マナギア国へ〜不穏な会話と別れ〜
第三章、最終話です!
リディアたちがセレナの説得のためにソラキ商会に赴いていたときーー
レオナルドとルークは、タウンハウスでいわゆる留守番をしていた。
レオナルドはタウンハウスの庭で、父・ガイウスからの手紙に目を通している。
検閲されても差し障りがないよう、実家でのやりとりとは異なり、絵に描いたような“理想の父親“らしい、レオナルドを気遣う文面になっている。
だが、手紙で彼がレオナルドに伝えたいことはそこではない。
“自分はドナルドから相談を受け、やり直しのチャンスを与えたいと思い、ナイル国に行ったらどうか、とアドバイスした。それは、彼の土魔法がナイル国に役立つと思ったからであり、教会のことも、闇魔法のことも知らなかった“この件での自分の無罪を主張し、レオナルドにも余計なことを言わないよう、念を押しているのだ。
(全く、これだから小心者は……)
レオナルドは呆れていた。セレナをナイル国に戻すよう揺さぶりをかけてくれと、父を唆したのは自分だ。父も、自身のメリットのために動いたが、まさかここまで大ごとになるとは思っていなかったのだろう。ため息をついていると、レオナルドの真正面にルークが腰掛けた。
「お父さんから手紙か?愛されてるな」
「アレン殿に溺愛されているあなたに言われましても」
レオナルドが爽やかに答えると、ルークも苦笑する。
ルークは笑ったまま、視線鋭くレオナルドを睨みつけた。
「……で?今回の件、どういうつもりだ?」
レオナルドの笑みは、微かに形を保ったまま固まった。
「どういうつもり、とは?」
「とぼけるなよ」
ルークの声が低く落ち、庭を渡る風が重く感じられた。
「リディアと俺に亀裂ができるよう、あいつを唆したのはお前だろう?ーー人々を救いたいから、俺やセレナが闇魔法の調査を打ち止めにしても、自分たちでやろう、と甘言を吐いた」
レオナルドは心の中で舌打ちした。
(リディアめ、この男にベラベラ喋ったな)
だが、その顔は笑みを崩さない。
「そう、ですね。確かにそう言いました。我々魔法使いが調査を止めたら、被害者は増えるだけだ。むしろ、あなたの判断の方が僕には疑問ですが?」
「なるほどな。じゃあこっちはどうだ?お前は、攫われたリディアを救助に向かったはずなのに、あいつを放って教会の闇魔法の文献を熟読してただろ?兄さんの調査で明らかになってる。司教とリディアの戦いでも、お前は、あいつを前に立たせて自分は全力で戦わなかったーー。あいつは、もうボロボロだったのに、だ」
レオナルドの笑みが思わず崩れる。自分が文献を漁ったことまで知られているのは予想外だった。
「あれはリディアの判断です。僕は、彼女を信頼してる。だから任せたんです。文献を読んでいたのは、彼らの手口を知るために必要だったからだ」
ルークの目が、さらに細くなる。
「言葉だけなら正論だ。だけど、俺はお前を認めない……お前は、仲間よりも自分の都合と好奇心を優先するーー今回の件で明らかだ」
その瞬間、穏やかだった庭の空気は完全に変わった。
ーーーーーー
「さーて!マナギア国に帰ろっか!」
大きな鞄を両手にかかえ、リディアが号令をかけると、周りは呆れたようにその荷物を見遣る。
「あなた、きた時より荷物増えてない?」
「だって、この国のお菓子おいしいんだもの。お土産よ、お土産」
「そんなに誰に配るんだよ」
「お父さんたちでしょ?お店の常連さんでしょ?あとはーー自分用に」
「それ、自分用がほとんど、のパターンじゃなくて?」
カトリーナが揶揄うように言うと、じろり、とリディアがカトリーナを睨む。
「カトリーナ、私知ってるんだからね?」
「な、何が?」
「タウンハウスから出るの基本禁止なのに、カトリーナ、変装してお忍びで街に立てたでしょう!それで、可愛い小物買い漁ってたでしょう!」
「あなた、まさか見てたの!?」
カトリーナは頬を朱色に染め、リディアは勝ち誇ったように腕を組んでる。
「わかる、この国の小物、可愛いもんね、部屋に飾りたいよね」
「わ、私があんな庶民的なもの部屋に飾るはずないでしょう!」
「はいはーい、二人ともそこまで。セレナのクルア、見えてきたよ?」
前方から、クランが運転するクルアが向かってくる。助手席にはセレナが座っており、リディアたちに小さく手を振っていた。
