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魔人キコウ録  作者: 长太龙
第一篇〜大米合衆国篇〜
11/79

第十頁 魔人 壱

一七三二三年六月二十九日(火)

大米合衆国・アメリカ州・西地区 マアイイ市


 クウヤは日曜、月曜、今日の午前中と一所懸命に働いた。

 クウヤのバイト初日、世間一般で言うところの給料日後の日曜日はほどほどに忙しかった。

 慣れない仕事に悪戦苦闘しながらもなんとかやり遂げたのだった。その日は疲れ果て、一日を終えると倒れるように眠った。体を休めるはずが、本末転倒である。

 昨日は初日を経験したこともあり、余裕を持って仕事に取り組むことができた。

 そして迎えた今日。午前中は仕事を卒なくこなした。火曜日である今日は午前のみの営業で午後は休業である。

 せっかくの休みなのだから二人で遊んでくればという夫妻の計らいでクウヤとビゼーは外出することにした。しかしクウヤはこの街に詳しいはずもなく、ビゼーも遊べる場所が思い浮かばなかった。

 昼過ぎの最も暑い時間帯。気温は三十度を超えている。

 とりあえず暑さを凌げる場所へ行くということで合意した。

 家を出てすぐ、ビゼーが叫び声を上げた。

「うわっ!危ねぇ!」

「なんだよ。鳥のフンでも落ちてきたか?」

 クウヤは冗談のように言った。

 ビゼーは焦った表情で答える。

「本当に鳥糞が落ちてきたんだよ。ギリ避けられたけど」

「マジかっ⁈」

 ビゼーの足元、地面を見ると紛れもなくそれの痕跡がある。

 ビゼーはため息をついた。

「家出たしゅんかんに鳥のフンとか、マンガかよ!」

 クウヤは腹の中から今にも飛び出してこむとする笑いを押し殺しながら感想を述べた。

 ビゼーは冷静に返した。

「俺だって漫画だと思いてぇよ。こんなんしょっちゅうだし。本当に当たったこともあるし。昔から運悪いんだよなー。この前もうちの店の前で倒れたてたヤツ拾っちまったし。他の家の前だったらうちで預からなくてもよかったのに」

「なんだよ!ひどいな〜。っつうか……鳥フンって……フフッ、あはっ、あたるやついるんだ……」

 クウヤはつい笑いを溢してしまった。

「お前、殺す」

 そんなやりとりをして歩き出した。


 少し歩いて近所のカフェチェーン店に入った。

「うわーっ!でっかい店〜!」

 クウヤの故郷には巨大なカフェチェーン店などなかった。利用するどころか見ることも初めてだったので著しく感動していた。右を見て、左を見て、また右を見る。落ち着きなく辺りをキョロキョロと見回していた。

「騒ぐな!恥ずかしい!こっち来い、飲みもん買うぞ」

 見かねたビゼーはクウヤを注文カウンターまで引っ張った。

 二人は無事飲み物を注文して席についた。

 ビゼーはアイスコーヒー(標準サイズ)、クウヤはオレンジジュース(特大サイズ)をそれぞれ右手に持ち、カップを交わした。

 一口飲み、カップを置く。

 ここで二人は同じことを思った。

(そういえばこいつのこと全く知らない)

 この日までにクウヤがビゼーに話したことは、旅の道中の話と朝はシリアル派だということ。

 ビゼーがクウヤに話したことは、自分が学校に通っていなかったことと朝はパン派だということだった。

 お互いの故郷の話など十分程度雑談したところでビゼーが次の話題を切り出した。

「そういやさ、お前何のために旅してんだ?」

「おまえ会話めちゃくちゃだな」

「悪かったな。って、それはよくて!こんな時代に旅って、正直俺には考えられない。お前がぶっ飛んでて、世界情勢について何も知らないってのもなんとなく分かってる。でも『旅をする』っていう結論に至った考え方が分からない。動機ぐらい話してくれてもいいだろ?」

 するとクウヤの表情が強張った。

 言葉をつっかえながら質問に答える。

「そ、それはー……そのー……あれだよ、なんて言うか……ほら、高校そつぎょうしてさ、しんろ?とか、まようじゃん?だから旅でもしてればやりたいこと見つかるかな〜って。そう、そんなかんじ!」

