第十一頁 魔人 弐
「おいっ!なにしてんだ!」
現場に近づいていたクウヤは怒鳴った。
「あっ!」
加害者の男の子たちは怒りの声に気づいて暴行をやめた。
加害少年らを横目にクウヤは被害者に手を差し伸べた。
「だいじょうぶか?」
「う、うん」
か細い声で男の子は返事をした。
彼は差し出したクウヤの手を取ることはしなかった。
少し空回りしたクウヤだが、切り替えてその子を守るように前に立つと、加害者らと向き合って事情を聞いた。
「おまえたち、なんでこんなことしてたんだ?この子がおまえたちになんかしたのか?」
「はっ?なんだよ!年下は黙ってろよ!」
「なっ、と、年下……お、オレは十七才だ!じゅ・う・な・な・さ・い!」
子供のように言い返す。
「えぇ〜っ!うそだー!」
全く信じてもらえない。
小学生に年下扱いをされてクウヤはかなりショックを受けた。
なるべく表情を顔に出さないように意識しつつ説教を続けた。
「んなことはどうでもよくて!なんでこんなことしてんだ!」
「なんでって……だってコイツ魔人なんだぜ」
「そうだ。魔人は悪いヤツだからこらしめないと」
二人はクウヤの後ろの子を指差しながら言い訳を始めた。
「魔人は人間のふりしてるんだぜ。人間じゃないのに」
「生きてるのがいけないなんだ。さっさと死ねばいいのに」
彼らの言動に反省や後悔の念は感じられない。
自分たちのやっていることが正義なのだと確信している。
息を吐くように出てくる言い訳の数々にクウヤは耳を疑った。
(コイツらなに言ってんだ?まじんとか言ってたよな?まじんってなんなんだ?人げんのふり?この子が?いや、そんなわけなくね?)
「なに言ってんのかぜんぜんわかんねぇけど、そもそもぼうりょくはダメって言われてないのか?人をけっちゃダメだろ」
「人じゃないもん。魔人だもん」
馬鹿げた屁理屈にクウヤも我慢できなかった。
「人じゃなかったとしてもぼうりょくはダメだ!イヌとかネコのこともけとばしてんのか?」
「犬は犬だし」
「猫は猫だし」
「魔人は魔人じゃん」
事前に打ち合わせていたかのような役割分担で屁理屈を並べる。
彼らの頭の中では「魔人に対しては何をしても構わない」ということになっているらしい。
こうなっては埒が明かない。
どうしようかと考え込んだ。
「どうしたんですか?」
突然誰かが話に割り込んできた。
クウヤが声の方を見ると、警察官の制服を着た若い男性が近づいてきていた。ビゼーの通報で駆けつけたのだろう。グッドタイミングだ。
さっそく警察官はクウヤに尋ねた。
「あなたが喧嘩を止めてくれた人ですね?」
「あ、はい」
「ありがとうございます。子供が喧嘩していて、暴行も加えているという通報内容だったのですが、状況を教えてください」
「はい。この子たちがこの子をけってるのを見たので止めました」
それぞれの代名詞に合わせてその方を指差しながら答えた。
「そうでしたか。分かりました。ご協力感謝します」
そういうと警察官は加害少年らを諭した。
「ダメじゃないか、君たち。人を殴ったり、蹴ったりしたら」
「なぐってないし。ていうか、そいつ人じゃねーし!魔人だし!」「そうだ!魔人なのがいけないんだ!」
「ま、魔人⁈……で、ででででも、暴力はいけないよ。ま、まず、ちゃんと謝ろうか!ねっ?」
「魔人」と聞いた時の警察官の声はひっくり返り、かなり焦った顔をしたようにクウヤには見えた。
「ごめんなさい!」
投げやりな言い方だった。
声量だけは一丁前だったが謝罪及び反省の意志などは微塵も感じられない。
クウヤは非常に腹がたった。
もう一度謝るように促したかったがそれよりも前に警察官が言葉を発した。
「えらいぞ。じゃあ今日は早くお家へ帰ろう。ねっ」
「はーい……」
子供たちは膨れていた。
とても納得したと言える返事ではなかったが警察官の言う通りに加害者らは現場から走り去っていった。
去り際に舌打ちが聞こえた。
加害少年らが帰り行く後ろ姿を見ながらクウヤは戸惑っていた。
彼らをタダで帰してしまっていいのか、せめて交番に連れて行くなりしないのか、と。
