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魔人キコウ録  作者: 长太龙
第一篇〜大米合衆国篇〜
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第一頁 進路

一七三二三年六月四日(金)

大米合衆国・アメリカ州・西地区 トアル村


「おじさん!おばさん!行ってきまーす!」

 玄関の扉を勢いよく開け少年は外に飛び出していった。

 足元まですっぽり隠れる黒のガウンを纏い、頭に角帽を合わせた卒業式コーデ。普段とは違うおめでたい服装は彼の足の回転を自然と遅くさせた。

「いってらっしゃーい!」

 見送っていた中年女性が発した言葉など彼の耳には全く届いていない。

 女性が言い終わる頃には少年は既に数十メートル先を驀進していた。慣れない服装をものともせずにとてつもない速さで走っているのである。

 念の為注意しておくが、平時と比較すると明らかにモタついているのだ。

 女性は軽くため息をついた後、呟いた。

「いってらっしゃい、クウヤ……」


 クウヤというのは少年の名である。

 クウヤ・インディュラ、十七歳。どこにでもいる普通の高校生である。元気でお人好し、明るい性格で彼の周りには常に人がいる。そんな彼の最大の特徴はなんといってもその声音である。お手本のような少年ボイス。十七歳にもなる彼だが、声変わりが起こってもいなければその兆しもない。

 それだけならまだしも上背もない。身長一六三センチメートル。はたから見れば完全に小学生だ。彼自身もこのチャームポイント兼コンプレックスをなんとかしたいと思っている。が……人生とは甚だ残酷なものである。


 閑話休題。彼は目の前の一本道を全速力で走り、卒業式の会場を目指している。雲ひとつない青空の下、一本道に沿って一列に並ぶ青木を次々と追い抜いた。


 ひたすら走って会場までたどり着いた。

「やっとだ、やっと卒業できる」

 ニヤニヤしながら独り言を吐いた。会場を見て卒業の実感が湧いてきたらしい。

 いつも遅刻ギリギリあるいはギリアウトで教員からよく叱られるクウヤだが、今日はかなり時間に余裕をもって到着していた。

 辺りを見回す。

 ……誰もいない。

 気合いが入りすぎて、早く着きすぎてしまったようだ。

 彼は同級生を待ち、この後で卒業生全員を迎えた。

 卒業生全員と言っても全部で十人。小さな村の小さな学校の卒業式である。

 案の定、クウヤの早すぎる到着は卒業生全員からいじられることになったのだが、そのおかげもあってか全員が和やかなムードで卒業式に参加することができた。


 三時間後。無事に卒業式を終えた卒業生一同は学校の講堂に会した。

 この村には卒業式の後、卒業生だけで集まる慣習がある。卒業生のみで所謂お別れ会を開催するのである。この集まりでは二、三時間講堂を貸切状態にして仲間と過ごす。

 今年の卒業生も例年通り仲間たちと談笑したり、飲食をするなどして楽しんだ。


 そろそろ解散という雰囲気を醸し出した折、ある女子生徒がステージ上に移動し、参加者らにこう問いかけた。

「ねぇ、みんな!最後に将来の抱負、言い合おうよ!今日で最後だし、一言挨拶とかでもいいからさ。ど〜お?」

 聞きとりやすい、可愛らしい声である。

 反対意見はあがらなかった。

 全員が小・中・高と一緒で、一緒に授業を受けており、全員が全員と仲が良い。彼らの十年以上にも及ぶ付き合いは、結束力を強く、絆を固くしていた。

 提案した女子生徒は卒業生ともだち全員の表情を一人一人軽く確認した。嫌な顔をしている人もいない。決まりね、と言うとそのまま自らの抱負を語り始めた。

「じゃあ、私から。私は大学に進学します!一生懸命勉強して……卒業したらお父さんの仕事を継ぎます!少しでもお父さんみたいになれるように勉強頑張るから、みんなも頑張ってね!以上です!」

 声高に宣言して、深く一礼した。

 パチパチパチパチ……

 発表が終わると講堂は大きな(?)拍手の音に包まれた。

「じゃあ、次はみんなの番ね」

 彼女はステージから降りた。

 それから彼らは自らの意思、目標、抱負を簡潔に語っていった。田舎の高校生ゆえ、家業を継ぐ人がほとんどであり、進学という進路(みち)を選んだ者は少なかった。特に大学への進学を選択したのは提案者の彼女だけだった。


