偽りの愛を、ぶん殴る
やっとリディアに話が戻ります。
カトリーナを裏庭に残し、リディアは歩き出した。
魔力はほとんど残っていない。
カトリーナに治癒された肩は、未だ違和感があり、制服の裾は汚れ、髪は乱れている。
それでも、足は止まらなかった。
(レオナルド、絶対に許さない……)
レオナルドを探し、足が進む。
どこにいるかわからない。それでもーー。
足は自然と、大広間に向かった。
セレナたちが禁書庫で見つけた設計図のことを、リディアはまだ知らない。
それでもーーそこにいる、という根拠のない確信が、リディアにはあった。
廊下を進むほどに、空気が変わっていく。
静寂の中に、何か異質なものが混ざっている。
笑い声だ。
(……何?)
大広間の扉が、少し開いていた。
隙間から光が漏れ、くぐもった笑い声と話し声が流れてくる。
リディアはそっと、扉の隙間から中を覗いた。
大広間の中央には、十数人の生徒が思い思いに集まっていた。
豪奢なシャンデリアの灯りの下、彼らは笑い、囁き合い、踊るように動き回っている。
その光景は、ダンスパーティーのようでーー何かが決定的に違った。
不自然な笑顔。笑っていない瞳。
笑うことを命じられているかのように、口元だけが弧を描いている。
「レオナルド様って本当に素敵よね」
「ええ、あの方の言うことなら何でもできる気がするわ」
「何をしなくても愛していただける。幸せって、きっとこういうことを言うのね」
うっとりとした声で語り合う彼女たちの目は、どこか遠くを見ていた。
その不気味さに、リディアの肌が粟立つ。
(……闇魔法で人を操ってーーこんなのが、幸せなわけないじゃない)
ナイル国でハーツ中毒の人々を見たときとも違う。
彼女たちの姿は、もっと静かで、深い狂気だった。
リディアは、あえて大きな音を立てて、扉を押し開けた。
中にいた生徒たちが、一斉に振り返る。
十数対の瞳がリディアに向けられた。
「あの子……」
「リディア・クロッカーだ」
「ちょっと前まで、レオナルド様のセカンドガールだったのに、逆らったあの子よ」
そこにあったのは、敵意だった。
だが、リディアはそれを歯牙にも掛けない。ただ、淡々と確認してしていく。
「レオナルドはどこ?」
生徒たちは、その様子に怒りを露わにした。
「あなたごときが、あの方にお会いできるわけがないでしょう」
「レオナルド様に会えるのは、あの方に愛される特別な人間だけよ……」
そんな生徒の声をかき消すように、静かな、凛とした声が広間の奥から響く。
「ここにいるよ」
シャンデリアの光が届きにくい場所に、長椅子が一脚置かれている。
その背もたれに片腕をかけ、足を組んで座っているのはーーレオナルドだった。
きちんと整えられた黒髪、完璧な姿勢、穏やかな微笑み。
いつも通りの、学園のプリンスの顔だった。
「やあ、リディア。僕に会いに来てくれたんだね」
その声音は、柔らかく、どこまでも紳士的だった。
周囲の生徒たちは、そんな彼に崇拝の眼差しを向ける。
リディアは、何も言わず、ただレオナルドを見つめた。
「……随分、ひどい格好だね」
レオナルドはゆっくりと立ち上がり、リディアの方へ歩み寄りながら続けた。
「ここに来たということは……カトリーナと戦ったのかい?」
リディアは答えなかった。
「……そして、君が勝ったんだね」
レオナルドは、感心したように目を細めた。
「さすがだよ、リディア。正直、予想外だった。カトリーナはいにしえの魔法を使えるんだよ?……それでも君は、彼女を倒した」
穏やかな賞賛の言葉。
だがリディアには、その言葉がひどく冷たく聞こえた。
怒りの感情が胸を支配する。だが、レオナルドは自分の友人で、カトリーナが愛している人だ。
グッと感情を押し殺し、リディアは状況把握に努めた。
まだ、レオナルドを責めたくなかった。
「……カトリーナのこと、心配じゃないの?」
リディアが、静かに問う。
レオナルドは、わずかに首をかしげた。
「心配?」
「戦ったよ、カトリーナと。激戦だった。カトリーナは、怪我したよ。なのに……レオナルドの口から出るのは、予想外だった、さすがだ?」
レオナルドは、一瞬だけ沈黙した。
そして、また笑った。
「カティは大丈夫だよ、強い子だから。僕は……彼女を信じてるんだ」
