才能の開花、それぞれの状況
レオナルド・テネブレは、天才であるーー。
マナギア国に二人しかいない天才。
アレン・ルーミンハルトと対をなす存在。
だが、天才アレンに比べて、レオナルドの評価は低かった。
国境の防衛、魔獣との戦い、果ては魔道具の開発、様々なところで活躍するアレンに比べ、レオナルドには実績がほとんどない。それは、学生という身分によるものもあるがそれ以上にーーレオナルド自身が活躍を望まなかったからである。
能力は高くとも、それを積極的には使おうとしなかった。
かつて、闇魔法を母親に使ってしまった事実。そこから、闇魔法が封じられた過去。
レオナルドの心は冷え込み、宙ぶらりんの状態だった。才能を、持て余していた。
だが今、レオナルドの才能が開花する。
***
(……あぁ、楽しいな)
意識がゆっくりと沈んでいく。
眠気、幻聴、思考の空白。その全てが、自分の“内側“に侵食していく。
危機的状況に、生まれて初めて立たされている。生存本能が駆り立てられ、レオナルドの脳は研ぎ澄まされていく。足元では、闇色の魔法陣が輝いていた。
縁に刻まれた文字はナイル国のもので、マナギア国とは魔法体系が異なっている。
(おそらく教会が編み出した魔法陣、か……見える魔法陣は解析、対応されやすいことをナイル国の人間はわかってないのか?......複雑な紋様。魔法陣の中に、さらに小さな魔法陣を入れ込み、絡み合っているように見えるが……脆弱だな)
一見複雑なそれは、しかし美しくなかった。
(僕なら、もっと美しい魔法陣にする……想像が、止まらない)
魔力の起点を隠すように紋様が刻まれた魔法陣。レオナルドは小さな炎を手元からだし、そこを目がけて放った。すると、大きかった魔法陣はピクリと痙攣したように震え、次の瞬間、レオナルドへの拘束が一瞬だけ緩む。
魔法陣から逃げ出そうと思えば、このタイミングでできた。だが、レオナルドはそうはしなかった。
もう少し、この魔法陣とーー闇魔法と遊びたかった。
拘束が緩んだ一瞬を逃さず、レオナルドが身を捩ると、予想通り新しい闇の鎖が地面から生え、レオナルドを追いかける。今度はレオナルドの記憶を盗もうと、脳内に幼い頃の苦しかった記憶を流し込んでくるが、その中には、闇魔法が作り出した虚構も含まれていた。
「……これが、闇魔法か」
常人であれば、改竄された過去の記憶に精神が侵されていただろう。だが、レオナルドは純粋に、今の状況で起きていることを分析していた。そこには、闇魔法への畏れはなく、あるのはただーー悦びだった。
(足りない……)
もっと知りたい。
もっと触れたい。
もっと、理解したい。
魔法の、闇魔法の全てをーーこの手に。
レオナルドの心に、はじめて“飢え“が生まれた。
自分に巻きつく鎖を、一本一本魔法で切る。すると、脳内に流れる記憶も、徐々に引いていき、レオナルドはがっかりした。
(つまらないな。あと二手、工夫を加えればもっといい魔法になるのに……もったいない)
レオナルドは土魔法を繰り出した。
「仕方ない、終わりにしようか」
魔法陣の上に、大量の土が這うと、拘束が再度弱まっていく。魔法陣に矢継ぎに炎を投げかけると、罠の魔法陣はたちまち消えた。
レオナルドは、再度部屋を見渡す。この空間は、レオナルドの知らない知識に溢れていた。
(……ごめんね、リディア。助けに行くのは当分先になるや)
レオナルドは、本棚にある少し新しい魔導書に手を伸ばした。
ーーーーーー
リディアは、教会の人間に連れられ、石の螺旋階段を降りていた。時たま鼻をつく異臭がする。明らかに異常な場所だった。
てっきり牢屋にでも連れてかれると思っていたリディアは、次第に不安になっていく。螺旋を何周か下り、仄暗い廊下を進むと、重厚な木の扉の前で男は立ち止まる。
「司教様がお待ちです……くれぐれも、失礼のないように」
男はリディアの口元を覆っている布を外し扉を開ける。
(なんでカトリーナの代わりに捕まって司教に会う流れなの?)
