表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/84

戻ってきたカトリーナ

タウンハウスの外は、夜の気配が濃く広がっていた。街灯も少なく、辺りはしんと静まり返っている。


「少し待ってもらえますか?」


ルークはクランとロニに声をかけると右手をかざし、空間を撫でた。ルークの手元から光がもれ、その光が降りかかると、タウンハウスの存在感が薄まった。


「……何、したんだ?」


クランが問いかけると、ルークは意味深に微笑む。


「民衆が襲ってこないように、タウンハウスの気配を減らしたんだ。これで、この建物の存在自体が、気づかれにくくなる」

「……こんな力を『女神の力』として伝えれば、人々はあっという間に騙されて、信者になりますね」


ロニが困ったようにいうと、ルークも頷く。

3人は、周囲に警戒しながら歩いていくが、クランがルークに大真面目な顔でいう。


「にしても、本当にリディアとレオナルド、2人きりにして大丈夫なのか?……よくもまぁ、大事な女をあんな胡散臭い男と2人きりにできるな。あんた、器デカすぎだろ」


ルークは苦笑いして肩をすくめた。


「レオナルドは、学園のプリンスって言われてて、女性人気高いぞ。見た目も太刀振る舞いも貴公子って感じだからな……フェミニストでもあるし、あいつなら、きっと気落ちしたリディアにも寄り添ってくれるさ」

「うへー。確かに、女に受けそうな綺麗な顔してるもんな。まぁ、俺が男なら、あいつよりあんたを選ぶよ」


クランが冗談混じりにいうと、隣にいたロニも無言で大きく頷く。


「……俺、男性人気のほうが高いんだよなー……まぁ、褒め言葉として受け取っとくよ」


ルークは微かに笑った。


ーーーーーー


タウンハウスの中は、灯りがつき明るいはずなのにどこか心もとなく、冷たい空気が漂っていた。

リディアはリビングのソファにうずくまるように座り、膝を抱えていた。小さくなった背中は、見るからに疲れ果てている。レオナルドが、そんなリディアの肩に薄手のブランケットをかけると、そこから香木の香りがふわりとした。


「……この匂い」

「気づいたかい?セレナが好んで使っていた香りだ。落ち着くかな、と思って選んでみた」


セレナの名前を聞いて、リディアの眼に再び涙が滲む。


「……無理はしないで。今は、きちんと休んで」


レオナルドが優しく声をかける。低く穏やかな声が、沈んだ空気を柔らかく包み込んだ。


「君は、もう十分頑張った……だからもう、誰かに頼ってもいいんだよ」


その言葉に、リディアの肩が僅かに揺れた。


「私……ルークが止めるのをちゃんと聞いとけばよかった。私は頑張ったんじゃない。自分の考えに固執しただけ……何も、何もできてない。何も守れてない」

「君は自分なりに考えて行動しただけだ。その結果にすぎない。カトリーナのことは、彼女自身が選んだことだ、君のせいじゃない……でもそうだね。苦しい時には、支えてくれる誰かに任せるのも、選択のひとつだ。だから今は、ルーク殿たちに任せよう」


レオナルドの言葉は、先ほど投影されていた司教の言葉より、よほど聖句のようだった。静かに、リディアの心に入り込んでいく。リディアは目を閉じて首を横に振った。しかし、拒絶の意思はそこにはない。


「……わからない。もう、わからないの。私が、今何をするべきか……自分で考えるのが、怖い」


自分の声があまりに小さく震えていて、リディアは情けなさに唇を噛んだ。

レオナルドが、リディアの頭を引き寄せ、そっと自分の肩に乗せる。


「大丈夫、僕がいるよ」

「……うん」


ーーこの時のレオナルドの歓喜を、言葉で表すのは難しい。

難攻不落で、なかなか自分に堕ちなかったリディア。それが今、レオナルドを頼っている。


(ここまでことが大きくなったのは予想外だが、予想以上の収穫だ。カトリーナはマナギア国から圧力を掛ければ取り戻せる。邪魔だったセレナは、このままナイル国に残る羽目になるだろう……弱ったリディアを利用すれば、時間魔法も僕の支配下だ)


リディアが不安げにレオナルドの顔を見上げ、レオナルドはそっと微笑んだ ――それは、慈愛の微笑みに見えるが、その奥には、支配者の冷たい悦びが滲んでいた。

リディアの肩に寄り添うレオナルドの手が、ふと止まった。

外から、わずかに音が聞こえる。次の瞬間、玄関の扉が鈍い音をたて震えた。レオナルドが立ち上がると、リディアも反射的に顔を上げた。扉の向こうから、足音が近づいてくる。


