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救出、のち罠

リディア達の足音が、遠ざかっていく。リディアの姿は、もうどこにも見えなかった。

その場には、後ろ手を縛られ、口を塞がれたカトリーナと、リディアの残像を追いかけるように、宙を睨むレオナルドだけが残っている。レオナルドはカトリーナに駆け寄り、跪く。


「……すまない、遅くなった」


風の刃で縄を解こうとすると、縄には魔力を弾く特性があった。レオナルドは顔を顰めると、キッチンからナイフを持ってきて、縄を切る。カトリーナは何かを訴えるようにレオナルドを睨んでいた。


バラリと縄が解けた瞬間、カトリーナの平手がレオナルドの頬に飛び、パァン!と大きな音が響く。


「どうしてリディアを行かせたの!!」

「仕方ないだろう!じゃないと君がどうなるかわからなかった……!僕は、君が大事なんだよ」


最後の弱々しいレオナルドの声を聞いて、カトリーナは膝をつき、泣き崩れた。


「土魔法でドナルドが闇の土を増やしてた。だけど、それだけじゃないわ。諸悪の根源は、教会よ……!」

「カティ、君は捕まった後、一体何があったんだ」

「それは……」


カトリーナは言葉に詰まった。教会が悪であることはわかっている。警吏隊に捕まった後、どこかに連れて行かれた。でもそこがどこだったかも、何をされたかも、覚えてなかった。思い出そうとすると、体がそれを拒絶する。


「……あら?私、何されたんだったかしら」


レオナルドが顔色を変える。


「……闇魔法による精神操作だ」

「え?」

「君はおそらく、闇魔法をかけられている……そしてその場合、それを解けるのは一握りの人間だ。魔法をかけた人間、もしくは、光魔法に精通している人間」


つまり、教会の人間かーーアレン・ルーミンハルト以外にはおそらく解けない。


「許せないな」


レオナルドが唇を噛み、深く俯いた。その表情を見て、カトリーナは息を呑む。

いつだって優しげな微笑みを浮かべているレオナルドの顔が、憎悪に歪んでいた。


「リディアを助けにいく。君を傷つけ、リディアをさらったあいつらの罪を、僕が裁く」

「でもどうやって!?リディアがどこに行ったか、わからないわ。私、何も思い出せないの」


レオナルドの背後に、黒い魔力の気流が立ち上がる。レオナルドが、自分の人差し指をそっとカトリーナに見せた。


「これを見てごらん」


そこには、魔力で作られた糸があった。


「リディアの服に針を刺した。これでリディアを追える。君は、ここに残って」

「いいえ、私もいくわ」


カトリーナが立ち上がるが、すぐに倒れ込む。カトリーナは、もう限界だった。


「カティ」


レオナルドがじっとカトリーナを見つめる。言われなくても、わかっていた。


「私はここに残るわ」

「そうしてくれ、行ってくる」


レオナルドは、カトリーナの手を握り、額にそっと口づける。緊迫した状況の中、カトリーナが頬を染める。


「な、何するのよ……!」

「留守番するカティが寂しくないよう、おまじないさ」

「もういいから、早くリディアを助けに行ってちょうだい……!」

「うん、行ってくるよ」


レオナルドは、カトリーナを振り返ることなく、糸を手繰り寄せて出発した。


(僕の支配下にあるカトリーナに、よりにもよって闇魔法をかけるなんて。後悔させてやる)


自分が封じられている闇魔法、それを、こんな小国の魔法使い崩れが使っていること、カトリーナに手を出されたこと、全てがレオナルドには許せなかった。


ーーーーーー


「......ここ、なのか?」


レオナルドは、魔法の糸が繋がっている場所を二度見した。街はずれの、人気のない小道。その奥に、ぽつんと建っている建物に、糸は伸びている。

石造りで、屋根も低く、どこにでもあるような倉庫にしか見えない。看板もなければ、窓もほとんどない。敷地を囲う柵は老朽化し、蔦がからまっていた。


てっきり教会に着くと思っていたレオナルドは予想外の展開に気を引き締めた。


(人目につかない施設なんて、怪しさ満載だな)


鍵がかかっている扉は、魔法を使えば容易く開いた。どこか薬品めいた甘ったるさと土の匂いが鼻につく。レオナルドは息をひそめ、建物の中へと足を踏み入れた。


建物は複雑な作りだった。複数に分岐する道、点在する部屋。中には血痕が残ってる部屋もあって、不気味だった。

糸をたどりながら進むと、途中書庫があった。通り過ぎればいいだけなのにーーなぜか、レオナルドはそこから目が離せなかった。


リディアを助けるという目的を傍に置き、レオナルドは書庫室に入った。


そこには、信者を増やすためなのだろう。

魔法による人心掌握術に関する夥しい実験とその結果、そこからの考察が書かれていた。


マナギア国では闇魔法を使った精神への働きかけは禁止されており、その部分に関する文献は処分、または魔法局で厳重に管理されている。

闇魔法を得意とするテネブレ家への監視も厳しく、レオナルドは今まで、闇魔法を学ぶ機会がなかった。


だが、ここには、レオナルドが疑問に思っていたことの答えが。レオナルドが求めていたことへの解答が、すべて詰まっていた。


「......素晴らしいな」


ポツリ、と声を漏らす。

それは、紛れもない本音だった。


パラリ、パラリ


手が止まらない。ページをめくるたびに、闇魔法の本質に近づいていくような感覚があった。

どの文献も、背徳的でありながら理にかなっている。禁忌であるはずなのに、どうしようもなく魅了された。


(もし胸の魔法陣が解かれ、これらの魔法を自在に扱えるようになったら、僕は......)


自在に人々が操れる。

人々を、自由に、解放してあげることができるーー。

それは、レオナルドの追い求めていた正義だった。

レオナルドの目が光を宿す。


そのときだった。


カチリと、何かが噛み合うような音がした。

瞬間、レオナルドの足元に複雑な魔法陣が浮かび上がる。闇色の光が足元から天井に向かって一気に広がった。


「……っ、しまっ……!」


逃げようとしたが、すでに遅かった。

両脚が地面に縫いとめられたように動かない。

呼吸が、喉の奥でつかえる。


(罠か......!?なにか条件を満たさずにこの部屋に入ったものへの仕掛けってところか?そんなことするくらいなら、大事な文献を野放しにするなよ......!)


苛立ちながらも、状況を確認していく。

腕にも鎖が巻かれ、動かない。それどころか、力が入らない。刻一刻と、意識が遠のき、眠気に襲われる。このままでは、数分で昏睡状態だろう。

だが、魔力は流せた。


「......この僕に、闇魔法を使った罠か......いい度胸じゃないか」


傍目には危機にしか見えない状況。

だが、その時レオナルドが感じたものはーー高揚だった。

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