第十六頁 競馬
協力者の捜索は難航したが、次のレース前までに見つけることができた。
先ほどの失敗(?)を活かして協力者の行動には細心の注意を払う。
第二レースも十頭の馬による競争だった。
クウヤは五、三の馬単に第一レースで得た一万八千円を全額ベットした。
この行動にビゼーは思うところがあったようだが口は出さなかった。
協力者はクウヤの予想に乗った。ビギナーズラックに賭けてみたくなったらしい。
レースは何度も先頭が入れ替わる大混戦となった。最後の直線。五番が抜け出し一着。その後三頭の馬による激しい二位争いを制して三番が二着。三着、四着に四番、九番と続いた。
しかし三着以降がどうなっていようとクウヤたちには関係がない。二着の馬がゴールした瞬間、レースから目を離していた。
オッズは三十四・三倍。一万八千円が六十一万七千四百円に化けた。
その中から謝礼として二割、十二万三千円(百円未満切り捨て)を協力者に支払った。
現在の競馬関連資金、四十九万四千四百円也。
「おぉ〜!すげぇ〜!もうむてきじゃん!」
クウヤはゼロがおよそ五十万に膨れ上がったことに大きな感動を覚えていた。
「あんま調子乗るなよ!必ず当たるわけじゃないんだからな!」
「い〜やっ!なんかもうはずれるきがしない!」
脳汁がクウヤの頭を満たし、顔中の穴から溢れ出しそうになっていた。
一方のビゼーはとても冷静だった。
「そんなこと言ってっと外れるぞ!はぁぁ〜、なんかすげぇ疲れたな。休んでいいか?」
「えぇ〜!まだおひるまえだぞ!」
熱気立ち込めるレースでかなり時間が経っていたように感じていたが、時刻はまだ午前十一時にもなっていなかった。
「マジか!でもすげぇ体が重いんだよ。まだ残りのレースもいっぱいあるし、今日中に金を集める必要もない。一旦次のレースは見送らないか?」
ビゼーはとても疲れた顔をしていた。
クウヤはそれを見て思った。
(おとといでんしゃのって、きのうも町の中見てきて、今日も人さがして歩きまわってるし。ビゼー、ぜんぜん休んでないよな。しょうがねーか)
そしてビゼーに言った。
「わかった。じゃあメシ食って休けいしよう!」
「悪ぃ。今まで仕事しててもこんな疲れたことなかったんだけどな」
「まったく、体力ねぇな!」
冗談混じりにクウヤが言った。
二人は食堂へと向かった。
競馬場内の食堂の椅子に座るや否や、ビゼーは干からびたように椅子にもたれかかった。
一緒に過ごしてきた中でここまで脱力したビゼーの姿をクウヤは見たことがなかった。流石に心配になってくる。
「なぁ、ビゼー。だいじょうぶか?」
「大丈夫だ。長旅で疲れただけだと思う。情けねぇな」
「オレ、おまえのぶんのひるめしも買ってくるよ。何がいい?」
「カツカレー食いてぇな」
「めっちゃガッツリじゃねーか!」
少なくとも具合が悪い人間が頼むメニューではない。
「食欲はめちゃめちゃあるんだよ。だから心配いらねぇ。食ったらちょっとは良くなるはずだ」
「オ、OK!じゃあ買ってくるよ!そのかわりちゃんと元気になれよ!」
クウヤは食券を買いに駆けた。
昼食を済ませ、二人は午後のレースの馬券を買うため、人探しに奔走していた。
飯を食ってビゼーの調子も回復したようだった。
なんとか協力者を得ると、今回のレースでクウヤは一、三のワイドを選択した。賭け金は十万円。
これでも控えめにした方なのだ。
馬券を決める際、クウヤは迷わず三連単、全額ベットを宣言した。
それをビゼーが静止した。まだ一攫千金を狙うタイミングではない。今はリスクを減らし、軍資金を貯める動きをするように促したのだった。
クウヤはウキウキでレースを待った。
レース後、クウヤは落胆していた。
一番は二着だったものの、三番が九着と振るわなかった。
的中ならず。
ビゼーの方に目をやると、午前中と同様かなりお疲れ気味だった。
「ビゼー、ほんとにだいじょうぶか?」
「昼飯食って回復したんだけどな。また疲れてきた。気を取り直してもう一レースやってみよう。次ダメだったら今日は終わりにするか」
「わかった」
そう言ってクウヤは再び人探しを開始した。ビゼーには待っているように伝え、彼もそれを了承した。
彼らにとって四回目のレース。予想は前レースよりもさらに控えめに、四番、複勝に一万円。
しかし負けてしまった。
後半二レースで十一万円の負け。さらに馬券購入の謝礼で二人の協力者に一万円ずつ。計十三万円を消費した。
現在の競馬関連資金、三十六万四千四百円也。
初期費用が全くかかっていないため気持ちに余裕はあったが、有終の美を飾れず、二人は勝っている気がまるでしていなかった。
さらに悪いことにビゼーの体調も悪化してしまった。
レース前の言葉通り、今日のところは撤退し、ホテルへ帰った。
部屋に戻った瞬間ビゼーはベッドに横になり、まだ夕方であるにも関わらずそのまま眠ってしまった。
クウヤは今日のレースを振り返り、後半大敗した原因を自分なりに考えようとした。
しかし頭脳が足りなかった。
ビゼーに頼りきっていた自分を恨みつつ、明日出走予定の馬について必死に調べ始めた。
気が付くと辺りが暗くなっていた。空腹になっていたことにも気づいてしまい、近くのコンビニで弁当を買って食べた。