「……何?」

「わからない」


レオナルドがリディアを守るようにして警戒する。


カチャリ


リビングの扉が静かに開かれ、白いローブを着た男とーーぐったりとしたカトリーナがあらわれた。


「カティ!」


レオナルドが、思わず2人きりの時にしか呼ばない愛称でカトリーナを呼ぶ。そこには、心から心配していたという心遣いが感じられた。カトリーナは、本人が絶対に選ばれないような木綿の白いワンピースを身につけており、その裾は汚れ、頬には、ドナルドとの戦闘傷が残っていた。手は、謎の紋様が刻まれたロープで縛られ、口は布で縛られている。身体は明らかに消耗しているが、彼女の瞳は怒りのエネルギーに燃えていた。


「こんばんは。2人しかいないのか?お仲間はどうした?」


ローブを着た男は、警戒するレオナルドたちに気付いてないように、鷹揚に話し出す。


「上で寝てるよ……そのローブ、教会の人間かい?教会は慈悲深い組織だと思っていたが、カトリーナの扱いが実にひどいじゃないか。解放してくれないか?」

「……嘘はいけない。お仲間の気配はこのタウンハウスにない。どこに行った?……まぁ大方、我々を疑って教会にでも行っているんだろう。屋敷にもわざわざ隠すような魔法をかけて、入念なことだ」


リディアは、図星をつかれ反応しそうになるが、それをグッと飲み込んだ。男はそんなリディアに気づくことなく、紳士的な、そして不気味な笑みを浮かべて続ける。


「まぁいい、そちらの言う通り、カトリーナ・フランベルク嬢を解放しよう」

「なん、だと……?」


レオナルドの声が、珍しく掠れた。言ってはみたが、それは不可能な望みだと思っていた。


「どういうことだ」

「いや、申し訳ないことをした、と思ってね。警吏隊の手違いで、このお嬢さんを捕まえたが、魔法を使って教会を破壊したのは、そちらのリディア・クロッカー嬢らしいじゃないか」

「え?」

「なので、カトリーナ嬢を解放して、リディア嬢を捕らえにきた、とそういうことだ」


リディアは目を見開いた。彼の言っていることが、まるで理解できない。


「リディアはやっていない。あれは僕がやった。捕らえるなら、僕にしろ」


レオナルドが庇うようにいうと、拘束されているカトリーナが首を横に振る。口はきけないが「違う!」とその悔しげな瞳は主張していた。


「嘘はいけませんよ。レオナルド・テネブレ殿……あなた方のような、格式高い貴族が、まさかそんなことはなさるまい。両国の均衡のためにも、そういう判断をするとは思えない……だが、学のない平民は違う」


その男がリディアを見る。それは、下等生物を見るような冷たい眼差しだった。


「……それは、両国の均衡のために貴族に手荒な真似は出来ない……スケープゴートとして、リディアを引き渡せ、ということか」

「……目撃者がいるのだよ、教会を破壊し、女神に仇なす恐ろしい魔法使いは、ダークブラウンの髪に、緑色の瞳だった、と」


男は弓なりにして笑う。カトリーナが、力を振り絞るようにして、縛られた両手をその男に振るうと、それは避けられた。男はカトリーナに殴りかかり、カトリーナが地面に転がる。


「なんてことするんだ……!」


レオナルドが闇の刃を投げると、その男が光を出して刃をかき消す。その男も、魔法が使えたのだ。


「次に魔法を使ったら、カトリーナ・フランベルクの腕を折る」

「……卑怯な!」


リビングに緊張が走る。それを解いたのは、リディアだった。


「私があんたについて行けば、カトリーナは解放してくれるのね?」

「リディア!」


リディアが、男とカトリーナの方に歩みを進める。その足取りには覇気がなく、投げやりな態度だった。


「......元々、私のせいでこうなったんだもの。行くよ。平民だからって侮られるの、学園で慣れた」

「器物破損で捕まるなら、普通は警吏隊か司法局が動く。教会がきている時点で、まともじゃない!行くな!」


リディアはレオナルドを無視し、自暴自棄に男の元へ向かう。

カトリーナと目が合う。その目は、リディアの判断を責めるようにまっすぐで、「自分を気にせず早く男と戦え」と言っているようだった。リディアは思わず目を逸らす。


「カトリーナを解放しなさい」

「いいだろう」


リディアの腕に、カトリーナと同様の縄がはめられる。そっと魔力を流したが、うまく流れない。


(へー、魔力を封じるんだ)


「いくぞ」


男はカトリーナをおいて、リディアについている縄を引っ張る。それはカトリーナへの扱いより、はるかに手荒だった。


「リディア!」

「追うことは許さない。追えば、リディア・クロッカーをただじゃおかない」


リディアとレオナルドの目が合う。


『誰かに頼ってもいいんだよ』


レオナルドの声が聞こえた気がした。でも、リディアには、どう頼ればいいのか、この時わからなかった。


もう、どうでもよかった。

ルークのかけた魔法はすぐに見抜かれちゃいましたが、相手が悪かった……ルークの魔法は、結構効果高いやつです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