救出と過去の告白
今回はルーク(むしろフィリア)の話になります。
久々の更新で、長くなって申し訳ないです……!!
フィリアを助けるため、ルークは女子寮の廊下を駆けていた。
「止まりなさい!」
背後から飛来した光弾を、ルークは振り向きもせずにかわす。壁が破損し、焦げた匂いが広がった。
前方には、目の焦点の定まらない女子生徒が2人、魔法発動の構えをしている。
(学園本棟とは様子が違うな)
その生徒たちを制圧するように踏み込みながら、ルークは冷静に観察する。
(あっちは静かで不気味な感じだったが、女子寮は混乱気味だ……レオナルドが闇魔法が、女子寮の生徒たちには解けかけているのか?)
目の前にいる生徒たちは、リディアの同級生だ。
ルークは、大雑把にだが彼女たちの実力は把握している。その実力よりーー明らかに繰り出される魔法はお粗末だ。
(自分の意思で戦っているわけじゃないからか?)
放たれた魔法を、ルークは風魔法で弾く。
そのまま一人の懐に入り、手首を打った。すかさず回し蹴りを入れると、気絶するように倒れ込む。
もう1人が衝撃波を放った。
ルークは、それも最小限の防御魔法で受け流し、距離を詰めた。急所を外して首筋へ一撃。
「ここは男子禁制よ!戻りなさい!」
「ルーク様よ!勝てっこないわ!」
「私たちにはレオナルド様が付いているのよ……!全員で畳みかけなさい!」
2人倒したと思ったら、次々と女子生徒が現れる。
だが、ルークは立ち止まらない。
彼女たちが展開する魔法。
光弾、拘束、衝撃波。廊下という狭い空間での一斉射撃。
だがーー
「遅い……もうやめろ」
ルークは足元に魔法陣をイメージする。シンプルながらも、実戦で役立つ“加速魔法“。
次に、手元に風の流れをイメージし、魔力を放出した。
「静まれ」
低い一言と共に、圧縮された気流が廊下全体を包み込む。
生徒たちから放たれた光弾は軌道を逸れ、壁に叩きつけられる前に勢いを失う。
「きゃっ……!」
足元が払われたかのように、数人が同時に体勢を崩す。
ルークはその間を縫うように走り抜けた。そして、体術で次々と彼女たちの急所を突く。
一人、また一人と静かに崩れた。
最後に残った1人が、わなわなと震える。
「いや、来ないでよ……!」
「投降しろ、悪いようにはしない」
「いやよ!!私は、ここを守るようにレオナルド様から言われてるの!!」
「……またレオナルドか」
彼女が魔法を繰り出す直前、瞬時にルークは魔法を放ち、彼女を眠らせた。
彼女は、意識の糸が切れたように崩れ落ちた。
廊下に横たわる生徒は十数名。
誰も、傷つけていない。それでも、同じ学園の生徒だ。ルークの胸に、不快な感情が込み上げる。
(……やっぱりレオナルドは、闇魔法を使ってるんだな)
疑惑が確信に変わる。
リディアとセレナを、学園に残したことが心残りだった。
だがーーそれでも、フィリアを助けに行かなければならない。
「…..待ってろ、フィリア嬢」
ルークは息を整え、再び走る。
三階へ。
女子寮に侵入した時とはいっぺん、階が上がるごとに静けさが増していく。
(模範生の部屋は一番奥なはず……!)
