敵になれなかった私たち
リディア視点に戻ります。
今回少し長いですが、よろしくお願いします!
学園は、異様なほど静まり返っていた。
雪を含んだ雲が空を覆い、冷え切った空気が石畳の上を滑るように流れていく。
その中を歩くリディアの足音だけが、不釣り合いに大きく響いていた。本来なら、授業の合間に行き交う生徒たちの声や、魔法訓練場から聞こえてくる衝撃音があるはずの時間帯だ。
それらが、すべて削ぎ落とされたかのように、学園は沈黙している。
(……どうなってんのよ、これ。気味悪い)
その静寂に、胸がざわついた。
ルークと別れ、セレナを残し、リディアは一人でレオナルドとカトリーナを探していた。
焦りは確実にあったが、それ以上に、胸の奥に引っかかる感覚が消えない。
(エレノアは、レオナルドが力を授けた、と言っていた……ってことは、レオナルドは本当に闇魔法を使っているの?……もしそうなら、カトリーナは?)
自分を律しようとしても、焦りの感情が浮かぶ。
早くカトリーナに会いたい、そう思って思いつく場所をあたるが、どこにも彼女も、レオナルドも見当たらない。
「どこにいるのよ、バカ」
弱々しい呟きとともに脳裏に浮かんだのは、あの真っ直ぐに伸びた背中。
手入れの行き届いた美しい髪を靡かせ、自信ありげに微笑む姿だった。
カトリーナの好んで使う中庭ガゼボ。
セレナと3人でよくおしゃべりを楽しんだカフェテリア。
努力しているところは見られたくないのかーーこっそり彼女が使っていた空き教室。
そのどこにも、カトリーナはいない。
そのとき、ふと、記憶が浮かび上がった。
自分たちがレオナルドの“ファーストガール““セカンドガール“と呼ばれ、いがみ合っていたあの時。
セレナが学園に編入して少ししたあたりで、リディアはカトリーナから“ある場所“に呼び出された。
「きっと……裏庭にいる」
なぜか、確信があった。
リディアは走り出す。途中、足がもつれて転びそうになるが、それでも構わなかった。冷たい空気を吸い込みながら、心臓の鼓動だけが速くなっていく。
「……会ったら絶対、ぶん殴ってやるんだから」
カトリーナがレオナルドに操られているかもしれないーーそんな不安を打ち消すように、リディアはそっと呟いた。
******
人の手があまり入らない裏庭は、学園から切り離されたような有様だった。
そんなか、石造りのベンチと、枯れかけた噴水がリディアの視界に入る。
そして、そのそばにーー彼女は立っていた。
「……カトリーナ!やっと見つけた!」
見つけられた喜びで、リディアは嬉々として声をかけた。
カトリーナの金色の髪が、風に揺れている。いつもなら光を受けて誇らしげに輝くそれが、今日はどこかくすんで見える。
「……来たわね、リディア」
振り返ったカトリーナは、確かに“いつもの彼女”の顔をしていた。
背筋を伸ばし、顎をわずかに上げた、貴族らしい自信に溢れた立ち姿。
けれど、その瞳だけが——不自然なほど、静かだった。
「来たわね、じゃないわよ!一緒に学園に戻ってレオナルドと話す約束だったじゃない!先に戻って……私怒ってるんだからね!」
リディアは、ほっと息をつきながらも、ようやく自分のリズムを取り戻しカトリーナに駆け寄った。
「セレナだって心配してーー」
言葉の途中で、カトリーナの視線が、すっとリディアを射抜いた。
感情のない、冷たい眼差し。
「……あなたと一緒に行動する意味が、私にあって?」
その一言で、空気が変わった。
「……は?」
思わず、リディアは目を見開いた。
カトリーナが何を言っているのか、理解できなかった。
「……何、言ってるの?カトリーナ」
カトリーナは答えない。
