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魔力の土と静かな罠

クランの運転するクルアから降りると、リディアは胸いっぱいに息を吸い込んだ。

到着したハーブ園からは清々しい香りが満ちており、色とりどりの花が咲いていて思わず見惚れてしまう。

そんな中で、緑の生い茂る、特別大きい区画がすぐに目についた。よく見ると、葉は先端が二手に分かれ、中心からふっくらと丸みを帯びて広がっていた。その形は、まるで想いを包み込む掌のようで、柔らかくも優しい印象を与えるーー「ハーツ」の葉である。


「......かわいい」


当初の目的を忘れて、リディアが顔を綻ばせていると、別のクルアで先に到着していたセレナが笑い、リディアの後ろからはクランが呆れながら歩いてくる。


「そうですよね、わたしも、ハーツの葉の形好きです」

「お嬢まで何呑気なこと言ってんすか。これが曰くつきかもしれないのに......」

「でも、ハーツ自体に罪はないでしょう?使う人間の問題です」


セレナが毅然とした態度を示すと、クランは肩をすくめた。


「まぁそうっすね......にしても、やっぱりデカいな。ここのハーツ畑、他より群を抜いてる」


呆れ半分に言いながらも、クランはその規模に目を細め、セレナも深刻な眼差しでハーツを見つめる。


「......外で栽培してるんですね。普通、ハーツはハウス栽培ですが」


ハーツの葉は、陽光を受けて淡く輝き、その根元にはしっとりと潤った土が敷き詰められていた。ひと目で、良い手入れがなされていることがわかる。

やがて、園の奥から一人の中年男性が姿を現した。日焼けした肌に優しげな笑顔を浮かべたその人こそ、このハーブ園の園主である。


「ようこそ、ハーブ園へ。園路はるばる、よく来てくださいました」


にこやかに頭を下げるその姿には、偽りのない誠実さがにじんでいた。園主が挨拶をすると、セレナが丁寧に挨拶を返し、リディアたちに取り次いでくれる。


「こちらのハーブ園は、ソラキ商会とはもう十年来の付き合いで……私も昔、お世話になったことがあるんですよ」

「懐かしいですなぁ。あの時は走り回っていたセレナお嬢様が、今はこんなに立派になって戻って来られて、ほんとうに嬉しいですよ」


園主は目を細めて笑い、まるで我が子を見るような目でセレナを見つめた。その温かなやりとりに、リディアはほんの少し、心を緩める。


(こんなにいい人が……?闇魔法入りのハーツを栽培してるの?)


何か裏があるかもしれないと気を引き締め、リディアがじっと彼を睨みつけると後ろから手刀が落ちた。


「いった......!なに?」


後ろを振り返るとルークは何食わぬ顔で「頭に虫がついてた」と明らかな嘘をつく。ルークを睨むと今度はカトリーナがリディアを膝でつき「顔よ、顔。愛想良くしなさい」と注意してきて、ようやくリディアも理解する。慌てて笑顔を浮かべるが、園主は何も気づかずにのんびりと話を続ける。


「まずは園内をご案内しましょう。特別なことはしてませんけど、うちの自慢の畑です」


リディアたちは園内へと案内された。

表情には出さず、慎重に各所に視線を走らせる。

畑には様々なハーブや野菜が育てられ、瑞々しく葉が生い茂っている。


「ここが最近新しく生育を始めたハーツ畑です。普通はビニール栽培なところを、うち独自の技術とノウハウで、ビニールなしで栽培することに成功して、収穫までの時期も短くすることができました」


園主はニコニコと自慢げに説明をしており、とても闇魔法が混在しているのを理解しているようには思えない。

ふと、レオナルドが小声でつぶやいた。


「……闇魔法による魔力をわずかに感じる、でも......ほかの魔法に埋もれてる感じだな」


リディアとカトリーナも目を細め、無邪気なふりをしてハーツの茎にそっと手を添えた。触れた指先から、かすかに揺らぐ魔力の波動を感じ取る。


(うーん。魔力は感じるけど、どんな魔法か私は全然わからないな)


リディアがそっと隣のカトリーナを見ると、顔がこわばっていた。


「……ちょっと失礼。これ、足元の土、他のと違うわね」


カトリーナがしゃがみ込み、手袋を外してそっと土を掬い取ると、その感触に眉をひそめる。


「おやおや、さすがセレナお嬢様のお友達だ。気付かれましたか。実は、これがノウハウの源泉で、とあるルートから入手した土に、うちオリジナルのハーツ用肥料を配合することで、ハーツの大量生産に成功したんですよ」

「すごいですね、私、ぜひ勉強させていただきたいです。その土とか肥料も見せてもらえますか?」

「さすがにそれは企業秘密ですので」


カトリーナの問いかけに、園主が断ると、名目上「ただの見学」で来たリディアたちは黙るしかない。リディアも確認するように土を触ると、なぜ今まで気づかなかったのか不思議なくらい、しっかりと魔力を感じた。