部屋の前に着くと、ルークはそっと深呼吸をし、ドアノブに手をかけた。
(ただ拘束されているだけか……レオナルドがいる可能性もある)
もしレオナルドと鉢合わせたら、即戦闘スタートだ。
自分では、おそらく勝てない。
だがそれは、戦わない理由にはならない……
ルークはそっと、ドアノブを回した。
部屋の中はーー暗い。
「……だれ?」
弱弱しい声が、部屋から響く。
ーーフィリアの声だ。
「っフィリア嬢……!」
中の様子を見れば、フィリア1人だった。部屋の中央で、膝をついたまま、微動だにしない姿は、違和感の塊だった。
ルークは急いで彼女の元に駆け寄るーーその瞳は、虚ろだった。
「……あなたは?」
フィリアの言葉に、ルークは息を呑んだ。
次に浮かんだ感情はーーレオナルドへの強い怒りだった。
だが、怒りを飲み込みルークは冷静に状況を把握する。
フィリアの全身を確認すると、顔にも体にも傷はない。ただ、手のひらには、鋭い刃物で切ったような切り傷と、爪を食い込ませたような、みみず腫れがついていた。
「……闇に抗って、自分でつけたのか?」
ぽつり、とルークの口から言葉が漏れる。痛々しいその姿に、ルークの目頭は熱くなった。
「……大丈夫ですか?泣いて、マスカ?」
何もわかっていないフィリアが、それでもルークを虚な瞳で心配している姿が、涙を誘った。
「……待ってろ、すぐに元に戻してやる」
ルークは、アレンと違って闇魔法に詳しくない。
闇魔法の解除の仕方だって自信がないし、ナイル国では、クランの闇魔法を解くのに若干の失敗をしている。
それでもーーフィリアを救いたい、その気持ちが、彼を動かした。
ーーーーーー
「ッリーク様!」
ひとつずつ、フィリアにかけられた闇魔法を丁寧に解いていけば、フィリアは普段の様子を取り戻した。
「正気に戻ったか」
「……どうして、ここに」
「フィリア嬢が手紙をよこしたんだろう?……助けにきたつもりなんだけど」
ルークが笑ってやれば、フィリアは安心したように微笑んだ。
「学園の様子は?……アレン様にはお伝え済み?」
「兄さんには手紙を書いた。学園についてはまだ未確認だが、多分カトリーナ嬢は落ちた…..それを助けるために、リディアとセレナが先行して対応している。おそらく、ほとんどの学生もレオナルドの支配下だ」
その瞬間、フィリアの表情が変わった。
「……え?」
フィリアの顔は、1人の女としての顔ではなく、責任ある模範生のソレに変わっていた。
「……1人で、それかアレン様とここに来たのではないの?」
ルークがそっと、瞼を伏せる。
「……カトリーナ・フランベルグ様がレオナルドの闇の手にかかったというの!?それをわかっていて、なぜリディア様を連れてきたのよ!」
「……俺だって、置いていくつもりだった、だが仕方なかったんだ」
「…..何を考えているの!?レオナルド・テネブレはきっと、リディア様を……時間魔法を狙っているわ!」
フィリアが立ち上がろうとして、よろめく。
ルークはそれを支えた。
「放してください!」
「無理をするな」
「……どうして私なんかを助けに来たのよ……!あなたには、他に守るべき人がいるじゃない!」
フィリアの声は震えている。
怒りだけではない。自分の思考がぐちゃぐちゃなのがわかる、それでも本当は助けに来てくれて嬉しかった。
同時に『リディアではなくフィリアが大事だから』と言って欲しい、浅ましい自分に、フィリアは絶望した。
一瞬、言葉が詰まる。
「……どうして、私を助けに来たのよ」
その問いは、小さかった。
ルークは静かに答える。
「……あんな手紙をもらって、お前を放置できるわけないだろう」
フィリアの肩が揺れた。
「…..え?」
「塗りつぶしたらわからないとでも思ったか?……『助けて』って、書いてたじゃないか。涙をこぼして、書いたんだろう……辛かったな」
ルークが、フィリアの頭をそっと撫でる。
フィリアは、自分の迂闊さを呪った。
「……違う!私……私は……模範生よ。学生を、守らないといけないのに…..リディア様は」
「……今から俺はリディアのところに戻るよ……大丈夫、あいつは俺より強い。だから心配しないで、しっかり休んでろ」
フィリアは唇を噛む。
強がりたいのに、ルークが来てくれて心底安心してしている自分が嫌だった。
リディアを信頼しているルークを見て、哀しくなる自分が心底嫌いになった。
そんなフィリアに気づかず、ルークは言葉を紡ぐ。
「俺にとって、お前だって十分大事だ……小さい頃から、一緒だったろ」
それは特別な響きではない。
だからこそ、フィリアの心にその言葉は沁みた。
胸の奥に押し込めていた感情が、軋む。
「……ずるいわ」
ぽつりと零れる。
「そんな言い方……」
フィリアはそっとルークを見て、笑った。
そこにはもう、兄の陰に隠れて泣いていた男の子も、魔法が使えなくて引きこもっていた少年もいなかった。
ーーただただ、頼れるかっこいい魔法使いが、そこにいる。
それは、ルークの努力によるものだ。
そしてそのきっかけを与えたのはリディアだと、フィリアはきちんと理解していた。
ルークが逞しくなったのが嬉しくて、でも自分はそこに関われなかったのが悔しくて、フィリアの拳が震えた。
「……強く、なりましたね。ルーク様」
その言葉にルークは目を見張る。惚れた弱みか、その姿がフィリアには可愛らしく感じられた。
