新しい友人?
(うっわ……気まずい)
医務室で魔導書を読むフィリアを見つけて、リディアは怪我をしているのも忘れ、立ち止まったーー。
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カトリーナの様子がおかしい。
そう気づいたのは、彼女から任務同行の話をされて、数日経ってからだった。
どうもリディアに対してよそよそしく、聞いても「なんでもないわ」の一点張り。
(セレナに対しては普通なのに、何なの、あれ!?感じ悪いなー!!)
イライラしながらも、リディアはひたむきに任務に向けた訓練をしていた。
相手が雪山にいる魔獣である以上、足場が悪いことが想定される。
リディアは、足に魔法陣を描いた加速魔法の発展系として、風魔法と加速魔法による融合の練習をしていた。けれど、いざ魔法を使おうとすると、風の流れは乱れ、足元の魔法陣が一瞬にして弾け飛ぶ。
「……っ!」
足を取られ、雪山を模倣した訓練室で、勢いのまま転倒し、右足に鈍い痛みが走った。
痛みに顔を顰めながら、魔法解除して息を整える。
(あー、もう。イライラしてるせいで魔法も上手くイメージできない……回復魔法は魔力使うし、休憩も兼ねて医務室に行こう)
カトリーナに対するもやもやを訓練で晴らそうとしたが、空回りしているのが自分でもよくわかった。
(先生に、ついでに温かい飲み物ももらおう)
医務室の教師はリディアを可愛がってくれており、よくお菓子や飲み物を振舞ってくれる。寒い訓練室で冷えた体を温めることを考えると、少し元気が出てきた……が、その考えも、医務室にいるフィリアを見て覆された。
ーーーーーー
(よりによって、なんでこの人がいるの……)
医務室の中、白いカーテンの向こう側に、先日見たばかりの栗色の髪が見えた。
フィリア・モンロー。
ルークと同じ模範生であり、ルーク曰く“回復魔法の得意な学年一の才女“。
ーー自分とは違って、ルークと“対等“な人。
ネガティブな気持ちを打ち消すように、リディアが首を振っていると、魔導書を見つめていたはずのフィリアがクスクスと小声で笑い、リディアに話しかける。
「表情をコロコロ変えて、面白い方ですね。こんにちは、リディア様、お怪我ですか?」
その声色は穏やかで、リディアは戸惑った。
フィリアはリディアの全身を見ると「足、ですか」と言って、リディアを椅子に座らせる。
「治しますね」
フィリアの白魚のような手がリディアの足元を軽く撫でる。淡い治癒魔法の光が浮かび、リディアの腫れ上がった足は、みるみる戻っていく。
それだけじゃない。
「何、これ……あったかい」
リディアの呆然とした呟きに、フィリアは照れ臭そうに笑った。
「私の回復魔法はちょっと特別ですの。血液の流れのイメージが得意で、ついでに血流も良くしておきました」
ーー圧倒的だった。回復魔法を簡単に操り、しかも、意図も容易く、それ以上の効果を出しているフィリア。性格も、穏やかで優しく、気品があることがこの一瞬のやりとりで感じられた。
(……勝てない)
その時リディアの頭によぎったのは、敗北感と、フィリアへの尊敬の念だった。
「……凍傷になりかけている場所もありますね…..訓練をされていたのですか?随分熱心ですね」
「今度、友人の任務に同行することになって、雪山での戦いの訓練をしてたんです」
少し気恥ずかしげにリディアが答えると、フィリアが微笑む。
「素敵ですね。どんな魔法を練習されているのですか?」
「えっと……足元に加速魔法を描いて、そこに風魔法を乗せるイメージなんですけど」
その言葉に、フィリアが目を細める。
「ルーク様と同じ魔法、ですか。彼から教わったのですか?」
「えっ!?」
それは、予想外の言葉だった。
「ルークって、この魔法使えるんですか?」
「ご存じないのですか?ルーク様は、光魔法もお上手ですが、ご本人が好まれるのは体術と魔法の融合ですよ」
「あ、そういえばそんなこと、前に聞いたかも……」
ルークとの会話を思い出していると、フィリアは少し羨ましそうに言葉を紡いだ。
「自然と、発想が似るんですね……苦戦されてるなら、ルーク様にご相談されては?きっと、わかりやすくイメージを教えてくださいます」
「あ、はい……でも、今は正直ルークを頼りたくないというか、自分でどうにかしたいというか……」