「そんなフワッとした理由で旅してんのか?危険なことにも巻き込まれてるのに。それで大丈夫なのか?」

「へーきだよ。けっこうしんけんに旅してんだぞ」

「真剣に旅してんのは分かってる。旅との向き合い方じゃなくて、俺が言ってるのは旅っていう行動のスケールのデカさに対する理由の軽さだよ。お前のその動機は死にかけても旅を続けようと思えるほどのものなのか?」

 十中八九何かを隠している。歯切れの悪いクウヤの回答からビゼーはそう感じていた。

「し、死にそうになったのはオレのじゅんびぶそくもあるから。これからはきをつけるつもりだし。おんなじヘマはしねーよ。もうちょい本気っぽいかお作っとかないとな」

 クウヤは冗談混じりに答え、両の手で頬を引っ張った。

 質問と回答に齟齬がある。

 ビゼーの中で十中八九の推測が九割九分の確信へと変わった。

 しかしこれ以上ビゼーは深く立ち入らなかった。バカなふりをして適当に相槌を打つに留めた。

 出会ってまだ四日目。仲良くなったとはいえ、信頼関係ができあがるほどの日数ではない。誰にでも聞かれたくないことの一つや二つくらいある。もう何日かは一緒に暮らすことだし、余計な詮索をして気まずい関係になるのも困る。

