模範生の登場と模擬戦開始
模擬戦当日の朝、澄んだ空気の中でセレナは学園の庭園に向かい、いつものように薬草の手入れをしていた。
霧がかかり、緑がしっとりと輝く庭園は、彼女にとって心安らぐ場所だった。
薬草に水をやると、そのささやかな手入れが自分の努力とともに生きている気がして、セレナは自然と笑顔を浮かべる。
すると突然、足元に何かが絡みついてきた。驚いて振り返る間もなく、蔦のようなものが猛烈な速さでセレナの足に絡みつき、彼女はバランスを崩して地面に倒れ込んだ。
「痛っ……!」
セレナは苦痛に顔をしかめ、なんとか起き上がろうとしたが、蔦が一層強く締めつけてくる。
周囲を見渡しても誰の姿も見当たらない。胸の奥に不安が広がり始めたその時、荒々しい風が彼女の頬をかすめ、血が伝うのがわかった。
次の瞬間、遠くから風の刃が勢いよくセレナに向かってくる。その風は、容赦ない力で彼女を攻撃しようと迫っていた。必死で避けようとしたが、動きを封じられている今、どうにもできない。
しかし、その風がセレナに届く寸前、暖かな風がふわりと舞い上がると、まるで包み込むように荒々しい刃の風を消し去った。冷たかった空気が柔らかく温もりを帯び、セレナはその変化に目を見開いた。
「…最近の女性たちは、風で遊んだり水で遊んだり、なかなかやんちゃだな」
セレナが驚いて顔を上げると、そこには見知らぬ青年が立っていた。
彼は背が高く、落ち着いた雰囲気を持っており、淡い金髪が朝の光を受けて柔らかに輝いている。少し深みのある茶色の瞳が、まるで大地のように悠然としており、セレナは安心感を覚えた。
「…ありがとうございます。どちら様でしょうか?」
セレナが戸惑いながら尋ねると、彼はセレナの体に絡みつく蔦を魔法で切り、軽く微笑みながら手を差し伸べてくれた。
「俺はルーク。君はセレナだろう?編入したてなのに、植物魔法については相当すごいと聞いたことがある」
セレナは差し出された手を取りながら答えた「ありがとうございます、植物が好きなんです」
その答えにルークは「いいね、好きな魔法があるのは大切なことだ」と頷くと、真剣な眼差しでセレナを見つめる。
「君、誰かに狙われてる?もし、植物以外の魔法にそこまで明るくないなら、なるべく1人で出歩かないよう気をつけたほうがいい」
セレナはその言葉にハッとした。
最近、怪我がやたら増えているのは自分のうっかりではなく、人為的なものなのかもしれない。
不安を感じつつも、ルークの忠告に感謝し、力強く頷いた。
「…ところで、これから模擬戦に向かうのか?それなら一緒にいこう」
ルークとともに模擬戦の会場である屋外演習場に到着したセレナは、目の前に広がる光景に思わず息をのんだ。
「ここが模擬戦の会場なんですね……。思った以上に広くて、自然がたくさんありますね」
「ああ。この演習場では、ただ力をぶつけ合うだけじゃなく、周りの地形や環境を利用することもできる。戦闘力だけでなく、判断力や応用力を試すこともできるんだ。まぁ今回は、2年生にとって初めての模擬戦だから、自然の少ない広場エリアでやるけどね」
セレナはその言葉を聞きながら、再び演習場を見渡した。観客席にはすでに多くの生徒や教師が集まり、戦いの開始を待っている。皆が楽しみにしているのが伝わってきて、彼女も少し興奮を覚えた。
「模擬戦を見るのは初めてかい?」
「はい。少し緊張しますが……楽しみです!」
「そうか、きっといい経験になる」
ルークは優しく言葉を返し「特に、リディアの魔法は見ていて面白いと思うよ。じゃあね」というと、セレナがお礼を言う間もなく去っていった。
「リディアさんのお知り合い…?何だか不思議な人」
そういえば、とセレナは自分の頬に手を当てる。謎の風に襲われた際に怪我をしたはずの頬はすでに治っていた。
セレナと別れた後、ルークは屋外演習場の中でも、関係者しか入れない入り口から入り廊下を進んでいく。
今日の第一試合に出るリディア、ロイペアを見かけ、ルークが思わず立ち止まると、談笑していたリディアもまたルークに気付き、驚いた表情を見せる。
「あなた!確かルーク…?ここは関係者以外立ち入り禁止よ!入っちゃダメじゃない!」
その言葉にロイは焦った顔をするが、リディアは全く気づいてない。
「ほんと、リディアって魔法以外興味ないよな。いったろ?3年だって。先輩なんだから一応敬語使ってくれよ」ルークがからかい混じりに言った後に続ける。
「3年になると成績優秀者は模範生になり模擬戦の審判役を任される。君たちの試合は俺が審判ってわけ」
