セカンドガールの初めての模擬戦
「試合開始!」
ルークの声が響いた瞬間、リディアは手元から細かい水の粒を大量に発生させる。
風魔法を得意とするロイがそこに風をぶつけ、濃い霧が試合会場全体を覆い、観客席からは何も見えなくなった。
だが、その中でロイは目を細め、リディアとの事前の作戦どおりに動いている。
「まずはカトリーナから倒す、援護頼んだ!」
小声でリディアに言い残し、ロイは体の周囲に鋭い風の刃を纏った。
空気の流れが彼の体を包み込み、霧をも切り裂きながら加速する。
「このまま突っ切る!」
霧の中一直線にカトリーナ目掛けて進む。
一方のカトリーナは視界を奪われ、苛立っていた。
「何なのよ、この霧…!」
炎を出して霧を蒸発させることも可能だが、下手に炎を出せば、相手に場所を気取られてしまう。
どのように行動すべきか思案していると、レオナルドが冷静に対応する。
「カトリーナ、混乱しているふりをしよう。敵は必ず近づいてくる、そこを叩こう」
カトリーナがそっと頷こうとしたその時、後方から風を切り裂くような音が聞こえる。
カトリーナが急ぎ振り返ろうとするも間に合わず、ロイに間合いを詰められる。
「これでーー!」
しかし次の瞬間、ロイの前にレオナルドが立ちはだかる。
「リディアを1人にしたらダメだろう。女性は守ってあげないと」
レオナルドはカトリーナを庇うように前にたち、手元から複数の雷を走らせる。
バリバリッー!
雷鳴が響き、霧が一瞬にして晴れる。
雷の放電によって、リディアが発生させていた霧が消し飛んだ。
リディアは霧の水分を通して若干感電をしたのか、手首を押さえ顔を歪めており、動きが止まっている。
「まだだっ!」
ロイが手元から風の剣を出すが、レオナルドがかがみ込み地面に手をつけると、次の瞬間、光が射していないのに、そこからロイの影が生まれ、彼の影から黒い鎖が伸びていく。
「なんだ!?」
ロイが足元に風を発生させ上空に逃げるも、影から生まれた鎖は、ロイを追って彼の体に絡みついていく。
「ロイ!」
リディアが叫び、魔法を展開しようと手元に水を出すと、カトリーナの炎が猛烈な速さでリディア目掛けて発射され、あっという間に破壊される。
その間にも、黒い鎖がロイの体に絡みつき、動きを完全に封じていく。
「あっけなかったね」
レオナルドが冷静に言い放つと、ロイの胸元にあるボールを手元から出した闇の刃で切り裂いた。
その瞬間、静寂に包まれていた野外演習場からは観客の大きな歓声が湧き上がる。
「やったぞ!」
「すごい!一瞬だったわ!」
見守っていた生徒たちは、手に汗握る緊張感から解放され、興奮した様子で話し始める。
「あれがレオナルド様の闇魔法か!初めて見た!」
「レオナルド様がカトリーナ様を庇ってたの見た!?素敵だわ」
「カトリーナ様ならあのくらい当然だわ」
一部の女子生徒たちは頬を赤らめながらレオナルドを応援し、いつもカトリーナと行動を共にしているシルヴィアとエレノアは、自分達のことのように誇らしげだ。
リディアとロイを応援する声もあり、ロイの健闘を讃える人もいたが、レオナルドの圧倒的な強さに驚いていた。
「ロイはよくやった…。でも相手が悪すぎる」
観客席は、完全に熱狂の渦に飲み込まれていた。
観客席の熱狂を背に、ルークは試合の展開を振り返り目を細めていた。
ルークの脳内は、歓声に浮かれることなく、一つ一つの動きと魔法を振り返る。
(…あの雷魔法は、威力も計算済みなのか?)
あと少しでもあの雷魔法の出力が高ければ、おそらくロイもリディアも感電して大怪我だったろう。
霧を晴らすだけなら風魔法で十分だった。
雷魔法を使うとしても、もっと微弱な電流で良かったはずだし、レオナルドならそれができたはずだ。
相手への威嚇として雷を出したのか?
故意に相手を傷つけることは模擬戦では禁止されている。だからお互いに、自分と相手の力量を見極めた上で魔法を使うことが求められる。
レオナルドのそれは、少々攻めすぎな気がする。
(…考えすぎ、か?)
一方で、レオナルドのカトリーナを守る動きは見事だった。
雷を放つ直前、カトリーナには電撃がいかないよう、あらかじめ補助魔法を彼女の周りに展開していたことにルークは気づいていた。
(パートナーへの気遣いは完璧だ)
審査員である模範生は、試合の勝ち負けとは別に、各生徒への評価をし、教師に申し送りをする。
気になる点もあるが、今のところ、4人の中でレオナルドが1番評価は上だろう。
レオナルドは優秀すぎる。
(闇魔法を使ったあの鎖…まさかあんなにも洗練されているとは)
闇魔法は扱いが難しい。あそこまで使いこなすためには、才能があっても相当努力したはずだ。
闇魔法の物理攻撃はそこまでして極める価値がないと魔法界では考えられている。
(なのに、なぜレオナルドはーー?)
ルークはそっと深呼吸をし、レオナルドへの考察を中断する。
(今は、審査員としてやるべきことをやれ)
再びフィールドに視線を戻す。
残されたのはリディア一人であり、2対1という圧倒的に不利な状況だ。そんな中、リディアは立ちはだかる強敵を前に不敵に笑っている。
(さぁ、リディアはどうでる?)
審査員としては、誰かに肩入れするのは禁止だ。
それでもルークは、リディアの試合運びが楽しみであり、周りにわからないよう、そっとリディアを見て微笑んだ。