 そう考え、この話題から撤退した。

「あぁ、そういや、ビゼーに村の話したっけ?」

 クウヤが慌てた様子で話題を転換してきた。

「さっき聞いたよ」

「はっ、そ、そうだった、そうだった。アハハハー、じゃ、じゃあ、剣の話したっけ?」

「ケン?いや、それは聞いてない」

「うん。今、へやにおいてあるやつ」

「?」

 理解が追いつかない。くだんの旅の動機の話題に頭を使いすぎた。冷静に言葉を辿る。

「ケン?部屋に……置いてある……ケン?うん?あっ、券……なんの?」

「なんのって、オレの」

「?」

「?」

「いや、分かってるよ。俺の部屋には元々なかったと思うし。そういうことじゃなくて、どこで使うのかって」

「つかうばしょ?そんなのきまってなくね?」

「何言ってんだ?ある程度は決まってるだろ。どういう系統の店とか」

「店じゃつかわないだろ。つかうところは……えぇ〜う〜〜ん……あぶないときかな?」

「いい加減にしろよ。真面目に聞いてんだよ」

「いや、まじめだよ」

「どこが?」

「えっ?」

「もういいよ!そんなこと改まって話すことじゃなくね?勝手に使えばいいだろ?」

「まぁそうだけど。きになるかなーって」

「そんな細かいこと気にしねぇよ。話したいなら聞くけどさ。」

「アルミの剣なんだよー」

「誰が使うんだよ!それ」

「オレ」

「お前アルミ、欲しいのか?」

「ほしいっていうか、もらったときからアルミなんだって」

「はっ?」

「アルミでできてるんだよ」

「券が?」

「そう」

「なんで?」

「わかんない」

「元からそうなってんなら知るわけないか。で、結局は何の券なんだよ?そのアルミの券って?」

「いや、なにってアルミの剣ってずっと言ってんじゃん」

「だからそう言うこと聞いてんじゃねぇって!券なら何かと交換するだろ?そこまで言わなきゃ分かんねぇのか?」

「こうかん?なんで?オレがもらったのに?」

「そのままじゃ価値ねぇじゃねぇか!」

「そんなことない!」

 お互いかなりヒートアップしている。

 申し訳ありませんが今しばらくお付き合いください。

「そこまで言うならその券で何ができんだよ?」

「えっ?それは……まぁ、人を切る……かな?人じゃなくてもモノも切れるし。で、でもオレはそんなふうにつかわないぞ!自分を守るためってやくそくしたし」

「はっ?……人を切る時に使う券?……まぁ、たまに指とか切ることあるけど……でもどっちかっていうと券は人に切られる側じゃねぇか?人を斬るって……えっ⁈」

 噛み合わなかった理由に気づいてしまった気がした。

 しかしそんなことが現実にあっていいのか。

 ビゼーは恐る恐るクウヤに確認をとった。

「あ、あのさ。確認なんだけど。今、俺の部屋に、剣があるって、言ったか?」

「うん。ずっと言ってんじゃん」

「そうだよな。剣って、あれだよな?あの、刃があって、細長いやつのことか?こう持って振り回して使うやつ」

 ジェスチャーを交えながら問う。

「そうじゃないやつなんかあるか?」

「えっ、なんで?剣が部屋に……お、俺の部屋に置いてあるって?いつから?なんで?」

 プチパニックになった。ビゼーの心は恐怖に取り込まれていった。さらにどんどん恐怖心が湧いてくる。

 そもそも剣に心当たりすらなかった。剣などという非現実的な代物をさも当たり前に存在するかのように問うてくる輩が目の前にいる。

「怖い怖い怖い怖い……」

 この言葉と感情だけが無意識にとめどなく出てくる。

 まだ剣を自分の目で見てはいない。真実かは分からない。冗談かもしれない。絶対そうだ。

 現実から目を背ける理由を適当に探してこじつけ繋ぎ合わせる。

 下を向きながらブツブツ唱えているビゼーを見て、クウヤは問いかけた。

「どうした?オレなんかへんなこと言った?」

「変な自覚ねぇのか⁈」

「えっ、なに?」

「お前さ、自宅じぶんちの前でぶっ倒れてた見ず知らずの男を家にあげたらソイツが数日間剣ほっぽって何食わぬ顔で同じ屋根の下で生活してましたって分かって『ヘェ〜そうだったんですか』で済むわけねぇだろ!説明しろ!今すぐ!全部!」

 ビゼーはブチギレていた。

 ブレスの間もないくらい早口の剣幕を一方的に浴びせられたクウヤは剣について事細かにご説明申し上げることとなった。


 クウヤの説明を聞いたビゼーだが、未だモヤモヤを抱えたままでいた。

「なるほどな、護身用の剣か……って納得できるわけねぇよ!なんでそんなもん持ち歩いてんだよ⁈」

「だから話したじゃん!もらったんだって」

「なんでもらった瞬間お前は受け入れてんだよ⁈」

「だから……スカーレッドのおやじさんが剣とか刀とか作ってる人だったって知ってたから。」

「はぁ〜〜……色々せねぇことはあるけど理解はできた。けど、絶対初日に言うやつだよな!これ!」

「だからゴメンってー。でもさ、剣もってなかったらオレ死んでたかもしんないし。そんなにつかわないってやくそくもしてるし、ビゼーに使ったりとかもしないから。それはしんじてくれ!」

「俺に向けて使わないのは当たり前なんだよ!そんなことより襲われたって話は聞いた時、剣がどうのこうのなんて一度も言ってなかっただろ。よくはしょれたな!そんな大事なこと!」

