私が助けるよ。おい、魔人!今すぐこの子の洗脳を解け!」
町長は今日一番に声を張って命令した。
「クウヤ!その剣どけんなよ!」
ロッドが何か言うよりも前にビゼーが声を発した。
「おい!町長!ロッドを無事にここから帰さなければ、アンタの生首が飛ぶぞ!」
町長の目の高さに位置していた剣が首の高さまで落とされた。
首に冷たさを覚え、ピクッと反応した。
声を震わせながら、ロッドにいう。
「お〜おい!せ、洗脳を、解けと言ったはずだぞ〜!私にこんなことしておいてタダで済むと思うなよ〜!」
かなりご立腹なのだろうが、エコーがかかったような声で威厳がない。
「そしたら彼らは無罪放免なんですね?」
「そ、そうだ!だから早くしろ!私の気が変わらないうちに!ヒィッ〜!」
首元の冷たさが増した。先ほどよりも多くの面が町長の首に触れている。
「ロッドもいっしょじゃないとこの剣はどけれない!」
クウヤは町長に凄んだ。
「もういいよ。クウヤ。剣を離して」
「いやだ!おまえがいっしょに帰るって言うまでずっとこのままだからな!」
クウヤは断固として意志を変えなかった。
「どうしてそこまで?」
ロッドがクウヤに尋ねる。
「早く洗脳を……」
「黙ってろ!」
「はい……」
同時にロッドへ命令をしようとした町長を、ビゼーが黙らせた。
クウヤがロッドの問いに答える。
「だってロッドはなんも悪くないじゃん。だからみすてない!オレたちだけじゃダメなんだ!」
「俺のことはいいんだよ!君達がそこまでして俺に構う理由なんかないでしょ!俺は大丈夫だから!どうせこの先生きてたって俺は魔人のままだ。普通に生きていくことなんてできない。自分で自分の居場所は見つけられないんだよ!与えられた場所でやり過ごしていれば誰も俺の居場所を奪わないんだ!どんな形であれ、いてもいい場所があるなら俺はそこに居続けたい。望んだものであろうとなかろうと俺の役割を果たすんだ!」
感情を爆発させ、目には涙を浮かべ、押さえ込んでいた心の声を一気に放出した。
「じゃあ、俺が、俺たちがお前に居場所を与えてやる!一緒に来い!それがお前の新しい仕事だ!役割だ!ここに残ったって前みたいに虐げられるだけだ!はっきり言う!この町にもうお前の居場所はない!だからもう一度言う!俺たちと来い!」
ビゼーが声を張り上げた。
クウヤも否定の態度は示さない。真剣な表情でロッドを見つめている。
ロッドは目に水をすりきりいっぱい溜め込んで叫んだ。
「俺は別にこのままでもよかったんだ!俺の生活を奪ったのは君達じゃないか!」
「おまえが!たのしそうにしてた!オレたちとはなしてるとき。でもがーでぃあん?してるときのおまえは死んでた」
「一回しかない人生だ。いつもと変わらない日常を消化し続けるのと予測不能だけど希望に満ちた楽しい未来に賭けるの。お前はどっちを選ぶ?ロッド!」
クウヤとビゼーはロッドの魂に訴えかけた。
ロッドは二つの堤防を決壊させて答えた。
「俺を……必要だと言ってくれる人について行った!前もそうした!……けど……」
「前とは違う。お前を孤独にはさせねぇよ」
「今度こそ……信じてもいいの?」
「お前の居場所を奪ったことは何回でも謝る!だからってわけじゃねぇが信じてくれ!俺たちは絶対に裏切らない!もうお前を一人にはさせない!」
「ビゼーの言うとおりだ!しんじろ!」
ロッドは目を閉じた。
目を開けると同時に口も開いた。
「君たちなら信じられるかもしれない」
クウヤとビゼーは目配せした。
町長から剣を離した。
命の危機を脱するや否や町長は腰を抜かして尻餅をついた。
両腕がガクガクと震えている。
ロッドは溜め込んだ涙を一息で吹き飛ばすように、町長の目の前まで歩いて行った。
立ったまま尻餅をついた町長と目線を合わせた。
「町長!お世話になりました!」
二、三秒頭を下げ、言葉を続けた。
「俺の要求は一つだけです。クウヤとビゼーを無事に町の外に出すこと。それができなければ全力であなたを殺しますから!」
「俺らからも要求が一つ。ロッドを無事に町の外に出すこと。できなかったときは今度こそ……って聞いてねぇじゃねぇか!」
ビゼーは気づくのが遅れたが、ロッドが喋り終わる頃には既に町長の意識は飛んでいた。
「コイツ、俺らの要求分かってるよな?」
「これだけ脅したんだ。大丈夫だよ」
ビゼーはいまいち町長を信用できなかった。
それとは別の心配をする者もいた。
「オレたちつかまんないよな?」
「さっき、俺が捕まるんだったら君も一緒に捕まるみたいなこと言ってなかったっけ?」
「いや、つかまりたくねーもん」
「お前そんなこと言ってたのか?聞きたかったぁ!俺だったら恥ずかしくて言えねぇな」
「いや、それは……」
クウヤは顔を真っ赤にしている。
「フフフッ」
ロッドは笑顔に戻っていた。
「わらうなよ〜!」
「それはいいとして」
ビゼーが話題を転換する。
「おい!」
クウヤのツッコミは無視した。
「そろそろ出るか。町の扉開けっぱなしだし」
「そうだ。色々あって忘れてた。早く戻ろう!」
クウヤ、ビゼー、ロッドの庁舎内から出ていった。
役場の外は思いのほか静かだった。あれだけ騒いだのに警察はいない。
クウヤとロッドは不思議に思いながらも鉄の扉へと急いだ。
対照的に扉の前は騒がしかった。
誰かが通報したのだろう。警察が蛆虫のように湧いていた。
扉の前を完全に塞いでしまっている。
ここを通らなければ町の外に出ることはできない。
三人は脱出のための作戦会議を始めた。
次回 脱出




