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学園という名の装置

またしてもセレナ視点に戻ります。リディアはしばらくお休みです。

学園の図書館は、まるで時間から切り離されたかのように静まり返っていた。

高く伸びた書架が天井まで連なり、淡い魔法灯の光が、革装丁の背表紙を鈍く照らしている。

普段なら、紙をめくる音や、利用者の息遣いが感じられるその空間は、妙に静かだった。


「……誰も、いませんね」


セレナは、そう小さく囁いた。

声を張れば、それだけでこの静寂が壊れてしまいそうだった。


「忍び込むには絶好のシチュエーションだな」


クランは頬をあげ、スタスタと静寂の中を進んでいく。


「クラン、なんか楽しんでません…..?」

「わりぃ、ここがお嬢の学園かと思ったら、ついテンション上がって」

「……本当に、それだけです?」

「……いや、魔法学園の禁書庫に忍び込むって、普通にワクワクするっすよね」


悪びれもなくクランが言うのを聞いて、セレナは思わずため息をつく。


「遊びじゃないんですけど」

「わかってますよ、でも、こういうのは楽しんだもの勝ちだろ」

「……仕方ない人ですね」


そう言いながらも、セレナは自分の足取りが、わずかだが軽くなるのを感じた。


「ありがとう、クラン」

「何がっすか?……そんなことより、ここっすよね」


クランは、図書館の奥にある部屋のドアノブを捻ったが、当然のように開かない。

そこが禁書庫である、と一目でわかる。

厳重な鍵穴、伝統的なあしらいをしつつも、古ぼけたドア。


「ってか、こんなあからさまに『禁書庫です』って見た目で、大丈夫なんすか?学園のセキュリティガバガバじゃありません?」

「聞いたところによると、このドアはどんな魔法も効かず、特注品の鍵でないと開けないみたいなんですよ……クラン、私の言っている意味、わかりますか?」


イタズラっぽくセレナが笑えば、クランは心得た、と言わんばかりに大きく頷いた。


「はっ!客の前じゃ、お嬢のその顔、見せらんねぇっすね」

「それを言うなら、これからクランがやることのほうが、よほどお客様に見せられませんよ?」


クランはおもむろに靴を脱ぎーー靴底の踵部分を横にスライドさせた。

そこには、短い複数の針金が入っている。


「……持ち歩いてるんですね……」

「当たり前っすよ。万一俺とお嬢が捕まったときとかにも、色々あると便利だろ」


クランは手慣れた動作で針金を手にし、鍵穴にそれを差し込んでいく。


「……あー。特注って言うだけありますね、しばらくかかりそうなんで、お嬢は仮眠でもとっててください。急ぎます」


クランは真剣な眼差しで、手持の針金を一本一本刺していく。

やっていることはーーまるで泥棒のそれだが、セレナにはその姿が、頼もしかった。


時間が、刻々と流れていく。リディアたちへの心配ではやる気持ちを抑え、セレナはソファで休憩をとっていた。

クランの指先が、わずかに止まる。


「……おっ!」


その小さな声に、セレナはすぐ反応する。


「できましたか?」

「いけそうっす。ってかこれ、マジで大昔の鍵っすね。俺じゃなきゃピッキング出来ねぇっすよ」

「むしろ何故クランはできるんですか……」

「まぁ、男には色々拗らせる時期があるんすよ」

「さっぱりわかりませんが……」


クランはカラクリがわかった、と言わんばかりに、様々な針金を順序よく鍵穴に刺していく。

最後にーーカチリ、と音が鳴った。


「っしゃ!開いたぜ」

「さすがです、クラン」


クランがドアをそっと開くと、そこには、極々普通の本棚が並んでいた。


「これが禁書庫か?ちょっと拍子抜けだな」


クランは周囲に警戒しつつも、室内に入る。魔法学園の禁書庫となれば、足を踏み入れた瞬間、魔法で攻撃されることを想定していたが、何もない。


「んだよ、ちょっとがっかりだな」

「まぁまぁ」


そう言いながらも、セレナは本棚に手を伸ばす。だが、そこに書かれているのは、少し過去の魔法だが“禁書“とするほどの本ではなかった。


「ハズレ、か?」

「……いえ、そんなはずありません。学園に“仕掛け“があるなら、それに関する文献などがどこかにあるはずです」


