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「やめてよ、離して!」


夢中でもがきながら、留衣は暗闇に目を凝らした。

五歳の時に忽然と姿を消した祖母。

祖母が消えて消沈した祖父もまもなく亡くなった。

瑠衣をとても可愛がって実の親より面倒を見てくれた二人。

その遺産を食いつぶした両親が、金と引き換えに十六になった娘をどこぞの嫁にやると言い放ったのが昼間のことだった。

祖父母が大事に暮らしていた大きな屋敷も見る影もなく、祖母の着物はすべて売り払われた。

そんな酷い話があるのかと憤り、近いうちに何が待っていようと家を捨てて逃げ出そうと決意して寝付いていたら、旦那になる予定だと言われた男に寝込みを襲われた。

長い黒髪がもがくたびに布団の上にバサバサと散る。

目の前の男は、留衣がもがくたびに舌打ちをした。

パジャマ代わりに愛用している白い浴衣の胸元を無理矢理はだけられたところで。


「は、なして!」


 渾身の蹴りを男の腹部に入れると、ゆるんだ拘束の下から素早く這い出した。

 そのまま障子扉を開き、転がるように縁側から裸足で土の上へと降り立つ。


「待て!」


 追いかけてくる男の姿に誰が待つかと庭の奥へ逃げようとして、留衣は足をもつれさせた。

 べしゃりと転んだ瞬間、右足にかすかにビリリと痛みが走る。

 白い浴衣が土にまみれて汚れたのも気にせず立ち上がろうとしたところで、後ろから太い指が留衣の華奢な二の腕を掴んだ。


「きゃああ!」


 悲鳴を上げた刹那だった。

 眩い光が留衣の体を包み込む。

 留衣は目を開けていられずに、ぎゅっと瞼を閉じた。

 そして、ふっと掴まれていた腕の感覚がなくなりその場にまた転ぶ。


「いたっ」


 何が起きたのかわからずに、転んだまま顔を上げると。


「何者です」


 凛とした声が留衣の耳をついた。

 怜悧なその響きに何が何だかわからないと思いながら留衣が顔を上げると、そこには一人の男がこちらを睨み下ろしていた。

 二十五、六に見える男は、その白い肌と人形のように整った顔に彼が本当に人間なのかと思わせるほどに綺麗だった。

 鳶色の瞳に通った鼻筋、薄い唇。

 なにより左側でゆるく編まれた長い蜂蜜色の髪が、夜闇にぼんやりと光っているように見えて幻想的だ。

 優男な外見なのに、身につけている黒いシャツの上からは鍛えているらしい引き締まった体が見て取れる。

 よくある平凡な顔立ちの自分とは雲泥の差だなあと場違いにも感心した。

 思わずぼうっと見とれていると、さくりと草を踏む音がして男が一歩足を踏み出した。

 そこでようやく、留衣は土の剥きだしている自宅の庭ではなく青々とした芝生の上に倒れていることに気付いた。

 きょろりと見回せば、追いかけてきたはずの男もいない。

 そしてそれ以上に驚いたのが男の背後に煌々と明かりのついた建物があるのだが、見慣れた自宅の古い日本家屋ではない。

 夜の帳の中でもわかる白亜の二階建ての屋敷で、中から光が漏れている窓の形はまるでヨーロッパの建物のようだった。


「答えなさい。何者ですか」


 冷たい声に、慌てて体を起こす。

 どうなっているのだと忙しなく周囲を見回すが、まったく見覚えがない。


「あ、あの」


 こちらが誰なんだと聞きたいと思い声を出すと、男が留衣の目の前まで歩いてきた。


「黒髪……?それにその服」


 訝し気に細められた目に、なんだなんだと思う。

 とりあえず現状把握しなくてはと思って、ここはどこなんだと口を開きかけると。