代わりに、淡々と、言葉を並べた。
「レオのことをよくわかってない。彼が貴族社会でどれだけ孤独だったか……平民のあなたにわかるはずがない。そのあなたと一緒に、学園に戻って、レオと話す意味が、私にあって?と聞いているのよ」
リディアの胸の奥に鋭い棘が刺さった。
「……何それ」
リディアの声に、熱が混じる。
けれど、カトリーナ、感情の温度を置き去りにしたように、淡々と言葉を紡ぐ。
「あなたは大事な友人だったわ。でもーー」
一拍置いて、カトリーナは言った。
「私にとって一番大事なのは、レオよ。あなたがレオの気持ちを無視して、彼を追い詰めると言うならーー私とあなたは、今から敵同士だわ、リディア」
「……敵?」
リディアは、思わず乾いた笑いを漏らした。
冗談だと、強がりだと、自分に言い聞かせるように。
「ちょっと待ってよ。別に私は、レオナルドの敵じゃないよ。大体、もしレオナルドの敵だったとしても、それとカトリーナは関係ないじゃん」
「……関係ない、ですって?」
カトリーナの眦が上がる。唇は硬く結ばれ、緊迫した状況下にも関わらず、普段のカトリーナの姿が垣間見え、リディアはなぜか安心感を覚えた。
「私は、彼を愛しているわ。だから、彼の敵は私の敵なのよーー愛する人の気持ちに寄り添う。それが“人を愛する“ってことなのだと、レオが教えてくれたわ」
「……だから!別に私はレオナルドの敵じゃないって!」
「でもあなた、彼が闇魔法を使っていたら、その理由を考えることなく、彼と戦うでしょう?」
カトリーナのその問いかけに、リディアは沈黙で肯定することしかできなかった。
「それは、そうでしょう。闇魔法で人を操るなんて、絶対やっちゃだめなことだよ……カトリーナだって、そんなことわかってるでしょう?一緒に、レオナルドを止めようよ」
「……いやよ。私は、ようやく彼の孤独に触れさせてもらった。あの人の役に立ちたい、あの人に愛されたい。だからリディア。あなたを、倒すわ」
まるでもう会話をする必要がない、と言わんばかりに、カトリーナはリディアから目を逸らした。
カトリーナの周囲の空気が、レオナルドへの愛で燃えるように熱くほとばしる。
「あなたと戦うのは、久しぶりねーー本気で来なさい、リディア。私は、あなたより強いわ」
カトリーナは、はっきりと一歩、後ろへ下がった。
それは距離を取るためではない。
ーー戦うための、間合いだった。
「……カトリーナ?本気、なの?」
リディアの呼びかけに、返事はない。
「待ってよ、カトリーナ!私たちに戦う理由なんてないじゃない!」
その言葉をカトリーナは無視し、足元に大きな魔法陣を展開する。
リディアは、それが何かを知っていた。一度、ナイル国でみたことがあったから。
「……私に、いにしえの魔法を使うの?」
「そうよ、感謝なさい。フランベルグ家最大の魔法で、あなたを倒してあげる」
それあ、苛烈さと静寂さを併せ持ったーーカトリーナらしい誇りが感じられる魔法だ。
そんなものを食らったらひとたまりもない。
リディアは、無意識に後ずさった。
それが、カトリーナと戦うことを拒否する心の現れなのか、純粋にその魔法への畏怖なのか、自分でもわからなかった。
「いや、嫌だよ…..カトリーナ。私は、戦いたくない」
「だったら、今すぐここを去りなさい」
カトリーナの瞳は、真っ直ぐリディアを射抜いていた。
(本気、なんだ……)
リディアは、ようやくカトリーナの覚悟を理解した。
拳をぎゅっと握る。手のひらには、きっと爪痕が残っているだろう。
カトリーナがレオナルドに操られているならーーいや、そうでなくても。
