第十二頁 魔人 参
帰宅すると最初にビゼーは先に部屋に戻るようクウヤに促した。
クウヤはそれに了承した。
二、三分後ビゼーは母を連れてクウヤの前に現れた。
ビゼーはついに重たい口を開いたのだった。
「実は魔人について俺も詳しいことは知らない。だから思った。本人から話してもらった方がいい」
「どういうこと?」
「親父とお袋は魔人なんだ。親父は買い出し中でいないからお袋が話してくれる」
「うん、わかった」
母子はクウヤと対面して座りった。
いよいよ魔人の説明が始まる。
エメが話す。
「魔人っていうのはね、超《ちょ〜う》簡単に言うと『超能力が使える人』のこと。クウヤ君を信用して私の魔力を見せるね」
するとエメは大量の飴玉が入ったガラスの容器をクウヤの前に置いた。
「じゃあクウヤ君。その飴をとれるだけ手にとってごらん」
何が始まるのか見当もつかなかったが、クウヤは言われた通り容器に右手を突っ込み飴を何個か掴み取った。
「八個!」
突然エメが言った。
「えっ?」
「クウヤ、手開いて何個あるか数えてみろ。」
ビゼーに促されるまま掌中の飴の数を数えた。
「一、二、三……八!すげぇ!」
クウヤはただただ感心した。
彼も小さい頃、叔父や伯母とよくこのような数当てゲームをした。全く当たらなかったが、楽しい思い出である。
はて、今はなんの時間だったのか。
現実に戻ったクウヤは本題を思い出した。
「で、あめの数がなんですか?」
「個数を把握する力。それがお袋の魔力だ」
ビゼーが淡々と答えた。
「個数も少なかったし、一回だけじゃ、ね?」
エメはそう言うと、容器をひっくり返し飴を全て床に出した。
「じゃあクウヤ君、その飴拾ってもう一回中に入れてくれる?途中で止めてもいいし、全部戻してもいい。クウヤ君が声をかけてくれた時にその瓶の中に入ってる飴の数言うよ。一応私は後ろ向いておくね」
そう言って座ったまま回れ右をした。
「じゃあ、俺もお前の方に行っとこう。飴戻すの手伝うよ」
母の力を信用させるためだろうか、ビゼーもクウヤの側に移動して来た。
クウヤはビゼーと一緒に飴玉を拾って容器に入れる。
「じゃあ、このへんで」
クウヤがストップをかけた。
この時容器の中にはパッと見ただけでは数を把握できないほどの飴が入っていた。
エメは振り返って、チラッと容器を見ると即座に答えた。
「五十三個」
「あってる……」
数えながら作業していたため正誤判定が直ちに行われた。
これはすごい。
「これが私の魔力。数を数えるならお任せあれ!って感じ。魔人って一人一個こういう力を持ってるらしいの」
エメが言った。
クウヤはエメに気になっていることを次々に聞いていき、彼女は一問一問丁寧に答えた。
「エメさんがまじんだって思ったのはなんでなんですか?」
「う〜ん、それはね。君の髪の毛の本数が分かっちゃってるからなんだよ。十万六百八十五本。そんなこと言っても本当かどうか分からないよね。最初は私もよく分からなかったんだよ。ぼんやりと数が浮かんでくる感じだった。その回数が多くなって経験を重ねていったら何の数か分かるようになってきたって感じ」
「へ〜。だれかにまじんだって言われたとかは?」
「ないよ。人に相談できることでもないしね。魔人だなって自分で思っただけ。そもそも明確な判断基準があるわけじゃないみたい」
「えっ?まじんって自分できめるんですか?」
「自分で認める人もいるし、他の人が先に気付いちゃう場合もあるよ」
「どういう人がまじんかわからないのに?」
「超能力って思われたらそうなっちゃうんだよ。ご時世的にね。私は後から魔人だってバレるくらいなら、今のうちに自覚しておいて自分の行動を律すればいいって考えたんだ。周りにバレると色々厄介だからね。普段から気をつけてれば人前でやらかさなくて済むし」
