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魔人キコウ録  作者: 长太龙
第一篇〜大米合衆国篇〜
15/79

第十四頁 資金調達

 麺麭工房木ノ下を出たクウヤはその足でそのまま商店街へ向かい、ラーメンを食べていた。

 この街に来た最初の日、ここで嗅いだラーメンの匂いを忘れられなかったのだ。

 一週間越しの対面は幸甚の至り、至極最高だった。

 濃厚な豚骨スープに麺がひたひたと浸かり、自家製チャーシュー、煮卵、ネギが浮いている。麺は中太。もちもちとした食感を堪能できる。箸で麺を持ち上げると湯気が次々に彼の眼前に立ち昇る。

 湯気の全てをも受け止めるかの如く身を乗り出し、口の中に麺を運んだ。

 想像以上に美味い。

 スープが麺によく絡んでいた。

 続けて具材もいただく。

 チャーシュー、卵も味が染みていてどちらも口の中で溶けていく感じだ。対照的にネギのシャキシャキ感はアクセントになっていて食感も飽きない。

 さらにスープを一口。

 見た目に負けない濃厚な味。スープ単体でも麺と合わせても最強の味だ。

 何度嗅いでも、いつ嗅いでも食欲をそそる、まさに飯テロの権化。非の打ち所がない黄金ラーメンだ。

 クウヤは無我夢中でラーメンを食べ進めた。

 ズルズルと麺を啜り、パクパクと具材を平らげ、ゴクゴクとスープを飲み干す。

 器の中に産業廃棄物は一切残さなかった。

 お冷の氷まで全て胃に収め、提供された全ての器を綺麗にすると喜色満面で店の外に出た。

 お腹は膨れた。熱いものを食べ、体は煮立っていた。

 熱いラーメンからの暑い商店街。自然と汗が吹き出る。

 満腹感は感じているのだが、他にも美味しそうな匂いがあちこちからやってくる。

 匂いに釣られ、彼は商店街を彷徨うろついた。

 彼の頭の中から「旅を再開すること」は完全に抜け落ちていた。


 クウヤがふと我に帰ると、夕方になっていた。

 昼過ぎにアンダーウッド家を発ったはずだった。

 何が起きたのか自分でも分かっていない。

 何故か揚げ物屋の前のベンチに座っていた。

 自らの記憶を辿る。

 ……食っているしか浮かんでこない。

 まさかずっと食べ物を口に入れていたのか。

 自分の腹を見てみる。服の上からでも分かる。

 胃袋が張り出していた。

 それに気付くと急に苦しくなった。しばらく動けそうにない。

 動けない間、この後どうするかを考えることにした。

 考え始めてすぐ、妙案を思いついた。しかし実行は断念した。

 アンダーウッド家に出戻ること。しかし意気揚々、いってきますと言っておいて、やっぱりもう一泊したいですは、流石に恥ずかしすぎる。

 それ以降考えようと思っても満腹のせいか、良い案が浮かばない。

 考えるという行為によって幾らか代謝した気がする。

 ずっと商店街にいても仕方がないのでとりあえず立って歩き出した。

 歩き出してすぐ、何かにぶつかった。おそらく人だ。考えながらだったため、前方の注意が疎かになっていた。恐る恐る謝る。

「あ、すみません!」

「どこ見て歩いてんだよ」

 ドラマでよく聞くセリフ。しかし口調が柔らかかった。しかも聞き覚えのある声だった。

 クウヤはゆっくり顔を上げた。

 ——!

