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いにしえの魔法

狭い倉庫で、2人の魔法が激しくぶつかり合う。土を隆起させ、風を裂くドナルド。炎を撒き散らし、制圧するカトリーナ。


こう着状態の完全なる互角、そう見えた。


「若いわりに中々やるな……だが、そろそろ終いだ」


ドナルドの笑みが冷たく歪み、彼の足元に巨大な魔法陣が現れる。


「……何、あれ?」


その魔法陣の禍々しさに、リディアが一歩後ずさる。

いや、リディアはそれが何か、“知って“はいた。でも、見るのは初めてだった。


かつてマナギア国は、魔法で領土を拡大していた。そして、度重なる戦争で、魔法は洗練されていった。

昔は、足元に巨大な魔法陣を出し、大きな魔法で敵を制圧してきた。だが、“見える“魔法陣は、すなわち敵に流用されてしまう。魔法使いたちは、敵に真似されないよう“見えない”魔法陣の開発に取り組んだ。

魔法はイメージの世界である。

起こしたい現象をイメージし、それを魔法陣として描く。そして、魔力を流すことで魔法が現れる。

が、“見えない“魔法陣には弱点があったーー起こしたい事象をイメージした後、術者本人にも見えない魔法陣だと、どうしても、歪みが生じてしまう。美しく描けない円、模様。それは、魔法効率を下げ、下手すると失敗してしまう。

だから魔法は次第に洗練され“手元で““小さな““しかし複雑な“魔法陣をイメージし、発動するようになっていったのだ。大きな魔法陣であればあるほど、魔法としての威力は高いが、イメージも難しく、失敗しやすい。


しかし、今ドナルドの足元にあるのは“昔の“魔法陣だ。レオナルドがリディアの腕を力強く引く。


「リディア、逃げるぞ」

「え?」

「……いいから早く!!」


ドナルドの足元で淡く光っていた魔法陣が、突如として眩く輝きを増す。

地面が脈打つように鳴動し、魔力が倉庫全体を充満するーー次の瞬間、足元から膨大な土の塊が噴き上がった。


「……っ!」


カトリーナが咄嗟に炎の壁を展開するが、土砂は容赦なくカトリーナに襲い掛かる。

土は重い。

大量の土がカトリーナを押しつぶすように降り、リディアとレオナルドが急ぎ風魔法で土を蹴散らすが追いつかない。爆発音のような轟音と共に、倉庫の壁の一部が崩れ、煙と破片が舞い上がった。


「所詮は学生風情、この程度か」


ドナルドが静かに笑う。その背後では、隆起した土の山が、まるで塔のように立ち上がっていた。


「カトリーナ!!」


土の山に埋もれたカトリーナ。リディアは山に走り寄り、魔法を使って土を除去していく。レオナルドは、ドナルドを見て、呆然と呟く。


「いにしえの魔法……」

「初めて見たか?戦時中、貴族が使っていた魔法。一家に1つの“秘された魔法“。当主のみが継げる破壊の力……テネブレ家だ、フランベルク家だ、とあなたたちはいうが、魔法陣を継承してない分際で私に勝てるわけがない!」


(急げ!急げ!)


リディアは必死に土を魔法で、手で、かき分けていた。水魔法を使って土を流したいが、水の重みも加わったら、中にいるカトリーナがどうなってしまうかわからない。中に酸素だってないだろう。このままでは、土の重みでカトリーナが死んでしまう……!


「カトリーナ!!返事をして!」


リディアの両手が震える。焦りが、冷や汗と共に頬を伝う。だが、応答はない。時間だけが、無常に流れる。


「僕たちの負けだ!お前に従う!だから、この土を今すぐどかしてくれ!」


レオナルドの言葉をドナルドは嘲笑うように否定する。


「最初に言っただろう。土の糧にしてやると」


レオナルドも土の山に走り寄り、土の中心に向かって手をかざした。

レオナルドの手元から、螺旋を描きながら巨大な闇の槍が発射され、土の壁を一気に穿つ。

轟音と共に、土壁が粉々に砕け飛び、厚い土の層が一部抉られた。


「……だめだ、届かない……!」


焦りの声を上げたレオナルドの掌から、再び槍が生まれる。リディアも手元から水の槍を出し、その2つをぶつけることで、ようやく土に風穴が空いた。だが、それはほんの一筋の光に過ぎなかった。