リディアたちは帰国日を(アレンの権力パワーで)変更し、セレナのクランへの引き継ぎが終わるのを待っていた。そしてこの日ついに、セレナも一緒に戻れることになったのだ。
「セレナ!」
「みなさん!お待たせしてすみません!」
「ううん!全然平気!カトリーナなんて、ちゃっかり街での買い物楽しんでたし」
「リディア!だから違うのよ!」
「......買い物?カトリーナさんがですか??」
セレナがきょとんとしてると、リディアとカトリーナが騒ぎ出す。それを、セレナは楽しそうにニコニコ見ていた。
(しばしお嬢とは別れるが.......これでよかった。あの笑顔が、ここにはある)
クランはそんなセレナを眩しげに見ていると、後ろから、ルークに呼びかけられた。
「よう、ルーク。改めて今回は世話になったな。感謝する」
「いや、俺は全然......それよりお前、頭大丈夫か?」
「は?てめぇ、人がせっかく礼を言ったのに俺の頭の心配とはいい妥協だな......」
「言い方が悪かった、悪い!お前の闇魔法、俺が無理やり解いただろ?兄さんから後から大丈夫だったってきいてるけど、気がかりだったんだよ」
「あー。そういうことな。全然問題ねぇよ」
それを聞いて、ルークが安堵の表情を浮かべるが、そこにはほんの僅か、自信のなさが垣間見えた。思えば、教会に忍び込んだときもそうだった。ルークは視野が広く、いつだって危険を予測して一歩引いていた。それは、長所だと思っていたが、短所でもあるのかもしれない。
(こんなに優秀で、なんでこいつは自信がないんだ?ソラキ商会にきたら、すぐに幹部レベルだぞ)
そこまで考えて気付く。
あぁ、あの兄か。
ルークを助けるために突如現れ、その後もナイル国の混乱を鎮めている魔法使い、アレン・ルーミンハルト。
少し接しただけでわかる。あの男は化け物だ。
(……いやマジか。あんなの兄貴に持ったら、そりゃ歪むわ)
クランはぽりぽりと後頭部をかきながら、それでもルークの顔をまっすぐに見た。
クランはルークに助けられた。だからこそ、少しでもいいからルークの気持ちを軽くしてやりたかった。
「……お前の兄貴、この前話したぜ。やばいよな、あれはもう、別格だ」
その言葉に、ルークの肩がピクリと動く。
「んでもって、お前だって別格だ。仲間を大切にして、周りを見て、無茶しねぇ。知らねぇけど、それは多分、お前の兄貴にはない部分だろ?……柄じゃねえけどよ、お前はダチだ。けど、アレン・ルーミンハルトとはなりたいとは思わねえな」
「……っ」
息をのんだルークは、視線を泳がせ、言葉を探しているようだった。そして、そんな仕草を誤魔化すように、クランを茶化す。
「なら俺が帰国した後、文通友達にでもなってやろうか?」
「おぉ、いいなそれ。お嬢の近況でも書いてくれよ......お前の近況もさ」
だが、そこはクランの方が一枚上手。急速に、ルークの頬が赤くなった。
それを見て、リディアが大声を張り上げる。
「ルークが!照れてる!!なんで!?」
「そんな表情されるの、初めて拝見しますわ」
リディアはニヤニヤと、カトリーナとセレナは純粋に驚いてルークを見ており、「照れんてない!」とルークが真っ赤になって声を張り上げた。
だが、その輪の少し外側。
レオナルドは微笑を浮かべたまま、静かにみんなを眺めていた。
笑顔の裏に隠された苛立ちを、誰も気づかない。
(くだらない……何を仲間ごっこで盛り上がっているんだ)
レオナルドの今回の目論見は失敗した。
セレナはこの国に留まることはなく、ルークとリディアを仲違いさせることもできなかった。しかもルークのような二流魔法使いに否定され、腹立たしいことこの上ない。
だが、思わぬ収穫も2つあった。
カトリーナがいにしえの魔法を使えると知れた。
そしてーーリディアが自分を縛る魔法陣を解読できる可能性が出てきた。
結果的に万々歳だ。
(まあいい。こいつらが笑っていられるのも、今のうちだけだ……まずはリディア、僕に刻まれた魔法を解いてもらうよ)
レオナルドは微笑みを崩さぬまま、みんなに声をかける。
「盛り上がってるところ悪いけど、そろそろ時間じゃないか?......帰ろう、マナギア国に」
ーーーーーー
クランはセレナの遠慮を無視して、彼女の荷物を淡々と馬車に積み込んでいく。セレナの荷物は、他女性2人に比べ無駄なものもなく、とても少ない。
「クラン、ありがとう」