「なんちゅう顔してんだ?」

 クウヤの目の前には呆れた顔をしたビゼーが立っていた。

「あっ、ビゼー!なんで?」

「なんでって、ここ、俺の地元」

「あぁ、そっか」

「そっかじゃねぇよ!なんでなのかこっちが聞きてぇよ。お前、何時間ここに居たんだ?」

「あははー、あんまおぼえてないんだけどなんかうまそうなにおいしてて、つい……」

 これを聞いてビゼーの呆れ顔に拍車がかかった。

「まぁ、そんなとこだろうな」

 そう言うと、急に真面目な顔になった。

「なぁクウヤ!俺を旅に連れてってくれないか?」

 突然のことにクウヤは驚いたが、断る理由など微塵もなかった。

「お?おう!もちろん!だいかんげいだよ!あっ、でもお店はだいじょうぶなのか?」

「店は大丈夫らしい」

「そっかー!うれしいよ!一人で旅するのけっこうきつかったしさー」

「一人で旅する覚悟で故郷出てきたんじゃねぇのかよ……言っとくけど俺はお前に付いていくんだからな!先に折れんなよ!」

「ははは……話あいてがいるっていいな」

 クウヤは天にも昇る心地がした。

 顔を綻ばせの感情に浸る。

「頼むから返事してくれ……」

 ビゼーに不安な気持ちが芽生えた。

 クウヤの一人旅は、友人との二人旅へと姿が変わった。


 二人は商店街のベンチに腰掛け、作戦会議を行った。クウヤは行き当たりばったり旅でも良かったのだが、ビゼーは計画を立ててから行動したいタイプだった。

 クウヤは旅の計画設定をビゼーに一任することにした。

 とは言うもののビゼーが始めた旅ではないので当然クウヤに確認を取る必要がある。

 クウヤは気にしないが、ビゼーは気にしないわけにはいかない。

「で、クウヤ。まず俺たちがやんなきゃいけないのは資金調達だと思う」

「金かー、いくらあんだっけ?」

「お前が百万だったよな?」

「うん、そう」

「俺も百万」

「合わせて二百万!」

 クウヤは食い気味に解答した。

 どうだ、すごいだろ、と言わんばかりのドヤ顔でビゼーを見つめる。

 誰でも計算できるだろ、とビゼーは思ったが煽ててやることにした。

「お、おぉ、早いなー。そうそう、二百万。うーん、やっぱりこれだと心許ないな。世界中見て回るんだろ?」

「うん!」

「よく無計画で行こうとしたな。その能天気さに感心するよ。とにかく手っ取り早く金を稼ぎたいな……一択か」

「なにが?」

 目を瞬かせてクウヤが問う。

 ビゼーは当たり前だろ、という表情をしながら言った。

「行くぞ!ラスベガス!」

「らすべがすってなに?どこ?」

 クウヤは困惑した。

 ビゼーは説明する。

「ギャンブルの街。巨額の金が動く賭博街ばしょだよ」

「えっ!それだいじょうぶなとこ?」

 クウヤは恐る恐る尋ねる。

 ビゼーがその質問に答えるのに答えるのに幾らか間があった。

「……大丈夫だろ」

「なんだよ!今のじかん!」

「俺も行ったことねぇから分かんねぇよ。気軽に行ける距離でもないしな。調べた限りだとネットにも悪い話はないし、一つ問題があるとしたら俺らが二十歳未満だってことくらいだ」

