あの時とは違う 〜光と水の鳥〜
視点がリディア→ルーク→リディアになります。
よろしくお願いします!
レオナルドの発言にリディアが混乱している間にも、司教は次々と攻撃を仕掛けてくる。
「ちょっとレオナルド!どうするのよ!」
それらを防ぎながらレオナルドを見ると、レオナルドはリディアの周囲に二重の防御魔法を張っている。
「僕は足を痛めてあまり動けない!君が、あいつの足元の魔法陣を見るんだ。さっき、別の部屋であいつが作った魔法陣を見た!どれも、不出来なものだ、必ず弱点がある。まずはそれを見つけるんだ!」
「私がやるの!?」
「そうだ!防御は僕がフォローする!頼んだよ」
その言葉と共に、リディアに張られた防御魔法が完成する。
「私の魔法陣が不出来だと?……思い知るがいい!」
司教の足元からは再び淡い紫光がわき、空気がぬめるような重圧を帯びはじめる。彼の足元の魔法陣から触手が伸び、リディアに向かうのをレオナルドが闇の鎖で迎撃した。
「今だ、リディア!」
レオナルドの合図でリディアは駆けた。レオナルドの張った防御魔法が、司教の攻撃魔法で次々と剥がされていくが、それでもリディアを守ってくれた。リディアは、加速魔法を使って司教の魔法陣に迫った。
(闇を示唆する無数の黒い斑点……それを結びつけるような線が、曲線で描かれている……そして、魔法陣も3層に分かれていて多分それぞれが意味を持つんだろうけど……!)
見れば見るほど、構造が複雑でわからない。リディアには、闇魔法に対する専門知識が圧倒的に足りないのだ。
「全然わかんないよ!」
「層状になってないか!?その場合、層のつなぎ目を隠すような紋様があるはずだ!」
「複雑すぎて見分けつかないんだってば!!」
叫ぶように吐き捨てると、司教は高笑いした。
「この精巧な魔法陣があなた如きに理解されるものですか!」
リディアは苦し紛れに司教に攻撃魔法を放ちつつ、一度レオナルドの近くに戻る。
「リディア、落ち着いて。君ならできる」
レオナルドの優しい語り口を、リディアは胡乱げに見つめ返す。
「もうやめよう」
「……なんだって?」
「やっぱり無理だ。私に細かい分析なんて向いてない!闇魔法なんでしょ?だったら、全部光魔法で焼き払えばいい」
「……本気か?光魔法だって難しいし、魔力消費も激しいんだぞ」
「本気よ。どうにかなる……どうにかする」
レオナルドが隣で思わず吹き出す。
「予想外で、本当に……君らしいよ」
レオナルドは、よろめきながらリディアの前に出る。
「あれに勝つ光魔法がイメージできるのか?」
「できる」
「なら、僕が時間を稼ぐ。やってみろ」
リディアは深く息を吸い込み、ゆっくりと目を閉じた。
(模擬戦のときは失敗した。でも、今ならできる。光と水を混ぜて……あのとき、レオナルドとの戦いでやりたかった魔法を、今度こそやるんだ)
リディアの掌に、魔力が集まっていく。
水の魔法陣が、冷たい蒼色の粒子を撒き、そしてその外周を、まばゆい金の光が包んでいく。
「水の次に光。あの時よりもっと、力強く、もっと優しく……」
リディアの髪がふわりと揺れ、青と金の粒子が彼女の周囲に舞い踊る。
(あの時は、失敗して悔しかった……自分の実力が示せないのが恥ずかしかった。でも、今は違う。自分のためじゃない。この国の人のために、セレナのためにーーみんなのために魔法を使いたいの)
それは、大きな翼を持つ鳥の形。
かつてレオナルドと戦った模擬戦で生み出された未熟な幻ではない。
空気を震わせるような力強さをもった、魔力の鳥だった。
「飛べ!」
その声とともに、魔力の鳥が羽ばたく。
金色と蒼色の混ざった翼が、夜明けの空を裂くように大きく広がり、爆風のような魔力の衝撃が辺りを満たす。
司教が目を見開いた。
「これは……!」
リディアは肩で息をしながらも、微笑んだ。
「これが、私の魔法よ」
魔法で作られた鳥が司教に向かって突進する。
しかしその瞬間、闇の触手が鳥の進路に交差し、鳥はたちまち霧散していくーー
「届かないか......!」
レオナルドが声を上げ、リディアも絶望しかけた、その刹那。
リディアの耳元で、カラン、と静かな音が鳴った。
ルークがくれたイヤリングが揺れている。
