勝手に、体が動いた
ーー戦いが、始まった。
レオナルドの手元から、闇の鎖が伸びる。
それは空気を裂くように走り、リディアに向かって一直線に飛んできた。
「っ!」
リディアは咄嗟に横に跳び、鎖をかわす。鎖は床を抉った。
(速い……!)
レオナルドの手から繰り出される魔法は、リディアが知っているものから、速さも威力も大幅に上がっている。
何か……仕掛けでもあるように。
(ルークが、学園には仕掛けがあるって言ってた。もしかして、それを使っているの?)
考え事をしている間にも、レオナルドの周囲に漂う闇の気配が、濃くなっていく。
それに対抗するように、リディアは、手元に水の魔法陣をイメージした。
魔力は、底をついている。
それでも、絞り出すように魔力を流す。
「はっ!」
細い水の刃が、レオナルドに向かって走る。
だがレオナルドは、それを片手で払うように闇の盾を展開し、あっさりと弾いた。
「魔力が残っていないのに……健気だね」
弱者を憐れむ声色で、レオナルドが言う。それが、リディアの神経を逆撫でした。
「うるさい!」
リディアは、加速魔法を足元にイメージして駆けた。
レオナルドとの距離を一気に詰め、近距離で水魔法を叩きつける。
「っ……!」
「近距離戦なら、魔力の消費を抑えられるんだよ!」
「ルーク殿と同じスタイルの戦い方だね……才能のないものたちの、必死の抵抗ってところかな?」
「バカにしないで!」
今度は、レオナルドが一歩後退する。
リディアは、それを追うように畳み掛ける。
小さな魔法を、矢継ぎ早に連射していく。
一発一発の威力は小さくても、捌くのに意識を割かせれば、隙が生まれる。
だがレオナルドは、余裕を崩さなかった。
「でもね、リディア……無駄な足掻きだよ」
次の瞬間、大広間の床全体を囲むように、鮮烈な光を放った。
レオナルドの足元から、無数の闇の触手が湧き出る。
「っ、きゃ……!」
触手がリディアの足首を掴み、引き倒す。
リディアは床に叩きつけられ、咳き込んだ。
(立て……立て……!)
痛みで霞む視界を、無理やり開く。
天井の豪奢なシャンデリアが、ぐらりと揺れて見えた。
「もういいだろう、リディア」
レオナルドが、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「実力の差は明らかだ。これ以上、無駄に傷つく必要はない」
その言葉を聞いた瞬間ーーリディアの手が、止まった。
(……あの時も、同じことを言ってた)
脳裏に、あの演習場が浮かぶ。
初めての模擬戦。ボロボロになりながら、それでも諦めなかった、あの日。
あの時のレオナルドも、同じ顔をしていた。
余裕で、穏やかで、全てをわかった上で見下ろすような目。
リディアは、ゆっくりと立ち上がった。
「……そのセリフ、前にも聞いたよ」
静かな声だった。
怒りでも、強がりでもなく、ただ、真っ直ぐな声。
レオナルドの眉が、わずかに動いた。
「……模擬戦、懐かしいね。あの時は、負けた。悔しくて、地面に拳を叩きつけて泣いた」
リディアは、レオナルドを見据えたまま、手元に魔法陣をイメージする。
「でも今は違う」
魔法陣が、かすかに光る。
魔力は、ほとんどない。
それでも、その光は揺れなかった。
「……どこが違うんだい?あのときと一緒で、君は僕に負ける」
レオナルドが、静かに問う。
リディアは、少しだけ笑った。
「あの時は、1人だったから」
その言葉に、レオナルドの目が細くなる。
「今も、1人だろう?」
「違うよ」
リディアは、はっきりと言った。