「生きづらそー……あの、どうしてまじんだとダメなんですか?」
「君が一番聞きたいのはそれだね?」
「はい、そうです」
「それは正直私も分からない。生まれた時からこうだった。小学生の時に自分が魔人かもしれないと思って、母に魔人について尋ねたことがあったんだけど、すごく怒られたんだ。『そんなこと話したらいけません』って。魔人はタブーな存在なんだって、そんな風潮があるんだよ。君が産まれる前から」
「村にはそんなのなかったですよ。まじんなんて聞いたこともないし」
「クウヤ君、ネットとか見ないでしょ?」
「はい」
「だとしたら聞かないかもね。私も情報はネットで仕入れたし。そもそも魔人自体、数が少ないんだって。だから君の故郷の村には魔人がいないんじゃない?魔人がいないなら魔人との関わりなんて心配する必要がないからね」
「そういうことか」
クウヤは自分が井の中の蛙であったことを思い知った。
「ひどいですよね。エメさんはふつうの人なのに。さっきのちょうのうりょくをみせたらまじんだって言われちゃうんですよね?バレたらあんなふうになるし……」
「あんなって君が助けたっていう魔人の子のこと?」
帰宅前の事件についてビゼーはエメに話していた。
「はい」
「そうだね。普通の人にとって魔人は敵みたいな感覚なんだろうね」
「なんでこんな……」
「ネットの影響かな。強いからね〜。これもネットで見たことなんだけど、昔ある魔人がたくさんの人を傷つけたんだって。自分の魔力を使って。でも魔力は使った証拠が残らないからその魔人は無罪放免。そのことに不満を感じた被害者やその家族は周りを巻き込んで魔人と関わらないようにした。そういう話があって。魔人は生きていてはいけない、関わってはいけない。そう刷り込まれてるのかもね」
「昔は昔だし、今は今じゃん!」
「そうだね。しかもこの話が本当か嘘かも定かじゃない。昔話みたいな」
「えっ……」
「君みたいに割り切れる人ばかりじゃないんだよ。魔人ってね、悪『魔』が取り憑いた『人』間っていう意味で使われてる言葉みたいでさ。いじめてた男の子たちも悪魔を祓ってる感覚でいたんじゃないかな?」
「みんなあくまなんてしんじるんですか?」
「どうだろうね。自分に悪魔が取り憑いてるなんて考える人は、まずいないだろうし。自分の感覚は自分しか分からない。他人から見て悪魔が取り憑いているように見えたらそれまでだね」
「そんなのおかしい!」
「そうだね。私もそう思う。でもそう信じて救われている人もいる。一度信仰に救われたら、縋るしかなくなるんだよ。信じていればまた救われるって思い込んでしまうから。だから信仰は無くならないでしょ?誰もが救いを求めてる。信仰が一番身近で簡単だから浸透してるんだよ。そこに間違いなんてものはないから」
「あくまなんていないって言えないんですか?」
「言うことはできるかもしれない。でも自分の信じていることが間違ってるって言われたらどう?」
「あぁー、いや……かも」
「絶対的に自分が正しいと信じていたらなおさらだよ。こっちからどんな根拠を示しても人の意思は簡単には変わらない。自分を否定されたと感じて、疎外感や孤独感を覚えてどんどん周りの人の言うことを信用しなくなる」
「何言ってもむだってことですか?」
「無駄とまでは言わないけど大きく心を動かすことにはならないね。その人の考えが変わるまで寄り添うことが一番の近道だよ」
「そんな……」
「私に言えるのは、君が思ってることは絶対に正しいってこと。でも全ての人がそう思ってるわけじゃない。君の信念を否定しようとする人が絶対にいる。善意を挫く悪意。そんな理不尽があるんだよ。無情にもね……」
ここまで説明を受けて、ただ一つだけはっきりと理解したことがある。
「魔人は人間だ」