クウヤは警察官に声をかけようとしたが、またそれよりも前に警察官は被害者の少年に声をかけた。
「君、大丈夫?立てる?」
「はい、立てます」
「お家、一人で帰れるかい?」
「はい」
「それならよかった。お大事にね」
すると警察官は立ち上がってクウヤに声をかけた。
「この少年は幸い大きな怪我はしていません。仲裁して頂きありがとうございました。では、失礼します」
「えっ、帰っちゃうんですか?」
「はい、子供同士の喧嘩のようですし、特には問題ないかと。では」
敬礼して、警察官は後ろを向いた。
「あっ、ちょっ……」
クウヤの呼びとめも虚しく警察官はスタスタと帰っていった。
しかしこの数分間であまりにも不可解なことがいくつもあった。
いくら子供同士の喧嘩だろうと警察ごとになっていたのなら加害者、被害者共に保護するのが普通だろう。
クウヤは警察官の職務内容について詳しくはないが、実際に事件が起こっているにも関わらず、話を聞いて終わりなんてことがあるのかと疑問に思った。
しかしこのことよりも印象的だったものがあった。耳にしっかりと残っている言葉が一つある。
「魔人」
一体なんなのか。彼には何も分からない。
相手が魔人であれば何をしてもいい。
加害少年の言葉を思い出す。
同時に警察官のことも思い出した。
被害者が魔人と聞いた時の警察官の顔。
異形を見るかのような哀れみの目。
焦りと驚きで無意識に開いていた口元。
ひっくり返った声。
クウヤの知らない世界があるような気がした。いや、確実にあるのだ。
クウヤが去り行く警察官を呆然と眺めていると被害者の少年が立ち上がった。
それに気づいてクウヤは彼に話しかけた。
「あっ、だいじょうぶ……なのか?」
「はい、平気です」
「さっきのヤツら、いつもああゆうことするのか?」
「はい」
「なんでか知ってる?」
「はい。俺が魔人だからです」
「また、まじん……それだけ?」
「しょうがないですよ。魔人として生まれた以上は。あなたは魔人じゃないんですか?」
「えっ?いや、そもそもまじん?ってのがなんだかわからなくて……」
「そうでしたか。もういいですか?そろそろ帰らないと」
「あぁ、うん。びょういん、ちゃんと行けよ」
「大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」
少年は軽く会釈してその場から離れた。左肩のあたりを押さえながら歩いている。
(あれ、だいじょうぶじゃないよな?)
「おい、クウヤ、大丈夫か?警察の人から解決したって聞いたけど」
少年の身を案じているとビゼーがやって来た。
クウヤはビゼーの問いを無視して詰め寄った。
「なぁ、ビゼー、まじんってなんだ?」
「——知らないのか?」
「うん」
「……なら、そのまま知らないほうがいい。その方が幸せだ」
ビゼーは元来た方に体を向けた。
「けいさつってさ、ケガした子をそのまま家にかえすのか?」
ビゼーの背中に問いかける。
ビゼーは歩みを止めた。
「……」
「けいさつってさ、人のことなぐってる小学生をちょっとおこっただけで家にかえすのか?」
「……」
「さっきの子が『まじん』ってやつだから、てきとうにやったのか?」
「それは、俺に聞かれても困る。対応については警察に聞いてくれ」
ビゼーはクウヤに背を向けたまま答えた。
「じゃあ、まじんのことおしえてくれよ!目のまえでわけわかんないことおきてて、知らないほうが幸せなんて、そんなのおかしいだろ!」
ビゼーはしばらく黙っていた。
ビゼーは目を閉じた。
少しして目を開き、同時にクウヤの方を向いた。
クウヤはビゼーの顔を見るとすぐに彼に鋭い視線を送った。
「分かった。教えるよ。魔人のこと。でもまずは家へ帰ろう。路上でする会話じゃねぇ」
観念したようにクウヤの要求を飲んだ。
付いて来いと言わんとする背中をクウヤに向けて家の方向へ歩き出した。
少し距離を開けてクウヤは付いていく。
家に帰るまでの数十メートル。二人に会話はなかった。
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