ハーブ園へ
今回ちょっと文字数少なめです!
「……で、みなさん任務はどうだったんすか?」
夕方、タウンハウスのリビング。淡く橙に染まる光が窓から差し込むなか、テーブルを囲んで、それぞれが椅子に腰掛けていた。机にはナイル国で親しまれている料理が並んでおり、ソラキ商会での仕事を終えたクランが全員へ食事をサーブしている。
「もちろん今日も完璧よ!」
リディアが頬張りながら話すと、カトリーナは呆れた目線をリディアに投げかけ、レオナルドはそんな2人を苦笑して見ていた。
「何が完璧よ、あなた、孤児院での挙動、おかしかったわよ」
「まぁまぁカトリーナ。リディアの気持ちもわかるよ、つい、ハーツのスパイスを探したくなる」
「そうかもしれないけど、あからさまな態度で見ていてヒヤヒヤしたわ」
カトリーナとレオナルドの話を聞いてセレナとルークは簡単に想像ができたのだろう、笑っていた。
「何よ、しょうがないじゃない」
リディアの言い訳に何だかんだ許容モードが流れる中、クランはリディアに冷たい目線を投げかける。
「……これが“お嬢の自慢の友人“ってやつか?ちょっと拍子抜けだな」
「どういう意味よ!?」
「あんたらが失敗してソラキ商会が疑われたら、困るのはお嬢なんだぞ」
リディアが食ってかかると、クランの低い声がリディアに静かな圧力をかけた。
「っそれは……わかってるよ」
「わかってなさそうだから言ってんだろうが」
「やめなさい、クラン」
セレナが厳しい言葉をクランに投げかけると、クランはピタリと黙る。
「そもそも、ハーツのスパイスが本当に原因だった場合、それを知っていたか否かに関係なく、ソラキ商会に非があります。それをリディアさんたちのせいにするのはおかしいでしょう」
「……すみません」
気まずい空気が流れる中、場をつなぐようにルークとレオナルドが話を進める。
「で、明日、明後日は任務は休みだけどどうするんだ?まさか観光でもするか?」
「ハーツのハーブ、きな臭いのであれば調べてみたいけど具体的にどうしようか?」
その言葉にセレナが続ける。
「実は、ハーツについて、クランに色々調べてもらいました。クラン、お願いできる?」
セレナが呼びかけると、息を吹き返したクランは嬉々として鞄から複数のハーブを取り出し並べていく。
従来から出回っていた高級品のフレッシュハーブ、最近出回り始めた安価品のフレッシュハーブ、さらにそれらをドライにしてスパイス状にしたもの。
それらをリディアたちは手に取りながら会話を続ける。
「……なるほど、先日のクッキーだとわからなかったけど、安価品のフレッシュハーブは確かに魔力を感じる」
レオナルドが口にすると、全員が頷く。
「安価品のみ、魔力があるみたいね。フレッシュ品の方が魔力が多い、ってことは、育てる段階で魔力を込めてるのかな?」
「であれば、ハーブ園を見てみたいわね。何も知らないふりして見学できるのかしら?」
リディアとカトリーナがセレナとクランを見ると、クランは心えたように頷く。
「お嬢からも同じこと言われて、すでに手配は済んでいる。明朝、ハーブ園に行くぞ」
「建前上、セレナ商会の愛娘が、異国の友人にハーブ園を見せてあげたい、というワガママを言っていて、それをハーブ園には叶えていただく、という形をとっています。みなさん、見学の際はすみませんがハーブ園そのものに興味を持っているふりをして、和気藹々と過ごしてください」
その言葉に、全員がリディアを見つめる。
「……な、何よ?」
「お前、ちゃんと演技できるか?」
ルークが全員の気持ちを代弁していうと、リディアは謎の自信と共に「任せなさい!」と胸を張った。
ーーーーーー
「うわー!この“クルア“って乗り物、すごいわねー!」
リディアは革張りの座席に腰を下ろすと、思わず声を上げた。金属と木材のフレームが剥き出しになった車体は、どこか無骨で、それでいて遊び心のあるデザインをしている。前方に取り付けられた風除けのガラスは曲線を描いており、ハンドルのような操作レバーからは異国の技術を感じる。
「科学が発展した国って感じ!ねぇクラン、これって結構動くの速いの?」
