鈍感女の自覚
「......あなたって、バカだったのね?」
カトリーナの白けた顔を見て、リディアの頬が引き攣る。
「なんでよ!今そんな話してなかったでしょ!」
「だってあなた、それってルーク様のことーー」
「カトリーナさん、ちょっと待ってください!リディアさんも!ねっ?ね!?」
カトリーナの部屋で久々に開催された女子会。
それは、カトリーナが二人に相談があるから開かれたものだが、リディアが暗い表情で部屋に現れたことで、目的変更となった。
理由を聞くと、リディアは時に怒りながら、時に悲しそうにルークとの一連の出来事を説明する。
カトリーナから言わせれば、ルークに恋しているが故の、焦り、嫉妬だが、本人にその自覚はないようだった。
あまりのアホらしさに呆然としていると、セレナが、リディアに聞こえないよう、カトリーナの耳元で囁く。
「ダメですよ、外野がそういうの言っちゃ」
「セレナ、ここはちゃんと本人が気づかせないと、話が進まないわよ」
「ダメったらダメです。リディアさんの性格上、外野が何かいうと『みんなすぐに恋愛に結びつける』と言って、かたくなになります」
「……ありえるわね。頑固者め」
そんな2人をリディアはつまらなさそうに見つめている。
「2人でコソコソして、嫌な感じ!私帰る!」
「すみません!リディアさん!帰らないでください!ほら、美味しいクッキーもありますし」
「子ども扱いしないで!クッキーなんかで誤魔化されないんだから」
文句を言いながらも、渡されたお菓子を頬張るリディアの姿が、なんとも笑いを誘う。
「……でもじゃあ、どうするのよ?」
カトリーナのその問いに、セレナは「任せてください。自分で気づいてもらいます」と囁くと、リディアに笑みを浮かべた。
2人は、リディアの正面のソファーに腰掛け、さながら面接のような雰囲気になっているが、リディアはまだそのことに気づいていない。
「このクッキー、ナイル国の老舗から取り寄せた人気商品なんです。気に入ったなら、お二人とも持って帰ります?」
「え!?いいの?嬉しい、ありがとう〜」
リディアが嬉しそうにクッキー缶に手を伸ばすと、それをカトリーナが咎める。
「私は遠慮しとくわ……高カロリーな味ですもの。リディア、最近太ったって言ってたけど大丈夫なの?」
「失礼な!私1人で食べるんじゃないよ!」
「どなたかと一緒に召し上がるんですか?」
セレナの問いに、一瞬リディアは言葉に詰まった。
クッキーをもらっていい、と言われた瞬間に、ルークと一緒に食べたいと思ったのだ。
だが、それを特に、目の前でニマニマしているカトリーナの前でそれを言うのは、悪手な気がした。
「ほら、レオナルドに最近勉強会でお世話になっているし。渡そうかなぁ、なんて……」
「へぇ、レオナルドに、ねぇ……」
結局、レオナルドに恋するカトリーナの前で、その名前を挙げ、悪手を踏んだリディア。
セレナがそっとカトリーナを肘でつつき「リディアさんの照れ隠しですよ、噛み付かないでください」「わかってるわよ」と小声で小競り合いをしているのを見て、またリディアがムッとする。
「2人とも、今日変だよ。っていうか、カトリーナが用があるって言って呼び出したのにさっきから何なの」
そんなリディアを無視して、セレナは続ける。
「レオナルドさんへのお礼、いいですね!2人でこのクッキー、召し上がってください!感想も教えてくださいね」
そう言って渡された缶を、リディアはじっと見つめ、先ほどのルークとのやりとりを思い出す。
来客用の菓子をリディアに振る舞い、バレたら模範生みんなで揉み消すから大丈夫、と笑っていたルーク。
その「模範生みんな」には、あの美しい女生徒ーーフィリアも含まれていると思うと、胸にモヤモヤとしたものが生まれた。
リディアの浮かない顔にいち早く気づいたセレナが、そっと言葉を重ねる。
「このクッキー、結構入手困難なんですよ。せっかくなら、リディアさんが、大切な人と一緒に食べてくれると、私としては嬉しいのですが」
「大切な、人?」
「はい。なのでぜひ、レオナルドさんと食べてくださいね」
そう言って笑うセレナを見て、リディアは言いようのない気持ちになる。
本当はルークが頭に浮かんだのに、2人に嘘をつき、貴重なクッキーをもらうのは、いけないことのような気がした。それに、冷ややかな視線をぶつけてくるカトリーナも、正直怖い。
「……レオナルドじゃ、ないかも」
「というと?」
「そんな貴重なクッキーなら、もらえないよ。セレナが1人で食べればいいじゃない」
「いえ、大切なものだから、大切な人に渡したいんです。だから、カトリーナさんと、リディアさんに、と思ったのですが、ご迷惑でしたか?」
「そうじゃ、なくて……」
セレナの真っ直ぐな視線が眩しくて、リディアはそっと目を逸らした。
「……レオナルドさんじゃなくて、誰が頭に浮かんだんですか?」
「……っ」
リディアの心臓が跳ねる。
ルークの名前を出せばいいだけ、そうわかっているのに、なんだかそれを言うと、自分の中でのルークの立ち位置が揺らぐ気がした。
そんなリディアを見てセレナは優しく、しかし逃げ場を与えないように言葉を重ねる。
「言えないような人、なんですか?」
なぜかはわからない。いや、分かりたくない。
それでも、リディアは顔に確実に熱がこもっていった。
ハートのような形のクッキーを見ながら、ぽつり、と告白する。
「……ルーク、だよ」
その瞬間、カトリーナが「やっと言った」と言わんばかりに肩の力を抜いたのを、自分のことで手一杯のリディアは気づけなかった。セレナは、わざとらしく驚いた表情を作り、言葉を続ける。
「あれ?さっきはレオナルドさん、って言ってたのに、ルークさんだったんですか?だったら最初からそう言ってくださればいいのに」
リディはセレナのその表情と、カトリーナのニヤニヤした顔を見て、若干腹が立ってくる。
「なんか今日のセレナ、意地悪だ」
「ふふっ!すみません、つい」
「セレナが意地悪なのではなく、あなたが意固地なんでしょ。最初から、ルーク様の名前を素直に言えばよかったじゃない」
「だって、言ったら2人がからかってきそうな雰囲気あって嫌だったんだもん」
「なんで、揶揄われると思ったんですか?レオナルドさんに対しては、思わなかったんですよね?」
その言葉で、再度リディアは思考が止まる。
なんで、なんだろう?
