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「では行きますよ」


 促され玄関を出る。

 この世界に来て、初めて外へ出るので留衣は内心わくわくしていた。

 敷地内を出ると、石畳になりそこを二人で人通りの多い大通りへと向かった。


「ひゃー、街並みがファンタジーだ」


 思わずぽかんと口を開ける。

 建物はすべて中世ヨーロッパを連想させる作りだった。

 路上にはそこここに露店が並び、活気に溢れている。

 行きかう人の服装もやはり女性はドレスなど慣れない雰囲気で、あらためてここが異世界なのだと留衣に実感させた。


「迷子にならないでくださいね」


 きょろきょろと視線を動かしていると、声をかけられて慌てて彼の後を歩いていく。

 背が高いので、目印にしやすいのがありがたい。


「そういえば野暮用って?」

「その前に行く所があります」


 日用品を先に買うのだろうか。

 トゥーイが向かった先はガラスのショーウィンドウにドレスが並んでいる店だった。

 赤い上品な店構えに、絶対ここ高級店だと恐れおののく。

 しかしトゥーイがさっさと店に入ってしまったので、留衣は内心ひええと思いながら店の扉をくぐった。


「いらっしゃいま……ひぃっ」


 店に入るとマダムと言えそうな女性が、挨拶の途中で顔をひきつらせた。

 雰囲気的に店主らしい女の顔色はどんどん青くなっていく。


「彼女のものを全身見繕ってください。ある程度格式のあるもので」

「は、はい」


 店主の反応など気にせず淡々と注文をするトゥーイに、店主の顔がさらに引きつった。

 なんだと思っていると、店の中から怖々と若い店員らしき女性がこちらへと留衣を隣の部屋へと促す。


「あの、私のって」

「このあと行く場所があるので、それに合わせた服装をしてもらうだけです」

「はあ」


 困惑気味にトゥーイを見上げるとそんなことを言われてしまい、促されるまま隣の部屋へと向かった。

 パタンと扉が閉められると、女性は軽く息をついて留衣を見やった。

 その様子は何だか安堵しているようだ。

 ビクビクとしながら、女性は瑠衣へ向き直った。

 何故そんなに怯えられているのかわからない。


「では、好きなお色などありますでしょうか?」

「えっと、黄色とか薄い色が好きです」

「承知しました」 


 女性がペールイエローの淡い色のドレスを三着ほど持ってきてくれたので、何気なく手を伸ばす。


「ひぃっ」


 うっかり女性の手に触れてしまった瞬間、彼女から引きつった声が漏れた。

 目を丸くすると、女性も瑠衣が触れた部分を見て目を丸くしている。


「あなたは違うのですね」


 安堵したように強張っていた顔の緊張が解ける。

 何のことだと尋ねようとしたけれど、どのドレスにするかと先に質問をされてしまいうやむやになった。

 ドレスのうち袖口が広がったシンプルなドレスを選んで着替える。

 普段着用のドレスとは、やはり生地が全然違って一体いくらするんだろうと怖くなった。


「髪型も少しいじらせていただきますね」


 先程までのぎこちなさは何だったんだというくらい、あれよあれよと言う間に髪をシニヨンに結い上げられる。

 そこにピンクの小花の髪飾りをあしらわれた。

そして靴を差し出されて、はたと止まる。

 今留衣が履いているのはヒールがほんの少ししかない歩きやすい靴だが、差し出されたのはヒールの高い華奢な靴だった。

 ヒールあんまり得意じゃないんだよなと思いながらも、それに足を入れる。

 転ばないようにしなければと、妙に力が入ってしまう。


「お化粧をするので目を閉じてくださいね」


 お化粧までかと驚いていると、あっという間にピンクの口紅まで引かれ。


「出来ましたよ」


 言われて目を開く。

 目の前の鏡には化粧っ気のなかった小娘ではなく、少し大人びた雰囲気の自分が映っていて留衣は驚いた。


「女は化粧で化けるっていうもんなあ」


 生まれて初めての化粧での変わりように、思わず感心してしまった。

 化粧に命をかけるタイプの女の気持ちが少しわかってしまった。


「お待たせ」

「できました、か……」


 女性が開けてくれた扉から店の方へ行くと、トゥーイが途中で声を途絶えさせた。

 なんだろうと思いつつ目の前まで行くと、トゥーイがじっと留衣を見てくる。


「変?似合ってないかな」


 自分のドレスを見下ろしてからトゥーイの顔を見上げると。


「子供っぽさはなくなりましたね」


 言って、ぷいと顔をそむけてしまった。

 褒められている気がしない。


「代金を」

「え!もしかして全部買うの?」


 驚いて目を見開くと、何を当たり前のことをという目で見返された。


「言ったでしょう。野暮用に必要なんです」


 どんな野暮用だ。


「あ、あの、こちらに」


 店主がぶるぶると震えながら手のひらに載るくらいの石をカウンターの上に置いて示した。

 何故震えているのだろうと思っているあいだに。

 トゥーイがそれに触れる。


「何してるの?」

「支払いをしています。魔力を流せば金を預けているところから金額が支払われる仕組みです」


 なにやら便利な石なんだな、くらいの感想しか浮かばなかった。 


「行きますよ」


 代金を払ったらしいトゥーイが石から手を離し、さっさと店を出ていく。

 それに慌ててついて行きながらチラリと後ろを振り返ると、店主と女性はあからさまにほっとした表情を浮かべていた。


「なんか変な反応」

「私を怖がっているだけですよ」


 ぽつりと漏らすと、トゥーイが淡々と答えた。

 思わず顔を見上げるけれど、その顔には特にこれといった感情は見えない。


「怖いって」

「言ったでしょう、魔力を奪ってしまうと。奪われたら命にかかわりますからね」

「でも手袋とペンダントがあれば大丈夫なんでしょ?」


 横を歩きながらトゥーイの手袋に包まれた手を見下ろす。


「万能ではありませんし、いちいちそんな説明しませんよ」


 カツカツと石畳を歩く音が足元から上がるのを聞きながら、留衣は「面倒くさがりだね」と零した。

 その一言に、トゥーイがわずかに眉を上げたけれど、気にせず前に目線を向ける。

 石畳は存外、歩きにくい。


「それよりこの後ですが、王城へ向かいます」

「お城?」

「はい。王太子殿下に謁見です」


 言われて留衣は思わず足を止めた。

 それに気づいて、トゥーイも不思議そうに歩くのを止める。


「あの……王太子ってようは王子様だよね?なんで私とわざわざ会うの」

「あなたのことを報告したら、ぜひ会いたいと言われましてね。非公式で執務室での顔合わせなので緊張する必要はありません」

「いや緊張するでしょ」


 だからこんなに高そうなドレスなのかと合点がいった。

 王子様に会うなら、そりゃあ多少はしっかりした服装にするべきだろう。

 少なくともトゥーイが準備してくれたドレスでは駄目な気がする。

 「えぇ……」と困惑した声を上げても「会うことはもう決定していることなので」と言って、トゥーイは行きますよとさっさと歩き出す。

 留衣はそれをヒールを鳴らして追いかけた。

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