「レオナルドを止めるために、セレナとルークとここに来た。カトリーナが、あなたを助けてって私に言った……私は今、1人じゃない」
沈黙が落ちる。
レオナルドは、その言葉を咀嚼するように、しばらくリディアを見つめていた。
やがて、その口元に、冷たい笑みが戻った。
「……くだらないね、その友人たちも、今は君の隣にいないじゃないか」
「……そういう意味じゃないんだよ、レオナルド」
リディアは、一歩踏み出した。
「私は、絶対に負けないよ」
勝てる根拠なんてひとつもなかった。それでも、リディアはレオナルドに屈したくなかった。
ーーーーーー
同じ頃。
学園長室の前で、セレナとクランは立ち止まっていた。
「……本当にここっすか?」
「そうです、設計図通りなら、ここに仕掛けを止める装置があるはずです」
セレナは、そっと扉を開けた。
中には、屈強な男が3人。
「……倒せばいいっすか?」
「相手は魔法使いです。連携しましょう……学園の生徒なんで、あまり傷つけないでくださいね」
「お貴族様ってか……面倒だな」
セレナとクランは目配せをして、そっと足を進めた。
(リディアさん……早く終わらせます)
ーーーーーー
大広間では、リディアが必死に足を動かしていた。
レオナルドの攻撃が、容赦なく続く。
闇の触手、闇の槍、床の魔法陣から湧き出る圧迫感。
それら全てを、リディアは紙一重でかわし続けていた。
(魔力が……もうほとんどない)
掌の魔法陣が、かすれていく。
イメージが、霞んでいく。
それでも、足は止まらなかった。
リディアは、時間魔法を発動した。
ほんの一瞬。
飛んでくる闇の槍の時間を、わずかに巻き戻す。
軌道がずれ、リディアの頬を掠めて壁に刺さった。
「時間魔法か……やはり、便利だね……欲しいな」
レオナルドは、新しいおもちゃを見つけたような、あどけない顔でリディアをみつめる。
その姿に、リディアはゾッとして、一瞬集中を解いた。
「でも、それも限界が近いだろう?……僕が君の力を導いてあげよう」
「……誰があんたなんかに」
だが、レオナルドのその言葉は図星だった。
もう、あと何回魔法が使えるか、リディア自身にもわからなかった。
「はぁ……はぁ……」
息が、上がる。
足が、もつれる。
ルークのことが頭をよぎる。
(ナイル国の時みたいに、ルークの力を借りれば…..)
ゆっくりと、リディアはイヤリングに手を伸ばした。
だが、それを防ぐように、レオナルドが闇の刃をリディアに飛ばす。
「そのイヤリングには触れさせないよ」
「……馬鹿にしてたくせに、ルークが怖いわけ?」
挑発するようにリディアが笑えば、レオナルドが眉を寄せる。
「くだらない……もう、終わりにしようか。君は僕に負けて、その力を僕に捧げるんだ」
レオナルドが、両手を広げた。
床から、みたこともない魔法陣が現れる。
広間全体が、震えた。
闇の気配が、空間全体を満たしていく。
(……まずい)
リディアは直感した。
次の攻撃は、これまでと規模が違う。
手元に魔法陣をイメージしようとするが、魔力がほとんど応えない。
(防げない……!)
「次会う時は、君は僕のよき理解者になっているよ……リディア」
それは、リディアに闇魔法をかけるという宣言だった。
レオナルドの手元に、巨大な闇の球体が生まれる。
それはゆっくりと、しかし確実に、リディアへと向かってくる。
リディアは、歯を食いしばった。
(逃げろ、足を動かせ……!)
だが、足が動かなかった。
魔力切れで、加速魔法も使えない。
(……終わり、なの?)
脳裏に、カトリーナの泣き顔が浮かぶ。
セレナの真剣な顔、そしてなぜかーールークの、笑った顔。
(嫌だ、まだ……!)