そんなリディアを珍しく無視して、セレナはどんどん言葉を重ねていく。
「でもそうですね、ルークさんはフィリアさんと美味しいクッキーをこっそり召し上がってるようですし、やっぱりレオナルドさんとお二人で食べた方がいいかもしれませんね」
「ちょっと、セレナ!それはいくらなんでも無神経じゃ……」
フィリアの名前を聞いて、リディアの胸が跳ねる。
「そう、だよね……」
「あー、もうセレナ!リディアが暗くなっちゃったじゃない」
「なぜ、リディアさんは落ち込んでるのですか?」
セレナの問いかけにリディアは「だって……」と言いながらも続く言葉が出せない。そんなリディアに助け舟を出したのは、意外にもカトリーナだった。
「『だって、ルークの隣にいるのは私がいいのに』ってところかしら?」
自分の気持ちを言い当てられて、リディアは目をぱちくりとさせる。
「なんでわかったの?」
「あー!もう!あなたが鈍感すぎるから教えてあげるけど、そういう感情を人は『嫉妬』と呼ぶのよ!」
「……嫉妬って、あの嫉妬?」
「あの、だか、その、だか知らないけど、嫉妬よ嫉妬。好きな人を他の人に取られたくないという気持ち」
「え、じゃあ私がルークのこと好きってこと?」
「違うの?」
「いや、だって私、ルークと喋ってて楽しいけど、カトリーナがレオナルドと喋ってる時みたいに乙女〜、な感じにならないよ。ルークと喋るの好きだけど魔法の方が好きだし」
リディアの呆然とした顔を見て、セレナは思わず、手のかかる妹がいたらこんな感じかもしれない、と思った。そして、諭すように言葉を続ける。
「魔法より好きじゃなければ、恋心じゃないんですか?」
「え?」
「ならリディアさん、魔法と私たち、どっちが好きですか?魔法の方が好きなら、私たちは友達じゃない、という事ですか?」
「違うよ!セレナもカトリーナも大切な友達だと思ってる!魔法のことは好きだけど、それとこれとは全然別でーー」
「なら、どうしてルークさんの話になると、魔法と比べるんですか?」
「それ、は……」
確かに、と思った。
でも、ルークへの思いを認めたら、何かが変わってしまう気がする。そう思うと、リディアは途方に暮れてしまう。
「ナイル国で、レオナルドさんが横にいたのに、リディアさんは魔力共鳴をルークさんにお願いしたんですよね?それだけ、特別に思ってたってことじゃないんですか?それなのに、私たちは友達認定で、魔法より好きじゃないからって、ルークさんへの気持ちを否定したら......ルークさん、可哀想ですよ」
その言葉が、ストン、と響いた。
同時に、ナイル国でアレンに言われたことを思い出す。
レオナルドと、ルークと、キスできるか?と聞かれた。
レオナルドとのキスなんて、想像することもなく否定したが、ルークとはーー。
その時を思い出すと、カッと顔が赤くなるのを感じた。
そうだ。あの時、ルークがアレンの弟だと知って、思ったのだ。
ルークといると落ち着くのは、憧れのアレンの弟だからなんだって。
でもきっと、そうじゃない。ルークだからーー
「嘘......私、ルークのこと、好きなの?」
リディアの独り言に、カトリーナがため息をつく。
「どう考えてもそうでしょ」
「まぁ、そう見えますよね」
カトリーナの隣では、セレナも呆れたように笑っている。
リディアは二人を見て口をパクパクさせる。
「う、うそ!」
「なんで嘘つくのよ」
「だって......私の憧れはアレンさんで、魔法がすごくてーー」
「ルーク様だって魔法はすごいでしょう」
「そ、そうだけどーー」
そんなリディアを落ち着かせるように、セレナが言う。
「でも、美味しいものを一緒に食べたり、喜びを分かち合いたい人は、アレンさんじゃなくルークさんですよね?」
核心を持ったセレナの微笑み。
そカトリーナはニンマリとリディアを見つめてる。
二人とも「早く認めてしまえ」と言わんばかりの視線をリディアに投げかけている。
リディアは両手で真っ赤な顔を覆いながら、叫ぶように吐き出した。
「わかった!認める!私、ルークのこと好きた!これで満足!?」
その声が部屋中に響き渡り、沈黙のあと、カトリーナが「やっと言ったわね」と勝ち誇ったように笑い、セレナはくすくすと微笑んだ。
クッキーを詰め込みながら「もう、やな感じ!」と背を向けるリディア。
けれど頬は赤いままで、それを隠すように口いっぱいにクッキーを頬張っていた。
やっと両者、恋心自覚です笑
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