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氷の獣と、巻き戻る時間

カトリーナの集中力が上がったのを、リディアは敏感に感じ取った。

彼女の手元に、魔力が流れているのを感じる。


「カトリーナ」

「シッ!静かに。あっちに何かいるわ」


カトリーナが指差す方を、リディアとセレナは振り返った。雪山のなかに、不自然な氷の一角が見える。そして、そこを黒い影が横切ったように見えた。


「思ったより早く見つかったね」

「地図通りね、さすが私だわ」

「完全にラッキーなだけでしょ、迷ってたじゃん」

「お二人とも、静かに!」


セレナの言葉に、リディアは気を引き締めた。息を整え、2人と視線を交わす。

セレナは手袋越しにポーチを握りしめ、小瓶を確認していた。


「どうする?まだ距離はあるけど……」

「まずは近づきましょう。向こうが何頭いるか確認しないと動けないわ」


リディアは頷くと、雪に足を取られないように慎重に進んだ。

吐く息が白く、音が飲み込まれていく。雪山特有の沈黙が、妙に耳に響いた。


「……足跡見てください、周囲を凍らせています」


セレナが指差した場所には、獣らしき爪痕が雪に刻まれていた。その跡は、浅いのにくっきりと、雪に氷の層を作っていた。


「……調査書にあった足跡と同じね。グレイシャルで間違いないわ」


カトリーナの言葉に、リディアとセレナはそっと頷いた。

同時に、リディアは足元に魔力を集中させる。


(グレイシャルは俊敏よ……攻撃されたら、加速魔法で躱す!)


リディアたちは、気配を消して氷の一角に近づく。そこには、グレイシャルの巣が聳え立っていた。

リディアの身長の倍はある高さ。あまりの大きさに驚いた刹那ーー巣の奥で、青白い光が2つ、ゆらりと瞬いた。

瞳だ。


「ーー来るわ!」


カトリーナが叫んだ瞬間、獰猛な獣が飛び出した。


「危ない!」


セレナが後方に下がり、リディアはカトリーナを庇いながら横によけた。

衝撃と共に粉雪が舞い上がり巨大な影が飛び出す。


氷の毛並みをもつ獣ーーグレイシャルだ。


「……綺麗」


緊急時にも関わらず、リディアは一瞬見とれた。

全身を覆う毛並みは、朝の光を反射して淡く輝く白銀色。まるで、雪そのものが生き物の形をとったかのようだった。尾の先には氷の結晶のような形が連なり、グレイシャルが動かすたびに、鈴のような音を立てた。

けれど、その美しさの奥に、ひと目でわかるほどの殺気が潜んでいる。

氷青色の瞳がリディアに向き、リディアの背筋に冷たいものが走った。


ーーシャラン


グレイシャルが尾を大きく動かし、前足を伸ばす。

刹那、グレイシャルがリディアめがけて飛びかかった。


「リディアさん!!」


セレナがポーチから赤い瓶を取り出し、空中に飛散させる。

麻痺薬だ。

だが、グレイシャルの動きが早く、間に合わない。

リディアは加速魔法と風魔法の融合技でその場を抜け、セレナを守るように彼女の前方に移動した。カトリーナは、そこから少し距離を取ったところで、グレイシャルの動きを観察している。


グレイシャルは3人を見つめ、遠吠えをした。


「まずいわ!仲間を呼んでいる!」


巣の奥から、さらに3頭のグレイシャルが現れた。


「ちょっと……4頭も相手にできないよ!」


リディアの焦った声が響く。

それでも、カトリーナは冷静だった。彼女の右手に炎が渦巻いていく。


「セレナ!煙を!」

「はい!」


セレナが紫の小瓶を取り出し、後半に来た3頭のグレイシャルめがけて放り投げる。

その瓶へカトリーナが炎を放出させ、液体を燃やすと、紫煙が広がる。


「目眩しと酩酊効果があります!これで、3頭はしばらく動けません!」


その言葉を聞いて、リディアは即座に雪に両手を当てた。カトリーナも同様の動きをしている。


「壁を作るわ!」

「わかってる!」


2人が魔法を発動させると、風が雪を巻き上げ、凍てついた壁となって3頭のグレイシャルを囲い込む。それを見た最初の一頭が、次はカトリーナめがけて飛びかかるが、セレナがカトリーナの前に防御魔法を弾いて防いだ。


一瞬の間に、目まぐるしい応酬が続くが……


「これで、3対1に逆戻りね」


カトリーナが不敵に笑う。リディアも、そのそばで、これからの戦いに向け集中力を高めていた。

セレナに攻撃を防がれたグレイシャルが、低く唸った。

その吐息さえも冷気を帯び、空気が震えているようだ。


「まずは右から攻める!」

「わかってるわ!」


リディアが地を蹴ると同時に、カトリーナがグレイシャルの右側目掛けて炎を飛ばす。

雪山育ちのグレイシャルにとって、炎はどうやら恐怖の対象らしいーー

足にグッと力を込めると、即座に炎との距離をとった。獣が一瞬も止まらず、セレナ目がけて走り込むのを、セレナ自身が氷の壁を作りガードする。


「炎が苦手なのね」

「あえて後方支援のセレナを狙った?っそうなら頭いいね」

「炎を見ると、ただでさえ早いグレイシャルの速度が増します。炎は仕留める時以外は使わない方がいいですね」


グレイシャルの攻撃を捌きながらも、3人は冷静に分析していく。そこには余裕があったが、壁で取り囲んでいる3頭がいつ動き出すかもわからない。


「予定通り私が足止めする!カトリーナは仕留めて!セレナはカトリーナの支援!」


いうや否や、リディアは雪面に両手をついた。冷たさがジンジンと指先を指す。

だが、その痛みを感じる余裕もなく、頭の中で魔法陣を描いていく。


(普通の攻撃は避けられる……一度躱させて、時間を巻き戻す……巻き戻しは何度も失敗してるけど今回は決める!レオナルドが見せてくれた魔法陣を思い出せーー)


グレイシャルはリディアを警戒するように息を吐く。氷の刃がリディアを襲うが、セレナの風がそれを逸らした。

リディアは気づかない。魔法陣に全ての意識が奪われていた。

リディアの周囲に次第に氷の槍が形成されていく。


「いくよ!」


リディアの掛け声と共に、氷柱がグレイシャルめがけて発射される。それをグレイシャルは跳んで躱す。

カトリーナとセレナが、不発だと思った刹那ーー

グレイシャルを通り過ぎた氷の槍が突如消えた。そして、数秒前に時間が戻された槍は、着地したグレイシャルに当たった。


「……やった!」


グレイシャルが前脚を抑えて悶える。すかさず、セレナが蔓を這わせてグレイシャルの動きを封じていく。


「カトリーナ!」


カトリーナの周囲に大きな炎の弾が浮かび上がる。

この極寒の地で、あまりの炎の大きさに、リディアの体はわずかに温まった。


「……ごめんなさいね」


カトリーナの声は、凍てつく風の中で不思議なほど澄んでいた。

グレイシャルに敬意を表しながら放った炎が、静かにその美しい姿を焼き去っていく。


リディアは、その光景を息を呑んで見つめていたーー。

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