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 とりあえず言われたとおりに道の先へ進むと、円形にぽっかり開いた広場に出た。

 中心には白い噴水が水を吹き出し、光りを弾いてキラキラしている。

 噴水の方へ足を踏み出したところで足先に痛みが走った。

 先ほどから靴擦れをおこしていて、地味に痛いと思っていたのだ。

 噴水のふちに座って、おそるおそる右足を靴から抜くと。


「うわ、肉刺つぶれてる」


 小指が真っ赤になっていた。

 踵の方を見れば、そちらも皮が剥けてしまっている。

 左足の靴も抜けば、右足と同様だった。

 気づいてしまえば痛みも増すというものだ。

 もう一度この靴を履くの嫌だなあと顔をしかめていると。


「お嬢さん、怪我をしたのですか?」


急に話しかけられて顔を上げると、五十代ほどの男が笑っていた。

 白い髪を腰まで伸ばしていて、白いローブを着ている。

 何となく聖職者とかそういったものを彷彿させたけれど、男のローブには金色の縁取りがされていたのでお金かかってそうだな、というのが瑠衣の感想だ。


「これは酷いですね」


 チラリと留衣の足へ視線を落とす。


「あの?」

「私は教会の者です。お布施を渡せば教会で治療を受けられますよ」

「はあ」


 お布施。

 ようは金だ。

そんなものは持っていないので、すぐに興味をなくした生返事を返してしまった。

 瑠衣の反応が意外だったのか、男は片眉を上げた。

 そんな顔をされても興味はないしお金もない。

 さっさと立ち去ってくれないかなと思っていると、男はわずかに腰をかがめた。


「本来ならお布施無しではしないのですが、特別です」


そう言って、右足の上に手をかざす。

 何だろうと思っていると、みるみる傷が治って行くではないか。

 痛みがすっかりなくなって、ずる剥けになっていた足は綺麗になっていた。

 左足も同じように治すと、男は屈めていた体を元に戻した。


「これでもう大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」


 魔法凄いと内心興奮していたけれど、何となくこの人物の前でそれを見せるのははばかられてお礼を言うだけにとどめた。


「いえいえ、どういたしまして。また怪我をしたら教会においでなさい。お布施をすれば何でも治してくれますからね」

「教会……」


 先程も言っていた。

この魔法の世界でも神様なんているのだろうか。

 疑問が沸いて男を見上げると、にこりと人好きのする笑みを向けられた。


「私は教祖をしている、リタリストと申します」


 教祖という言葉に留衣はぎょっとした。

 教祖といえば宗教団体の親玉だ。

 さきほど言っていた教会の教祖なんだなと思いつつ。


(教祖……胡散臭い響きしかない)


 失礼なことを考えていた。

 男がじっと視線を向けてきたので、慌てて靴を履いて立ち上がる。

 とりあえず、どうもと頭を下げておいた。

 その様子を男は観察するように見つめてくるので、居心地が悪い。


「珍しい髪の色ですね、瞳も。異国の方ですか?」

「ええまあ」

「なんという場所から来たのです?」

(言っていいのかなこれ)