「それのどこがもんだいなんだ?」

「そもそもギャンブルに参加できない可能性がある」

「めちゃめちゃもんだいじゃねーか!なんのために行くんだよ?」

「行ってみなきゃ分かんないだろ」

「そのねっとってやつにかいてないのか?」

 ビゼーの持っている携帯端末を指差しながらクウヤが問う。

 ビゼーは真顔で答えた。

「ダメっぽいことは書いてある」

「じゃあダメじゃん!」

「現地に行けば抜け道があるかもしれない。それに賭ける」

「もうギャンブル始まってんじゃんかー」

 クウヤのテンションが下がった。

「ほかのばしょないの?もっとあんぜんそうなとこ!」

 乗り気になれないクウヤは代替案を欲した。しかしクウヤの頭脳では太刀打ちできなかった。故にビゼーに考えさせる。

「他の場所って言ったってなー……金を得るには働かなきゃならない。すぐに金をゲットできるのはマジで犯罪案件しかねぇぞ?」

 物騒な話になってしまった……

 話題を転換する。

「あぁ……いちおうまだ金はあるだろ?それでなんとかなんないか?」

「なんねぇな。旅の目的地を決めていない以上いつか持ち金が底を尽きる。使い切ってからじゃ遅い。手は早めに打つに越したことはない」

「うぅ……わかった。行こう、らずべがつ」

「ラスベガスな!」

 クウヤは渋々ながらも腹を括った。

 しかし次のビゼーの言葉を聞いて再びゴネ始める。

「電車で行こう!」

「いや、歩くだろ!」

 彼は自分の足で歩いて旅がしたかった。特にこれといった理由はなかったが、最初から決めていたことを曲げたくなかった。

「はっ⁈資金調達に金かけてどうする?歩いたら食費やら宿泊費やらで元手がなくなるぞ!」

「どうせギャンブルで金ふやすんだからかわんないじゃん!」

 珍しく正論をぶつけるクウヤに面食らったが、ビゼーも引かない。

「元手が減ったら勝たなきゃいけない回数が増えるだろ!あくまでギャンブルだ。順当に当たって金が貯まっていくとは限らない」

「なんか考えがあるんだろ?オレが知ってるおまえは考えてこうどうするやつだ。うまくいくじしんがあんだろ?そしたら金がふえてもへってもかんけーなくね?」

 妙なところで感が鋭い。これ以上言い争っても勝てる気がしなくなったビゼーは深々と頭を下げながら言う。

「分かったよ。お前の意見は分かった。本当はお前の意見も尊重したい。でも!今回は譲ってくれないか?俺の考えは後で詳しく話す。ただ、成功確率が百パーじゃないんだ。俺の金だけならいいけど、お前の金も賭けることになるかもしれない。お前の財産がマイナスになるのだけはなんとしてでも回避したいんだ。ラスベガスで散財するつもりなんかサラサラねぇけどさ……もしもそこで金が尽きたら、お前が故郷に帰れなくなるだろ?俺が旅に加わったせいでお前がそんな風になるのは嫌だからさ。だから軍資金はできるだけ残しておきたいんだ!これからのことは全部お前の指示に従う!だから!お願いします!今回は、今回だけは俺の意見に従ってください!」

「ちょ、ちょ、ちょっ、ちょっ、とまって。あのさ、ほら……と、とりあえず……おじぎやめよ、なっ?」

 ビゼーは動かない。

「ビゼー!ほんとに!ほんとにかおっ!たのむ〜!」

 ビゼーは顔を上げた。

 クウヤはホッとした。

「びっくりした〜!もう本気のヤツやめろよ!とにかく、そう、でん車で、行こうぜ!」

 右拳の親指だけを立てて背中方向を指す仕草をした。

「ありがとう!」

「でも、のりものは今日だけだかんなー」

 クウヤの言い方はツンツンしていた。

「いいよ、それで」

 ビゼーは淡々と返す。

「あのさ……あんま深くおじぎすんなよ!なんか……めっちゃ恥ずいから!」

「お、おう?」

 クウヤは照れくさそうに言う。

 ビゼーはよく分からず返事をした。

 言いたいことを言ったクウヤは、早く行こう、と足早に歩き出した。

「駅、そっちじゃねぇぞ!」

 ビゼーの声に反応し、クウヤは決まり悪そうに進路を百八十度変更した。

 二人はそろって駅に向かって歩き出した。


 二人はその日のうちに夜行列車に乗った。

 不貞腐れていたクウヤも一度電車に乗ると、その速さに興奮していた。

「はやいなー!すげー!」

「恥ずかしいから騒ぐな!」

 周りの人の迷惑にならないよう声量に配慮しながらビゼーはクウヤに注意した。

 二人はボックスシートに座っていた。途中、車内販売の弁当を食べながら今後の予定も含め、雑談した。

 クウヤが尋ねる。

「そういやビゼー」

「ん?」

「おまえ、なんでオレのいばしょわかったんだ?」

「んー、勘」

「かん?」

「そう。そうとしか言いようがねぇんだよ。俺、昔から勘は良いんだよ」

「ふーん。なんか、スカーレッドもおんなじようなこと言ってたな」

「えっ?」

「この剣わたしにきてくれたとき、かんでわかったって……ん?まさか、おまえらうらでつながってんの?」

「何おっしゃってやがるんですか?迷探偵!繋がりなんかあるわけないだろ!その子の名前だってこの前初めて聞いたし。ってか、それ!持ちながら剣とか言うなよ!どうでもいいとこで厄介事に巻き込まれたくない!」