「違うでしょ、あんたは、自分にしか興味がないだけ」
リディアの声に、少しずつ熱が混じる。
「カトリーナを操って、私と戦わせたんでしょう。それで、カトリーナが傷ついて……それなのに、なんでレオナルドは、平然とここに座っているの?私がくるのを待っていたの?」
「そうさ。君がいずれくることはわかっていた。てっきり、カトリーナと仲良く来てくれると思っていたのに、戦ったなんて。君たちの友情は、実にちっぽけなものだね?」
レオナルドが、笑うように、挑発するように笑顔で答えた。
「とはいえ、カトリーナを倒してくるのは、予想外だ。彼女の方が強いと思ってたんだけど、勘違いだったようだね」
「……そうだよ、カトリーナの方が私より強い。なのに、なんで負けたかわかる?本気で戦ってなかったからだよ。カトリーナは、私と戦うことに迷いがあった。あんたのために、あんたに愛されるために戦うことに疑問があったから、だから全力で戦えなかったんだよ!!」
冷静に話そうという気持ちは、もうどこにもなかった。
感情が爆発する。
「カトリーナはね、レオナルドのことが本当に好きだった。だから、闇魔法をあんたが使ってるかも、って知って、1人で学園に戻ったんだよ!説得するために!なのにーーカトリーナの気持ちを無視して、操って、私と戦わせて……レオナルドは一体何がしたいの!?なんで……なんでこんなことしてるのよ!!」
レオナルドの目が、細くなる。
彼は、闇魔法を使ってカトリーナを操っていることを否定しなかった。してくれなかった。
その事実が、リディアの胸を刺す。
「好きだった、か……くだらないな」
「……どういう意味よ」
「ねぇリディア、君の、君たちの言う“好き“って、一体なんなんだい?」
レオナルドの声から、柔らかさが消えた。
「カトリーナは、僕の何を見ていたと思う?……優しいプリンス。困ったときに助けてくれる、頼れる存在。彼女が愛していたのは、そういう"役割"の僕だ。本当の僕じゃない」
言い返そうとして、リディアは言葉に詰まった。
カトリーナが「私は、あの人を愛しているのです」と言いながら、涙を流し、ルークに頭を垂れていた姿を思い出す。
あれは、正真正銘の“愛“だった。
「あんた、カトリーナの何を見てんのよ!……あの子は本当に……!」
「っ黙れ!知ったふうな口を聞くな」
レオナルドの静かな怒声が響いた。
周囲の生徒たちが、ぴたりと動きを止める。
誰も、声を上げない。
ただ、息を呑む気配だけが、広間に満ちた。
リディアも、言葉を失った。
レオナルドは、乱れた息を静かに整える。次に口を開いたとき、その声はもう、いつもの穏やかな声だった。
「……すまない、少し取り乱したね。もう大丈夫だ」
レオナルドは、周囲の生徒を安心させるように微笑みかける。すると、生徒たちもほっとした様子を示した。
そんな彼女たちを愛おしそうに見つめた後、レオナルドは伶俐な瞳でリディアを見遣った。
「リディア、僕たちの話をしようか」
「……何?」
「君は、なぜ僕と友人になったんだい?」
「……え?」
「僕たちの出会いを覚えているかい?君は、貴族から疎まれて、肩身の狭い学園生活を送っていたよね。僕が話しかけて、嬉しそうにしていた。魔法の話を僕がすれば目を輝かせ、平民の君に寄り添ったことを言えば、微笑んだ……僕が、みんなの憧れで、プリンスで、そんな僕に気にかけてもらえて、嬉しかったんだろう?」
リディアは、言葉に詰まった。
「そんなこと……」
「違う、と言えるのかい?」
レオナルドが、一歩近づく。
「今の君は、僕よりルーク殿に好意を抱いているね。それだって結局のところ……彼の方が君を助けてくれるから、僕以上に彼の方が君を気にかけてくれるからにすぎないんじゃないか?……君が彼を好きだとして、それは、本当に彼自身を好きだと言えるのかい?」
「それは……っ」
「人はみんな、自分の都合のいい人間を愛するんだよ」
レオナルドは、笑った。
優しげに、そして冷たく。
「カトリーナだってそうだ。役割としての僕を愛していた。君だってそうだ。便利な友人としての僕を好いていた……だから、便利な友人じゃなくなった途端、今みたいに僕を責め立てる。そんなんで、やれ好きだの、愛してるだの、友情だの……くだらないと思わないか?」