「ここはトリアスト国の王都イルレーゼです。聞き覚えは?」


逆に質問されてしまった。

しかもまったく聞き覚えがない名前だ。


「え、えと、ない。知らない」


 ぎこちなく答えながら、ふるふると首を振る。

 自分は日本の自宅にいた筈だ。

 やたらとでかくて古いだけの。

 祖父母の思い出があり、そして踏みにじられた家。


「では、日本という言葉に聞き覚えは?」


 質問にきょとりと留衣は目を瞬いた。


「聞き覚えも何も、日本でしょ?ここ」


 そこまで答えると、目の前の男はあからさまに面倒くさそうに溜息を吐いた。

 綺麗な顔は眉根を寄せている。

 そうすると、人形ぽさがなくなり生きている人間なんだと実感できた。


「違いますよ、さっきも言いました。ここはイルレーゼです。日本ではありません」

「え?で、でも私さっきまで家で」

「ここはあなたのいた場所とは違う世界です」


 はっきりと言われたその言葉に、留衣はサアーッと血の気が引いた。

 何を言っているのだ、この男は。

 カタカタと震えだす体で縋るように男を見上げるけれど、あいかわらず眉根を寄せたままで嘘を言っているとは思えない態度だ。


「嘘でしょ」

「こちらが嘘だと思いたい、面倒な。とりあえず立ってください、いつまでもそこにいられても迷惑です」


 あんまりな言いぐさだ。

 震えていたのも引っ込むくらい少々むっとしながらも、言われたことは一利あるので立ち上がろうとして、留衣はバランスを崩した。

 さきほどくじいたらしく、右足首に軽い痛みが走ったのだ。

 転びそうになり慌てて、目の前にいる男の右手にしがみつくと。


「ッ!」

「わっ」


 掴んだ瞬間、大きく手をはらわれた。

 そのせいで尻餅をついてしまう。

 しかし手をはらわれたことも吃驚したが、それ以上に。


「なんか、いま……」


 振り払われた手をじっと見下ろす。

 彼に触れた所から何かが吸い込まれたというか、流れ出た感覚があったのだ。

 特に痛いとか、気持ち悪いとかはない。

 しかし、確かに何かが移動した。

 じっと触れた掌を見下ろしていると、頭上から声が降ってきた。


「私に触らないでください」


 硬質な声に、その顔を仰ぎ見る。

 そこには冷たい無表情があるだけだ。


「え……すみません」


 なんだかとてもいけないことをしたのだろうかと思いながらとりあえず謝罪を口にすると、男はくるりと建物の方へ踵を返した。


「ついてきなさい。ああそれと、胸見えてますよ」

「先に言ってよ!」


 言われた瞬間自分の体を見下ろすと、浴衣の襟元が大きくはだけていた。

 慌てて襟元をかき掴んで、白いささやかな胸を隠す。

 顔が耳まで赤くなるのを感じたが、男がさっさと歩いて行くので慌てて立ち上がり、ひょこひょこと右足をかばいながら追いかけた。

 この場所は庭だったらしく、開け放たれているテラスの中へと男が歩いていく。

 追いかけて室内に入ろうとしたところで、留衣は自分の足が泥だらけのことに気付いた。

 このままでは室内を汚してしまうと立ち止まったら、男が肩越しに振り返る。


「どうしました?」

「足が泥だらけだから部屋の中汚しちゃうなと思って」


 留衣が眉を下げたが。


「かまいません。入りなさい」


 言われてしまえば抵抗はあるが、仕方ない。

 裸足の足でテラスから室内へと足を踏み入れると、ふかふかの絨毯の感触がする。


(これ絶対に高い、絶対に高いよ!)


