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 ガタン、ゴトトン、と屋敷の中に大きな音が響いて、留衣は肩をびくりと跳ねさせた。

 いつもの正午、ちょうど二階の廊下を歩いていたときだった。

 きょろりとどこからの音だろうと視線を巡らせると、またガタンと音が響く。

 その音がしたのは、トゥーイの自室の隣の部屋だった。

 やけに大きな音だったので、泥棒だろうか。

 そんな事を考えて、ドキドキしながらその部屋の扉にそっと耳をくっつける。

 しかし音はもう鳴らず、シンとしていた。

 トゥーイの使っている部屋はニーナが掃除していたので、留衣は入ったことはない。

 ニーナを呼ぶべきかどうしようかと迷ったあと、意を決して扉を開けた。

 呼びに行っているあいだに何かあったら大変だ。

 そこには雪崩を起こした本の山があり、壁際にある机からは紙の束が本と同じように絨毯の上に大量に雪崩を築いている。

 床には魔道具なのであろう、よくわからない大小さまざまなものが転がっていたりしている。

 応接間に転がっていたものと似たりよったりだ。

 正直足の踏み場もない。

 しかも机や出窓の部分には何個も使いかけらしいマグカップまである。


「き、汚い!」


 思わず留衣は声を上げていた。

 これは散らかっているとかのレベルではない。

 思わず室内に足を踏み入れたが、どこを歩いても何かを踏んでしまう勢いだ。

 物の置きすぎで雪崩を何個も起こしているので、そのうち扉が開かなくなるかもしれない。


「ちょっと本だけでも片付けよう。酷すぎる」


 とりあえず入ってすぐの所に散らばっている本を拾い上げる。

 厚い本はズシリと重い。

 本を拾いながら雪崩を起こしているところまで辿り着くと、雪崩を起こさない程度の高さに積み直した。

 机から滑り落ちている書類も順番がわからないが、拾い上げてこちらも雪崩を起こさない程度の山に積み直す。


「なんでマグカップが何個もあるのよ」


 無精したのだろう。

 机にも窓際の出窓にも、果ては本棚の空いているスペースにも。

 一体いくつあるのだと思う。

 さすがに魔道具は触らない方がいいだろうと思い、最後に軽く空気を入れ替えて完了だ。

 留衣は大量のマグカップを手に部屋を後にした。

 その日の夜。

 いつもの通りに渋い顔でトゥーイが食事を済ませると、自室へと戻った。

 そして一分もしないうちに、ドタドタドタと彼らしからぬ荒い足取りで、応接間にいた留衣の元へ飛び込んできた。

 その顔は眉が吊り上がり、あきらかに怒りの形相だ。


「え……どうかした?」

「どうかしたじゃありません。あなた私の部屋に入りましたね、勝手に物を移動してどういうつもりですか」

「どういうって、あまりにも散らかってたから、少し片づけただけなんだけど」


 留衣の困惑気味の答えに。


「あれらは適切な場所に置いてあった研究資料ですよ。あれではどこに何があるかわからなくなってしまいました。どうしてくれるのですか」


 眼前まで迫ったトゥーイに、自分よりはるかに高い場所にある白皙の美貌を見上げると。


「部屋の中から雪崩で凄い音がしたのよ。あれじゃドアが埋まっちゃうわ」

「大きなお世話です」


 スパリとにべもない返事に、さすがに留衣もカチンときた。


「言っておくけど私は本と紙の雪崩を元に戻しただけよ」

「戻した?あれは逆にむちゃくちゃにしたと言うのです」


 トゥーイもムッとあからさまに機嫌を急降下させた。


「マグカップだってあんなに大量にため込んで、虫でも湧いたらどうするの」

「それは……とにかくあの部屋は」

「大体、部屋の空気もよどんで不健康だわ」

「あなたに健康を心配されるいわれはありません」


 キッパリ言い切られてしまった。


「とにかく金輪際、私の部屋には入らないでください。迷惑です」


 言い切ると、ツンと顔をそらしてトゥーイは大股で応接間を出て行ってしまった。


「なにあれ!私だって気を使って最小限にしか触ってないのに」


 むっと頬を膨らませると、留衣も胸の中をムカムカさせて。


「物に埋もれちゃえ!」


 悪態をついて、早々と自室へ戻って行った。

 朝、留衣が起きて一階に降りると、ニーナによってトゥーイはすでに出かけてしまったことを聞いた。


「何よ子供みたいに」


 むうっと唇を尖らせると、自分だけの朝食を簡単に作って日課の掃除をする。

 パタパタと部屋をひとつずつニーナと掃除をしていると、昨日のトゥーイの部屋の前を通りかかった。

 ちらりとその扉に目を向けると。


「こちらはトゥーイ様の研究室なので、掃除は必要ありません。危険なものも多いのです」


 ニーナの言葉に留衣は、え、と聞き返した。


「この部屋、危ないの?」

「はい。ルイ様は近寄らないようにしてください」


 ニーナの言葉に、留衣はぽかんと口を開けてしまった。