誰に何を言われてもそう言える自信だけは湧いている。
だが、魔人を取り巻く環境は今のクウヤにはどうすることもできない。
もし自分が魔人だったら……ふと考えてしまう。自分にはコントロールできないことが原因で人から、社会から憚られる。そんな理不尽に耐え切れるだろうか。本当の自分を受け入れてもらえない。助けを求めてもその手を振り払われる。とても正気ではいられないだろう。当事者がどれほど辛い世界を生きているのかクウヤには想像もできなかった。
クウヤは固く誓った。
苦しんでいる魔人がいたら必ず手を差し伸べよう、と。
「ありがとうございました。まじんのことちょっとわかりました」
クウヤは深々と頭を下げた。
「いいえ〜、私もあんまり詳しいこと教えてあげられなくてごめんね」
そう言うと、エメは時計に目をやった。
「じゃあ、私は明日の準備に戻るね」
そう言うとそのまま部屋を出て行った。
「ってわけだ。詳しいこと話せないで悪い。俺も準備手伝ってくる」
そう言い残してビゼーも部屋を出た。
一人になった部屋でクウヤは「魔人」についての情報を整理するのであった。
「ありがとう、クウヤ」
突然の言葉にクウヤは返事ができなかった。
眠る直前である。静かで真っ暗な部屋の中、クウヤの隣からビゼーの感謝の声が聞こえてきた。
ビゼーは床に入ったまま語る。
「俺、頭では魔人も魔人じゃない人も同じだって思ってた。当たり前なんだけどさ。親父もお袋も魔人なのは知ってたし差別する理由なんかないと思ってた。でも夕方、お前があの子を助けに行こうとするのを俺、一回止めただろ?魔人と関わると面倒だからやめてくれって言った。冷静になって考えてみたらさ、それ、親父とお袋のことも否定してんなって。酷いよな。心の中では魔人だって軽蔑してた。分かってたつもりだけして、自分事として捉えられてなかったんだ。最っ低だよ。お前の正しい行動を俺は止めた。本当にごめん!」
「オレにあやまらなくていいよ!オレもなにも知らなかったからさ」
「いや、全部クウヤが正しかった。そうするべきだった。親の教えを理解できてなかった自分自身が許せねぇよ。そこは両親にも謝ろうと思う」
「まじめか!」
笑いながらツッコんだ。
「そんなんじゃねぇよ、別に……」
真面目だろ、とクウヤは心の中でビゼーに言ってあげた。多少砕けた雰囲気になったのでクウヤは意地悪を言ってみた。
「さっきあやまればよかったじゃんか」
当たり前だが、夕食時にビゼーは両親と顔を合わせていた。
「いや、ほら、それ……さ、なんつーか、あれだよ、あれ、あのー……その、心の、準備……ってやつがあるだろ」
歯切れの悪い回答にクウヤは笑いそうになるのを必死に我慢した。表情が見えない環境だったのが幸いだ。
「ビゼーでもそういうの考えるんだな」
「そりゃそうだろ!照れ臭いし!」
「プッ。ムリだ。ビゼーがてれるとか言ってんのウケる」
外に出ないようにと押さえつけていた笑いのマグマが一気に噴き出した。
「何笑ってんだよ!腹立つな!」
クウヤは思い切り笑った。声も出して。
笑ったついでに言う。
「でさ〜、ビゼーく〜ん。さっき〜、ありがとうって言ってたけど〜、なにがありがとうなのかな〜?」
煽り成分百パーセントで尋ねる。
流石のビゼーもこの言い方にカチンときていた。
「てめぇ……言わなくても分かんだろ……」
「オレバカダカラワカンナイ」
とぼけた声でクウヤが言った。
怒りは消えないが面倒な時間が継続することが嫌になったビゼーは言った。
「コイツ……ゔぅぅ、うぅん。クウヤに会わなかったら、俺は一生ああゆう風な考えのままだったのかなって思ってさ。だから……ありがとう。気づかせてくれて」
声色から羞恥心が感じられる。
「な〜んだ。そんなことか」
「俺にとっては重要なことなんだよ!」