「オレ、なんて言ったっけ?」

「ガンってやって倒したって……まさか、『剣で』が省略されてたのか?」

「そう……だな」

「お前なぁ……」

 ビゼーは呆れ果てた。

「で、剣作ったのってお前の友達だって言ってたよな?」

「うん」

「すげぇな、その子。俺たちと歳同じくらいなのに剣作れるのか」

「すげーよなー。ホントにアイツにはかんしゃ……あっ‼︎」

 クウヤが突然大声を上げた。

 ビゼーもびっくりして、声を荒げた。

「何だよ!急に!」

「オレ、アイツにありがとう言うのわすれた」

「はぁ?お前最後に会ったのその子だって言ってなかったか?剣も貰ったんだろ?」

「うん、そうなんだけど、お礼言ってない……」

「お礼言うの当たり前すぎて記憶から消えてるだけじゃなくてか?」

「そうかな?言ったきおくがないんだよな〜」

「そんな細かいこと覚えてるんだったらお礼ぐらい言っとけよ!」

「そうだな」

「悪い。飲み物無くなったから新しいの買ってくる」

 ビゼーは席を立った。

「ついでにオレのも買ってきて!」

 図々しくもクウヤはお使いを頼んだ。

「はいよ」

 ビゼーは気だるそうに返事して注文カウンターへ向かった。


 ビゼーが帰ってきた。

 彼はトレーを持っていた。アイスコーヒーとオレンジジュース。だけでなく、ホットドッグ二つも一緒に載せられていた。

「腹減ったから買ったんだけど食う?」

「食う!」

 ビゼーは食料を差し出し、クウヤはそれを受け取った。

「サンキュー」

 クウヤは感謝の言葉を述べるや否やホットドッグにがっついた。

 数十秒後、クウヤが質問を投げた。

「なぁ、ビゼー。どうして学校行かなかったんだ?」

 ビゼーは驚いた。そんなことを聞かれると思っていなかったからだ。危うくアイスコーヒーを吹き出しそうだった。

 数回咳き込んだ後、質問に答えた。

「両親が行かせたくなかったからだろ」

「えっ、なんで?」

「知らねぇ」

「きになんないの?」

「そこまで重要じゃねぇ」

「なんかいがいだな」

「えっ?」

「ビゼーならぜったいりゆうきいてると思ってた」

「そうかよ。そろそろ出るか。けっこういるし」

 そう言ってビゼーは立ち上がった。

 クウヤは驚いた顔で尋ねる。

「もう帰んの?」

「そろそろ帰ったほうがいいだろ。明日もあるし」

「ビゼーのお母さん、きにすんなって言ってたじゃん」

「手伝った方がいいだろ」

「おまえがそういうと思って、オレたちを外に行かせたんじゃねーの?」

「……そうだな」

 冷静になったのか、再び大人しく座った。

 クウヤはあることを感じていた。ビゼーは学校に行っていない理由を尋ねてからソワソワしていたように見受けられる。いつものビゼーではない。

 クウヤの頭で考えるにはここまでが限界だった。

 これ以上クウヤはこの話題に踏み込まなかった。

 これ以降、会話を切り出すのが難しい空気感をひしひしと感じた。

 耐えきれなくなったクウヤは提案した。

「やっぱみせでよ?」

「あぁ」

 ビゼーも了承した。


 外はまだ十分に明るかった。真昼よりはマシになっているが、まだまだ衰えることを知らない日差しが照りつける。

 クウヤとビゼーは横並びで家までの道を歩いた。あれから二人に会話はない。いまだに気まずくて互いに話題を切り出すことができなかった。

 暑さのせいもあり、ビゼーのアイスコーヒー(二杯目)と、クウヤのオレンジジュース(二杯目)は一瞬で胃にタンクされた。


 家まで数十メートルという場所まで来た時、少し先から声が聞こえた。ふたりのいる位置より少し先にある細い路地からだった。

「やめてよ!」

 その声は子供のものに感じた。

 二人は目を合わせて声が聞こえた路地まで駆けた。そして路地を覗き込む。

 視線の先には男の子がうずくまっていた。

 それとは別に男の子が二人。彼らは足の裏で、蹲っている男の子を何度も踏みつけていた。

「『魔人』のくせに学校来んなよ!キモいんだよ!」

「学校が汚れるだろ!」

 悪口雑言を吐きながら、二人は交互に背中、脇腹、肩などを踏みつけたり蹴りつけたりしている。

 見かねたクウヤは暴行を止めようとした。

 が、それをビゼーが制止する。クウヤの服の袖を掴んで引き止めた。

「うわっ、何すんだよ!」

「警察を呼んで対処してもらおう。こういうのには関わらない方がいい。俺、通報すっから」

 ビゼーはそう言って携帯電話を取り出した。

「けいさつが来るまでじかんかかるじゃん!そのあいだ、あの子ずっとやられたまんまだろ?止めてくる」

「やめとけって!聞いたろ!あの子、『魔人』だって。『魔人』が絡むと色々とややこしくなるんだ。警察が来んの待て!」

「まじんってなんだよ⁈こまってる人はほっとけないだろ!」

 掴まれた手を無理矢理振り払ってクウヤは男の子たちに近づいていった。

「ったく、あいつ!」

 ビゼーは頭を掻いた。厄介事に首を突っ込んでいくクウヤ対して腹が立った。

 現場に近づくクウヤとは対照的に彼は現場から遠ざかり、通報した。

 彼らのこのやりとり。クウヤは普段の声の大きさで喋っていたが、ビゼーは終始小声であった。

次回 魔人 弐

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