 パチパチパチパチ……

 九人目の生徒の宣言が終わる。

 次が最後。大トリは……なぜかクウヤである。

「早くしろよ」

「期待してるよ」

「しっかり締めろよ」

 恐らく謀られたのであろう。煽る声が飛び交う。それに対処し(ツッコミ)つつ彼はステージに向かった。ステージの中央まで行き、皆の方を向く。

 ——直前までの喧騒が嘘のように場が静まり返った。呼吸すらも雑音と判定されかねない静寂。

 聴衆の温かかな視線がクウヤへと向けられた。

 クウヤをじわじわと緊張させる。

 時間経過に伴って期待度が指数関数的に上昇していく。

 緊張を振り払うようにギュッと目を瞑り、パッと開く。ゆっくり息を吸い、ゆっくり息を吐く。

 ついに覚悟を決め、口を開いた。

「オレは……旅に出る!」

 ——聴衆は口をあんぐりとさせ、目を見開いている。しかし目線は変わらず登壇者に向けられていた。

 変わらなかったことがもう一つ。会場の沈黙も継続していた。しかしその視線や静寂はほんの数秒前のそれらとは明らかに性質をことにするものであった。

 永遠とも一瞬とも思えた沈黙の後、卒業生たちは言葉を思い出したかのように一人また一人としゃべり始めた。次第に騒音と化した。

「旅って……冗談だよね〜?本気で言ってんの〜?」

「世界情勢分かってるのか〜?鎖国してんだぞ。勉強してたら分かるじゃん!普通に無理だろ!」

「変わってるとは思ってたけど狂ってるとは思わなかったわ〜」

 次々と野次が飛ぶ。


 このように言われるのは無理もない。

 クウヤたちが住む国、大米合衆国だいべいがっしゅうこく米国べいこく)は現在鎖国状態である。他国の情報は完全にシャットアウトされ、インターネットで他国の情報を検索できず、他国のサイトを閲覧することもできない。

 さらに四大国(よんたいこく)と呼ばれる列強国は冷戦状態にある。この冷戦が鎖国の原因だ。従って鎖国しているのは米国だけではない。

 四大国とは米国、欧州連合国おうしゅうれんごうこく欧連おうれん)、サハラ共和国(サハラ)、極東新帝國きょくとうしんていこく東國とうこく)の四ヶ国を総称する言葉である。

 鎖国中とはいえ、あまりにも影響力が強いために、四大国の正式名称と略称だけは学校で習うのだ。

 このような世界情勢となってしまった原因は東國による各地の強制併合だと言われている。

 その昔、東國の前身であった国家が地理的に近い国々を次々と武力で捩じ伏せたという話がある。

 これが引き金となり、世界中で国同士が連合し、あるいは小国を吸収して大規模な国家を作り上げる運びとなったらしい(鎖国状態は何十年も続いており、情報も規制されているため、詳細は知り得ない)。

 授業中、眠りこけていたクウヤはこのような基礎教養(じょうしき)を知る由もなかった。

 しかし旅をするという意志は本物であり、揺るがない。


「なあ、本当はどーすんだよー?」

「お笑いいらね〜から!空気読めって!」

「笑えねーからやめろ!そういうの!」

 クウヤは面倒な事態になったことを悟った。

 ここでクウヤが怒気を込めて叫べば静まっただろう。

 しかしそこまでする理由がなかった。元々余興の一つ。みんなが楽しんでいるならそれでいいと思った。

 聴衆はクウヤの発言を冗談だと思っていた。ゆえに茶化している。

 クウヤも自身の発言を冗談にしようと思った矢先、憤慨の叫びが会場に轟いた。

「みんな、やめなよ!」

 ——野次がピタリと止んだ。再び会場が静寂に包まれる。

 怒声の主はこのコーナーの企画者である女子生徒だった。聴衆の視線がクウヤから彼女へと移った。

 十年以上一緒にいて初めて見る彼女の表情と聞く声は、一同の甚だしい驚嘆を誘っていた。

 皆が固まっている中、彼女は続けて言った。

「クウヤが真剣に悩んで一生懸命考えた進路なんだよ!みんながどうこう言うのは違うんじゃない?自分で決めた道を笑われたら嫌でしょ!クウヤの気持ちも考えなよ!」

 彼女の言葉により、聴衆はクウヤの発言が本気であることを理解した。しかし理解したところでどうすればいいのか分からない。鎖国と旅。矛盾する二つの単語が卒業生らの脳内を圧迫した。

