サードガールの部屋で女子会?②
3人によるお菓子パーティーは話が尽きなかった。カトリーナの持参した手土産は絶品で、セレナの入れる紅茶も美味しく、最初のぎこちなさが嘘のように、互いの近況や魔法の勉強の話など話題が盛り上がった。
「あ、お茶もうない」
「入れないとですね」
話が盛り上がれば、喉も渇く。
気づけば最初に用意していたお茶は全てなくなっていた。カトリーナが気まずそうに顔を背ける。
「カトリーナさんはいらないですか?」
セレナが気を回すと「いえ、そんなことないわ!確かにお茶も欲しいわね」と言うが、リディアにはピンときた。
「はっはーん、さてはカトリーナ様は、お茶をご自分で淹れられないのでは?」
図星だった。
何度練習しても、薄くなったり苦くなったりでうまくいかない。お茶の淹れ方の本を買って読みたかったが、それを誰かに目撃されたら、と思うとプライドが邪魔して出来ず、カトリーナが寮の自室で白湯を飲んでいるのは秘密だ。
だけどそれを認めるのも癪で、カトリーナは大口を叩く。
「そんなわけないでしょう。私がお2人にお茶を入れてあげるわ」
貴族の『出来ない』と言えない、悲しき性である。
ぽてりと丸みを帯びたガラス製のケトルに水を並々と注ぎ、火にかける。
やがて湯気が蓋の隙間から立ち上がり、ガラス越しに小さな泡がポコポコと出てきても、カトリーナはその様子をじっと見つめている。
リディアとセレナがその様子に顔を見合わせていると、大きな泡がボコボコし始めてようやく、カトリーナはそっとケトルを持ち上げた。慎重に角度をつけて、ティーポットに熱い湯を注ぎ、手元にある茶葉をティースプーンにとる。
「あー!ダメダメーー!」
思わずリディアが声を上げると、カトリーナも不安があったのだろう、素直に手を止めた。
「......なによ?」
「何じゃないわよ、順番めちゃめちゃじゃないの。私がやるわ!」
リディアはカトリーナからティースプーンと茶葉を奪い、手元に水の球体を浮かべていく。
「触っちゃダメよ。今お水温めてるから」
リディアの手に浮かぶ水が、先ほどのケトルの水のように泡を立て始め、セレナが感歎の声を上げる。
「すごい…この国の方は、お湯も魔法で沸かすのですね」
「この方が早いからねー」
リディアは平然と答えるがカトリーナがそれを否定する、
「こんなことするの、私が知る限りこの子だけよ。平民が使う魔法は生活魔法がほとんど。お湯を沸かすために火を起こしたり、は魔法でできるけど水を浮かべて温める、なんて芸当、魔法を訓練をしている貴族にとっても簡単じゃないわ」
それを聞いて、今度はリディアが目を丸くする。
「そうなの?」
「当たり前でしょう。『水を球体にする』『浮かべる』までは簡単でも『浮かべる』と『温める』を同時にするには、それぞれの状態を見極めて、魔法陣を2つイメージしないといけないじゃない」
この国の現代魔法は、手元に魔法陣をイメージし、そのイメージに魔力を流していくことで魔法を発現させるのが基本だ。
基礎となる魔方陣を順番に重ねるほど複雑な魔方陣になり、複雑な魔法に見えるが、魔法陣ひとつにつき、結局1つのことしかできない。
だから「水を球体にしてから浮かべる」やケトルに入った水を「温める」ことは簡単でも、複数のことを同時処理するのは難しい。カトリーナも、魔法実技の戦いでは「炎を手元に出してから放つ」というプロセスを踏んでいる。
だがリディアは、先日は「複数の水で作った動物を同時に動かし」今回は「水を浮かべながら温めている」。
複数のことを同時にやるためには、複数の魔法陣を同時に発動しないといけない分、難しいはずだ。
魔法への知識が浅いセレナは不思議そうにしているが、リディアはこともなさげに答える。
「2つの魔法陣を同時にイメージなんて大変じゃない!『時間』の魔方陣を組み込んでるだけよ」
その答えにカトリーナは唖然とする。
ーー『時間』の魔法陣を組み込む?
