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魔人キコウ録  作者: 长太龙
第一篇〜大米合衆国篇〜
16/79

第十五頁 ラスベガス

一七三二三年七月五日(月)

大米合衆国・アメリカ州・西地区 ラスベガス


「よしっ。クウヤ、荒稼ぎすんぞ!」

 ビゼーは声高に意気込んだ。

「あのさー……ギャンブルって言うからなにやんのかと思ってたらさ、けいばかよ!」

 午前八時、ラスベガスの競馬場の前に二人は立っていた。

「しょうがねぇだろ。昨日色んな賭博施設回ってみて分かったんだけど、俺が思ってるよりだいぶセキュリティが厳しかったんだよ!やっぱ二十歳未満ってのがネックだよなぁ」

「けいばだってやっちゃダメだろ!」

「それはそうだけど、入れるからな」

「おまえすごいこと言ってんのわかってる?」

「別に法律を破るわけじゃない。法律の盲点を衝くだけだ」

「……」

 ビゼーがあまりに恐ろしいことを淡々と言うので、クウヤは怖くなってきた。

「あくまで資金調達だ。危険は冒さねぇよ。だからなるべく人がいない平日を選んだんだ」

「どゆこと?」

 クウヤにはビゼーの話の論理が分からなかった。

「平日の朝っぱらから競馬場こんなとこ来る大人なんていうのは、大概競馬で生計立ててる生粋ねっから賭博厨ギャンブラーだ。こっちがちょっと金出せば乗ってくるだろうし、金ない奴(そんなの)ばっかりだったら協力してくれる人を選定する手間が省ける。人が大勢いる中、声かけまくると悪い方に目立つからな」

「たしかに。でもオレたちのたのみきいてもらえるかなー?」

奴等やつらは金が欲しいんだよ。金をちらつかせれば余裕だ。さっそく声かけに行くぞ」

 クウヤはビゼーの勢いに押されてただただついていくことしかできなかった。

 ビゼーはだいぶやる気のようだ。クウヤは言われるがままビゼーについていった。


 最初に目をつけたのは六十歳かんれきは超えているであろう中年親父だった。かなり柄の悪い顔をしている。

 親父は競馬場の外壁にもたれかかって座っていた。驚くことにこの機械化の時代に新聞を広げている。よっぽどの競馬狂いなのだろう。

 二人は堂々と近づいた。

「あの〜すみませ〜ん!」

 躊躇いなくビゼーは話しかける。

 クウヤはそれを二、三歩離れたところから見守った。

「あぁ?」

 親父は掠れた声で反応した。新聞は広げたまま、顔だけビゼーの方を向く。なんだか機嫌が悪そうだ。

「お頼みしたいことがありましてぇ、宜しければ聞いていただけますか?」

「おらぁ忙しいんだ。どっか行け!」

 親父は強い口調で追い返そうとする。

 クウヤは無理だと悟ってその場を後にしようとした。

 しかしビゼーはすぐには後ろを向かなかった。

「そうでしたか。俺達競馬初心者で、馬券の買い方がわからなくて。色々教えていただきたかったんですが……すみません、お時間ない中お声掛けしてしまって。失礼します」

 こう言うとビゼーはゆっくり回れ右をして親父から離れようとした。

「おい!」

 突然だった。親父がビゼーを引き留める声だった。

「競馬知らねぇのか?」

 ビゼーは再び回れ右をして答えた。

「はい、ほとんど知りません」

「そんなんで勝てると思ってんのか!そんな甘い世界じゃねぇんだよ!ったく!こっち来い!」

 言われるがままビゼーは近寄っていく。途中でクウヤを見て、こっち来い、というジェスチャーをした。

 気が乗らないクウヤだったが、とりあえず行ってみることにした。

 親父は二人に、座れ、と言う。

 二人は指示に従った。

 すると親父は語り出した。

「いいか!競馬ってのはデイタが大事なんだ!分かるか?デ・イ・タ!例えば今日の第一レースの出走馬。一番のウィンカイショウ。コイツの父親は史上最強馬と呼ばれているピャーラパリバールで…………」

 などと長いこと競馬講座が開かれた。

 しかしこれのおかげでクウヤとビゼーはなんとなく強い馬の見分け方を理解することができた。

 どうやら出走馬の血統がとても大事で他にもレースの距離、得意なコース、時間帯、これまでの成績、馬の体格、パドックでの様子など見定めるべきデータがたくさんあるらしい。