 なるべく汚さないようにと怖々歩く。

 室内は落ち着いた色合いの部屋だった。

 暖炉があり、部屋の真ん中に一人がけと二人掛けのソファーがテーブルを挟んでいる。

 ローテーブルの上に本が置いてあるので、おそらく読書をしていたのだろう。

 しかしいたるところに石の塊やら、何だかよくわからない置物というか道具のようなものが床に転がっていて微妙に散らかっている。


「座ってください」


 もはや浴衣が汚れているのを気にしない方向にして、留衣は二人掛けソファーへとおそるおそる腰を下ろした。

 でないと、冷たい鳶色の眼差しにさっさと座れと射抜かれそうだ。

 男がテーブルの上に置いてあったものを手に取った。

 黒い手袋。

 手の甲の部分に小さな赤い石がある。

 それを手に嵌めながら男が一人用のソファに座ると、次いで部屋の扉がノックされた。


「入れ」


 扉を開けて入ってきたのは、ワゴンをカラカラと押した二十歳くらいの女性だった。

 水色の髪を耳下で切りそろえていて、黒いロングワンピースに白いエプロンをつけている。

 いわゆるメイドだった。

 白い顔は無表情で、男以上に作り物めいて見える。

 いつのまにお茶を持ってくるように言ったのだろう。


「髪が水色……ファンタジーだ」


 思わず呟いてしまったけれど、男は気にした様子もない。

 メイドが黙ってお茶の準備をテーブルにしていくのを見ていて、留衣は気づいた。


「影がない……」


 オレンジ色に淡く照らされている室内で、留衣と男の影は濃く落ちているのにメイドには一切の影がなかった。

 ぱちぱちと目を瞬くと。


「人間じゃないですからね」


 さらりと言われた。

 一瞬何を言われたのか分からずにぼけっと男を見返して、そうしてメイドを見やる。

 メイドは無表情にお茶の準備が終わって一礼すると、部屋の隅へと控えた。

 その足元には、やはり影がない。


「おばけ?」


 思わず首を傾げる。

 しかしおばけにしては存在感はしっかりあるなと思う。

 そのせいかまったく怖くない。


「蝶々を依り代に私が魔力で作った個体です」


 今のセリフに違和感を覚えて留衣は男へ視線を移した。

 男はティーカップを綺麗な所作で持ち上げている。


「なんかよくわからないけど今、魔力って言った?魔力って魔法のこと?お兄さんは魔法使いなの?」

「質問ばかりですね」


 そりゃそうだ。

 わからないことだらけだし、不思議なことだらけだ。

 対して男は何だか訳知り顔。

 聞く以外の選択肢がない。


「いやだって、私さっきまで家にいたのにどう見てもここ家じゃないし、違う世界とか魔法とか言われるし」


 あわあわとまくし立てると、とりあえずお茶を飲みなさいと言われてしまった。

落ち着けということだろう。

確かに少し落ち着いた方がいい。

さっきから混乱しっぱなしだ。

留衣はおそるおそる両手でティーカップに手を伸ばした。

 温かい飴色の紅茶を口に含むと、ほっと息を吐く。

 チビチビと半分ほど飲んだのを確認すると、男はティーカップをソーサーに戻した。


「説明をしましょうか」


 その言葉にこくりと頷き、カップをソーサーへと置く。


「さっきも言いましたがここはトリアスト国の王都イルレーゼ。魔法が当たり前にある世界です。あなたのいた地球という世界ではありません」


 ハッキリ言われてしまった。

 なんとなくさっきからの言葉で、日本どころかおとぎ話の世界だと思っていたら、本当に違う世界とは。

 にしても男は落ち着きすぎではないだろうか。

普通は自分同様に狼狽えてもいいはずだ。

そんな眼差しに、男はしれっと口を開いた。


「いるんですよ、あなた以外にも日本という場所にいたという人が」

「ええっ!」


 思わず大声を上げてしまった。

 ティーカップを戻しておいてよかったと思う。

 持ったままだったら絶対に落としていた。


「そ、その人は?私戻れるんですか?」

「その方はこちらで生活をして亡くなりました。戻れるかは知りません」

「そんな……」 


断言されて留衣は血の気が引いた。


「ただ、あなたと同じような服を着ていましたし、何よりトリアストに黒髪黒目はいません」


 思わず浴衣とその上にさらりと流れる黒髪を見下ろした。

 男はチラリと暖炉の上にある小さな額縁に目線をやった。

 それを追いかけると、そこには上品に笑う着物姿の老婦人が描かれている。

 確かに着物を着ているし、染めているのか年齢のわりには髪が黒かった。

けれどそれ以上に驚いたのが。


「おばあちゃん!」


 目を丸くした留衣は慌てて立ち上がり、その額縁へと近づいた。

 足が痛むけれど、そんなことはお構いなしだ。


「おばあちゃん?あなた、フミの事を知っているのですか」


 男が瑠衣の言葉に勢いよく立ち上がる。

 振り返って瑠衣は何度も頷いた。

 間違いない。

 大好きだった、両親の代わりに親代わりをしてくれた祖母だ。


「私のおばあちゃんだよ、五歳の時に急にいなくなったの。間違いないよ、名前だってフミって言うんだから」


 まくし立てると、男は目を見張った。

 眉をわずかに寄せる程度だった人形のような無表情が、ほんの少し崩れて人間味を帯びる。


「フミの孫……」


 ポツリと呟くと、額に手を当てて深々と溜息を吐いた。


「わかりました。城にでも保護してもらおうと思いましたが、フミの孫なら面倒を見ましょう。彼女には世話になりましたから」

「え?いいの。ありがたいけど」


 懐かしさにしげしげと祖母の肖像画を見ていた留衣は、男の言葉にきょとんと小首を傾げた。


「ほかに行く当てもないでしょう」

「まあ確かに。じゃあお世話になります」


 ずうずうしいとは思ったが、ありがたい申し出だ。

 行く場所も頼れる人も他にはない。

 ぺこりと頭を下げる。


「ただし、私には一切触れないでくださいね。でないと命の保証はしませんよ」


 なんとも物騒な物言いだ。


「私は他人の魔力を奪う力を持っています。魔力は枯渇すると死に至りますからね」

「私にも魔力なんてあるの?」


 日本生まれ日本育ちにも関係あるのだろうかと首を傾げて、思わず両手を見下ろす。


「ありますよ。かなり魔力が多いですね」

「へえー」


 マジマジと思わず掌を凝視してしまう。

 先ほど触れた時に何かが吸い取られる感覚があったことを思い出す。


(あれが魔力を奪うって感覚なのかな?)