夢中になって調べ物をしていたため、かなり目が疲れている。
明日、影響が出ないよう早めに就寝することにした。
明日は負けない。
そう意気込んでベッドの上で目を閉じた。
一方のビゼーは、夕方に眠りについたまま一度も目を覚ますことなく翌朝を迎えたのだった。
一七三二三年七月六日(火)
大米合衆国・アメリカ州・西地区 ラスベガス
競馬で荒稼ぎ大作戦——クウヤ命名——二日目。ビゼーの体調も良くなったようなのでこの日も朝一番のレースから賭けていくことにした。
まずは恒例、協力者探しから。
幸先よく一人目の声掛けで成功した。どうやら前日にあらゆる人に声を掛け続けた結果、一部の常連の間で噂になってしまったようだ。
噂になろうが二人のやることは変わらない。
第一レース、クウヤはひとまず複勝を狙うことにした。まずは前日の負けた分を取り戻す作戦だ。
結果は的中。しかも予想した馬が一着だった。
このレースで三万六千円を獲得。そして昨日と同様、謝礼としてそのうち二割を協力者に渡す。
万が一負けた場合にも一万円の謝礼を渡す。それに関しても昨日と同様にやっていくことにした。
その後、第二レース、第三レースも同じ人に協力してもらうことになりどちらのレースでも単勝を的中させた。
クウヤの一夜漬けの成果が出たのだろうか。どちらのレースも着差が二馬身以上であった。
午前のレースを全て終え、現在競馬関連資金は五十四万六千二百円也。
絶好調のまま昼食休憩を取る。
二人も上機嫌だった。昼食を食べながら話す。
「いいかんじだな、ビゼー!」
「このままいけたらいいな」
「うん!そういやさ、だいじょうぶか?」
「あぁ、昨日はめちゃめちゃだるかったけど今日は平気だ!」
「かぜか?」
「風邪は一晩じゃ治んねぇだろ!薬飲んだわけでもないのに。ただ疲れてただけだ」
「まあ元気になってよかったよ!」
「原因不明だからちょっと怖ぇけど、今んとこ何もないから大丈夫だろ。心配かけて悪かったな」
「ビゼーも当たりもぜっこうちょうだな!」
「……上手いこと言ったと思ってんのか?」
「…………」
「おしっ!この調子で午後もガンガン当てるぞ!」
「おう!」
二人はエネルギーを満タンにチャージして午後のレースに挑んだ。
第四、第五、第六レースをそれぞれ馬連、馬単、馬単と予想をし全て的中。競馬関連資金もおよそ千四百万円になっていた。
全てが順当に進んでいた。しかし最後まで上手く事が運んだわけではなかった。
「うっ」
第七レースの協力者探しに赴こうとした時、ビゼーがその場に膝を着いてしまった。
しばらく立ち上がれなかった。
突然の出来事にクウヤもその場で固まってしまった。
「ビゼー?」
クウヤがようやく声をかけることができた時、ビゼーは床に掌を着けて四つん這いになっていた。そればかりか呼吸も荒くなっている。
クウヤは徐々に怖くなってきてしまった。
目の前で人間がしかも知り合いが、友人が四苦八苦している。己が身も震えてくる。
(助けなきゃ!)
恐怖を切り裂き、一歩を踏み出した。
「ビゼー!助けよんでくる!もうちょいがんばれ!」
「行くな!」
ビゼーは鬼の形相でクウヤを引き留めた。既に駆け出していたクウヤは急停止した。
「俺は大丈夫だ!」
「どこがだよ!きのうからぐあいわるそうだったじゃん!」
「ただでさえ噂になってんだ。救護室なんか行ったら面倒なことになる」
「そんなこと言ってるばあいじゃないって!今だってめっちゃ目立ってるし!」
「大負けして人生終わった奴ってことにすれば大丈夫だ。で、お前がそれを慰めてる。それでいい」
「でも!」
「クウヤ、悪ぃけど今日はこれで帰ろう。また休めば良くなると思う」
クウヤは悩んだ。ビゼーの言う通り引き上げるか、ビゼーを無視して助けを呼ぶか。
昨日もビゼーは体調悪そうにしていた。
両日とも朝は症状がなかった。
昨日と症状が同じであれば、寝たら明日の朝には治っていそうだ。しかし考慮しないわけにはいかない。——重病説。
兆候があったのにほったらかしたとあれば由々しき事態だ。
一度ビゼーの様子を窺う。
目を見開いて睥睨している。
しかしかなり辛そうだ。
クウヤは目を閉じた。
三秒後決断を下した。
「わかった。きょうはかえろう。でも次同じことあったら、ぜったいびょういん行くからな!」
ビゼーの目をじっと見ながら訴えた。
最大限ビゼーの意見を尊重しつつ、命を守れる確率が高い選択をしたつもりである。
ビゼーは表情を和らげていった。
「サンキュー。悪いけど肩貸してくれ。立てるか怪しい」
クウヤはビゼーを立たせて体を支えた。
支えて感じた。ビゼーは地面を踏ん張ることができていない。
本当に病院に行かなくていいのか再度尋ねた。
それでもビゼーの答えは同じだった。
二人はゆっくりと競馬場を後にした。
部屋に帰ると、ビゼーは昨日と全く同じ動線——クウヤに支えられながらではあるが——でベットに辿り着くと、そのまま眠ってしまった。眠ったと言うより気絶したと言う方が正しいかもしれない。
それを見てクウヤの脳裏に最悪の結果を示す漢字一字がよぎる。
「起きる……よな……ビゼー……」
祈りながら呟いた。
次回 考察