 一気に言われても覚えられるわけがないので、畢竟ひっきょう運頼みになりそうだ。

 一通り喋った後、親父はとても満足げにしていた。

 当初と打って変わってにこやかな表情を見せている。

 その親父は自身の左腕につけた腕時計を見ると、焦りの表情を作った。

「おっ、ヤベッ。そろそろレース始まっちまう。馬券買いに行くぞ!」

 親父は急いで駆け出した。

 二人もそれを見て駆け出した。


 券売機の前でも親父は喋り続けていた。

「いいか?ここで馬券を買うんだ。どの種類の馬券にいくら賭けるか決めろ!お前らは初心者ビギナーだかんなー……まずは単勝で様子見とくのがいいんじゃねぇか?」

「クウヤ、何賭けるかはお前に任せる」

 小声でビゼーが囁いた。

 任せると言われてもどうすればいいのかクウヤには分からない。そこで親父の予想に完全に乗っかることにした。

「そうか、んじゃ一番単勝に五万だな!お前ら初めてなんだろ?ここは俺が奢ってやるよ!」

 クウヤとビゼーは驚いた。なんて気前のいい親父なのだろうか。

 断る理由もないのでやりたいようにさせた。

 親父は機嫌良く馬券購入の準備を始めた。

 買う様子を見てみると網膜認証をしている。

「やっぱ、俺らじゃ買えないっぽいな。あれで二十歳以上か確かめてる」

「よかったな。あの人に買ってもらって」

「そうだな」

「なぁ、ビゼー」

「うん?」

「たんしょうってなんだ?」

「一着の馬を当てる馬券が単勝。お前が選んだ馬、あの親父も言ってた通り人気高いらしいからバックはあんまねぇかもしれない。でも初戦だし競馬を知るには丁度いいんじゃねぇか?」

 今回彼らが選んだ馬、ウィンカイショウ。親父曰く、今回のレースで高順位をとれる条件が重なっているらしい。長くなるので説明は割愛する。

「えっ⁈お金そんなもらえないのか?」

「単勝の一番人気だからな」

「いっぱいもらうにはどうすりゃいいんだよ?」

「単勝より当てるのが難しい馬券を買えばいい。複数の馬の着順を当てるやつな。他には人気がない馬を選ぶとか。その分外しやすくもなるから注意しなきゃいけねぇけどな」

「おまえがオレのうん、なんとかしてくれんじゃねーの?」

「……それはやってみるまで分からねぇ」

 そんな会話をしていると親父が帰ってきた。

「おう、買ったぞ。お前らのが当たったら七、三な」

「少……!まぁ、いいですよ」

「おっし、会場行くぞ!」

 一行は会場へと歩き出す。

「しちさんって?」

 クウヤがビゼーに問う。

「分け前だよ。七対三、もちろん俺たちが三だ。そんなこったろうとは思ったけど。まぁ、俺ら一銭も払ってねぇんだしもらえるだけマシだな。もし負けてもマイナスもねぇ。ノーリスクだからしょうラッキーだな」

「えっ?オレのよそうなのに」

「いや、お前は親父の予想に乗っかっただけじゃねぇか。それに親父ああいうのが勝った金全部やるなんて言うわけないだろ。頭、お花畑か!」

 ビゼーに怒られ、クウヤはシュンとした。


 もうすぐレースが始まる。

 平日だということもあり席はかなり空いている。人はそこまでいないが、夏の暑さとは異種の熱さを感じる。

 レース二分前。馬券購入の締め切りアナウンスが流れた。

 場内は緊張に包まれる。

 出走馬たちもレースのスタート地点でゲートが開くのを待っている。

 雰囲気に飲まれてクウヤの顔はガチガチになっていた。

 それをビゼーは冷ややかな目をしながらも静かに見守る。

 ビゼーが親父の様子を見ると、親父もガチガチに緊張していた。先程までの饒舌はどこへいったのだろうか。ずっと遠くを見たまま喋らない。

 ビゼーは更に周りを見渡してみる。

 視界に入る人間全員が固唾を飲んでいる。それも見るとこ見るとこ中年親父しかいない。皆同じ表情で同じ場所を見ている。その視線の先には馬。いや、騎手か。どちらでもよい。

 ビゼーは馬鹿らしくなってきた。自分は一体何をしているのか、つい考えてしまった。

 ビゼーがボーッとしている間にゲートが開いた。

 二千メートル、十頭の馬によるレース。スタートダッシュに成功したのは三頭。一番ウィンカイショウ——三人が選んだ馬——、二番セキハイジテン、三番ブロンズメダル。一、二、三番が順に一、二、三着となる面白い立ち上がり。しかしこれは下馬評の通りだ。

 第一コーナーを曲がっても下位の変動はあるものの、上位は変わらない。更には三着と四着の間に大差がついていた。盛り上がりに欠けるレース展開の中、レースは最後の直前。ここにきて、これまで四番手に着けていた四番レッツゴーアワードが脅威の追い上げを見せる。三着との差がみるみる縮んでいく。これは追い越すのか追い越さないのか。観客が注目する。大事な三着争いが一馬身差へと迫った時、先頭がフィニッシュした。

