狂気〜誰もが、レオナルドを愛していた〜
フィリア視点です。
リディアたちが任務に行っている間の学園での様子となります。
ルークがカトリーナの任務の審判者として出発してから、3日が経った。
エルミナ学園の2年生は、模範生候補及び彼らの任務同行者がいない中でも、表面上いつも通りに過ごしているように見える。
(誰が模範生となるか、噂話くらい広がりそうなものだけど違うのかしら?私も去年“任務に行く側“だったから、残された学生の過ごし方がわからないわ)
フィリアは、そんな学生たちを注意深く見ながら、寮で朝食をとっていた。
向かいに座る後輩たちの会話に耳を傾ける。
「昨日、私レオナルド様に声をかけていただいたの。最近沈んでいることが多いけど大丈夫かい?って!」
「あら!私も先日お褒めいただいたわ。魔法演習で、魔力をうまく流せていてさすがだって!」
今日も生徒たちは気になる男性陣への話に花を咲かせているようで、微笑ましい限りだ。
だが、ふと耳を澄ませると、隣のテーブルでも、向こうの席でも、誰もが同じ名を口にしている。
「レオナルド様が」「レオナルド様が」ーーまるで、流行りの歌でも流れているように。
(レオナルド・テネブレが多くの女性の憧れなのは知っているけど……これだけの人数が口を揃えて褒めると、なんだか気味が悪いわ)
誰もがレオナルドの話題をしている。
フィリアは、砂を噛んだような気持ち悪さに襲われ、半分以上残っているスープを配膳台にそのまま下げた。
拭えきれない違和感を抱えたまま、フィリアは今日も学園に向かう。
3年生は卒業間近であり、授業をとっている生徒は少ない。単位を取り終えたものは、最後の学生生活を謳歌したり、帰省して家の手伝いをしたり、過ごし方は様々だ。
そんな中、フィリアは模範生として、後輩たちの授業の補佐をしている。
この日は2年生の戦闘魔法訓練の補佐を受け持っていた。
もとは、ルークがやる予定だったが、彼がカトリーナの任務に急遽同行することになり、フィリアにおはちが回ったのだ。
教師が、授業の説明を始める。
「今日は防御魔法の訓練だ。フィリアさんが皆さんに攻撃するから、防御魔法を決して崩さないように。その上で、フィリアさんを倒せたら合格。フィリアさんを倒せても、防御魔法が崩れたらダメだからな!」
教師が軽く手を叩いた。
「そうだな、今回はレオナルド君たち5人にやってもらおうか」
「はい、先生」
レオナルドは返事するや否や、仲間達4人の肩をまるで励ますように叩く。彼らがそれを嬉しそうに受けているのを、フィリアはぼんやりと見ていた。
「胸をお借りする気持ちで挑みます、フィリア嬢……手加減は、なしで大丈夫です」
「あら、怖いことを言うのね。でも、そうね……遠慮はしないわ」
穏やかな笑みを浮かべつつ、フィリアは無意識に身構えた。
彼の声は穏やかで礼儀正しい。だが、その眼差しの奥に冷たいものを感じた。
笛の音がなる。
次の瞬間、レオナルド以外の4人が、自身ではなく、レオナルドを守るように巨大な防御魔法を構築した。
「……え?」
フィリアがあっけに取られている間にも、彼らは転じて攻撃魔法を放つ。
炎、水、土、草ーー。
まるで一つの意志で動いているような連携が、フィリアに襲い掛かるが、フィリアはそれを危なげなく躱していく。
レオナルドが、軽く手をあげた。
それを見て、彼の仲間たちがフィリアと距離をとって巨大な魔法を展開していく。
身の危険を感じ、フィリアは咄嗟に土魔法を繰り出した。
彼らの足元を崩し、魔法の展開を阻止する。
巨大な炎の槍を出し、レオナルドに向かった。だが、その槍はフェイク。
レオナルドがこちらに集中している隙に、彼の後ろから、光魔法で攻撃するはずだったーー。
ドンッーー
足元を崩された4人がレオナルドを庇う。
1人は、防御魔法が拙く、フィリアの炎が当たりうめいている。
だが、その生徒は笑っていた。
「大丈夫ですか?レオナルド様」
「ああ、ありがとう……怪我をしてしまったね」
「いえ、レオナルド様のためならこれくらい」
「ありがとう」
レオナルドが薄く微笑み、その生徒の頭を撫でる。
彼は、夢見るような表情でレオナルドを見つめ返していた。
他の生徒たちも「レオナルド様、ご無事でよかった」「私もレオナルド様のお役に立てました」と喜んでいた。
「なに、これ……?」
狂気じみた行いに、フィリアは一歩後ずさった。
ちらり、と教師を見たが、彼はこの異常な光景を見ても眉ひとつ動かさず、静かに頷いた。