 危険な物が数多くあるなら勝手に入って部屋の中の物をいじったら、そりゃあ怒るだろう。


「そういうことは早く言ってほしかった」


 がくりと項垂れる留衣に、ニーナはどうしましたと問いかけたが、何でもないと首を振る。


「完璧に私が悪いじゃん。もーっ」


 天井を仰いで思わずうなる。


「帰ってきたら謝ろう」


 よし、お詫びにご飯をちょっと豪勢にしよう、と思い留衣は掃除を終わらせるとニーナと連れ立って市場へと向かった。

 いつもはニーナがひとりで買い物に出ているが、先日出かけたこともあって今日は一緒に行くことにした。

 やはり食材は自分の目で見て買いたいし、献立も立てやすいというものだ。

 噴水広場から近い場所にある市場は、活気に満ち溢れていた。

 果物や野菜はみずみずしく、魚屋の軒先には丸ごとの新鮮な魚が吊るされている。

 時間帯的にはこれでも空いている時間帯らしいが、それでも人通りは多かった。


「何にしようかな。トゥーイさんの家、調理器具が少ないから凝ったもの作れないし」


 うきうきと弾んだ足取りで左右を見ながら、目に留まったのは肉屋だった。

 呼び込みでお買い得な鶏肉だと聞きつけ。


「からあげにしよっかな」


 メインを決めると、肉屋の前に行き商品を物色し始めた。


「えっと、鶏肉……二人分だしこれくらいかな」


 目星をつけた商品を指差して店主の男を見やると、男は少し青ざめた顔で留衣をマジマジと見ていた。


「あの?」

「あんた……このあいだ【魔力食い】と一緒にいた奴だよな」


 聞きなれない言葉だった。

 訳が分からず眉を寄せて首を傾げる。


「魔力食い?なにそれ、一緒にいたってトゥーイさんのこと?」

「そうだよ。あんたあいつと同じなのか?」

「同じって、何が?」


 男の言っている意味がわからず困惑すると。


「あいつと一緒で魔力を奪うのかって聞いてるんだよ」

「いや、私にはそんなこと出来ないけど」

「そうか」


 留衣が否定すると、あからさまに男はホッとしながら顔色を戻した。


「トゥーイさんって、魔力食いって呼ばれてるの?」

「知らずに一緒にいたのか?あいつは敵味方関係なく魔力を奪って死体を築き上げたって言われてるんだ。それでついた名前が【魔力食い】」


 男の言葉に、留衣の眉が思わず寄った。

 むうと口元がへの字になっていくのを止められない。


「あいつには近づかない方がいいぞ。いつ魔力を奪われて殺されるかわかったもんじゃない」

「いいから、その肉ちょうだい」


 男の言葉に被せるように早口に言うと、さっさと商品を受け取り留衣は店を離れた。

 後ろからついてきているニーナに立ち止まって。


「トゥーイさんがあんな風に言われたこと、言わないでね」


 騎士として市民のために働いているのに、あんな名前をつけられて恐れられているなんて嫌な気分になるだろう。

 ニーナはしかしゆるりと首を振った。


「トゥーイ様はご自分がどう思われ、なんと言われているか、すべてご存じです」

「……それでも」


 なんだかムカムカとして買い物をさっさと終わらせると、留衣は屋敷へと帰った。

 胸に渦巻くイライラをぶつけるように、ボウルの中で蒸かした芋を潰していく。

 あのあとの店でも同じような対応ばかりでフラストレーションが溜まりまくっている。

 そのせいで付け合わせはマッシュポテトに決めて、芋を潰しているというわけだ。


「魔力食いとか厨二病か!大体、トゥーイさんは魔力を取らないようにペンダントも手袋もしてるし!そもそも他人に触らせないし!」


 ドスドスと芋を潰していて、ふとベロニカの事を思い出した。


「あの人は、気にしてないのかな」


 何の躊躇もなく触っていた。


「でもドレス屋もそうだったけど、怯えすぎじゃない?トゥーイさんだって理由もなく魔力を奪ったりしないでしょ」


 潰し終えた芋に調味料を入れてマッシュポテトを作り、からあげを揚げ終わると。


「トゥーイ様が帰宅されました」


 ニーナが呼びに来てくれた。

 エプロンで手を拭きながら玄関ホールへ行くあいだもイライラは消えず。


「なんです、その顔は」


 ぶすくれた表情のまま出迎えてしまった。

 トゥーイも留衣の表情を見て眉を寄せた。

 もしかしたら昨日のことを引きずっていると思われているかもしれないな、と思う。


「何でもない」


 どう見ても何でもなくはないのだが、このままではいつまで経ってもイライラがおさまらないと思い。


「私、今日は夕飯いらないから、あとはニーナさんに準備してもらって」


 言うだけ言うと、留衣はさっさと自室に引っ込んでしまった。

 そしてベッドでさっさと寝て気分を治そうと思ったところで、トゥーイに謝るのを忘れていたことに気付き、溜息を吐くのだった。


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