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作戦会議と任務開始

カトリーナ視点です。

カトリーナには、貴族としての矜持がある。

魔法も教養も身につけ、世のほとんどの問題に対処できるーーそう思っていた。

……その考えはリディアたちと出会ってから、少しずつ揺らぎ、そして今回また更新されることになる。


「チェックインお願いします。3名一室で予約したリディア・クロッカーです」

「3名一室!?」


今回の任務は学園から遠く離れた北山にて実施される。観光地でも資源地でもないマナギア国の辺境の地。貴族のカトリーナには馴染みのない土地で、ホテルの予約に手間取った。


「え、じゃあ私がやろうか?」


そう言ったリディアの発言はまさに、渡りに船だったので、任せたカトリーナにも責任はある、が……


「ちょっと冗談でしょう!?セレナはともかくあなたとも私同じ部屋で寝泊まりするの?無理よ!」

「何いってるの。大人数で一部屋使った方が節約になるでしょう。寒い場所なんだから、小さい部屋にみんなで集まった方が、部屋だってすぐ温まるよ」


カトリーナが絶句していると、後ろでルークがゲラゲラ笑っている。


「ルーク様、笑い事ではないのですが……」

「まぁまぁ……任務地への向かい方、宿の取り方、同行者とのコミュニケーション。そういうのも審査対象だからさ」

「本当に、そういうのも審査してるのでしょうか……?」

「してるかもしれない、してないかもしれない。けど、同行者にロジを任せて自分は任務に集中ってスタイル、俺は評価プラスにつけておくぜ」


ルークが茶目っ気たっぷりにウインクを飛ばすと、リディアは横で「ほらね」と胸を張っている。


「嘘でしょう……」

「カトリーナさんがお部屋でくつろげるように、私も気をつけますね」


セレナの柔らかい笑みに、カトリーナはつい視線を逸らす。


(そういう問題じゃないのだけど……)


カトリーナは、そっとため息をついた。


ーーーーーー


部屋に入った瞬間、カトリーナは眩暈がしそうだった。


「部屋のほとんどがベッドだわ……くつろぎたい時はどうしろというの……」


3人の部屋は、カトリーナからしたら、簡素な部屋だった。窓からはチラつく雪が見え、隙間から冷気がわずかに流れ込む。リディアは煤けた暖炉の前にかがみ込み、薪をくべて手早く魔法で火を起こす。


「ベッドがあるんだからそこでくつろげばいいでしょう」

「まだ湯浴みもしてないのよ!?それでベッドに入るの!?」

「カトリーナさん、ベッドの上に、カバーがあるでしょう?そのカバーは多少汚れても大丈夫なので、ソファー兼ベッド、と考えていただければ」

「っていうか、ここらへんで1番いいホテル取ってるからね。これで文句言ってら、ここでの任務は野宿だよ」


リディアの発言にカトリーナは押し黙る。


「まぁ、庶民の生活疑似体験って思えば楽しいんじゃない?どう?カトリーナ、お茶入れてみたら?」


リディアが意地悪くカトリーナを見るが、その発言にカトリーナも不敵に笑った。


「いいわよ、私がお茶を淹れて差し上げるわ」

「ごめん、嘘うそ。カトリーナ、お茶入れられないじゃん」

「あら、リディア知ってる?人は成長するのよ?……見てなさい」


カトリーナは部屋に備え付けの茶器セットを手に取ると、慣れた手つきで湯を沸かし、お茶を入れていく。


「え、できてる……ちょっと前までお湯を注ぐタイミングすらわかってなかったカトリーナが……」

「カトリーナさん、さすがです。流れるような作業ですね」

「当然よ。何回か見れば、私にかかればこのくらい簡単だわ」


さりげない言葉とは裏腹に、カトリーナの顔は自信に満ちている。丁寧に茶葉をほぐし、慎重に湯を注ぐ姿は、どこかぎこちなかったが、リディアとセレナはその点について触れなかった。

やがて湯気がふわりと立ち上がり、室内に柔らかな香りが満ちる。


「おぉ……!いい香り」


リディアはカップを受け取り、香りを確かめてから一口啜る。


「うん、普通に美味しい」

「ちょっと、その感想何よ」

「いや、お茶って奥深いからね」


リディアの感想にカトリーナが睨むと、セレナはのんびりと「カトリーナさんのおかげで体が温まります。ありがとうございます」と笑っている。3人での穏やかな時間が進み、カトリーナは少し安心した。