セレナは注意深くーー本棚ではなく部屋の壁を撫でていく。


「何してるんすか?」

「……隠し部屋があってもおかしくないな、と思いまして」


そういうと、クランは床を叩き始める。


「床、ですか?」

「教会での事件でも感じたんすけど、なぜか人間ってやつは、秘密にしたいことは地下に埋めるみたいっすよ」


そう言いながらも、クランが床を検分していると、ある箇所で空虚な音が反響した。


「!!」

「ほらな」


その床の周辺を検分すれば、地下部屋があることが推測できた。だが、入り方がわからない。


「さて、どうします?」

「今度は私に任せてください」


セレナは懐から種子を取り出し、魔法でそっと、細い蔦を生やした。


「ほっそ!」

「この植物は、まるで糸のように成長し、その生息地を伸ばすんです。そしてこの蔦は非常に硬くてーー床板の隙間に侵入させるにはもってこいです」


そう言っている間にも、セレナの手元の蔦がどんどんと伸びて、床下に入っていく。

セレナが手元に魔力を集中刺せると、その蔦がおそらく地下で蠢き、下から床材を押し上げた。

ーー階段が、現れる。


「うわー。怪しさ満載っすね」

「いきましょう」

「……俺1人でいく」

「はい?」


クランとセレナの瞳が交錯する。

そこには、先ほどまでの穏やかな空気はなく、互いの目は相手を刺すように鋭かった。


「クラン、馬鹿なこと言わないでください」

「どう考えてもこの先は危険だ、お嬢は残れ」

「絶対に嫌です、大体、あなた魔法使えないじゃないですか。ちなみに、私頑固ですよ」


クランはため息をつくと、頭をボリボリとかいた。


「へーへー。知ってますよ、ただし、俺が危険だと判断したらすぐに戻ること。いいっすね?」

「わかりました。というか、危険だったら、あなた私を担いで勝手に退散するじゃないですか」

「当然っすよ……いきましょう」


階段は、驚くほど深く続いていた。

一段、また一段と降りるたび、空気が冷たくなっていく。


「……風、流れてますね」

「ああ」


場を明るくしようとセレナが会話を持ちかけるが、周囲を警戒しているクランは、最低限の返事しかない。

セレナは、ゴクリ、と自分の喉が鳴る音を聞いた。

2人分の足音だけが響く。


地下通路は、思ったよりも整備されていた。

石壁は滑らかに削られ、ところどころに、古い魔法灯の痕跡が残っている。

通路は、ゆるやかに奥へと続きーーやがて、小さな部屋へと辿り着いた。

扉はない。

ただ、ぽっかりと空いた空間。


「……ここ、ですか」


部屋の中央には、机がひとつ。

その上と床に、ほんのわずかな数の本が、無造作に積まれていた。

書架もない。

保護魔法も、封印もない。


「……あの本、手に取った瞬間、魔法で攻撃される、とかありそうっすね」


クランは足元から小石を拾い、セレナを背に庇った状態で、本に向かって石を投げた。

何もーー起きない。


「気にしすぎ、か?」

「それか、魔力に反応して何か攻撃があるかも知れません」


クランが恐ろしげに本を手にするが、やはり何も起こらない。


「禁書庫って聞いて、もっとこう……呪われた本とか、恐ろしい仕掛けを想像してたんすけど」


セレナは、静かに本に近づいた。


「本当に隠したいものは、数が少ない。だからこそ、自然な形で置いているようですね」


セレナも一冊、手に取る。

机は埃をかぶっているのに、最近誰かが読んだのか、本には塵ひとつ、ついていなかった。

ページをめくった瞬間、セレナの表情が変わる。


「……これは……」


呼吸が、わずかに乱れる。


「お嬢?」

「クラン……これ……学園の、設計図です」

「……は?」


セレナは、机の上に本を広げた。

ただの設計図ではない。学園の部屋の一部に、みたこともない魔法陣が記載されている。

その部屋は、セレナも授業で利用したことがある。だが、魔法陣が隠されていたなんて、知らなかった。


描かれている魔法陣は基本的に大したものではない。

火の魔法を増幅する魔法陣。

風の魔法を増幅する魔法陣。

逆に、魔力の流れを悪くする魔法陣。