 しかしさきほどのベロニカに聞かれたとき、トゥーイは答えなかったから言わない方がいいのかもしれないと思って、誤魔化すようにあははと笑って見せた。


「遠いところですね」

「そうですか。ところでいつこの町に?」


 それくらいなら言ってもいいかなと思い。


「えっと、一週間前だったかな」

「ほう」


 ゆるりと男の目が細められたことに、留衣は気づかなかった。


「その瞳と髪……以前にも同じような方を見た事がありましてね」

「おばあちゃんかな」


 言った刹那、ぎゅっと突然右手を掴まれた。


「やはりあなたか!やっと見つけました。さあ、私と教会に行きましょう」

「え?あの、ちょ、痛い」


 ぎゅうぎゅうと掴む力が強くなる。

 目を大きく開いて、興奮したように口走った男の言葉に聞き捨てならないものがあった。


「見つけたって、私の事知ってるの?」

「知っていますとも。あなたは我々の救世主様です」

「救世主様って」


 訳が分からない。

 とりあえず掴まれた手が痛くて顔をしかめるが、男の手が緩むことはなく。


「あの、離して」

「さあ行きましょう」

「ちょ、ちょっと」


 ぐいと男が留衣を引っ張って歩き出そうとしたが。


「お待ちください、リタリスト殿」

「トゥーイさん」


 やっと戻ってきたと思わず喜色を浮かべると、留衣とは正反対にリタリストという名前らしい男が眉根を寄せた。


「フェスペルテ殿……」


「彼女は私の家で世話をしている知人です。手を離していただけますか」

 トゥーイが一歩リタリストへ歩み寄る音が、石畳から上がった。


「……彼女は異国から来たというので、ぜひ我が教会本部へお連れしたいのだよ。そして、そのまま滞在していただきたい」


 リタリストの言葉に留衣は思わず彼の顔を見上げた。

 そして、トゥーイの方に目線を動かす。

 留衣を面倒みると言ったときの面倒そうな様子から、その提案を飲むのではないかと思った。

 しかしこのリタリストという男の興奮した様子は、留衣には不可解に思えて提案を遠慮したい気持ちでいっぱいだ。


「彼女は私の客人ですからお気になさらず。それに、騎士団に縁のある者が教会に居座っては何かと問題が起きる可能性もありますから、リタリスト殿の手を煩わせる必要はありませんよ」


 トゥーイの言葉に留衣はよかったと息をついた。

 リタリストは納得していないのだろう。


「あの、離して」


 掴まれた腕を取り返そうとしても、がっちりと掴まれたままだ。


「リタリスト殿、彼女の手を離していただけますか」


 カツリ、また一歩トゥーイが近づく。

 トゥーイの手が届く距離になると、リタリストはようやく留衣の手を離した。


「ありがとうございます。では行きましょうか」


 苦み走った顔を一瞬浮かべたリタリストに、留衣はざわりと警戒心が刺激された。

 それを抑え込み小さく会釈してトゥーイの隣にパッと下がる。

 トゥーイがリタリストに背中を向けたので、留衣も内心ホッとしながら背中を見せて歩き出した。

 広場を出て角を曲がったところで、ほうと一息吐く。


「まったく面倒な人間に目をつけられましたね」

「面倒ってさっきの人なんだったの?教祖って言ってたけど」

「そのままの意味ですよ。名もない神をあがめる教会の教祖です。魔法は神からのギフトであり、敬虔な祈りを捧げれば治癒の魔法が使える、というね」


 そこで腑に落ちて、留衣は自分の足先をちらりと見やった。


「さっき治してもらった」


 トゥーイがピタリと足を止めた。


「足を怪我したのですか?」

「ただの靴擦れだよ。通りかかったあの人が魔法使ってくれたの」

「……痛みがあったのなら言いなさい。私は治癒の魔法は使えませんから、酷くなっても何も出来ませんよ」

「心配してくれてありがとう。大丈夫、今は全然痛くないから」

「心配ではなく歩けなくなったら面倒だと言っているのです」


 そっけない物言いに、留衣は小さく笑みを浮かべた。

 なんだかんだ言ってトゥーイは面倒見がいいと思う。


「でもトゥーイさんは怪我を治す魔法は使えないんだね。騎士団にいるなら、怪我した時に不便でしょ」

「騎士団には治癒魔法が使える人間はいません。使える者は教会が管理しているか所属している人間だけです」

「なにそれ、偏ってるね」


 先ほどまでとはあきらかに速度の落とされた歩くスピードに、嬉しくなりながら留衣は疑問を口にした。


「元々は大きな魔物の群れを掃討するための組織だったのが、市民を守るための騎士団と金銭や権力を望む教会に別れたのです。そのとき治癒が使えた者を取り込んで以来、この国では治癒魔法が使える人間は教会が集めるようになったのですよ」

「ふうん。じゃあ騎士団と教会って対立してるの?」

「そうですね。騎士団は攻撃魔法に特化した人間ばかりですから、ギフトを邪悪なことに使っている、騎士団を排除してこそ平和が訪れて繁栄すると言っています」

「なんか無理矢理な言い方だね」


 思わず留衣は呆れたように口にした。


「彼らいわく戦争や魔物は騎士団が引き寄せているそうですから」

「無茶苦茶だなあ。みんなそれ信じてるの?」

「住人に騎士団へ悪感情を抱いている人はほとんどいません。ただ教会は治癒魔法使いを独占してお布施を集めて、いまや王家についでこの国の権力者になっています」

「そういえばお布施くれれば治してもらえるってさっき言ってたな。もしかしてお布施なかったら治してもらえないの?」


 首を傾げると「そうですね」と肯定されてしまった。

 とんだ金の亡者集団だ。

 複雑な関係性だなと思いながら、留衣は思ったよりも騎士団というところは危険な仕事なのだろうかと思った。

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