 そのまま二着もフィニッシュ。

 注目の三着争いもデッドヒートを繰り広げたものの結果的に何も起こらず。順当に三着、四着。

 やがて全ての馬がゴールし、大きな盛り上がりもなくレースは終了した。

 レース展開はなんとも言えないものだが、金を賭けた者(ギャンブラー)たちにとってそんなことどうでもいいのだ。

「行けっ‼︎行けっ〜〜〜‼︎そうっ‼︎そのままっ‼︎うおぉぉぉぉぉぉぉっっっっ〜〜‼︎」

 決着と同時にクウヤと親父は大きなハイタッチを交わし、抱き合う。抱き合いながら、お互いの背中を叩き合う。

 レース前に冷静だったビゼーも興奮していた。

「当たった!」

 コンパクトにガッツポーズを見せた。

 数秒騒いだ後、安穏を取り戻し親父が言う。

「つい騒いじまったがまだだ。ま〜だ喜ぶのは早い。確定するのを待て」

「かくてい?」

 クウヤが尋ねる。

「あれを見ろ!」

 親父が指差した先には着順を示す掲示板があった。

「あそこに確定が出るまで油断するな。まぁ今回は大丈夫だと思うが……おっ!」

 丁度良いタイミングで確定が出た。

 I 1

 II 2

 III 3

 IV 4

 V 5

 という表示が出ている。

 勝った。

 満足いくまで喜び、親父は破顔一笑で二人に声をかけた。

「お前ら払戻するか?」

「はい!」

 二人で口を揃えて返事した。

 券は親父が持っていたので二人は払戻す親父を見ながら待機した。

「払戻の時は網膜認証ないんだな」

「オレたちでもできるってことだよな」

「あぁ、面倒なのは買う時だけだな」

 そんなことを話していると親父が戻ってきた。

「ほいっ、分け前だ」

 目をやると紙幣の数が思ったより少ない。

 実際に手に取って金額を確認する。

 一万円札、五千円札とそれから千円札が三枚。

「はっ⁈一万八千円⁈これだけ?」

 ビゼーは取り乱していた。

「計算は合ってるぞ」

 親父は弁明する。

「お前らは一の単勝に五万賭けた。配当が百二十円だから……」

「百二十円⁉︎」

 ビゼーは衝撃を受けた。

「おぉ、そうだ。一番人気だかんな」

 ビゼーは後悔した。オッズぐらい見ておくべきだった。

 人気な馬だとは聞いていたが、まさかこんなにも人気だったとは。

 「データが大事だ」

 ビゼーはこの言葉を反芻した。

「そういうわけだ。お前らも頑張れよ!じゃあな!」

 去っていく親父の後ろ姿はすこぶる嬉しそうだった。

 去り行く親父の背中を見ながらビゼーは考える。

親父アイツは全部で十万払っているはず。オッズが一・二倍なら今のレースで二万勝ってるはずだろ。そっから俺らがもらった一万八千を引いたら残りが十万二千……くそっ、黒字かよ!だけどあんなに喜ぶほど勝ってるか?——あっ?)

 ビゼーは思い出した。

 馬券購入後、券売機から戻ってきた親父の手には馬券が二枚あったのだ。

「まさか!」

「どうした!急に!」

 突然叫び出したビゼーに、クウヤは驚いた。

「クウヤ、やられた!」

「ん?なにが?オレたちお金もらえたじゃん」

「まぁな……うーん、そう考えることにするか」

「よくわかんないけどさ、このお金で次も当てればいいんだろ!なんかいけそうじゃん!運もいい感じっぽいし」

「何回も言ってっけど一回じゃ分かんねぇよ。さっきのはたまたまかも……いや、効いてるかもしれない」

「?」

 ビゼーが叫んだ後から、クウヤの頭の上にはてなが大量に浮かんでいた。

 それを察してか、ビゼーは丁寧に説明した。

「あのおっさん、馬券二枚買ってたんだよ。俺らが当てた単勝とは別にもう一つ」

「おじさんの分とオレたちの分じゃなくて?」

「可能性はゼロじゃない。でもそんな面倒なことするか?」

「自分も同じ予想するなら一枚で買えばよくないか?どうせ払戻も自分でやるんだしさ」

「たしかに」

「それに単勝が当たった喜び方じゃなかったろ?俺らから離れた時」

「そうか?」

「もし本当に単勝しか買ってなかったら収支は(プラス)二千円なんだよ」

「二千円もらったらうれしいじゃん!」

「たしかに嬉しいけど!あのおっさんが二千円で満足すると思うか?」

「うーん……思わない?」

「だろ。あくまで俺の推測だけど、口では自分も単勝に賭けるって言ってたけど、実際単勝で買ったのは俺らが予想した分だけで、自分は別の予想をして、それが当たったんじゃないか?なんか順位を確証してたっぽいし」

「ふ〜ん。でも当たったんならよくね?だってゼロが一万八千円こんないっぱいになったんだぞ!」

「ポジティブだな。ま、おっさんも当たったから運もちゃんと機能してると考えられるってわけだ。切り替えるか!」

「お〜!」

 第一レースから的中(?)を経験し、二人はホッとしていた。

 下馬評とレースの結果がどれだけ一致したかを見るために、レースの振り返りの意味も込めて先ほどのレースの着順を確認する。

「おぉ〜!ビゼーすげーよ!一位が一ばんで、二位が二ばんで、そのあともぜんぶすう字同じだぞ!」

 クウヤが言いたいのは着順が馬番通りになっているということだ。

「マジか!」

 ビゼーも今気づいた。

「すごいよな!」

「まぁ滅多に見られないな!本当にすげぇレースだ」

 素人目線ではあるがレースを振り返ると、次のレースに向けて二人は馬券を買ってくれる人を探しに行った。

次回 競馬

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