「......これだけハーツが市場に普及すれば、一般の方々も入手しやすくなりますね、今日は色々ありがとうございました」

「食事の時間はみんな平等に訪れますからな。みなさんに美味しいものを食べていただけるのが、我々にとっても嬉しいのです」


セレナが礼を述べると、園主も嬉しそうに笑い、ハーブ園の遠くにある小さな教会のような場所を見つめる。


「私がハーツをこれだけ栽培できるようになったのも、きっと女神様のお計らい。女神様も、皆にハーツを届けたかったのでしょう」


その言葉に、リディアはわずかな引っ掛かりを感じた。自分たちで努力し、開拓した技術を女神のおかげということが、リディアには不思議でならなかった。


ーーーーーー


タウンハウスに戻れたのは、その日の夜だった。全員で簡単な夕食を取り、これからの方針を決めようとリディアは口を開きかけたが、ルークの声にかき消された。


「今日は疲れたし、考えるのは明日にしよう」


ルークの言葉に、場の空気が少しだけ緩む。


「……そうですね」


セレナが静かに頷くと、クランもセレナを気遣うように頷く。


「ちょっと待ってよ、今が正念場でしょう。あのハーブ園の土、おかしいよ。何をどう調べるか、整理しとこう」


リディアが口を開くと、ルークとセレナは少し難しい顔をする。


「重要なことだからこそ、冷静にみんなで話せるよう、明日の朝にした方がいいと思う。それに、当事者であるセレナは、クルアも運転してて、疲れてるだろ?」

「.......そうですね。少し休ませてもらえると助かります」


一番の関係者であるセレナにそう言われると、リディアも強くでれない。ちらり、とカトリーナをみると、気づいたカトリーナは「私はまだ話せるけど……ま、明日でもいいわね。どうせまとまらないし」とわずかに拗ねた声色で話した。


「......わかった、じゃあ明日ね」

「んじゃ、今日は疲れたしみんな寝よう!おやすみ」


ルークの掛け声で、みんなバラバラと動き出す。クランはタウンハウスに宿泊してないので、セレナを気遣いながらも帰宅の支度をしていた。

不満な気持ちを抱えながらも、自室に戻ろうとするリディアにルークが気づく。


「リディア!......考え込みすぎないで、ちゃんと寝ろよ」

「......わかってるよ」


浮かない顔をしているリディアを、レオナルドは注意深くみていた。


ーーーーーー


(あー!モヤモヤするー!)


湯浴みを終え、部屋着に着替えたリディアは部屋の床でゴロゴロと転がっていた。蒸し暑い気候のナイル国で、床に転がるとひんやりとしていて気持ちいい。

闇魔法を帯びているハーツ、そのハーツを育てる土には魔力が込められていた。であれば、土と肥料を調べるしかないけど、どうやって入手するのか、どんな魔法が使われているのか......そして、明日の話し合いはどうなっていくのか。リディアが胸騒ぎを感じていると、コンコン、とノック音が聞こえる。


「はいはーい」


おざなりにドアを開けると、レオナルドが立っていた。レオナルドは、自分から尋ねてきたくせに、リディアを一目見ると気まずそうに目を逸らす。


「あ、レオナルド。どうしたの?」

「.......リディア、随分扇情的な格好だね?」


レオナルドが気を取り直して揶揄うように言うと、リディアは自分の体を見下ろす。ナイル国の蒸し暑い気候に合わせて、スラリとした二の腕と太ももを惜しげもなく出しているこの格好は、リディアがマナギア国で暑い時過ごす、ごくごく普通のものだった。


「え、どこが?」


揶揄ったつもりなのにまったく通じず、レオナルドが項垂れる。その後、ニヤリと笑ってリディアの部屋に一歩踏み入れた。扉を閉めた瞬間、ほんのわずかに甘い空気が流れ込む。


「……入っても、いいかい?」

「もう入ってるじゃない。まぁいいや、適当に座ってよ」


呆れたように言いながらも、リディアはレオナルドに背を向け、自身は適当に床に座り込むと、椅子に座ると思っていたレオナルドが目前に迫る。その距離は、少しレオナルドが前に進めば触れ合ってしまいそうなほど近かった。