珍しく饒舌なレオナルドに、リディアは一歩、引いてしまった。
その血走ったような瞳が、怖かった。
「誰も、僕自身を愛してくれない。だから、愛してもらえるようにして何が悪いと言うんだ?彼らだって、僕に愛されて、幸せそうにしている。それでいいじゃないか」
その言葉が、広間に響いた。
周囲の生徒たちは、うっとりとした目でレオナルドを見つめている。
誰も、その言葉の意味を、正しく受け取れていない。
リディアは、一歩、踏み出した。
「……じゃあ聞くけど」
初めて、レオナルドに恐怖を感じた。彼の持っている、闇が、孤独が怖かった。
だけどようやく、レオナルドの“本質“に触れられた気がして、こんな状況なのに、リディアは少し嬉しくてーー哀しかった。
リディアは、自然と静かな声が出せる自分に驚きつつ、言葉を続ける。
「今ここにいる子たちは、本当にレオナルドのことを愛してるの?」
レオナルドの目が、わずかに揺れた。
「当然だよ、みんな僕を……」
「魔法で操った子たちが、あんたを愛してるって言うのは、本物なわけ?」
レオナルドは、答えなかった。
「自分でも、わかってるんでしょ?だから、もっと、もっとって……学園中を操ろうとしてるんじゃないの?」
レオナルドの表情が、一瞬、固まった。
だが次の瞬間には、また冷たい微笑みが戻る。
「…驚いたよ、君に愛について説かれるなんて。意外と、ロマンチストなのかな?」
「茶化さないで」
リディアは、続けた。
「確かに、最初にレオナルドと友達になったのは、あなたがプリンスだったからかもしれない。ルークのことだって、助けてもらって、それで好きになったのかもしれない。そうだとして……だから何なの?」
「だから何、だと?」
レオナルドが、眉を上げる。
隠しきれない苛立ちが、表情に出ていた。
「きっかけなんて、そんなもんでしょ。最初から相手の全部がわかる人間なんていない。一緒にいる中で、だんだん知っていくんだよ……私はルークのこと、まだ全部わかってるわけじゃない。でも、一緒にいるたびに、もっと知りたいって思う。それが、好きってことなんじゃないの……カトリーナも、あなたのことを理解しようとしてたんじゃないの?」
「綺麗事だ」
レオナルドは、吐き捨てるように言った。
「そんなことを言いつつ、君たちは結局、相手を“型“にはめようとする……大体、そんな甘っちょろいことを言うのは、君がなんの責任もない平民だからだよ。傷ついたってやり直せる、そう思えるから……そんな呑気なことが言えるんだ」
「話をすり替えないで!立場なんて関係ない」
リディアは、言い切った。
「貴族だろうと平民だろうと、自分勝手な理由で、人を操っていい理由にはならない。カトリーナが傷ついていい理由にも、この人たちを操り人形にしていい理由にも、絶対にならない」
沈黙が落ちた。
レオナルドは、しばらくリディアを見つめていた。
その目の奥に何があるのか、リディアには読めなかった。
怒りなのか、軽蔑なのか。
それとも、もっと別の何かなのか。
やがて、レオナルドはゆっくりと息を吐いた。
「……話にならないね」
その言葉と共に、レオナルドの手元に闇の気配が満ちていく。
広間の床に刻まれた魔法陣が、呼応するように淡く光を帯び始めた。
部屋の温度が、下がった気がした。
周囲の生徒たちが、ざわめくように後退する。
それでも、その目はレオナルドへの崇拝を手放さないまま、固唾を呑んで2人を見守っていた。
リディアは、手元に魔法陣をイメージした。
魔力は、ほとんど残っていない。
カトリーナとの戦いで、使い果たした。
(足りない……全然、足りない)
それでも。
カトリーナの涙が、胸をよぎる。
ルークとセレナと、約束した。
「あんたをぶん殴って、目を醒させてやるわよ」
低く、真っ直ぐに告げる。
レオナルドは、その言葉を聞いて、静かに微笑んだ。
プリンスの笑みでも、友人の笑みでもない。
ずっと奥に隠していた、冷たいものだった。
「野蛮だね……できるものなら、やってごらん」
闇の気配が、さらに濃くなった。
床の魔法陣が、鮮烈な光を放つ。
「……でも、後悔しないといいね、リディア」
——戦いが、始まろうとしていた。
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