 特に何とも思わなかったけれど、と思う。

 でも命に関わるらしいから気をつけておこう。

 そこではたと思い至って男を見上げた。

 背が高いので、目線の高さがだいぶ違う。


「おばあちゃんにも魔力ってあったの?」


 瑠衣の言葉に男は目をゆるく伏せて。


「覚えていません」


 今までで一番の、拒絶するような硬い声が返ってきた。

 あまりにも拒否を示すような声音に驚いていると、男はそんな瑠衣のことなど気にもせず部屋の扉へと向かって行った。


「あとはニーナに任せます」


 メイドの名前だったのだろう。

 部屋の隅に控えていた彼女が一礼する。

 そのまま背中を向けて出ていこうとする男に、慌てて留衣は声をかけた。


「私、留衣っていうの。あなたは?」

「トゥーイです」


 端的に答えるとトゥーイは出ていってしまい、パタンと扉は閉じられてしまった。


「なんて不愛想な」


 いっそ清々しいほどだ。

 義務感以外のものを感じない。

 けれど男に襲われたばかりの瑠衣には、これ以上ないくらい安心できる対応だった。

 自意識過剰な思考かもしれないけれど、変に気に入られて襲われてはかなわない。

 まったくの興味の無さと祖母への恩返しらしき発言で、瑠衣はトゥーイを信頼できると判断した。

 判断したのはいい。

しかしこのあとどうすればと、はあとため息を思わず吐き出す。


「ルイ様、お風呂へ案内します」


 声をかけられて振り返ると、ニーナが小さく頭を下げてそう言った。


「お風呂!ありがとう」


 髪から浴衣に足まで土にまみれているので、ありがたい。

 クズ野郎から逃げて庭に出た時から、瑠衣の姿はすっかり汚れきっているので、出来るなら早くどうにかしたかった。

 絨毯やソファーはかなり汚れたんじゃないかと怖かったので、見ないようにした。

 ニーナがあとで掃除するのかもしれない。

 心のなかでしっかりと謝っておく。

 ニーナの案内で風呂場へと着くと、そこは湯気でホカホカと温かかった。

 白いタイルの上に陶器の猫足のバスタブがある。

 猫足バスタブなんて映画や漫画の世界だ。

 ちょっと心が躍る。

 たいていの女子は好きだろう。

 タイルには所々に金色で小花が描かれていて、なんとも上品なバスルームだった。

 さて、と浴衣を脱ごうとすると。


「失礼します」


 ニーナが留衣の浴衣に手を伸ばした。


「何?」

「お手伝いを」


 ニーナのあっさりとした返答に留衣は吃驚だ。


「ひえええ!一人で脱げるからっ」


 慌ててニーナから一歩後すさる。

 しかしニーナは表情を変えなかった。

 本当に主人によく似ている。

 もしかしたら表情が変わる機能がないのかもしれない。


「ではお背中と御髪を洗わせていただきます」

「大丈夫、一人で出来るから!ていうこの世界ではこれが当たり前なの?」


 使用人とはこんなことまで仕事なのかと、顔を赤くして瑠衣はまくしたてた。

浴衣を死守していたら、ニーナが「そうですね」と頷いた。

嘘だろう。


「地位のある家柄などは、こういったことは普通です」


 淡々と答えるニーナに、思わず留衣は目を丸くした。


「まさかさっきのトゥーイさんも?」


 女性に体を洗ってもらっているのか。

 まったくイメージ出来ない。

