サードガールの応援 〜それぞれの決戦前夜〜
「なんとか間に合った…!」
セレナはここ数日、ずっと取り組んでいた刺繍の手を止め、出来上がったものを見つめた。
「お二人とも、受け取ってくれるでしょうか...?」
そこには、リディアとカトリーナのために作った2つの小袋があった。
セレナが魔法を学ぶために編入したエルミナ学園のカリキュラムは非常に面白い。
魔法の使用方法を学ぶために「魔法実技」「魔法制御学」など様々な科目があるが、より実用的な練習を目的に2年目から成績優秀者は模擬戦を実施するらしい。まだ魔法のいろはも理解しきれていないセレナには当然参加権はないが、リディアとカトリーナは選ばれており、しかも対決するらしい。その話を聞いた時、セレナは心が踊った。
以前、2人の戦いを見たが、炎と水が舞う姿が美しかった。あの時の2人は雰囲気が何故か悪かったが、最近は改善した気がするし、むしろよりハイレベルな戦いになるかもしれない。セレナは期待に胸を膨らませた。
「模擬戦前夜って、早く寝ちゃうんでしょうか…...?とりあえず、カトリーナさんのお部屋にいきましょう」
カトリーナは、模擬戦に向け落ち着いた気持ちで過ごしていた。
レオナルドとの事前打ち合わせでは、あまり前に出て戦うのを好まない彼が珍しくやる気を出しており、いくつかの作戦と、レオナルドの魔法を見せてもらったが、カトリーナの炎魔法との相性もあり隙がない布陣になっている気がする。
「…...それにしても、こういう時にお茶が飲めるといいのだけど...…」
カトリーナのティーポットには、透明な温かい液体が注がれている。
要するに白湯である。
ドアからノック音が聞こえ、扉を開けるとセレナが立っていた。
「よかった!まだ起きてたんですね、カトリーナさん!」
セレナは満面の笑みを浮かべ、手に持っていたものをカトリーナにそっと渡した。
「これ、私の国のお守りです。明日、大きな怪我をしないよう作ってみました。もらっていただけますか?」
渡されたのは、繊細なゴールドとアクアブルーを基調とした刺繍が施された小袋だった。カトリーナの容貌を意識して作られたであろうその小袋は、貴族のカトリーナが持つには正直質素なものだったが、カトリーナにはセレナの気持ちが嬉しかった。
「まぁ、作って下さったなら受け取ってあげるわ」
素直にお礼を言うことができず、ぶっきらぼうな返答になったが、セレナにはカトリーナの気持ちが伝わったのだろう「よかったです!」と笑みを浮かべ、その後控えめに尋ねる。
「緊張してますか?」
カトリーナはあえて眦を釣り上げ「そんなわけないでしょう!私とレオナルドが圧勝するわ!」と高らかに笑い、少し声のトーンを下げて「…むしろ楽しみよ」と素直な心情を吐露した。
そう、カトリーナは純粋に楽しみだった。
以前、リディアとセレナを呼び出して戦った時は苛立ちと憎しみしかなかった。だが、2人と接するうちに、2人が優秀な魔法使いであることがわかってきた。
今回は、どんな戦いになるだろう?