リディアが疑問と警戒心を持って見つめた先には、映像記録端末にも写っていた、白髪の優しげな男が、優雅な顔で座っていた。
「初めまして、リディア・クロッカー。ーー時間を操る稀有な魔法使い。お越しいただき光栄です」
その姿は、リディアを歓迎していたのに、リディアは背筋が冷えるのを感じた。
ーーーーーー
その頃ルークたちは女神信仰の中心とも言える教会に到着していた。
その場所は、リディアがつれていかれた場所から遠く離れており、ルークたちの目的である「教会が闇魔法を使っている証拠」はここにはないーーだが、ルークたちはまだ、それを知らない。
月明かりが、壮麗な尖塔を静かに照らしている。教会を囲むように存在する四つの柱。
教会も、純白の石造りで作られ、壮麗なステンドグラスがはめられている。
「昼に、正面から見たくなる美しさだな」
思わずルークがつぶやくと、ロニとクランは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「確かに綺麗なんですが、維持費も相当かかります。税金も結構投資しており、今の教会の信仰状況も踏まえて、若者からは批判が殺到しているんですよ」
「観光地としては、いい建物なんだろうけど、信仰の場にここまではどう考えたってやりすぎだろ」
「……なるほど、な」
ルークはナイル国には何度か訪問したことがあるし、歴史含めた勉強もしっかりやってきた。だが、今回の任務で、今まで見落としていた裏事情がわかっていく。
「とりあえず、忍び込もうぜ」
クランの掛け声と共に、三人は教会内へと滑り込んだ。足音を殺し、祭壇の裏、司教の個室、礼拝堂の裏手……手分けして調べてみたが、何も異常は見つからなかった。
直接の証拠はないにしても、何か手がかりぐらいあるだろうと思っていた三人は眉を顰める。
「……何も、ないな」
「不自然だ。数時間前まで、この近くで民衆への演説、中毒者の治療もしていたんだろう。なのに、今この静けさはおかしい」
「そうですね、まさに作られた“静けさ“だ」
(あてが外れたな……)
ハーブ園付近にある教会との戦闘の話を聞いて、教会は詰めが甘い組織だと思っていたが、どうやら場所によるらしい。ルークが軽く唇を噛む横で、クランは腕を組んで首を捻っている。
「もしかして俺、小さい頃にこの近くに連れてこられたかも」
「そうか、親が熱心な女神信仰者だったのか」
「違う、孤児院時代だ。よくわからない大人に引っ張られて、なんかされたような……そこらへんの記憶が、なぜ曖昧なんだよ」
その言葉にルークはクランを振り返る。
もし、自分の仮説が正しければ、教会は闇魔法が使える。だから、人の記憶の一部を“消去“することもきっと可能だ。
「クラン、お前も魔法にかかっている可能性がある。そして、それを解除すればその曖昧な記憶が取り戻せるかもしれない……だけど、俺は解除する光魔法をきちんと使えない。悪いが緊急事態だ、手荒な真似をしてもいいか
?」
ロニは息を飲み、クランは唾をごくりと飲み込む。映像記憶装置で見た中毒者が光魔法で倒れ込んだ映像が脳裏をよぎった。だが、クランはすぐに不敵な笑みを浮かべる。
「俺の取り柄は丈夫なことだ。いいぜ、やれよ。記憶を取り戻したら、すげぇことわかるかも知れねーかんな」
「……ありがとう、感謝する」
ルークは、クランの額にそっと手を当てた。
(記憶を取り戻すようなイメージはするな…..思考を、解きほぐすイメージ。光で癒すイメージをしろ)
そこにはいない、兄・アレンの声が聞こえた気がした。ルークは、そのイメージの通りに、そっと、優しく光を出した。




