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増殖する土と腐敗

マナギア国における宝石の名産地であるヴァルド鉱山。その深部からは、宝石だけではなく、魔道具を作る際に必要となる魔石が採取され、マナギア国にとって重要な意味を持つ。

――ヴァルモン家は、その鉱山の所有者だった。


「長い間、不法労働を強いていたそうよ……まるで奴隷みたいな扱いで、魔法が使えない平民を、魔法で鉱山に閉じ込めていたらしいわ」


カトリーナが冷たい声で話す。長期休暇中に父親から言われた「シルヴィアとは今後関わらないように」という言葉。その理由を調べたところ、ヴァルモン家はかなり悪どいことをしていたらしい。

レオナルドが、リディアに説明するために続ける。


「事態が発覚して、ヴァルモン家は準貴族に降格......準貴族とは名ばかりで実質平民扱いの没落さ。そして.....当主であるシルヴィアの父親は失踪したらしいんだ。貴族の中では話題になっていて、中々見つからないらしい」


レオナルドの話にリディアは息を呑む。失踪した人間が見つからないーーであれば例えば、ナイル国に亡命してる可能性だってある。


「もし、ナイル国にシルヴィアの父親がいるとしたら、どこにいるんだろう?」


自分に問いかけるようにリディアが呟くと、レオナルドが「亡命した場合、手引きした人間がいるはずだ」と断言する。


「親戚とか友達ってこと?」

「なんでそうなるのよ。元貴族の亡命だったら、もっと立場がある人が手引きしてると考えるのが自然でしょう」


その言葉で、なぜかリディアはハーブ園の園主を思い出した。遠くの教会を見つめながら「女神様のお計らい」と自分たちの技術を表現していた園主。


「......教会の人が手引きってこと、ありうると思う?」


リディアの言葉にレオナルドとカトリーナは目を見張る。


「教会は女神信仰をうたう聖なる組織だろう?もしそうなら大問題だ」

「わかってる......でも、なんかハーブ園のそばにあった教会が気になるの」

「そんなの、あなたのただの直感じゃないの」

「そうだけど......自分たちが頑張って育てたものを、普通女神様のおかげっていうものなのかな?......教会って、女神様って何なの?」


リディアのさらなる疑問にカトリーナも沈黙する。


「私、ハーブ園のそばにあった教会に行ってみたい」


その言葉にレオナルドが頷く。


「そうだね、ハーブ園周辺を調査するのにはきっと意味がある。他に当てがあるわけでもないし、行ってみよう」

「......そうね」

「ありがとう、二人とも」


ーーーーーー


長い移動を終え、ようやく3人はハーブ園の外れに立つ古い教会へとたどり着いた。

白く塗られた外壁はところどころ雨風に晒され、剥がれ落ちているが、教会は全体的に手入れが行き届いており、地味ながらに清々しい空気が満ちていた。


「行こうか……」


リディアが教会の正面に足を向けるのをレオナルドが止める。


「まさか正面にから入るつもりかい?」

「え、だってーー」

「正面から挨拶して入ったら、ただの見学者か信仰者だろう。様子を探るなら、目立たず入るべきだよ」


そう言ってレオナルドは周囲を見回し、教会の裏手へと静かに回り込んだ。カトリーナも何も言わずに着いていく。リディアは少し逡巡したが、2人の後ろを小走りについていく。教会の裏手には、薪や農具が無造作に置かれた小さく寂れた倉庫があり、教会には立て付けが悪くなった扉が、少し開いて放置されていた。


「……これ、裏口じゃなくて?」

「そうだね、ここから入ろう」


カトリーナとレオナルドが小さく呟き、そっと扉を押し開ける。3人は細い通路を抜けて、礼拝堂の脇にある小さな控室に身を潜めた。控室は少しほこりっぽく、カトリーナがあからさまに嫌そうな顔をしていたのが、リディアには少し可笑しかった。控室から、礼拝堂を覗き込む。