「ちょ、ちょっと。そんなに近づかなくても……」

「やっぱり……リディアは、無防備すぎる」


レオナルドが低く囁くと、リディアは思わず肩をすくめた。視線が合うと、彼の瞳はまるで深海のように揺れていて、何かを呑み込んでしまいそうなほどに静かだった。


「女の子がそんな格好で、部屋に男を迎えるなんて……たとえば僕が、我慢しないような男だったらどうするの?」

「……え、あ……」


言葉に詰まったリディアの頬がじんわりと赤くなり、戸惑ったように視線を逸らす。だがその恥じらいを含んだ仕草さえ、レオナルドは微笑を浮かべながら見つめていた。


「冗談だよ。でも、これに懲りたら、男を無防備に部屋に入れたらダメだよ?」


ふっと緊張を和らげるように笑いながら、彼は少しだけ身を引いた。


「……なっ!そっちが勝手に尋ねてきたんでしょーが!もう帰って!」

「ごめんごめん、話したいことがあるんだ。追い出さないで」

「話って?」


ようやく落ち着いたリディアが尋ねると、レオナルドはわずかに眉を寄せた。


「リディアはルーク殿のことが好きなのかい?」

「.......はぁ!?何よいきなり!」


予想外の切り出しにリディアは目を丸くする。そんなこと、考えたこともなかった。


「ルーク殿に渡されたイヤリングを身につけ、彼の言うことはよく聞くなー、と思ってさ。今日だって、普段の君なら、もっと議論を無理にでも進めただろうに、不満顔になりつつもすぐに引いてたじゃないか」

「あれはっ......セレナが疲れたって言ってたし、イヤリングだって便利だからつけてるだけで、別にルークのことはもちろん好きだけどそう言うんじゃないよ」

「へぇ......」


レオナルドが疑うような目をリディアに向けるので、リディアは「本当よ!」とさらに言葉を重ねる。


「だったら、お願いがあるんだけど」

「お願い?」

「そう。前に君の試験勉強を手伝ったとき、僕にお礼をしたいって言ってくれたろう?それも兼ねたお願いがあるんだ」


そういえば、とリディアは思い出す。試験を手伝ってくれたルークへの礼は終わっていたが、レオナルドに対しては有耶無耶になっていた。


「もちろんお礼はするけど、何をすればいいの?」

「明日、もし僕とルーク殿が揉めた場合、君には僕の味方をして欲しいんだ」


その言葉に、リディアは息を呑む。


「揉めるって、なんでまた」

「明日の朝、セレナとルーク殿は“ここで区切りをつけよう”って言うかもしれない。ハーブ園に踏み込むのは、教師や大人に任せて。自分たちは一歩引こうって」


その言葉が、リディアは腑に落ちた。

自分が感じていた胸騒ぎの正体は、きっとそれだ。ルークとセレナは、ハーブ園を調査することに乗り気じゃないように見えた。


「それを間違ってるとは思わない。みんな、立場がある。商会の娘であるセレナ、学園の模範生であるルーク殿。ああして“ちゃんと考えて動く"のを世間は立派だと言うだろう」


レオナルドはリディアの目を見つめながら、そっと続けた。


「でも……僕はそうは思わない」

「え……?」

「僕たちが大人に頼って、判断を後ろ倒しにしたら、その間にも被害者の数は増える。誰かがどこかで泣く未来を、僕たちが作ることになってしまう」

「レオナルド......」


レオナルドの声には、優しさと説得力があり、リディアはレオナルドの話に聞き入っていた。


「僕は君と関わって変わった。貴族的な、立場での考えで君を昔苦しめた。そうではなくて、一人一人のことを考えないといけないって気づいたんだ。僕は、町で被害に遭ってる人を見捨てたくない.......だからリディア、試験のお礼に頼むのが卑怯なのはわかっている。でも、明日、立場のない僕には、セレナとルーク殿に立ち向かうには力不足だ。だからどうか、明日揉めた場合は僕に力を貸してくれないか?」


リディアは感動で胸が震えていた。

レオナルドが、そこまで人々のことを考えていることに感動し、自分をここまで頼ってくれることが、嬉しかった。

かつて、少しわだかまりがあったレオナルド。だんだんとそれがほぐれ、友情が結ばれていく実感はあったがーー今、本当の意味で分かり合えた気がした。


「試験のお礼なんて持ち出さなくていい。私だって同じ気持ちよ。もし明日、そういう話になったら、私たちは私たちの正しいことをしましょう」

「......ありがとう、リディア」



レオナルドは廊下を静かに歩きながら、目を細めた。


(なるほど.......リディアを攻略したければ、ちょっと弱みを見せて頼る仕草をすればいいのか。簡単で可愛らしいね)


心の中で、自嘲気味に笑う。


被害者のことなど、レオナルドにとってはどうでもいい。興味があるのはただひとつ――


(あの土。あの魔力。あれは……間違いなく、“こちら側”の力だ)


闇魔法。自分が封じられた、絶大な力。

それが、こんな魔法が普及してない国で使われていることが許せず、そして、あわよくば自分がその力を手にしたいと思った。

そしてーー当初の予定通り、セレナをこの国に追い返し、リディアを弱らせられたら最高だ。


自分一人でそこまで漕ぎ着けるのは難しい。それでもーールークとリディアの信頼関係を壊し、リディアを利用すればきっと上手くいく。


レオナルドは振り返ることなく、廊下の奥へと消えていった。

試験のお礼のくだりは、第二章「デートの誘いと〜」のやつです。やっと回収できました。

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