カトリーナが誤った道をいくなら“ぶん殴ってでも“彼女を止める。ルークたちと馬車で、そう決めた。
「……やってやるわよ」
その声に、震えはなかった。
リディアは手元に、魔法陣をイメージした。
その間にも、カトリーナの周囲の魔法陣が赤く輝き、魔法陣から魔力が湧き上がる。それらがカトリーナの体に巻きつき、赤い光をあげーー何も起こることなく、カトリーナの魔法陣は消え去った。
(あの時と一緒なはずなのに……何かが違う)
リディアは、カトリーナの様子を冷静に観察していた。
カトリーナがナイル国で使った時と同じ魔法だが、言葉にはできない違和感があった。
どこか、カトリーナの魔法に“揺れ“のようなものを感じる、
(まぁ、それでも全く隙はないけどね)
カトリーナの周囲が、先ほどの魔法陣から大量の炎を取り込んだように赤く輝いている。
それは、どんなものであれ、ただ静かに、焼いて無に還すおそろしい魔法。
カトリーナ自身が、炎の女神となったのだ。
「いくわよ、リディア」
カトリーナが、地を蹴った。
そして、腕を一振りしただけで、炎の鞭が放たれ、真っ直ぐにリディアに向かう。
「ーー遅い!」
リディアは反射的に身を捻り、手元から氷片を繰り出すが、それは一瞬で溶かされた。
「あなたの魔法の才能は認めるわ……でも、戦闘魔法としてはどれも脆弱よ、リディア」
カトリーナは、まるで羽虫を見るようにリディアを見つめる。そして、攻撃の手を緩めることなく繰り出していく。
次々と放たれる魔法は、どれも強力で、洗練されている。
それなのにーー
(……カトリーナの魔法、全部軽い……?)
カトリーナの力が、魔法に込められている感じがしない。
ナイル国で見せた時とは、その威力が別物だった。
(魔力をうまくこめらないんだ……この戦いに迷いがあるの?)
リディアが混乱している隙をついて、カトリーナの繰り出す炎の球がリディアの肩をかすめた。
「っ……!」
制服が裂け、痛みが走った。
だがーーそれだけだった。
「どうしたの? 反撃しないの?」
カトリーナの声は、苛立ちを帯びていた。
状況は圧倒的にカトリーナに有利ーーだけど、リディアの方が心に余裕があった。
「……どうしたの、はこっちのセリフよ。カトリーナのいにしえの魔法って、すべてを炎で無に還す魔法じゃなかったっけ?私の肩はもちろん、制服だって少し焼けた程度よーー大したことないじゃない」
リディアの挑発的な笑みに、カトリーナの表情が歪んだ。
「うるさい!!手加減してあげてるのよ!」
「いにしえの魔法を使っておいて手加減?無理があるんじゃない?」
「お黙りなさい_!!」
カトリーナにまとわりついている炎がーー魔力が荒れる。
制御を失った魔力が、地面を抉り、空気を裂いた。
「私は!あなたに勝たないといけないの……!今までずっと、彼を一人にしてしまった。だから、今度こそ……私がレオナルドを守るのよ!!」
「そんなの間違ってるよ!」
「黙りなさい!私は、今度こそレオに寄り添う!本当の彼を愛して、そして私も愛されるんだから!!」
それは、カトリーナの心の叫びだった。
その言葉は、あまりにも痛々しかった。
(……そういうことか)
リディアは、確信した。
(カトリーナも、レオナルドの闇魔法にかかってるんだ。本人に迷いがある状態で戦わされてる。だから、魔法が揺らいでるんだ)
「カトリーナ!」
リディアは、踏み込んだ。距離を詰め、あえて真正面から魔法を受け止める。
「目を覚まして!そんなの、愛でも何でもないよ!!カトリーナはいつだって、誇り高かったじゃない」
「うるさい!知った口をきかないで!」
カトリーナの魔力が爆ぜる。その反動で、彼女の身体がぐらりと揺れた。
(……今だ!)