フィリアの顔が青ざめていく。それに気がついたレオナルドが、フィリアに一歩近づいた。
「どうしたのです?フィリア嬢。攻撃は終わりですか?」
「……そんなわけないでしょう!」
フィリアが次々に繰り出す攻撃を、レオナルドが防御魔法で防いでいく。フィリアが戦闘向きでないことを差し引いても、その実力は圧倒的だった。
「見事ですね、実に美しい攻撃だ」
「あら、学園のプリンスにほめていただけるなんて光栄ね。私の魔法……アレン・ルーミンハルト様にも褒めていただけているのよ」
違和感がある。
その理由を突き止めるため、あえて魔法界で彼と対に扱われるアレンの名前を出すと、レオナルドの美しい眉がピクリと上がった。
レオナルドがチラリ、と仲間に目配せすると、彼女が「レオナルド様はアレン・ルーミンハルトより上よ!」と叫ぶ。
その行動で、違和感の正体が形となった。
(手を上げるだけで仲間を動かした。危険を省みず彼らはレオナルドを庇った。目配せだけで仲間に発言させた……テネブレの一族。闇魔法による精神操作を、きっとレオナルドは使っている)
自分でも、血の気がひいているのがわかった。体がすくむ、恐怖で震える。だが、それでも模範生としての矜持が、モンロー家としてのプライドが、フィリアを立ち止まらせる。
「あなた、自分が何をやっているかわかっているの!?」
「何のことです?……あぁ、気づきましたか。勘のいい女は嫌いだ」
レオナルドが吐き捨てるようにつぶやくと、彼の周囲を黒い闇が覆う。
そしてその闇は、フィリアの防御を打ち破った。
「そこまで!」
教師の合図がなる。フィリアの額には冷や汗が浮かび、膝から崩れ落ちた。
「大丈夫ですか?」
レオナルドが手を差し伸べる。だが、その手を取るのは危険だ。
「1人で立てるわ」
フィリアが立ちあがろうとすると、それを抑えるようにレオナルドがフィリアの頭を撫でた。
「あなたの強みは回復魔法。この試合は、僕の有利に運びましたね。でも安心してください、あなたが立派な魔法使いであることを、僕は十分わかっています……リディアに夢中なルーク殿と違ってね」
ほんの僅かな魔力ーー。
だが、それがレオナルドを通して自分に流れていくのがわかった。その魔力は、実体化していない心に染み込むような、不思議な動きをした。
「触らないでっ!!」
フィリアがレオナルドの手を跳ね除ける。レオナルドは忌々しそうにフィリアを見つめ、彼を取り巻く生徒たちも、教師も、フィリアを軽蔑するように見ていた。
「そうか、血液の動きもイメージして魔法が使えるんでしたね……体内を流れる魔力には敏感か?」
フィリアを一瞥すると、レオナルドの口元が弧を描く。
「大丈夫、僕に全てを委ねればいい。あなたの思いを踏み躙るルーミンハルト兄弟と僕は違う。僕なら、他の子たち同様、君のことも受け入れてあげるよ?」
その言葉は、言葉だけ聞けば、とろけるように甘かった。だが、そこに潜むのは毒だ。
「誰があなたなんかに頼るものですか」
「そうか、残念だな」
レオナルドが首を振る。
『頼んだぞ』
ルークの声が、聞こえた気がした。
(ルーク様、助けて)
意識が遠く中、フィリアはルークのことを思った。
そして気づく。自分がまだ、彼に思いを残していたことをーー。
(彼はリディア様を思っているのに、不毛ね)
フィリアはそっと目を閉じて、少し考え込んだ。その間にも、フィリアの周りを、レオナルドに支配された生徒たちが囲んでいく。
「フィリア様、レオナルド様に失礼ですよ」
「そうですよ、レオナルド様に謝罪を」
喉が焼けるように乾いた。
模範生として、生徒の手本となり、教師の信頼も厚かった自分が、今やどこにも逃げ場を見出せない。
(ルーク様の加速魔法を真似するのよーー)
フィリアは足元に魔力をため、可能な限りのスピードで、その場から逃げ出した。
魔力の流れがまだ乱れている。全身に、先ほどレオナルドから流された“黒い気配“が這うように感じられた。
何処かから“レオナルドに寄りかかれば、自分は愛される“と声がこだまする。
その囁きが、自分の思考の中から聞こえていることに、心底ゾッとした。
これに屈したら、自分が自分じゃなくなることがわかる。
フィリアは、後ろを振り返ることなく、自分の部屋に向かって走り出した。
彼女の原動力となっているのは、模範生としての誇りでもなんでもなく、ただただルークへの思いだけだった。
(ルーク様に知らせないとーー)
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