「なんか役に立てたならよかったよ。オレ、バイトでビゼーに助けてもらってばっかりだったし」
また煽り散らかされると思って構えていたビゼーは、予想もしなかった純粋で綺麗な返しを受けて思わず吹き出してしまった。
「プッ、お前が真面目に話してんの、なんかおもろいな」
「なんだよ!ひとがしんけんに話してんのに!」
「さっきお前もやっただろうが!」
思いの外大きい声が出た。お互いにびっくりしたのか沈黙が訪れる。
少しして二人そろって吹き出した。暗闇に高低二種類の笑い声が響き渡る。
「お前、なんで笑ってんだよ!」
ビゼーが問う。
「おまえも笑うんだなって。おもしろくなっちゃって。おまえこそ笑うりゆうないだろ」
クウヤも同じことを問う。
「漫才みたいだったからな。さっきのやりとり」
「なんだそれ!」
再び二人で笑った。
散々笑った後でビゼーが語り出した。
「そういやさ、なんで魔力のことお前に話したのか、お袋に聞いたんだよ」
「あっ、たしかに!バレるとけっこうヤバいんだよな?」
「そのはずなんだけど、訳分かんねぇこと言っててさ。お前にシンパシーを感じたんだってさ」
「ふ〜ん。なんでだろ?」
「俺も分かんね。それと親父にも許可とったから話すわ」
当然、魔力に関する話である。
「えっ⁈」
「そんだけお前を信頼してるってことだからペラペラ喋んなよ!」
「しゃべんねーよ。でもホントにいいのか?」
「あぁ、親父は口下手だから、俺が代わりに話す」
クウヤは遠慮気味に頷いた。
それを確認するとビゼーは父の魔力について語り始めた。
「親父の魔力は握力に関連するものだ。パン職人にとっちゃかなり便利な能力だろ?生地こねるとき均等に力を加えられるからな。でも使い方を間違えたらマジで危険な魔力でもある。親父が中学生の頃、それで友達に大怪我させちまったらしい」
「えぇっ!」
ビゼーが喋っている間、適度な相槌を打っていたクウヤだったが、語りを遮るレベルの大きな声をあげた。
「そりゃ驚くよな。軽く腕を掴んだはずだったのにその友達の骨、粉砕骨折だって。しかも筋肉に食い込んでかなり損傷してたらしい。その友達ってのがテニスの将来有望選手だったらしいんだけどそのせいで……うん。その事件……事故か、が原因で親父はイジメの被害にあったんだって」
「そんな……あっ、だから」
クウヤにはピンとくるものがあった。
「俺を学校に通わせなかったのはそのせいだ。俺も親父の息子だからな。魔人かもしれない。お袋も魔人だしな。今んとこ俺に魔人っぽい感じはないけど。まぁ、魔力に軽いやつもあれば、危険なやつもあるってことだ。そういう話」
ビゼーの声はどことなくすっきりしていた。
「話してくれてありがとう。つーか、ごめん。学校行ってないの、そんな重い理由だと思わなくて」
「別に。両親が話していいって言ったから俺も話しただけだ。俺が隠したいと思ってることじゃねぇしな。俺が生まれて生きてるのも両親が魔人だったかららしいし。魔人に感謝ってのは変だけど、めちゃめちゃマイナスなイメージでもねえんだよ。ただ世間的に結構デリケートな話題だから……」
「やっぱさ、まじんだからってビクビクしながら生きなきゃっていうのはちがうよな?」
「同感だ」
「苦しんでる人もいっぱいいるよな……旅のとちゅうでまじんの人にあったらやっぱ助けてあげたいな」
「素晴らしい目標じゃねぇか」
「だよな!よっしゃ、あたらしい目ひょうだ。まじんの人を助ける!」
「俺も見習わねぇとな」
ビゼーは呟いた。
明日の朝も早い。
二人は目を閉じた。
この会話を通して二人は友情が深まったのを感じていた。互いを信頼し、高め合える。そんな関係を築けた気がした。
互いの表情は分からない。しかし互いが互いを想う心は光輝いていた。
この出来事は明日以降の共同生活を良い方向に導いたのだった。
次回 心