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この戦いが終わったら

「うわぁぁぁぁーーーーーーーッッ」


リディアの叫び声が大広間にこだまする。

刹那、先ほどの叫びが嘘のように、声が、途切れた。

涙は、止まっていた。ただ虚な瞳の少女が、そこには残っていた。

悲しみじゃない。

絶望でもない。

もっと黒くて、重くて、深いもの。


(私が、弱いから)


リディアは、ルークの背中の赤を見た。


(私が、何もできないから)


ルークが傷ついた。

カトリーナが泣いた。

セレナを巻き込んだ。


(違う、違う……私は悪くない)

(でも、私がもっと強ければ)

(私がちゃんとできていれば、ルークは庇わなくてよかった)

(なのに——あいつが、レオナルドが……!)


怒りに染まった瞳が、レオナルドを見つめ、ふとフィリアに向く。

彼女の手は、止まっていなかった。

震えながらも、確かな光を紡ぎながら、ルークの傷を塞いでいく。

ルークは、目を閉じてぐったりとしている。

フィリアと、目が合った。


(……なんで、こんなにも、フィリアさんと私は違うんだろう)


茶髪で、緑の瞳。

特徴だけだったら、リディアとフィリアは同じだ。

なのにーー

フィリアは貴族で、ルークと対等で、こんな時でも美しくて……今は、ルークの命を紡いでいる。

ルークを巻き込んで傷つけているだけのリディアとは、違うんだ。


(私は……私は、何?)


ルークが好きだ。

ルークと、対等になりたいと思っていた。

だけどリディアはーールークに何もできない。


(やっぱり、私なんかじゃ)


思考が絶望に染まる。

刹那ーーリディアの掌に、魔法陣が浮かんだ。


(……あぁ、これが“闇“だ)


水でも、光でも、時間でもないもの。

深い、深い——闇の色。

美しい漆黒。

自分への絶望と、レオナルドへの憎しみが、どこで区別できるのかもわからないまま、その感情が形になっていく。


(闇魔法を使ってみたいと思っていた。イメージして、何度も試したけど、使えなかった)

(やっとわかった……この感情こそが“闇“だ)


「……っ」

フィリアが、顔を上げた。

リディアの周囲の空気が、歪んでいた。

光が、届かない。

温度が、ない。

リディアの足元から、じわりと闇が滲み出るように広がっていく。


「リ、ディア様……?」


フィリアの声が、震えた。

返事は、なかった。

リディアの目は、レオナルドだけを見ていた。

その目に、いつもの真っ直ぐさはなかった。

ただ——黒くて、深くて、底のない何かがあった。


(……怖い)


気づけば、フィリアのルークへの治療の手は止まっていた。

闇魔法が使えるのはテネブレ家の人間のみ。

それは、マナギア国の魔法使いの常識でーー

だけど、リディアの闇魔法は、レオナルド以上だった。


(これが……リディア様なの?)


フィリアは、息を呑んだ。


「……あなたが」


リディアはレオナルドを見つめ、腹の底からうめくように、声を発した。


「あなたが、ルークを傷つけた」


リディアの掌の魔法陣が、黒く滲んでいく。

レオナルドは、その瞬間初めて、リディアに——背筋の冷えるような何かを感じた。

それでも、冷静に返答する。


「違うね……君を庇ってルーク殿は傷ついたんだ。君のせいさ、君が、分不相応に僕に……」

「黙れ!!」


リディアが、手元から闇の棘を打ち出す。その動きは、これまでとは別物だった。

魔力が枯渇しているはずなのに——いや、だからこそ、その動きには迷いがなかった。


「っ……!」


レオナルドが、闇の盾を展開する。

だがリディアの棘は、そこからさらに伸び、盾を貫く。

レオナルドが、初めて大きく後退した。


(……なんだ、これは)


レオナルドは動揺した。

学園の仕掛けを利用している今、レオナルドの闇魔法の出力は最大のはずだ。

なのに——なぜリディアの……たかが平民の闇魔法が、自分のそれを上回っているんだ。


(ありえない——)