「俺の仕事はお嬢の補佐なんだ、礼は不要っすよ」
ぶっきらぼうなクランに、セレナは小さく微笑む。言葉少なにしても、彼のセレナを思う気持ちはは十分伝わっていた。
「……仕事を増やしてすみませんが、あとはよろしくお願いします......身体には気をつけて」
「お嬢こそ、無理すんなよ」
目を合わせるだけで、互いの信頼は十分に伝わる。
馬車に足をかけるセレナを、クランは静かに見守る。
その視線には、確かな優しさに満ちていた。
「……それではクラン、お元気で」
「おう、お嬢も元気で」
交わすのは、短い言葉だけだった。
馬車が揺れ、セレナが乗り込むその瞬間、クランは目を細めて小さく息をついた。
「またな」
その言葉にセレナは肩を揺らし、振り返ることなく小さく笑った。
セレナの馬車の同乗者は、リディアとルークらしい。
クランは、最初に2人と出会った時を思い出す。
リディアはいきなり攻撃を仕掛けてくるし、ルークも、あまり目立たない軟弱者だと思っていた。
だが、今は2人が、信頼できる人間だと知っている。この2人と、カトリーナ。彼女たちといるなら、きっとセレナの毎日は楽しいものになるだろう。
(ほんと、柄じゃねえけどよ。お前らは俺の仲間だよ……だから、お嬢を頼むな)
クランはセレナの馬車が出発するのを、静かな眼差しで見つめていた。
馬車からは、リディアが馬鹿みたいに身を乗り出し、クランに手を振っていた。
******
がたん、と馬車が小さく揺れ、遠ざかっていくナイル国の景色をセレナはぼんやりと眺めていた。
クランの姿はもう見えない。自分で決めた事とはいえ、胸の奥に穴が開いたようで、セレナは少し寂しさを覚える。
けれど視線を戻せば、大好きな友人がいる。リディアが窓に張り付いて、最後まで手を振り続けているのを見て、思わず笑みがこぼれた。
「クランもう見えないだろ……なんでまだ手振ってるんだよ、子どもか」
「こういうのは気持ちが大事!それに、なんかクランって、視力すごく良さそうじゃない?こっちが見えてなくてもあっちは見えてそうっていうか……」
「あぁ、それなんかわかる」
「でしょ!?だからいいの!」
ルークがからかうと、リディアが反論するが、思いのほかその反論はルークのつぼにハマったらしい。ルークが可笑そうに笑っている。
2人の言い合いは楽しげで、その話題の中心がクランなのが、セレナには嬉しかった。
(関わった期間は短いのに、クランは皆さんにしっかり受け入れられているんですね)
けれど。
リディアたちの空気が次第にふわふわと色づいていく。
リディアが極々普通の世間話をルークにふり、ルークがそれに受け答えしているだけ。
……そのはずなのに、なんだろう。
ルークの、リディアを見る目が今までとは違って、なんとも気まずい。
リディアは何も気づかず楽しそうにしているが、リディアと違ってセレナは勘がいい。
ルークが、自身の思いを自覚したことに気づいてしまった。
(クラン、どうしましょう……気まずすぎてナイル国に帰りたいです……)
ふと目を逸らしたセレナに気づいたのか、ルークがこちらを見た。
「セレナ、疲れてるなら寝ててもいいぞ」
「……え? あ、はい。大丈夫です」
「そうだよセレナ!ずっと引き継ぎとかで大変だったんでしょ!?しっかり休んで!」
セレナは慌てて否定しかけたが、正直、この空気に耐え続けるのは難しい。
「……では、少しだけ」
そう言って背を横たえると、窓越しの光が柔らかく瞼を撫でた。
この日はよく晴れていて、青空に、一羽の鷹がのびのびと飛んでいた。
ーーーーーー
それからの日々は、馬車に揺られる単調な移動の繰り返しだった。けれど仲間たちと交わす何気ない会話や笑い声が、セレナの疲れた心を少しずつ満たしてくれる。
そして、マナギア国に足を踏み入れた瞬間。
肌を撫でる空気がひんやりとしていて、出立の時とはまるで違う気候に、セレナは思わず肩をすくめた。
「……もう、こんなに寒いんですね」
雨季と乾季しかないナイル国とは異なる気候。
セレナは、マナギア国に戻れた喜びをそっと噛み締めた。
第三章はこれにて終了です。
面白かった!と思った方はぜひブクマ、評価お願いします。
ちなみにクランは、本作品ではこれから登場しない予定です(と言いつつ出すかも・・・)
クラン気に入った!という方いらっしゃいましたら、ぜひリアクションお願いします〜




