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 結論から言えば、翌朝は寝坊した。

 イライラとした気分が抜けず、結局ベッドに入ってからも数時間眠れずに過ごしたせいだろう。

 当たり前だが、慌てて階下におりるとトゥーイは出かけたあとだった。


「ケンカしたままとか……」


 昨日は機嫌が悪くて謝れなかった。

 今日の朝食時に謝ろうと思っていたのにと思う。

 なんだか空回りしていて、情けなくなる。


「トゥーイさん朝ご飯食べた?」

「いいえ、コーヒーだけです」

「あああ」


 がくりとうなだれる。

 留衣がいるあいだはちゃんと食事をさせるのだと息巻いていたのに、朝食抜きで仕事に行かせてしまうなんてと思う。

 それも二日連続。


「不覚……」


 せめて昼食をまともに食べているといいな、いやその可能性は低いなと思ったところで、留衣の脳裏に名案が浮かんだ。


「お昼、差し入れに行こうかな」


 できれば謝罪も早くしたい。

 なんだかとてもいい案のように思えて。


「よし、サンドイッチでも作ろう」


 むんと腕まくりをしてニーナへ振り向いた。


「トゥーイさんにお昼ご飯を差し入れに行きたいんだけど、場所わかる?」

「はい。今日は騎士団の本部にいるはずです」


 ニーナの返答によしよしと頷き。


「そうと決まれば行動あるのみ」


 掃除をさっさと済ませて、台所へと急いだ。

 サンドイッチを三種類とサラダを手早く作って、バスケットなんて無いから買い物用の籠に入れ準備万端。


「じゃあニーナさん、案内よろしく」

「はい」


 ニーナをともなって屋敷を後にした。


※ ※  ※


 騎士団の本部にはちょうど昼時より少し前に到着した。

 王城の入り口で分かれ道があり、ニッポリアに会いに来た時とは逆の道へ行く。

すると見えてきた赤茶色のレンガ造りの建物は大きい。

 いたる所にトゥーイの着ていたものと同じ詰襟の制服を着ている人間がいた。

 稽古中なのか木剣で打ち合いなんかもしていて、物珍しい。

 トゥーイも剣を持っていたなあとか、少し場違いだなあと思いながらも、まあいいかと建物の入口に近づくと、門前に立っている二人の騎士と目があった。


「どうしました?」

「届け物を持ってきたんですけど」


 そばかす顔の騎士に問いかけられて軽く籠を掲げて見せると、そばかすの騎士は愛想よく笑みを浮かべた。


「騎士の身内の方ですか?」

「はい、トゥーイさんに会いたいんですけど」


 そこでそばかす騎士はピタリと固まった。


「え?」

「えっと、だからトゥーイさんて方にお昼を届けに来たんですけど」


 もう一度繰り返すと、そばかす騎士は目に見えてダラダラと汗を流し出した。

 もう一人の方を見れば、こちらはあきらかに顔が引きつっている。

 何だろうと思いながらも。


「あの?」


 不思議そうに問いかけると、二人の騎士は顔を合わせて困惑気味に目くばせし合い、そばかす騎士がおそるおそる口を開いた。


「トゥーイ・フェスペルテ団長で間違いないですか?」

「その人です」


 こくりと頷くと、片方の騎士から小さく嘘だろと聞こえてきた。

 何をそんなに驚いているのだと思いながらも、気になったことをニーナにこそこそと囁きかけた。


「団長ってもしかして一番偉い人のこと?」

「はい。騎士団すべてを束ねています」


 肯首するニーナにへええと感心していると、騎士二人もこそこそと何やら話し合ったあと。


「お名前を伺ってもよろしいですか?」

「留衣だと言えばわかります」


 こくりとそばかす騎士が頷き門の中に入って行く。

 そして五分もすると帰ってきて。


「お待たせしました。確認が取れましたので、団長の元へ案内いたします」


 こちらへどうぞと導かれ、石畳の床とレンガの壁をもの珍しく眺めて歩いていたが、すれ違う騎士や物陰からチラチラと送られる視線に、留衣は何だろうと小首を傾げた。

 やたらと騎士が多いうえに視線を感じる。

不審者には見えないと思うんだけどなと思いながら、目の前の騎士の背中を追った。


「こちらです。フェスペルテ団長、お連れしました」

「入れ」