「え!?ってことは、あなた模範生なの!?」
思わずリディアが言葉を返すと、ロイがリディアの頭を叩く。
「バカ!ルーク様になんて口叩くんだ!この方は3年のトップの成績で2年生の時から魔法局への内定もいただいている凄腕魔法使いだぞ。しかも有力貴族のご出身だ!!」
その言葉にリディアがポカンと口を開けてると、ルークはその姿を見て笑っている。
「くっ...!本当に何にも知らなかったんだ。まぁ別に、親が貴族だっただけで俺はあんまそういうの頓着ないし、魔法局内定も、たまたま珍しい魔法がちょっと使えるからってだけで、いうほど大したことない。そこらへんは気にしないでいい」
その気さくな言い方にロイが「かっけぇ...」と呟くとルークは「だろ?」と冗談混じりに返す。
リディアはその間に気を取り直し「ねぇ、そんなにすごいなら今度魔法見せてよ!」と言った後に「あ、えっと、見せてくださいルーク様」と小声で言い直す。
「ルークさん、でいいよ。それじゃ、2人ともまずは試合頑張って」
ルークはそういうと、スタスタと演習場を先に進んでいく。おそらくルークが観客の目に入る場所についたのだろう、わーっ!という大歓声と拍手の音が聞こえる。
「ついに始まるのね」
リディアが呟くと司会の教師の声が響く。
「それでは、第一試合!生徒の入場です!」
リディアは深呼吸を一つし、会場に入った。
鼓動が早まるのを感じながらも、背筋を伸ばして歩き出す。広がる視界に学園のおそらくほぼ全ての生徒が目に入る。
「リディアさん!がんばってください!」
遠くから聞こえる声に目をやると、観客席の片隅でセレナが大きく手を振っているのが見えた。
リディアは微笑みながら、ほんの少し手を上げて応えた。周囲のざわめきが少しだけ和らいだ気がした。
だが、その安心感も束の間だった。
会場の反対側から現れたのは、優雅な歩みで進むカトリーナと堂々たる風格のレオナルドだった。2人が入場すると、先ほどの大歓声がさらに大きくなり、会場の熱量が上がるのがわかった。
カトリーナはまるで舞踏会にいるかのように、軽やかな笑みを浮かべながら観客に視線を向け、手を軽く振る仕草さえ見せた。その表情には揺るぎない自信がにじみ出ている。腰まである金髪が、日の光を受けて輝き、周囲の歓声を引き寄せた。
一方のレオナルドは、余裕たっぷりの笑顔を浮かべながら観客に一瞥をくれる。黒い髪が風に揺れ、青い瞳が会場を見渡すその姿には、彼のカリスマ性が存分に表れていた。彼の名前が観客から呼ばれるたび、片手を挙げて応える姿は、まさに王子そのものだった。
「こうやってみると、俺らとは全然違うよな」ロイの言葉に、リディアは思わず肩をすくめた。
こうして対比されると、自分がどれほど地味に映るのかを痛感する。しかし、観客席で応援するセレナの笑顔を思い出し、気持ちを奮い立たせる。
模範生として審判を務めるらしいルークは、すでにフィールドの中央に立っていた。その姿には微かな緊張感が漂っているが、どこか楽しげでもあった。
ルークが入場してきた選手たちを見て、軽く手を挙げる。
「皆さん、ようこそ模擬戦会場へ!」
ルークの声が響き渡ると、観客席から歓声が上がる。
教師がフィールドの中央に進み出ると、自然と歓声がやみ、教師を見やる。
「模擬戦のルールを説明します。各チームはこの屋外演習場で魔法を駆使し、相手チーム二人の胸元にあるボールを破壊・または奪取することが勝利条件です。ただし、攻撃魔法で相手を意識的に傷つけることを禁じます。安全性を保つため、審判の指示には必ず従ってください。審判は、模範生が務めることとし、第一試合はルークさんが実施します。ただし、審判でも制御不能の場合は教師である私が試合を止めることもあります。わかりましたか?」
教師のその言葉に、リディアも他の3人も強く頷く。
リディアは教師の声を聞きながら、自分の手のひらに魔法陣をイメージしていた。自分の力を試せる瞬間が、もうすぐやってくる。
カトリーナはちらりとリディアに目をやり、勝ち誇ったような微笑みを浮かべる。
その横でレオナルドは楽しげな表情を崩さず、むしろこの試合そのものをエンターテインメントとして楽しんでいるようだった。
「それでは、選手たちはスタート位置に!」
教師の一言がフィールドに響き渡り、試合開始の準備が整えられた。
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