 謝罪の言葉を紡ごうとした者もいたが、この状況で発言できるほどの強心臓の所有者はおらず、口をモゴモゴさせるにとどまっていた。


 抱負発表会コーナーの提案者、名はスカーレッド・ヴィオラ。文武両道、才色兼備の生徒会長兼学年委員長である。後ろで一つに束ねた艶やかなロングの(あか)い髪が特徴的な学校のマドンナだ。学校では同級生はもちろん、上級生、下級生問わず人気があり、教師からも信頼されている。学校外でも老若男女問わず一目置かれる存在のまさに絵に描いたような美少女優等生だ。


 スカーレッドの言動には例外なくクウヤも驚いていた。彼も混乱してしまい、無意識にスカーレッドの方を見た。一方のスカーレッドは真剣な表情でクウヤを見ていた。

 スカーレッドの顔を見てクウヤは記憶を取り戻したかのように発表を続けた。

「あっ……、えーっと、まぁ、とにかく、うん、オレは、旅ぃ、しようとしてるんだけど……そのー、世界中の、色んなとこ行って……なんか、オレの知らないモン?……とかいっぱい見たりとか……あとー……なんだろうなー。まぁ、そんなかんじでやってみたらなんか……こうなんていうか、色いろわかるかも知れねぇーし!まぁ、そういうこと!終わり!」

 動揺しすぎて彼自身も自分で何を言っているのか、何が言いたかったのかさっぱりわからなくなっていた。

 パチ、パチ、パチ、パチ、スカーレッドが拍手を始めるとそれにつられたようにみんな拍手しだした。

 クウヤはまばらな拍手に包まれながら、降壇した。

 拍手が止むとなんとも形容し難い微妙な空気が満ちた。

 結局閉会の言葉的なものもなく、楽しいはずのお別れ会は流れ解散となってしまった。


 クウヤが学校を出ようとすると校門の前にいたスカーレッドに話しかけられた。

「ねえ、クウヤ。大丈夫?」

 彼女はクウヤの発表以降、彼を心配していた。

「ごめんね。私が余計なこと言ったせいで……雰囲気も壊しちゃったし、クウヤが色々言われることになっちゃって」

 言い方から後悔の念が感じとれる。

「あっ、私は、応援してるよ。私の夢を応援してくれたからってわけじゃないけど、クウヤも自分のやりたいことやってほしいからさ」

「べつにあやまることねーだろ。おまえのせいじゃねーし。それより、サンキューな、さっき」

「あぁ……うん」

 スカーレッドは照れくさそうに返事した。そして真剣な顔になった。

「ほんとに行くの?あっ、止めてるわけじゃないよ!心配でさ。ほら、社会の授業でやったでしょ。みんなも言ってた、鎖国中だし冷戦状態じゃん?」

「サコク?レーセン?なんだソレ?」

 とぼけたように言ったが、クウヤは至って真剣だった。

 スカーレッドは呆れて、口調強めに言い放った。

「なんで鎖国も冷戦も知らないの!ほんっと授業何も聞いてないんだから。そういうところが心配なの!」

「まぁ、まぁ、だいじょぶだよ!へーき、へーき、しんぱいねーって。それより、おまえもかじ屋がんばれよ!じゃあオレ、じゅんびあるから!じゃあな!」

「えっ、あっ、ちょっ……と……もう!」

 自分の言いたいことだけサクッと言ってクウヤは帰宅してしまった。

 スカーレッドはクウヤの行動に一瞬イラッとしたが、自分の提案でクウヤを傷つけてしまったという自責の念から理性で怒りを鎮めた。

「あっ、そうだ」

 冷静になった彼女は急に何かを思い出し、足早に帰宅した。

次回 準備

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