ファーストガールとその友人たち
カトリーナには幼少期から、大切な友人が2人いる。
ヴァルモン家のシルヴィアとローゼンベルグ家のエレノアとは、父が連れて行ってくれたお茶会で知り合った。
貴族のお茶会といえば、当然ただお茶を飲んで終わりではなく、小さいうちから貴族同士の結束を深めるために開催される。当時のカトリーナは、ちょうど妹に魔法試合で負けて少し経ったあたりで、父からは冷たく厳しい目を向けられ、妹からは見下され、孤立無援の中、名誉挽回をするために必死になっていた時期だった。
魔法実技の練習から離れ、友人を作る機会が得られたカトリーナは純粋に嬉しかったが、会場に向かう馬車で父から含みのある笑顔と共に言われた一言で、心の奥が冷えていくのを感じた。
「今日はロックフォード家の長男であるアルフレッド様もご参加予定だ。今後のために、懇意になっておきなさい」
カトリーナの生家であるフランベルク家は、由緒ある貴族の家系であり、この国が魔法国家に至るまでに数々の貢献をしている優秀な魔法使い一族である。
カトリーナはその長女として生まれ、子どもは妹と自分の2人しかいない。
当然、自分が婿養子を取って家を継ぐ予定だったし、今まではその前提で様々な教育がカトリーナになされていた。
ーーロックフォード家の長男と懇意にするように
それは、ロックフォード家に嫁ぐ努力をしろ、という意味だろうか?ロックフォード家は、長男であるアルフレッドの下に妹が2人いるらしい。であればカトリーナがアルフレッドを婿養子に取るのは不可能だろう。
ーー父は、自分ではなく妹をフランベルク家の後継候補として考えている。
その事実に気づいた瞬間、カトリーナは自分がまるで、父にとってなんの意味もない存在であるような気がした。
重苦しい空気が続き、会場についてもカトリーナの気持ちは暗いままだった。
アルフレッドには早々に挨拶をしたが、ナルシスト的な言動が不快で、父の言いつけを守る気もおきず、そそくさと距離を取った。
ーー自分は何のために勉強づけの毎日を送っていたんだっけ?
ーー何のために、今まで頑張っていた?
ーー魔法理論を学びたいと言うのは、そんなにいけないことなの?
途方もない気持ちで歩いていると後ろから声がかかった。
「カトリーナ!きっと来ていると思っていたんだ。どうだい、調子は?」
レオナルドの声を聞いた瞬間、カトリーナの目から涙が溢れそうだった。こんな大勢がいる場で泣くなんて、貴族の恥だ。でもその時のカトリーナには、そんなことどうだってよかった。
ーーその時、2人の少女が、自分に声をかけてくれた。
「もしかして、カトリーナ・フランベルク様ですか?」
「そうだけど…」
普段なら、もっと堂々と答えられただろが、この時のカトリーナは自信を失っていた。それでも相手は気にしてないようでひっきりなしにカトリーナに話しかける。
「噂通りですわ!レオナルド様から、金髪と宝石のような青い目が絵画のように美しいときいてました!」
「本当に!ねぇ、炎魔法が得意なんでしょう?見せてくださらない?」
カトリーナは、断ろうとした。
どうせ自分なんかの魔法、大したことない。それでもレオナルドに「見せてあげなよ」と言われ、渋々手のひらからそっと炎を出す。
その炎は、一見頼りなさそうな小さな炎だったが、燃え続けるその姿が、見ている者に不思議な力を感じさせた。それはまるで、周囲を照らし出すことをやめない決意であるかのような炎だった。
「すごい…」
1人の少女が呟くと、もう1人も悔しげにその炎を見つめながら、そっと頷く。
「えっと…」
カトリーナがどうすればいいか困惑していると、2人は気を取り直したのか「カトリーナ様、私、エレノアと言います!ぜひお友達になってください!」「シルヴィア・ヴァルモンです。私も、カトリーナ様の友人にしてください」と言ってくれた。
「…もちろん!」
カトリーナの見た目を褒めてくれた。
カトリーナの魔法を認めてくれた。
それは、自信を失い、悲しみに暮れていた彼女にとって、間違いなく救いだった。
それからは、カトリーナは家での厳しい教育はあったものの、お茶会や手紙を通して、2人との友情を深めた。
幼馴染であるレオナルドの家にはよく遊びに行けるカトリーナだが、2人はレオナルドとも懇意のようで、そこで会える機会も多かった。正直、2人がレオナルドの家に出入りしている状況に少しの嫉妬はあったが、カトリーナは初めてできた友人が嬉しくてたまらなかった。
2人は自慢の友人だ。
貴族としての努力を怠らず、優雅な振る舞いと気品を持っている。
話してみれば、教養を感じる。
いつだって、自分の話を聞いてくれ、自分を肯定してくれる。
自分が努力し、成長するほど、自分を崇拝し、従順でいてくれる。
彼女たちと言い争いをしたことなんて一度もない。いつだって、カトリーナの言うことを聞いてくれたから。
エルミナ学園でも、ともに学び、成長していける良い友人だった。学園生活で2人に助けられたことだって多い。
ーーなのになぜろう?今は、2人と話していて、違和感を感じる時がある。
「優秀な成績のものしか参加できない模擬戦に選ばれるなんて、さすがカトリーナ様!」
「そりゃそうですよ、カトリーナ様はフランベルク家の長女で、レオナルド様のファーストガールですもの」
「でも、あんな模擬戦に平民が出るなんて。身の程知らずってわからないのかしら。平民のくせに、セカンドガールなんて呼ばれて、調子に乗ってるわ」
「そうね、サードガールのように、模擬戦にも出ずに大人しくしていたらいいのに」
「あら?サードガールのあの子は、出たくても出れないんでしょ〜。だって、植物魔法以外、てんでだめらしいじゃない」
2人はカトリーナの反応も気にせず、顔に愉悦を滲ませ、楽しそうに話している。カトリーナが思わず「そんな言い方はよしなさい」と諌めても、2人は顔をキョトンとさせ「カトリーナ様もいつもそうおっしゃっているじゃないですか?」と反論する。
カトリーナが一瞬言葉に詰まり、言い淀んでいる間にも、2人のおしゃべりは続いていく。ひときしりリディアとセレナの悪口で盛り上がり、次にレオナルドとのここ最近の素敵なエピソードを話してくれる。
「私たち2人が落ち込んでいた時に、頭を撫でて慰めて下さったの、素敵だった〜」
「本当に。あんな素敵なレオナルド様に気に入られているカトリーナ様はさすがですわね」
「…ありがとう」
いつもだったら楽しい2人との会話に、モヤモヤが募っていく。
『はっはーん、さてはカトリーナ様は、お茶をご自分で淹れられないのでは?』
ふと、セレナの部屋で過ごしたあの空間を思い出す。リディアからの挑発も、なぜかあの時は頭にくることなく、3人で過ごし時間は居心地がよかった。
『リディアさんは将来、どんな魔法使いになりたいんですか?』
セレナのあの優しい問いかけが心に突き刺さった。
2人の夢を聞いて、カトリーナは、周りの目ばかりを気にしている自分が恥ずかしかった。自分には、2人のような夢がない事実が、切なかった。
ーー思えばこの2人とは、ずっと一緒にいるのにそんな話したこと、一度もないわ
カトリーナは、セレナの部屋で飲んだ温かいお茶と、乾いたパン菓子、そして、口に謎の清涼感を残す美味しいとは思えないお菓子が無性に食べたくなった。