実は、ルークに修行をつけてもらうことも、リディアの頭にはよぎっていた。
だが、ルークと対等な存在になることを目標にしている以上、格好がつかないと思い、1人で訓練をしていたのだ。それをフィリアに説明すると、厳しい顔をされる。
「お気持ちはわかりますが、それは悪手ですわね」
「どうして……?」
「ルーク様と対等な魔法使いになりたいのでしょう?……リディア様が努力している間にも、あの方だって努力されます。借りれる手は全て借りて、がむしゃらにやらないと、いつまたっても追いつけませんよ?あなたが思っているほど、模範生の立場は軽くないーーなりたいなら、本気で努力をするべきです」
リディアの胸が跳ねる。
「魔法がお好きなんでしょうね。すごく、その思いが伝わります。だけど、それだけでは、ルーク様と対等な魔法使いには、なれませんよ。立派な魔法使いというのは魔法が上手な人ではありませんーー魔法を通じて、人々を救い、助けられる人です」
その言葉にハッとする。
リディアは、自分を助けてくれて、明るい気持ちにさせてくれたアレンに憧れた。
フィリアがなぜ、模範生なのか、よく理解できた。
自分が選ばれなかった理由も、初めて心から理解できたーー
「あなたは、ルークと対等な魔法使いですもんね……」
リディアの卑屈な言葉に、フィリアが目を伏せた。
「ルーク様はそう思ってませんよ……あの方は、自分の隣には、あなたに立っていてほしいと思っているはずです」
フィリアは眉尻を下げ、悲しそうに笑った。
鈍感なリディアでもわかる。その表情は、ルークに恋してるものだった。
「ルークのこと、好きなんだ……」
思わずリディアが呟くと、フィリアの肩が跳ね、気まずい沈黙が流れる。
「す、すみません!ほぼ初対面で私……」
「昔の話ですよ、もう違います。だから、気にしないでください」
フィリアはリディアを見つめ「ルーク様のことが、お好きなのですか?」と問う。
リディアは顔が熱くなるのを感じながらも、返事に窮していた。
(え、恥ずかしい。言わなきゃだめ?……でも私だって、勝手に人の気持ち暴いたんだから言わないと……)
「ふふっ!リディア様、その表情ではバレバレですわ」
「え!?」
リディアが自分の顔を隠すように触ると、それがツボだったのか、フィリアが上品に、しかしゲラゲラと笑っている。
(なぜこんなに爆笑していてこの人は上品なの??)
リディアが唖然としていると、フィリアは眦の涙を拭いている。
「すみません、本当に、可愛らしい方ですね。あなたの恋、応援してますわ。私、もう振られてますし」
「え!?」
「しかも、私の初恋はルーク様のお兄様であるアレン様でして、あの方にも振られてるんですよ。私にとって、ルーミンハルト家は鬼門です」
フィリアがイタズラめいて教えてくれるが、笑いごとじゃないだろう。
「な、なんで……」
「それは内緒です。ただ、私、感謝しているんですよ。お二人のおかげで“努力することの意味“を知りましたから」
その穏やかな声には、どこか清々しさがあった。
リディアは、胸の奥がじんわりと温まるのを感じる。
(すごい、強い人……なんだな)
フィリアは静かに続ける。
「でもね、リディア様。好きな人に振り向いてもらうための努力は、長く続きません。せっかく努力するなら、誰かのためじゃない、自分の“理想“に近づくための努力を、ぜひなさってくださいーー応援してますね」
その言葉は、まるで曇り空に差し込む光のように、リディアの心を照らした。
「……今日、お話しできてよかったです。フィリアさんと話して、元気出ました」
「私も楽しかったです。ちょっと、先輩ぶりすぎましたね……またぜひ、お話ししましょう」
2人の間に穏やかな時間が流れる。
リディアはふと、自分の足元を覗き込んだ。何度も失敗した風魔法のイメージが、浮かんでくる気がした。
ここ最近は、魔法を使う時、いつも頭の片隅にルークやカトリーナのことがあって、全然集中できてなかった。でも、それじゃダメだ。
(頑張ろうーーみんなを幸せにする魔法使いになるために。そうすればきっと、全部の悩みが解決する気がする)
そう思えた瞬間、リディアは小さく息を吸って笑った。フィリアは、それをやさしげに見つめている。
(この人と話せて、よかった)
医務室を出る頃、リディアの足取りはすっかり軽くなっていた。