だが、学園の大広間ーー入学式やダンスパーティーなどが行われ、全校生徒がよく集まる場所に記載されている魔法陣は、それらとは様相が違った。


「……これは、なんでしょう?」


セレナがそっと撫でる。みたこともない魔法陣。

他の部屋に記載されているものより大きく、精彩でーーいやな予感をさせる。

そしてその答えを、予想外なことにクランが持っていた。


「俺、これと似たのみたことありますよ」

「どこで?」

「アレンの部屋。ナイル国で神父たちがやったことを調査してたときーー捜査書にこれと似た魔法陣をあいつかいてたぜ。こういう文様は闇魔法を示すって言ってましたけど」


そう言って、クランはセレナが読み解けない部分を指差す。

その言葉をヒントに、セレナはゆっくりと魔法陣を読み解きーー顔を青ざめさせた。


「なんてこと……」

「お嬢?」


クランを無視して、セレナは他の書物に手を伸ばす。


「……ナイル国…..なんて恐ろしい国なんでしょう」

「どういうことだ?」


セレナの開いているページをクランが覗き込む。

そこには、年代と共に、淡々と記録が残されていた。


NC213年 外交用施設として設立

NC215年 同盟国との契約締結

NC216年 ギア国の使者到来。交渉決裂。精神干渉魔法装置使用により、契約締結

NC218年 ルルカ族の族長から攻撃を受ける。戦闘短期間化のため、精神魔法装置使用により戦闘不能に

NC218年 精神干渉魔法装置の大型化を実施

NC219年 精神干渉魔法による大陸の支配を本格的に検討


そして、その前のページには、この学園ーーいや、かつては“施設“だったこの場所の生まれた経緯が記載されてた。


「おいおい、まじか……」


クランも、その恐ろしさに唖然とした。

エルミナ学園ーーいや、その前身である“エルミナ宮殿“は、大昔、まだ大陸に多くの国がありマナギア国が弱小だった頃に建設された施設だった。

その目的は国内の社交場と言うよりは、外交のためのもの。

エルミナ宮殿で国外からの来賓をもてなし、積極的な外交政策を進める、と言うのは表向きの理由であり、実際は、魔法を使って外国を制圧するための“舞台装置“だった。

多くの魔法使いを抱えていても、領土拡大のための戦争となれば、金と人ーー大義名分が必要となる。

マナギア国は、戦争による領土拡大では、大陸で大きな領地を獲得するのは難しいと気づいていた。


だから、外交の場を用意し、そこに厄介な政治家、魔法使いなどを招いた。

そして、エルミナ宮殿で、秘密裏に彼らをコントロール下においたのだーー闇魔法を使って。


闇魔法は万能ではない。

使い手の能力次第だが、大人数を支配することも、長時間、相手を操ることも基本はできない。

だから、エルミナ宮殿では、闇魔法を増幅するような魔法陣をあらかじめ張り巡らせた。

最も社交で使う大広間を中心とし、宮殿内では闇魔法の使い手が、本人の能力を遥かに上回る効力を出せるようにしていたのだ。


「戦争だけじゃない……政敵を操って、マナギア国は領地を拡大してたんですね」

「そりゃ、ナイル国に逃げ込む“女神“とされた魔法使いが出てくるってわけだ……」


2人は唖然としながらも、禁書からの情報をひとつずつ、丁寧に整理していく。


「もし、レオナルドさんがこの本を読んで、大広間にある魔法陣を使っていたら」

「闇魔法バーカーサーっすね。学園の生徒、よりどりみどり操りたい放題ってわけだ」

「…まずは、大広間の魔法陣が今作動しているか確認してしましょう。もししていたら、なんとしても仕掛けを切らなきゃ」


そのとき、どこか遠くで——

微かに、振動が伝わった。


「……今の」

「戦闘音だ」


リディアか、あるいはーールーク、カトリーナか。

セレナは本を抱え、立ち上がった。


「行きましょう、クラン。学園長の部屋に行けば、魔法陣の仕掛けが作動してるか確認できます」

「はいはい。……ほんと、無茶するお嬢だ」


そう言いながらも、クランは迷わず、彼女の前に立った。

二人は、再び階段を駆け上がる。

真実を確かめるためにーー。

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