「終わりよ」


リディアの声は、平坦だった。

怒りでも、悲しみでもない。

ただの“無“だった。

レオナルドの足元に、リディアの作った黒い沼が広がっていく。

レオナルドが足掻くのを、リディアは冷酷な顔で見つめていた。

それは、レオナルドの知らない、リディアの顔だった。


(あぁ、彼女は“こっち側“だ。闇に染まったんだーー)


敗北と、初めて自分と同じ所に堕ちた人間を見た喜びで、レオナルドは泣きたくなった。

だが、それを阻むように、彼の足元に、一筋の光が差し込む。


「リ、ディア」


ルークの声が、広間に落ちた。

その声は掠れていて、だけど、闇に落ちたリディアを救おうという強い意思が秘められていた。


「……や、めろ」


ルークの口元からは血が滲んでいる。

だけど、瞳だけは輝いていて、リディアを見つめていた。

リディアの足が、止まった。


「お前は……そう、じゃない……はずだろ」


リディアの魔法が揺れる。

揺れてーーレオナルドを飲み込む沼の動きが止まった。


「何…..取り乱し、てんだ」


ルークの声は、掠れているのに力強かった。


「あいつを……ぶん殴って、止めるんだろ?」


広間が、静まり返った。

リディアの掌の魔法陣が、揺れた。

揺れて——ひびが入るように、端から崩れ始めた。


(……そう、だ)


ルークとセレナとの馬車で、自分が言った言葉だ。

ルークに、啖呵を切った言葉だ。

あの時のルークは、呆れたような顔をしながら——折れてくれた。


(私は……あの時の私は)


魔法陣が、さらに崩れる。

リディアの瞳から、涙が溢れる。


「だって……無理、だよ。無理だよルーク。私……私は弱くて、何もできなくてーー」

「そんなわけないだろ」


フィリアに支えられているルークが、そっと立ち上がる。

一歩一歩、リディアに近づいていく。


それを止める人はーー誰もいなかった。


「お前なら、できる」


その信頼が、リディアには辛かった。

弱い自分。

何もできない自分。

ルークに守られ、闇に手を染めーーそんな自分に、何ができるかわからなかった。


ブンブンと、首を振って否定した。

言葉は、出ない。

そんなリディアを、ルークはそっと抱きしめた。


「できるよ、リディア。お前は……俺を救ってくれた」

「……え?」

「俺だけじゃない。カトリーナ嬢、セレナ。クランやナイル国の人間。みんな、お前に救われてるんだ」


リディアは、ルークの胸に顔を埋めた。

声を殺して、泣いた。


「……私、やっぱり無理だよ」

「……だったら、俺たちを頼れよ」


ルークが、リディアの心を守るようにーー強く、リディアを抱く。

その体は温かかった。


(……ちゃんと、生きてる)


ルークの鼓動の音が聞こえる。それだけで、リディアの中に蠢いていた闇が、少し晴れた気がした。


「……できる、かな?」

「ああ」


しばらく、二人は動かなかった。

広間は静まり返り、2人にだけ、スポットライトが当たっているようだった。

レオナルドも、フィリアも、誰も——何も言えなかった。

リディアは、ゆっくりと顔を上げた。

目が赤い。涙が、まだ乾いていない。

でも、その瞳には——少しずつ、いつもの光が戻ってきていた。

レオナルドを、見た。

まだ、終わっていない。


「……私、やってみるよ」


リディアが、一歩踏み出そうとした。

その袖を、ルークがそっと掴む。


「……リディア」


その声は、さっきまでの声色と違い、ほんの少し、甘さを持っていた。


「この戦いが終わったら……お前に、言いたいことがある」


不意をつかれて、リディアは黙り込んだ。

ルークを見れば、その瞳が、リディアへの思いを、雄弁に語っているような気がした。

耳が、熱くなる。


「……うん」


それだけ言って、リディアは前を向いた。

レオナルドを、ぶん殴るために。

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