その瞬間。
「……リディア!!」
声と共に、リディアとレオナルドの間に、人影が割り込む——次の瞬間、巨大な闇の球体が、その背中に直撃した。
轟音が、広間を揺らす。
「……っ」
淡い金色を髪色に宿すその人影は、それでも倒れなかった。
リディアをかばうように腕を広げたまま、膝をついて、地面に手をつく。
「……ル、ーク?」
声が、出なかった。
ルークの白いシャツが、じわりと赤く染まっていく。
背中から、血が滲んでいた。
その背後で、レオナルドは静止していた。
(……なぜ、割り込んだ)
あの魔法は、脅しのつもりだった。直撃する前に解除して、別の手でリディアを眠らせるつもりで——ただ、それだけのはずだった。
(僕は……人を、傷つけたかったわけじゃ)
その思考を、レオナルドは静かに押し込めた。
だが、ルークの背中に広がる赤が、視界から消えなかった。
だが、リディアには、レオナルドの動揺は、決して目に入らない。
ただ、血に塗れていくルークを見つめていた。
さっきまで戦っていた。魔力が尽きて、負けそうなとき……ルークが突然現れた。
それだけのことが、頭の中でうまく繋がらなかった。
「嘘、でしょう?……いや、嫌だよ、ルーク……!」
リディアが叫ぶ間に「ルーク様!」ともう1人の声が大広間に飛び込んできた。
フィリアだった。
彼女はルークの傍らに膝をつくと、震える手で彼の背中に触れ、すぐに魔法陣を展開した。
「フィ、リアさん……?」
リディアを無視し、フィリアは冷静に治療を施す。
「……深いわね。でも、臓器には届いていない。今すぐ塞ぐわ」
彼女の声は、わずかに揺れていたが、手は止まらなかった。
淡い光が、ルークの背中を包んでいく。
リディアは、その光景を、ただ見ていた。
(私を、庇ったの……?なん、で……)
足が、動かない。
魔力はない。治癒魔法も使えない。
自分のせいで怪我をしたルークが、フィリアの手によって治療されるのを眺めることしかできない。
レオナルドには負けそうで、カトリーナの涙を止めることもできない。
(私は、何もできないーー)
「……リ、ディア、無事、か?」
かすれた声が、聞こえた。
ルークだった。
顔は青白くて、唇が、乾いている。
それでも、目はリディアを見ていた。
「……っ!」
リディアは、息が詰まった。
怪我をしているのは、ルークだ。
血が出ているのも、痛いのも、全部ルークだけでーーなのに。
「……っなんで!なんで来たの!?なんで私を……!」
声が、震えた。
涙で視界が霞む。
「私、私は…..怪我なんてへっちゃらだったよ!庇わなくてよかった……そのせいでルークが怪我してたら、そんなの意味ないじゃない!!」
「……勝手に、体が動いたんだ……仕方、ないだ、ろ」
ルークは、かすかに目を細めた。
怒っているのか、笑っているのか、わからない顔で。
横では、フィリアが「ルーク様、話さないで!」と涙を流している。
フィリアの治癒魔法が、静かに広間に満ちていく。
リディアは、その光の中に立ったまま、ただルークの顔を見ていた。
(いつも、私は守られてばっかりだ…….)
何が、魔法使いになりたいだ。
何が、みんなを幸せにする魔法使いになりたいだ。
誰も、幸せにできていない。
身近な人さえ、守れていない。
(私、は……)
レオナルドを止めたいと思った。だけどもうーー無理だ。
リディアの心は、折れた。
「愛する人を身を挺して庇う、か。……中々感動的な場面だね」
レオナルドは自分の口から出た言葉を、他人事のように聞いていた。
(……なぜ、こんな声が出る)
いつもの余裕があるはずだった。いつもの、穏やかな微笑のはずだった。
なのに——言葉は、どこか上滑りしていた。
それに気づいているのは、レオナルド自身だけだった。
リディアには、届かなかった。
そっと彼に視線を向ければ、彼はいつも通り、微笑を浮かべていた。
「何もできないまま、大切な人が傷ついていく。それが、君の選んだ結末だよ、リディア」
「黙りなさい!レオナルド・テネブレ!あなた、自分がしたことがわかっているんでしょうね……!」
リディアを庇うように、フィリアが叫ぶ。
だが、レオナルドの言ったことは、リディアにとっては真理だった。
広間が、静まり返った。
リディアは、レオナルドを見た。
ルークを見た。
フィリアの震える手を見た。
「違、う……私、わ、たしは……」
唇が戦慄く。喉が引き攣る。
何も、わからない。
何も、理解したくない。
「うわぁぁぁぁーーーーーーーッッ」
絶望的な状況に、リディアは慟哭することしかできなかった。
続きが気になりましたら、ぜひブクマ、評価お願いします!
活動報告にも、小ネタのせてます。