礼拝堂からは祈りの声が聞こえ、堂内には、数人の村人のような人たちが座っており、聖典のようなものを読み上げている。そして、講壇には1人の男が立っていた。

落ち着いた身なりと整った髪ーーその髪色は、シルヴィアと同じ銀髪だった。


(もしかしてーー)


リディアがそっとカトリーナを振り返ると、カトリーナの表情が抜け落ちていた。

聞くまでもない、あの男はシルヴィアの父親だ。

リディアが確信を得ていると、レオナルドが小声で「ドナルド・ヴァルモン」と呟く。その声には、わずかな緊張が滲んでいた。

ドナルドは、ゆっくりと祈りの言葉を捧げている。口調は穏やかで、抑揚には神職らしい慈悲の響きすらある。信者は素直に祈りを受け取り、誰も彼の素性に疑念を抱いていないようだった。


(……彼がシルヴィアの父親だとして、本当に普通の神父として暮らしているの?)


不法労働をさせていたような人物だ。状況的にも相当怪しいが、ドナルドの行動におかしな部分は見当たず、彼の言葉にも所作にも、偽りのようなものは感じられなかった。しかし、礼拝堂に1人の男が足を踏み入れたことで、その穏やかな光景は崩れ去る。

ハーブ園の園主ーー昨日、リディア達を笑顔で迎えたあの男が礼拝堂に入ると、ドナルドはすぐにそれに気づいた。リディア達もその様子をじっと見つめていると、礼拝の時間が終わったのだろう。ドナルドが「皆様に、女神様のご加護があらんことを」と言った後、ハーブ園の園主以外の信者は退出していく。そして、ドナルドが園主のそばに近づくと彼の耳元で何かを囁き、講壇裏の扉の中へと案内していく。レオナルドは素早く控え室を抜け、堂内の陰からその扉の奥が見れる位置へと移動した。リディアとカトリーナも静かに続く。


その部屋は、まるで聖職者にしか許されぬ神聖な空間への入り口のようだった。

礼拝堂とは異なる雰囲気の石造りの部屋。その部屋の中央には木箱があり、木箱を取り囲むように、幾つもの麻の袋が転がっている。ドナルドが木箱を開け、ひと匙の土を取り出して、麻袋にそっと詰める。


(あれって......!)


リディアが土を見て身を乗り出すと、それを止めるようにレオナルドがリディアの腕を引っ張る。


「信心深いあなたに、女神様からのお恵みです」


ドナルドがその麻袋に手を入れると、袋から光が生まれる。そして、そこから、湧き出るかのように土が増殖していく。


「おぉ......!女神様のお力だ」

「あなたは特に信心深いですからね、どうぞ、お納めください」


慈悲深い笑みを浮かべて、ドナルドが麻袋を渡すと、園主が神妙に頷き、ジャラジャラと音のなる袋を代わりにドナルドに差し出すーー音からして、金貨だ。園主は「神父様にも、女神様のご加護があらんことを」と述べた後、恭しくドナルドに一礼し、去っていった。


(許せないーー)

