6
王城は、真っ白い建物だった。
そこかしこに緻密な彫刻がしてあり、花が飾られていて床もピカピカに輝いている。
そんな場所を歩くなんて緊張以外のなにものでもなかった。
しばらくトゥーイについて歩いていると、騎士らしき男が立っている扉にたどり着いた。
トゥーイはその騎士を気にすることなく扉を叩く。
「トゥーイ・フェスペルテ参りました」
そんな本名だったんだ。
舌噛みそうなんて考えていると、入れと内側から声が響いた。
王子様とご対面だ。
そんな偉い人なんてあちらの世界でもあったことがないので、緊張できゅっと手を握る。
扉を開けて中に入ると、そこには大きな窓を背に広い執務机へ座っている男が親しみやすい笑みを浮かべていた。
トゥーイが一礼するのに慌てて留衣も頭を下げて執務室へと入った。
「よく来たなトゥーイ。彼女が異世界から来た人間か」
「そうです。自己紹介を」
促されて、慌ててもう一度頭を下げる。
「瑠衣です。よろしくお願いします」
声が裏返ってしまった。
それに笑い混じりで堅苦しい挨拶はいいと返された。
顔を上げると、そこにいたのは短い茶色の髪に緑の目をした三十手前ほどの、なかなかにガッシリした体つきの男だった。
およそ王子様という単語とは真逆だ。
むしろトゥーイと同じ騎士だと言われた方が納得がいった。
まあトゥーイは騎士には見えないが。
「この国の王太子のニッポリア・トリアストだ。トゥーイが家に置いているというから興味が沸いてな」
つまり好奇心かと思う。
「異世界人は君で二人目だ」
「二人目……」
つまり祖母と瑠衣の二人だけということだろう。
「トゥーイさんに戻る方法がわからないと言われたんですけれど」
「ああ、そもそもどうして違う世界の人間が現れたのかもわかっていないからな。一人目が現れたのも十年以上前で、それ以前にそんな人間が現れたとは聞いていない」
「そうですか……」
しょぼんと肩を落とすと、悪いなと謝られてしまった。
「いえ、ありがとうございます」
「トゥーイは俺の腹心でな。難しい性格の奴だから、大変だろう」
「そんなことないですよ、よくしてもらってます」
ぷるぷると首を振ると、ニッポリアはそうかと嬉しそうに笑った。
「一人目のフミの孫だそうだな」
「殿下」
ニッポリアの言葉に目を見張ると、トゥーイが強張った声で遮った。
その反応に不思議に思っていると、ニッポリアが苦笑する。
「おばあちゃんを知ってるんですか?」
「少しね」
「わあ、あの」
「話は以上ですね」
瑠衣が前のめりで尋ねようとした声を、トゥーイの言葉がバッサリ遮った。
思わずそちらを見ると、ツンとした様子で素知らぬ顔をしている。
(トゥーイさんて笑わないよなあ)
思わず思考がズレてしまった。
あいかわらずニッポリアは苦笑したままだ。
「そうだな、挨拶をしておきたかっただけだ」
これで野暮用は終わりらしい。
これだけのためにドレス一式買ってもらってよかったのだろうかと、今更怖気づいてしまう。
「ああっとそうだ、古い魔道具を見つけた。研究資料にいるか?」
ふいに言ったニッポリアが引き出しから取り出した小箱のようなものに、一瞬でトゥーイの目が無表情のなか輝いたのがわかった。
「はい、ありがとうございます」
どことなく嬉しそうな雰囲気だ。
(魔道具って例の便利道具だよね。研究してるって言ってたっけ)
ニーナの言葉を思い出し、しかしこんなあからさまに反応するなんてと驚いていると。
ニッポリアが楽しそうに笑った。
「トゥーイは魔道具大好きな魔道具馬鹿だからな」
「……否定はしません」
ニッポリアに小箱を渡されるトゥーイをじっと見上げると、何ですとじろりと見下ろされた。
(料理のときといい、結構わかりやすいよね)
喜怒哀楽を全部表すわけではないけれど、何となく機嫌はわかる。
まあ自分が呆れさせたりしているせいだからかもしれないが。
というか、呆れた顔しか見ていない気がしてきた。
「それってそんなに凄いの?触っていい?」
好奇心に駆られてトゥーイの手元に手を伸ばしたら、魔道具に近づく前にバシリと手を叩き落された。
思わずポカンと叩き落された手を見てしまう。
その顔のままトゥーイを見上げると、ハッとした表情のあと苦み走ったような顔をされた。
「触らないでください」
お互い動きが止まってしまった。
それを解きほぐすように、ニッポリアが柔らかい声で割り込む。
「魔道具を触ろうとしただけだろう。けれど慣れていないと危ないから、気をつけて」
ニッポリアの言葉に頷く。
そのあと「では退室します」というトゥーイの言葉に、固まっていた瑠衣は慌ててニッポリアに頭を下げた。
そしてニッポリアに見送られ二人は執務室を後にした。
城を出るまでの道程がとても気まずい。
(いや、私が悪かったんだよね。トゥーイさんも条件反射でやっちゃったんだろうし)
ここは謝るべきところだろうと思っていると、城を出たところでトゥーイが口を開いた。
「あとはあなたの日用品を買って帰りましょう」
「うん」
気まずい空気を感じているのかいないのか、何事もなかったようにトゥーイが口を開いたので、謝りしそびれてしまった。