『お前が光魔法をイヤリングに流せば、俺にお前の居場所が伝わる。お互いの魔力を、感じ合えるんだ』
緊迫した状況なのに、ルークの優しげな微笑みが頭をよぎった。
ルークはどんな時も、自分の味方でいてくれた。
(ーーねぇ、ルークお願い。力を貸して)
そっとイヤリングに光魔法を流す。すると、そのイヤリングが、優しく、だが力強く輝いた。
ーーーーーー
ルークはまさにその時、タウンハウスにいた。
教会との戦いを終え、事後処理のためにロニをその場に残し、クランとアレンを連れて戻っていたのだ。
そこで、その場にいないはずのカトリーナから、リディアが連れてかれ、レオナルドが追ったことを聞き、取り乱していた。
「待てよ、ルーク。助けに行くったって、場所もわからないんだろうが!」
「腕輪に魔力を流しても、リディアちゃんからの反応がないんだろう?……レオナルドが追っているなら、何か連絡があるはずだ、それを待とう」
「反応がないってことは、危険が迫っているかもしれないだろう!ここで待ってるなんて……」
ルークが叫んだタイミングで、ルークの腕輪がほのかに熱を帯びた。
「……リディアだ」
リディアの魔力を感じる。ここから、距離は遠いが、彼女のいる場所がわかった。
周囲の静止もきかず、ルークは無心でリディアの方角に向かって走り出す。
(僅かだが、リディアの魔力が揺れている感じがする……弱々しくて、そう。限界を超えて魔法を使っている感じだ。急がないとーー)
走っている間にも、腕輪がどんどん熱くなる。まるで、暴走を起こしたような熱に、ルークが忌々しげに腕輪を見ると、腕輪の周囲に、見たことのない魔法陣が浮かんでいた。
追いかけていきたアレンは、それを見つめ、肩を揺らして笑った。
「……さっすがリディアちゃん。助けの求め方が独特」
ルークも、その魔法陣が何を意味するか、すぐに理解し苦笑いした。
(おいおい、リディア。勘弁してくれよ)
ーーーーーー
リディアは、崩れかけた鳥の魔法の残滓を見つめた。
(今のじゃ、足りない)
リディアの魔法は、模擬戦の頃よりも、ずっと強くなった。それでも、届かない現実が、そこにはある。
司教の魔法陣は脈打ち続けている。まるで、巨大な心臓のように、禍々しい魔力が空間に満ちていく。
リディアは、そっとイヤリングに触れた。リディアの魔力に反応して、光ったそれ。
僅かな光の温もりで、ルークの存在を感じられた。
(どうしよう、どうしよう……今からルークがこの場に来れるはずない!!)
レオナルドを見ると、足を痛めて顔を諌めている。このままでは、2人ともやられてしまう。
今、求められているのは圧倒的な魔力と、精緻な制御。それをこの場で1人でやり切るのは、不可能だった。
リディアは必死に思考を巡らせる。
(もっと、強く。もっと、早く。確実に魔法を使う方法があるはず。何かーー)
その時、カトリーナとセレナとの会話が頭をよぎった。
『あら、私はしっかり回答できたわよ。あの魔法陣のキーワードはおそらく『共鳴』よ。複数の魔法使いが魔力の波長を揃えることで、魔力を共鳴させ、より大きな魔法を発現できるようなものだと思うわ』
『魔法陣の中心に大きな樹のようなものもありましたし、樹液の流れを示唆する紋様もあったので、何か、生命エネルギーに関するものかと思いました』
それは、あのうだるような暑さの中、受けた魔法理論の試験内容だった。
そうだ。
ーー共鳴
誰かと魔力を共鳴させれば、きっと司教に勝てる。
そして、リディアが共鳴のイメージを沸かせられる相手は、目の前にいるレオナルドではなく、ルークだった。
「ねぇ、ルーク。あなた魔力少ないんでしょう。でもごめん、私にあなたの魔力をちょうだい」
絶体絶命の状況だったが、リディアは、初めて使う魔法に喜びを見出し、イヤリングの周囲に、試験で見た魔法陣を再現し、魔力を流していく。
(ルークなら、きっと意図を理解してくれる)
そこには、ルークへの絶対的な信頼があった。
伏線回収&過去の話からの引用を結構しました。気になる方は、以下もぜひお読みください〜
水と光の鳥→第一章「セカンドガールの敗北」
共鳴の魔法陣→第二章「打ち上げパーティー」
リディアのイヤリング→第二章「リディアのとある休日」第三章「イヤリングと任務の内容」「疑惑の葉っぱと見知らぬ男」