時間の魔法陣は教科書にも載っているし、カトリーナも魔法陣をイメージすることはできる。だが、自在に使いこなす魔法使いなんて見たことがない。それだけ、『時間』の魔法陣は組み込み方が難しいのだ。
それをリディアは日常的に使っている、ということか。
「そんなことより、お茶沸いたわよ」
自分の発言の凄さがわかっていないのだろう。リディアは気にすることなくティーポットを2人に差し出す。
ガラス製のティーポットには琥珀色の液体が並々と注がれ、湯気とともに、温かく落ち着くような香りが広がった。
「いい香りですね。リディアさん、お茶入れるの慣れてるんですか?」
セレナ尋ねると、カトリーナも「そういえば、ご実家は定食屋、と言っていたけど、定食屋って、市民たちが食事をするというあの定食屋?」と重ねる。
「あの定食屋って、どの定食屋よ…」
リディアはカトリーナの無知さに呆れながらも、少し照れくさそうに続ける。
「家の手伝いをやってたから、台所関係は一通りできるよ......私の家は結構人気の定食屋で、店が忙しくてね。家族仲はいいけど、子どもの頃から親にあまり構ってもらえなかった」
リディアはそう語りながらも、幼少期のことを思い出して微笑んだ。
「普段は店をうろうろして、常連さんにかわいがってもらって、たまにこっそりおやつをもらったりなんかもして…結構楽しかったわ。でも…夜寝る時とか、病気になったときは家で一人きりの時も多くてやっぱり寂しかったわね」
リディアは遠くを見るように視線を落とす。
「そんな私を慰めてくれたのが、家に昔から伝わる魔道具だったの。部屋中にパーっと明るい光がさして、いろんな音色を奏でてくれて、楽しくなったり、温かい気持ちになれた」
その言葉にセレナが「素敵ですね」と微笑み、興味深そうにリディアを見つめた。
次第に、リディアは魔法に興味を持ち、独学で勉強を始めた。
しかし、領地を治める貴族の子供たちからは、身分や知識の差から馬鹿にされ、嘲笑され、ひどい時には「魔法が使えるなら防げるだろう」と攻撃魔法を喰らい、小さな怪我を作ったこともあった。
悔しくて、痛くて、何度も涙を流しながらも、決して諦めなかったその様子が、語られる言葉の端々から感じられる。
「そんな時だったかな…泣きながら歩いていたら、旅をしている魔法使いの親子に、ふと声をかけられて。数日だったけど、優しくて、魔法の基礎を教えてくれたの。その教えが今の私の基礎になっているし、今思えば、師匠みたいなものだったわね」
リディアは嬉しそうに、顔を赤らめながら微笑んだ。その経験がきっかけで、彼女は本格的に魔法学校に通いたいと願うようになり、エルミナ学園を目指したのだ。
「リディアさんは本当に、努力されたんですね…」
セレナがしみじみと言い、カトリーナも気まずそうに頷く。リディアは少し照れながらも、「ありがとう」と微笑み返した。
セレナがふと「リディアさんは将来、どんな魔法使いになりたいんですか?」と話題を振った。リディアは少し考えてから答えた。
「そうね…私は、自分の魔法でみんなを幸せにしたい。魔道具を作ってみんなを喜ばせたいし、旅をして私に魔法を教えてくれた魔法使いみたいに、いろんな人に魔法を教えてもみたい。やりたいことがありすぎるわね!」
その言葉に、セレナは目を輝かせて微笑んだ。
「私も、医療分野で役に立ちたいって思ってるんです。私の国では科学技術が発展しているので、それと魔法を組み合わせて、人を癒すことができる魔法使いになれたらなって…」
カトリーナは、それを黙って聞いているだけで、何も教えてはくれなかったけれど、それでもリディアには、この3人で色んな思いを共有できたのが嬉しかった。
気づけば、リディアが入れたお茶は冷めており、リディアが昼に感じていたモヤモヤは消えていた。
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この国の魔法は、個人的なイメージ、プログラミングに近いです。