(大丈夫、リディアとも普通に戻ったわ)


些細な嫉妬だ。わかっているが、レオナルドがリディアに心を砕いているの知り、カトリーナの胸は痛んだ。だが、それも時間が経つにつれて和らいでいる。

自分の腕に嵌められたブレスレッドをチラリ、とカトリーナは見た。


(彼と同じ瞳の色の石ーー。素敵だわ)


大丈夫、自分とレオナルドは繋がっている。それに、リディアはルークのことが好きなのだ。心配することは何もない。そう思うと、カトリーナは自分の心を落ち着かせることができた。

カトリーナはお茶を口に含むと、真剣な顔で話題を変えた。


「……明日からの任務の確認をしましょう」


その言葉に、リディアとセレナの空気が真剣味を帯びる。


「魔獣グレイシャルの生息地は雪山で、魔法により氷の大きな巣を作っている。だからまず、巣を探しましょう」

「他の生き物もグレイシャルを恐れて、巣の周りには近づかないって書いてあったから、他の生き物の動きも参考になるね」

「グレイシャルは好戦的な魔獣のようです。足も速いようなので、カトリーナさん、リディアさん、対応お願いします」

「そうね、計画通りセレナは後方支援で、私たちが怪我した時の回復役をお願いするわ」


カトリーナが言うと、セレナは頷いた後、自分の荷物から薬草と小瓶を並べた。

淡い緑、青、紫の液体が、暖炉の光を受けてきらりと光る。


「痺れ薬と睡眠薬も調合しました。お二人が戦っている間に、必要に応じて魔法で空気に拡散します。合図したら、お二人とも息を止めててくださいね」

「すごい!セレナ、ありがとう!」

「回復を最優先にするので、あまり前には出ませんが、私も可能な範囲で戦闘に加わります」

「オッケー!じゃあ、私は前方で、セレナは後方でなるべくグレイシャルの足を止めて、とどめはカトリーナの炎魔法で仕留める感じで」

「……ちょっとリディア、仕切らないでよ。わ・た・し・の!任務よ」

「あ、ごめん」


3人で顔を見合わせてクスリと笑う。

危険な任務であることは理解している。

それでもカトリーナは、この3人で挑む以上、絶対にうまくいく自信しかなかった。


ーーーーーー


翌朝。

冷え切った空気の中。カトリーナ、リディア、セレナの3人は雪山の麓を進んでいた。ルークは、引率者として3人の後ろを注意深く歩いている。


「ルーク!大丈夫?置いてかれてない!?」

「あのな、リディア。大丈夫に決まってるだろう。いいから、お前らは任務に集中しろ」

「はーい」


リディアはザクザクと雪山を順調に進んで行くが、カトリーナとセレナはあまりの寒さに気持ちが沈んでいた。


「……思っていた以上に寒いわね」

「ですね……ナイル国の人間にはこの寒さはこたえます」


体の芯まで凍るような冷気。

カトリーナが首元のマフラーを押さえながらつぶやくと、セレナも同意しながら荷物から四角い袋を取り出す。


「これ、ソラキ商会で扱っているものでして、振ると化学反応が起きて発熱するんです。気休めですがどうぞ」

「……さすがね、ありがとう」

「ちょっとー!2人とも遅いよー!早くー!」


リディアが前方で手を振っている。

カトリーナは小さくため息をつき、セレナに渡されたもので一瞬暖を取ってから、足を進めた。


白、白、白ーー。

雪に覆われて視界が全て白い。カトリーナは地図を広げ、風に揺れる髪を押さえながら指で示した。


「グレイシャルの痕跡はここであったそうよ」

「それはいいんだけど、今私たち、地図で言うとどこにいるわけ」

「「「……」」」


完全に迷子である。ルークは、そんな様子を面白そうに見ている。


「ルークはわかってるの?」

「当たり前だろう。でも、手は貸さないぜ」

「わかってるよ!!」


カトリーナは寒さも相まって、戯れあっている2人にイラついていた。


(あー、もう!レオがいてくれたら)


そう思った矢先、白い世界の奥で、かすかな揺らぎが見えた気がした。

そちらに目を凝らすと、巨大な氷の一角ーーその中で、何かが“動いた“ように見えた。


カトリーナは息を呑み、そっと魔力を手元に集中させた。

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