「許せない……!」


リディアが思ったことと同じことを、同じタイミングでカトリーナが呟く。

カトリーナからは、まるで炎のような激しい怒りが迸っていた。


「やめるんだ、カトリーナ!」


レオナルドが止める間も無く、カトリーナは講壇裏の部屋に向かって走りドナルドと対峙する。


「ドナルド・ヴァラモンで間違いないわね?」

「あなたは……カトリーナ様じゃありませんか、一体このような場でどうされたのですか?」

「あなたの所業、しかとみました。魔法で土を増やし、女神の恵みと嘘をついて対価に金貨を得るなんてーー人々をなんだと思っているの」

「……娘に聞いていた通り、あなたは本当に高潔ですね。ですが、その高潔さが一体何の役に立つというのですか?平民など、金を稼ぐための駒だ」

「ふざけないで……!」


カトリーナの怒声が教会に響き、ドナルドの表情が歪む。


「……まぁ、落ち着いて話しましょう。ここには信者も多く訪れる。倉庫へどうぞ、案内いたします」


レオナルドがカトリーナを守るように飛び出す。


「おや、テネブレ家の人間もいたのか」


ドナルドの驚いた顔を無視し、レオナルドはカトリーナと小声で話す。


「いったん引こう。罠かもしれない」

「わかっているわ。でも、逃すわけにもいかないし……何より、ここで引けないわよ」


リディアは2人を見てそっと頷く。ドナルドが導くまま、リディアたちは教会の裏手へと進む。礼拝堂を抜け、祈りの言葉とは無縁の場所ーー先ほど見かけた、廃棄された倉庫がそこにはあった。

板張りの壁はところどころ朽ち、雨漏りの跡が染み付いた天井。腐敗臭が漂う室内の奥には、雑多に麻の袋が横たわっており、その横には、恐らく闇魔法がかかっている土が入っている木箱があった。


「さて、これで周囲を気にせず話せますな」


ドナルドが、廃倉庫の奥でゆっくりと振り返る。その顔に、もはや聖職者としての仮面はなく、金銭欲に塗れた卑しい表情があった。


「この土の価値を、魔法が浸透していないこの国広めるために女神の名を借りたに過ぎない。この土を使えば、作物が実によく育つ。私はナイル国でこの土を見て確信した。“これぞ、土魔法の得意な我々が生きる道だ“と」

「亡命者が随分な演説ね。その土、知っていてよ……よく育つけど“闇魔法“で人々の理性を失わせるんでしょう?」

「……そこまで知っているのか。それは困った」

「……最低ね。あなたを、この国の議会や教会のもとに連行します。あなたの土のせいで人々が苦しんでいる。知らないとは言わせないわ」

「……フン!教会に言っても無駄だ。それに、そんなことをすればナイル国とマナギア国の国際問題に発展しますぞ。金貨のうち2割を差し上げます、どうです、一緒に儲けませんか?」


その言葉を聞いた瞬間、リディアの中に湧き上がる怒りが、熱い塊のように胸を打った。リディアが一歩踏み出そうとした瞬間、カトリーナとレオナルドが手を伸ばしてリディアの前にたつ。


「ここは僕が……」

「いえ、レオナルド。ここは私に譲ってちょうだい……疎遠になったけど、シルヴィアとはずっと友達だったの。貴族として、シルヴィアのもと友人として、私がやるわ」


カトリーナの瞳には、憎悪ではなく燃えるような正義の光が宿っていた。リディアは言葉を呑んで、静かに頷く。


「……わかった、カトリーナに任せる」

「ありがとう」


カトリーナはゆっくりとドナルドに向けて歩みを進める。「レオナルドはいいの?」リディアが問いかけると、レオナルドは曖昧に笑う。


「あんなカトリーナ初めて見た。彼女を信じよう」


カトリーナは真っ直ぐにドナルドを見やる。


「今の言葉はフランベルグ家に対する侮辱ととらえます」

「全く。金も稼いだことのない小娘が……貴族としてのプライドばかり高く、嘆かわしいな。交渉決裂だ」


ドナルドが、ずるり、と袖の内側から浅黒い魔道具を取り出す。その瞬間、倉庫の地面がぐらぐらと揺れ、土の入った木箱から、生き物のように土が立ち上る。


「こちらから手を出さないとでも思ったか?……これだから女は、頭が目でたくて困る。シルヴィアと一緒だな」


ドナルドが指を鳴らすと、倉庫内の土がドナルドを取り囲むように集まっていく。


「あなたには、ここで眠っていただき、土の糧になっていただく」

「……それはこちらのセリフよ。あなたのような卑怯者、ここで私が沈めてあげるわ」


次の瞬間、2つの魔力が倉庫の空気を裂くようにぶつかり合ったーー。



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