運転席に座るクランは何も言わず、座席にあるボタンやレバーを操作している。後部座席では、カトリーナがリディアの隣で明らかに不安そうな顔で身を固くしていた。
「……あなた、よくそんな興奮できるわね。どう見たって、安全性に不安があるわよ」
「怖いの?これだから貴族様は、ちょっとした予想外に弱いんだから」
「健全な不安よ、仕組みがわからないものって不気味でしょう….ってキャ!今揺れたわ」
リディアとカトリーナが軽いやりとりをしている間にも、クランは黙々とエンジンをふかし、クルアを発車させる。
「きゃー!動いた!すごいすごい!!」
「待って、速いわ!揺れているわ!故障かもしれない、降りないと」
「いや、これすごいよ!」
2人がキャーキャー騒いでいるのを、クランはミラー越しに見た後、無言でアクセルを踏んでいく。そんなクランに気付き、リディアが口を尖らせていった。
「ちょっと、さっきから私たちのことは無視?というか、まだ不貞腐れてるわけ?」
今朝、ハーブ園への移動手段で一悶着あった。ハーブ園は遠く、馬車よりナイル国独自の技術であるクルアを使った方が到着まで早い、ということで2台に分かれていくことになったが、クルアを運転できるのはセレナとクランの2名のみのため、必然的に2人は別れることになり、クランは猛反対をした。
「大丈夫よ、セレナには護衛も兼ねてレオナルドとルークがついてるんだから、安心だって」
「そうね、あの2人に護衛してもらえるなんて、マナギア国の要人でも滅多にできないわよ」
リディアとカトリーナが励ますようにいうが、クランは苦々しげな顔をしてポツリと呟く。
「魔法だかなんだか知らないが、あんな軟弱そうな男2人に何ができるんだよ」
クランの頑なな態度にリディアとカトリーナは顔を見合わせ、肩をすくめる。
「……あなた、本当にセレナが大事なのね」
カトリーナが問いかけるというよりは、再度確認するかのように呟くと、クランはカトリーナをチラリと見た後、そっと話す。
「俺はお嬢に拾われたんだ」
クランの声は風にかき消されそうなほど小さかったが、確かにリディアたちに届いていた。
「両親を流行病でなくして、孤児院に入れられたが……あそこは俺には合わなかった。両親を亡くした人間に、女神の救いだ信仰だをと説くあいつらの施しなんてクソくらえだ」
クランは前を見たまま続けた。
「だから、逃げ出した。食いもんと寝床がなくても、女神に祈るよりマシだと思って……盗みでもなんでもやったけど、道端で野垂れ死する寸前だった。その時、お嬢に出会ったんだ」
リディアとカトリーナは息を呑む。
「金持ちの小娘の自己満足の慈善活動だと思った。同情するような目線も鬱陶しかった」
そこで、クランは口をかみ、一瞬、優しげな表情を浮かべた。
「けど、お嬢は、本気で俺に“居場所“をくれようとしていた……俺を見捨てないで、こんなろくでなしを1人の人間として見てくれたんだ」
そう言ったきり、クランは黙り込み、再び前方の道へと視線を戻した。
「……セレナ、優しいもんね。私も、セレナの優しさに救われたよ」
リディアがクランに心からの共感を口にすると、クランはリディアをそっと見た後「お前に何がわかる」と言ったが、その声は今までより、少し柔らかかった。
無言が続き、リディアはそっと、窓越しに前方をみやった。道が整備されておらず、石も所々転がっているなか、クランはハンドルを小刻みにさばき、なるべく揺れないように道を選んでいるのがわかる。
(……なんだ、こいついいやつじゃない)
ちらり、とカトリーナを見れば、彼女も同じことに気づいたのだろう。おかしそうにこっそり笑っていた。
クランの運転するクルアは、そんな2人の笑みを載せて、ナイル国の風を切って進んでいった。
クランの両親はセレナの祖父(第一章サードガールの思い)と同じ病で亡くなってます。
ちなみに、セレナの運転するクルアでは、セレナによるナイル国ツアーがあった思う。
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