「……知ってます?私の初恋、アレン様なんです」
「……唐突だな。知ってたよ」
「……でも、アレン様は私には遠すぎて、すぐに失恋したわ。アレン様はあなたを大事にしていて、それが腹立たしかった。こんな、魔法も使えない、努力もしない、ただ弟の立場に甘んじてるような男に、私の一体何が劣るんだろうって」
「……おいおい、仮にも助けに来た男にそれ言うか?」
ルークが、場の空気を和ませようと軽口を叩くが、フィリアは首を振って否定した。
「いいから聞いてくださいな。それで、あなたのことを目で追うようになったの…..全部は当然わからない、それでもあなたの孤独がわかって、どうにかしたいと思ったわ……でも私は何もできなくて、気づいたらあなたは旅に出て……そこであなたは変わった」
フィリアは、そっとルークを見た。
「リディア様に出会って、あなたは変わった。あなたが努力して、魔法にひたむきになって強くなる姿がーー」
フィリアは息をそっと吸った。
笑え。
こんなボロボロの状態でもーー最高の笑顔で笑うのよ。
自分に言い聞かせ、フィリアはルークを見た。
「そんなあなたが、好きだった」
静寂。
「今も、好きよ」
まっすぐな告白。
この気持ちは、伝えないはずだった。
リディアを大切に思っているルークを、知っていたから。
でも、言いたくなってしまった。
「リディア様を追って、一生懸命なあなたが、私は今でも好きなの」
窓から差し込む白い朝の光が、二人の間に静かに落ちていた。
ルークは、驚きに目を見開き、沈黙している。
フィリアは、そんなルークをじっと見つめた。
どんな言葉でもいい、ルークから、返事が欲しかった。
「……そうか。あー、なんというかごめん。そう思ってくれていたこと、全然知らなかった」
ようやく落ちた声は、低く、まっすぐだった。
「……でも、それ以外は知ってたよ」
ルークは続ける。
「お前が兄さんのことが好きなことも、俺を見下してたことも」
フィリアの指先が、ぴくりと動く。
「……ごめん、なさい」
「特に気にしてないよ、あの時はみんなそうだった。事実だしな。兄さんは天才で、俺は才能のないチビだった」
気まずさに、フィリアは沈黙するしかなかった。
「でもな」
それでもルークは、優しくフィリアを見つめた。
「途中からお前が、俺を気にしてくれていることも知っていた。嬉しかったよ。同情だとしても……俺をみてくれる人は、家族以外、全然いなかったから」
フィリアの息が止まる。
「だから、変わろうと思った」
フィリアは目を見開く。
「……あなたの変わるきっかけは、リディア様でしょう?」
「一番はそこだ。でも……きっかけは、何も一つじゃないんだ」
ルークは、リディアとの出会いを懐かしむように、フィリアからそっと目を逸らして笑った。
フィリアは心が痛んでーーでも、そんなルークの表情が愛おしかった。
「リディアに会って、俺は自分が言い訳ばっかで何もできないことが恥ずかしくなった。俺も、魔法を使ってみたいと思った」
そこでルークは、思い出したようにフィリアを見つめた。
「お前に同情されるのも、情けなくて懲り懲りだって思ったんだよ……だから、嬉しかったんだ、お前と一緒に模範生になれたことが。もう、同情されるだけのガキじゃなくなったんだ、ってな」
「……同情してたのは、ずっと昔のことですわ」
2人のなかに、温かい空気が流れる。
フィリアは、目を潤ませながら笑った。
「……あなたのきっかけになれていたのなら、そんなに嬉しいことはないわ……でも、あなたの一番の特別は、やっぱり、リディア様でしょう?」
それは、問いではなく確認だった。
ルークは、誤魔化さない。
「……ああ」
短い肯定。
フィリアの胸に痛みが走る。だが、その痛みを受け止められた自分がーールークの人生に関われた自分が、どこか誇らしかった。
「……また失恋ね、あなたたち兄弟に、振られっぱなしよ」
揶揄うように笑えば、ルークが気まずそうに顔を逸らす。
「でもね、ルーク様。私、あなたを好きだったこと、後悔してないわ」
昔を反芻するように、フィリアもルークから顔を逸らした。
「アレン様に恋して、あなたを見下して、同情して……そのくせ変わったあなたに恋するような身勝手な私だったけど、私だって、あなたと同じで成長してるのよ」
フィリアは、あえて模範生の顔を作り、ゆっくり立ち上がった。
まだ、足が少しふらつく。
「私は模範生よ。学園を守る責任がある……だから、早くいきましょう。リディア様が、あなたを待っているわ」
本当は告白なんてしている場合ではない、早くリディアの元に駆けつけないといけない。
それでも、このくらいの時間はーールークの幼馴染として、もらってしまいたかった。
ルークは一瞬だけ迷うように彼女を見つめ、そして頷いた。
「……無理はするな」
「心配無用よ?私、失恋くらいで倒れないもの」
それは、フィリアの精一杯の強がりと、プライドだった。
「いきましょう、ルーク様。レオナルド・テネブレを倒さなくては」
「……ああ、急ごう」
ルークの瞳が、一瞬だけ揺れる。
だが次の瞬間、その迷いは消えていた。
フィリアは、それに気づかないフリをして、そっと足を進めた。
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