つい笑みを浮かべてしまい、それに気づいたカトリーナはすぐにいつもの冷静な表情に戻した。
セレナはその様子をニコニコと見ている。なんとなく気まずくて視線を下げれば、セレナがもう1つ小袋を持っているのに気づく。
「それ、あの子にも渡しに行くの?」
「はい!受け取ってもらえるといいのですが…」
「それなら伝えてちょうだい。『私が相手してあげるのだから、せいぜい全力を出して恥ずかしくない試合にしなさい』って」
カトリーナらしい言い方にセレナは思わず吹き出した。セレナにはその言葉が、お互い全力を尽くすための激励にしか聞こえない。
「わかりました。伝えておきます」
セレナがカトリーナの部屋を後にしようとすると「待ちなさい」と呼び止められる。セレナが振り返れば、カトリーナがしかめ面を浮かべている。
「…その膝の傷、どうしたのよ?」
セレナの左膝を見つめ、カトリーナが問う。
セレナは最近、怪我をすることが増えていた。
廊下で人にぶつかったり、何もないところで転んだり…...。
そしてその左膝の擦り傷は、今日寮に戻る途中、寮の廊下に明らかに不自然に転がっていた石につまずいて転んだ時にできたものだ。
「ぼんやりしているつもりもないんですけど…転んでしまって…」
「なんだか鈍臭いわね…。魔法で治さないの?私が治しましょうか?」
そういうとセレナは首を大きく横に振る。
「大丈夫です!実は、ちょうど試してみたかった魔法薬があったので、今膝に塗って効果を検証中なんです」
セレナの予想外の回答にカトリーナが目をパチクリさせる。
「ずっと気になっていたのですが、なかなか試す機会がなくて…。やっと出番が回ってきて、ちょっとしたラッキーなんですよ」
続く言葉に、カトリーナは思わず笑ってしまう。
「図太いと言うのか、ポジティブと言うのか…。わかったわ、でも、辛かったら無理をせず魔法で治しなさいね」
そう言ってセレナを見送ろうとした後、カトリーナは照れ臭そうに「それと、お守りありがとう」と言って部屋のドアをそそくさと閉めた。
ーーーーーー
「うーん、なんか違う気がする...」
その頃リディアは、魔道具から流れる柔らかな光と音楽に溢れる部屋で明日のイメージトレーニングをしていた。
レオナルドはその爽やかな見た目に反して、闇魔法を得意とする一族の生まれらしく、本人も抜きんでた才能の持ち主と聞く。
しかしリディアは、闇魔法を理論的には知っていても、見たことも使ったことがない。というか、使えない。
魔法陣をイメージして魔力を流しても『闇魔法で実現したいこと』がうまくイメージできないせいか、発現しないのだ。
闇魔法は一般に「精神支配や相手を操るもの、相手の力を奪うもの」が多いとされる。
リディアも幼少期は自分にちょっかいをかける憎たらしい貴族の子ども相手に「つまずいて怪我しろ!」とイメージした上で闇魔法を試したことが何度か(むしろ結構な回数)あったが、一度も成功したことがない。
多分、そういうことではないのだろう...…。
レオナルドは闇魔法を使うのを好まないのか、学園の授業では他の魔法を使って課題をそつなくこなしており、全力の彼の実力も未知数だ。
今回は一応、闇魔法以外がくることを想定し、ペアのロイとは作戦会議をしたが、やはりレオナルドを本気にさせ、闇魔法を見てみたい。
「どうすればいいんだろう?」
鞄に入れた魔法教本を取るために手を伸ばすと、中には不自然な手紙が入っている。
「もー!懲りないわね」
どうせまた嫌がらせの手紙だろう。念のため開封すれば、流暢な字を無理やり雑にしたような不自然な字で「模擬戦を辞退しろ、でないと後悔することになる」と書かれている。
「幼児みたいな文章ね」リディアは鼻で笑った後にその字を見つめ考え込む。
「この筆跡、見覚えがある気がするんだよなー…」
悩んでいると、ドアのノック音とセレナの柔らかい声が聞こえた。
「リディアさん、いらっしゃいますか?」
リディアは手紙を引き出しに隠し、セレナを部屋に招き入れた。
「うわっ!その伝言を言ってる光景、容易に想像がつくわ!これだから貴族様は偉そうで困る!」
セレナからリディアの瞳を思わせる緑色のお守りとカトリーナからの伝言を受け取り、リディアは顔を顰めた。激励とわかりはするが、もう少し言い方を考えて欲しい、と思っていると、セレナがふふっ!と小さく笑い、秘密を打ち明けるような小さな声で「カトリーナさん、楽しみって言ってましたよ」と教えてくれた。
リディアはその言葉に不意を突かれたが、セレナは特に気にするそぶりもなく『試合応援しています!頑張ってくださいね!」と言って、リディアの翌日の体調を考え、すぐに部屋を後にした。
「明日が楽しみだな」
リディアはセレナからもらったお守りを優しくなぞり、期待に胸を高鳴らせた。
一方その頃、男子寮ではーー
「リディアを完膚なきまでに倒すのことが、彼女のためになる」
レオナルドがそっと、自室で呟いていた。
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