 アメリカ州では鞘に納まった状態であれば刃物を持ち歩くことは合法である。

 しかし武器を持っていることを周りの人に知られるのは心地の良いものではないし、反対に武器を持った人間が自分の周りにいたら不快に思ったり、恐怖を覚えるに違いない。

 ビゼーはそれを懸念した。

 クウヤは一言謝り、剣を背中と椅子の間に戻した。

「話戻るけど、あの辺にお前がいる気がしたんだよ」

 ビゼーが先ほどの話題に補足を始めた。

「考えてとかじゃなくて、ボンヤリこっちだ、みたいな。見えない道標みたいな感じ……ちょっと違うか?あ〜、言葉にすんのがむずい!でもそんな感じだ」

「ぜんぜんわかんねーよ」

「あっ、ゲームに出てくるガイドの矢印みたいなヤツ。目的地は分かんねぇけどそれに従ってればシナリオが進むだろ?」

「よくわかんない」

「…………やっぱいいわ、忘れろ」

「えぇ〜っ!そこまで言っといて〜?」

「絶対伝んねぇからもういい」

「そうですか、そうですかー。どうせオレはわかんないですよーだ!」

 クウヤは分かりやすく不貞腐れた。

「ホントわけわかんねー。うんは悪いくせにかんは当たるって」

 クウヤは皮肉っぽくぼやいた。

「悪かったな」

 ビゼーは言い返した。

 雑談は終わり、二人は明日の予定について話す。

「あぁ、それでさ。ラスベガス着いたらとりあえず一日休んで明後日から動くんでいいか?明日独立記念日だしな。ゆっくりしよう」

「いいよ!そっか、どくりつきねんびか……わすれてた……」

 ビゼーが明日以降の話を始めるとクウヤの機嫌は直っていた。

「俺は明日ネットに載ってるいい感じの場所を偵察してくる」

「OK!ギャンブルするのにいいかんじとかはよくわかんねーけど」

「そこは任せろ。で、ギャンブルの作戦なんだけど」

「うん」

「俺の運が悪いってのは話した通り。でもそれだけじゃなくて代わりに俺の近くの人の運が良くなるんだ」

「はっ?」

「意味分かんねぇよな。俺もなんでか分かんねぇし。でも根拠はある。前、商店街の福引やった時、列並んでたんだけど俺の前の人が二等当てて、俺の後ろの人が一等当てたことあんだよ。ちなみにそんとき俺はハズレのティッシュ貰った」

「……オレ、どういう反応すればいいの?」

「笑ってくれればいい」

「ハハハー。オマエカワイソーナヤツダナ」

 感情を一切込めずにクウヤは言葉を掛けた。

「一言余計だ!深刻な悩みなんだよ。だから俺のその特性を生かしてお前にギャンブルをやってもらおうってわけだ」

「なるほどな。たしかにそのほうがいいや。おまえだとやばそうだもんな……んっ?オレ?」

 クウヤは頭が真っ白になった。

「お前以外誰が居るんだよ?」

 さらに追い討ちをかけられる。

 脂汗が滲み出た。

「オレ?マジ?」

 元々ない語彙力が更に乏しくなってきた。

「お前だし、マジ」

「オレがやんの?」

「俺がやったらどうなるか分かるだろ?」

「うん」

「消去法でお前」

「いやいやいやいやいやいやいやいや、ムリだって!オレなんもわかんないもん!」

「そこは俺を信じてもらうしかない」

「しんじるとかしんじないとかじゃなくね?もしオレのうんがよくなんなかったら?」

「散財だな」

「それじゃダメじゃん」

「そうなったら早いうちに諦める。まぁまず賭けるのはオレの金だ。お前が気にすることは何もない」

「あるだろ!ぜんぶオレのうんにかかってんじゃん!」

 この後もしばらく揉めたが、最終的にはビゼーの案の通り、クウヤがプレイして、ビゼーがそれをサポートするということになった。

 夜も深まってきた。

 電車の揺れが心地よい。

 二人は夜行列車の中で眠りについた。

 彼らが目を覚ます頃、列車は既にラスベガスに到着していた。

次回 ラスベガス

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