 そもそも触るなと言ったのに、ニーナは別にいいのかと疑問が沸く。

 トゥーイが作った個体だから関係ないのかもしれない。


「いいえ、トゥーイ様はすべて一人でなさいます」

「じゃあ私もそれで!」


 この年になって誰かに入浴の手伝いをされるなど恥ずかしい以外のなにものでもない。


「しかし」

「それより足を痛めたから手当とかしてもらえると助かるんだけど」


 ニーナの声に被せるように頼み事を言うと、彼女は一度瞬いて留衣の服を脱がせようとしていた手を下ろした。


「では手当の準備と寝室の用意をしてきます。着替えはそちらに」


 一礼してバスルームを出ていくニーナの背中を見送って、留衣ははあーと長く息を吐き出した。


「助かった……」


 ぽつりと漏らして、いそいそと泥だらけの浴衣を脱ぐ。

 まずは泥を落とそうと、金色の蛇口をひねりシャワーを浴びて体と髪を洗ってからバスタブへと体を沈める。

 わかりやすい仕様なのは助かった。


「にしても、魔法のある国なんて夢みたいだけど夢じゃないんだよなあ」


 温かいお湯の感触がどう考えても夢にしてはリアルすぎる。


「おばあちゃん行方不明だと思ったら、死んだのかあ……」


 ポツリと漏らす。

 祖母がいたのは留衣が五歳の頃までだ。

 享楽的な両親は自分の遊ぶこと優先だったので、面倒を見てくれていたのは祖父と祖母だった。

 特に祖母は面倒見のいい人だった。

 優しくて美味しいご飯を作ってくれて大好きだった。

 両親は情の薄い人たちだったから、祖母がいなくなった当時はよく泣いたものだ。

 成長するにつれて見つかるという希望は持てなくなっていたけれど、実の母よりも大好きだった祖母。

 それがこんな場所でいつのまにか亡くなっていたというのは、留衣にとっては行方がわかった喜びと二度と会えないという悲しみでぐちゃぐちゃだった。


「おばあちゃん……」


 じわりと目尻に涙が浮かぶのを、ばしゃんと湯舟に潜ってごまかした。


(トゥーイさんが世話になったって言ってた。おばあちゃんらしい。きっとおばあちゃんなら自分が満足する生活してたはずだ)


 優しいけれど、芯の強い人だった。

 祖母の性格上、悲観しながら生活していたとは思えない。

 だから、行方がわかっただけで良しとしようと瑠衣は無理やり自分を納得させた。


(今は、これからどうするか考えないと)


 ぷはっと水面に顔を出して、ぐいと前髪を後ろへ流す。


「とりあえずトゥーイさんが面倒みてくれるっていうし、ありがたくお世話になろう」


 よしと気合を入れて湯舟から上がり着替えようとすると、それはおそらくトゥーイのものなのであろう。

 白いシャツが置いてあり、着て見ると裾が膝まであった。


「でかい……」


 袖をまくりながら、背が高かったもんなと思う。

 冷たい飲み物を運んできたニーナに礼を言って足に手当をしてもらい、寝室へと案内してもらった。

 ベッドとライトテーブルがあるだけのシンプルな部屋に案内されたので、礼を言ってからニーナと別れてベッドへ潜り込む。 

 眠れないだろうかと心配したが、結構図太い留衣の神経は律儀に眠気を引き起こして、すやすやと眠りについたのだった。


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