リディアは、深く息を吸いーーカトリーナを想った。
勝てなくていい、強くなくていい…..ただ、カトリーナを救う。そんな魔法をイメージする。
思い浮かんだのは、ルークの姿だった。
彼のそっと添えるような優しさ。そんな優しさで、カトリーナをレオナルドの闇から解放したかった。
頭に、魔法陣がイメージされていく。それを、ごく自然なものとしてリディアは受け入れ、手元に描いた。
攻撃の形を取らない、極めて単純な構成。
円は小さく、文様も少ない。
けれど、その線は、どこまでも静かで、揺れがなかった。
「……元のカトリーナに戻ってよ」
それは、祈りの言葉。
その言葉に呼応するように、リディアの手元から光が溢れ出す。
白に近い、淡い、柔らかな光。
その光が荒れ狂うカトリーナの炎に触れた瞬間、白い光は、それを打ち消すことなく包み込んだ。
「……っ?」
カトリーナの炎が、揺れる。
焼き尽くす力を失ったわけではない。
だが、その輪郭が、ぼやけていく。
「な……によ、これ……?」
カトリーナの声が、かすれた。
白い光は、炎を消さない。それでも、炎は次第に勢いを失っていく。
それは、カトリーナの迷いを、弱さを包み込んでいるようだった。
「……うそ、消えないで!私は……!」
カトリーナを包む赤い光が、崩れ落ちた。
静寂が満ちる。
カトリーナが、膝から崩れ落ちた。
リディアは、そんな彼女と同じ目線に立つように、しゃがんだ。
「ねぇ、カトリーナ。こんなのおかしいよ。なんで私たちが戦わないといけないの?私たち……友達じゃない」
「とも、だち……?」
「今までずっと、恥ずかしくて言ったことないけどさ……カトリーナとセレナ。2人は私の親友だよ……ずっと、友達がいなかった。でも、2人と一緒に遊ぶようになってからは、毎日楽しかったよ。カトリーナは違うの?」
「私、だって…..!でも、レオは違うの。私が毎日楽しく過ごしてる時だって、彼は孤独で、私は……何もできなかった」
カトリーナの頬に涙が伝う。
気づけば、リディアの瞳からも涙がこぼれ落ちていた。
「だからって、レオナルドの言うまま戦うのは違うじゃない」
「……じゃあ、私はどうしたらよかったの!!」
カトリーナが苛烈な叫び声を上げる。
それは、リディアが今まで聞いたことのない、救いを求める叫びだった。
「教えてよ!リディア!私はどうしたらよかったのよ……!」
「それ、は……」
「私だって、わかってるわよ、それでも……」
リディアも、言葉が出ない。再び、静寂に満ちる。
カトリーナが、リディアの肩をそっと撫でた。
先ほど、カトリーナの攻撃が当たり、火傷したそこをカトリーナの回復魔法が癒していく。
「お願い、リディア……レオを…..助けて」
カトリーナは、魔力を使い果たしそっと目を閉じた。
身体が、リディアに向かって倒れ込む。
リディアはそれを受け止めた。気づかなかったが、カトリーナの頬には乾いた涙の跡があり、瞳は腫れていた。
リディアの心はぐちゃぐちゃだった。
浮かぶのは切なさと虚しさーーそして、レオナルドへの怒りだった。
「カトリーナをこんなふうに追い詰めて……これが愛ですって?……許せない」
カトリーナを中庭のベンチに預け、リディアは立ち上がった。
魔力は、かなり減っている。戦う余力なんてほとんどない。それでも、レオナルドを完膚までに叩きのめす。
その思いだけが、胸の奥で静かに冷えていた。
かなり力を入れてこの話は書きました。
面白かった!続き気になる!と思ったら、ぜひ評価、ブクマよろしくお願いします。
リディアとカトリーナの昔の戦い、いにしえの魔法が気になる方は第一章のファーストガールのプライド、第三章のいにしえの魔法もお読みください〜