と、その時、中からわずかに“炎“が揺れた。


「……!」


レオナルドとリディアが同時に目を見張る。その炎はか細く、頼りなく、だが確かに“生“が宿っていた。

そして次の瞬間。

炎が大きく広がり、土の裂け目から、鮮やかな金髪が現れた。

炎に焼かれた土がボロボロと砕けていく。そこから、よろめきながら姿を現したのはーーカトリーナだった。


「っ……カトリーナ!」


リディアの声に、カトリーナは顔を上げる。その姿は、傷だらけだった。光沢のある自慢の服は裂け、血と土に塗れている。肌には打撲と火傷の跡。けれどその瞳だけは、消えることのない焔のように、鋭く、強く、燃えていた。


(私はまだやれるわ……!)


カトリーナは震える膝で大地を踏み締めた。


「ご存じかしら?……フランベルク家には2人の娘がいます。どちらが後継者となるか、ずっと決まってなかったの。でも、1年ほど前に、長女が継ぐことが非公式に決まったわ……なぜなら、フランベルク家の長女は理論魔法が大好きでしてね。教わっていない、それでも……フランベルグ家に伝わるいにしえの魔法にたどり着いた。その高みにたどり着いたのよ」


カトリーナの足元に、大きな魔法陣が浮かぶ。その色は、炎のように赤く、そして輝いていた。


「……きれい」


リディアがそっとつぶやく。

ドナルドの魔法陣とは違う。禍々しさはなく、周りを、仲間を、そしてカトリーナ自身を鼓舞するような魔法陣だった。その魔法陣は燃えるように広がり、カトリーナの周囲を巡り、カトリーナの体が赤い光を宿しーーそして、何も起こることなく足元の魔法陣は消えた。


「ははっ……!こけおどしか、くだらない」


ドナルドが土をカトリーナめがけて放つと、その土はカトリーナに届かずに焼かれ、霧散した。


「なっ……!」


驚愕に目を見開くドナルド。足元の大地を動かそうと手を大地に当てると、大地はわずかに熱を帯びていた。


「ヴァラモン家の魔法は周囲に破壊を撒き散らすのね。でも、フランベルグ家のものは違うわ。戦時中、人々を鼓舞し、導いた炎よ」


カトリーナのその言葉と共に、彼女の足元に再び赤い光が走る。手のひらを前に掲げると、そこから光の粉のように舞い上がる赤光が、一筋の流れとなってドナルドに向かう。音もなく、滑るように近づく炎。ドナルドが咄嗟に放った防御魔法も、その炎に触れた瞬間ーーなんの抵抗もなく、溶け落ちた。


「っ……馬鹿な!?」


あらゆる防壁が通じない。土を固め、風で巻き上げても、カトリーナの炎は動きを変えず、ただ“焼いて、無に還す“。

その炎は怒りの象徴ではなく、ただ“正しさ“を貫く。カトリーナの真っ直ぐでひたむきな性格を表すような魔法だった。

カトリーナの攻撃がドナルドに当たり、ドナルドが疼くまる。その身を炎に焼かれたはずなのに、焼かれた痕はない。ただ、全身から力が抜けた ように、彼はその場に倒れ込んだ。


「まだだ……!」


最後の足掻きでドナルドがカトリーナに土魔法を繰り出すが、やはりカトリーナに当たる前に、燃え尽きて灰になる。

戦いの場で凛と立つその姿は、まるで焔の女神だった。髪は熱でかるく舞い、肌を包む光が彼女を幻想の中の存在のように見せる。赤く揺れる残光の中、カトリーナは振り向き、リディアとレオナルドを見つめた。


「……すごい。炎って、こんなに静かで綺麗なんだね」


その言葉に、カトリーナは嬉しそうに微笑んだ。


だが、この時、レオナルド以外は誰も気づいていなかった。この、大きすぎる戦いが、のちに国際問題に発展することを。そして、ハーブ園の園主が、この戦いを目撃し、カトリーナたちを「女神に仇なす存在」として捉えていたことを。

評価、ブクマ、リアクションいただけると、嬉しいです!モチベーション上がるので!


以下、言わないと絶対わからない話

第二話「ファーストガールのプライド」にあるカタリーナの奥の手は、このいにしえの魔法のことです。あと、第19噺「ファーストガールの葛藤と有情」でカトリーナの部屋に飾ってある絵画がいにしえの魔法を仄めかしてます。

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