 そばかす騎士の呼びかけに、内側から入室の許可がでる。

 扉を開けてそばかす騎士が頭を下げた。

 留衣を室内に促すと。


「扉の前にいますので、お帰りの際はお声がけください」


 留衣とニーナが室内に入ったのを確認して扉を閉めた。

室内は窓の前に大きな執務机が置かれて、本棚や壁のタペストリーが重厚な雰囲気を醸し出している。

意外と本なんかも多いけれど、騎士とはいえ執務室ならそんなものかと思った。

執務机から立ち上がったトゥーイが眉をひそめながらも留衣の前までやってくる。


「こんなところまで何の用です」


 咎めるような声音にひるみながらも、留衣は勢いよく頭を下げた。


「このあいだはごめんなさい。危ないなんて知らなくて、勝手に部屋の中のものいじって」


 留衣の謝罪に対して何も発しないトゥーイに、留衣がおそるおそる頭を上げると。


「それを言いに来たのですか?」


 あっけに取られた顔をしてトゥーイは留衣を見下ろしていた。


「いやだって、昨日も別に怒ってたわけじゃなくて謝らなきゃって思ってたのに、色々あって謝れなかったから」


 眉を下げてもう一度ごめんと謝る留衣に、トゥーイははあとひとつ嘆息した。


「かまいませんよ。あなたが屋敷を掃除してくれていたのを分かっていたのに、ニーナには入ろうとした

ら止めるようにとしか言っていませんでしたし、直接注意しておかなかった私にも非はあります」

「じゃあ、仲直り」


 にこりと笑って言えば、きょとんとトゥーイは目を丸くした。

 そして仕方がないなと言うように、苦笑する。


「ええ、そうですね」


 トゥーイが同意したことに、えへへと笑ったあと。


「そうだ、これ」


 自信満々に籠を差し出した。


「何ですか?」


 思わず受け取ったトゥーイが首を傾げると、編んでいる髪がサラリと肩を滑った。

 窓からの陽光に蜂蜜色が光を弾く。


「お昼ご飯」


 そこでピタリとトゥーイの動作が止まった。


「朝作れなかったから、何も食べてないだろうと思って持ってきた」


 にこにこと上機嫌で、サンドイッチだよと言えば、トゥーイの顔があきらかに引きつった。


「え、何その顔」

「いえ、まさかあなたの手料理を昼食にも食べるとは思ってもみなかったので」

「……だってまともにご飯食べないって聞いたし。迷惑だった?」

「あなたの料理は前衛的すぎるんですよ」


 言われてしまえば、むうと唇を尖らせた。


「じゃあいいよ、持って帰る」


 籠を返してもらおうと手を差し出したが。


「食べますよ」


 トゥーイはそれを執務机の上に置いた。


「無理しなくていいよ」


 少しむくれて言ってみる。

 けれど、トゥーイはからかうように口元に笑みを浮かべた。

 どこか機嫌のよさそうな表情は見慣れないものだ。


「あなたが来てからずっと食べている料理です。慣れました」

「……なんか嬉しくない」

「喜んでおきなさい」


 釈然としない気分だが、食べてくれるのならまあいいかと留衣は頷いておいた。


「じゃあ帰るね」

「ええ、ありがとうございます」


 扉を開けて、小さく手を振るとそばかす騎士が驚いた表情で留衣とトゥーイを見比べたあと、ハッと姿勢を正して。


「入口までご案内します」


 そう言って入口まで道案内してくれた。

 余談だが、帰りの道行きでも通路を歩いているあいだ、大勢の騎士達の視線にさらされ留衣は不思議に思ったのだった。


「よし、お届けも終わったし帰ろうか」

「はい」


 後ろに控えて歩くニーナを連れて王城の入り口から出ると、帰り道を歩き出す。


「にしてもトゥーイさんて表情変わるようになってきたな」


 引きつった顔を思い出す。

 理由が留衣の料理なのは嬉しくないが、最初に会ったときよりは親しくなれているのではないかと思う。

 軽い足取りで石畳を歩いていると。


「あら」


 前方から以前会ったベロニカが歩いてきて、留衣を見て軽く目を見張った。

 相変わらずジャラジャラと宝石を付けていて重そうだなと思う。

 今日はオレンジのドレスを着ていて、後ろにお仕着せ姿の侍女だろう女性が立っていた。


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