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クッキーにひそむ闇魔法

「わぁ......!水の動物たちだー!リディアお姉ちゃん、もっと出して!」


リディアは、ナイル国到着翌日から、教会に依頼された任務をこなしていた。孤児院への訪問である。

囲まれた子どもたちの中心で、掌に魔法陣を浮かべ、魔力をこめると、水でできた鳥たちがパタパタと羽ばたく。


「わあっ……!」


子どもたちの目が、いっせいに輝いた。

一番前にいた男の子が、思わず手を伸ばして水の鳥を追いかける。


「すごいすごい!」

「ねぇ、これってリディアお姉ちゃんは特別に女神様から加護をいただいているの?」


リディアは答えに詰まった。

女神様の加護として、魔法を見せるよう教会には依頼されたが、リディアからすれば、そんな嘘を言うのは詐欺師同然である。


「僕たちはマナギア国からきた魔法使いなんだ。でも、なぜ自分たちが魔法を使えるのかはわかってない、もしかしたら、女神様からの加護なのかもしれないね」


横からレオナルドが口を挟むと、子供達は「すげー!いいなー」と感動している。


「......ありがとう、レオナルド」

「君の不満もわかるけど、それで子供たちが笑顔になるなら、いったんこれでいいんじゃないか?」

「そう、ね」


リディアは水の動物たちと戯れる子供たちを眺める。

孤児院と聞いて漠然と暗い雰囲気をイメージしていたが、みんな明るく素直だ。大人たちの女神様への信仰心はとても強く、リディアとしては受け入れ難いものもあるが、ナイル国独自の文化なのだろう。

“孤児院”という言葉から想像していたものとは、ずいぶん違う。だからこそ、この子達を守りたいと、なおさら思えた。


みんな、リディア達の出す魔法に夢中になっており、カトリーナは子供達にマナギア国での有名な童話を話してあげている。


「リディアお姉ちゃん、これ……あげる!」


小さな女の子が、赤いリボンで結んだ布包みを差し出す。中には色とりどりの焼き菓子が入っていた。丸く焼かれた素朴なお菓子が五つ、ふわっと甘い香りを放っている。


「あ!これ知ってる!前にセレナに食べさせてもらったの。スパイスが効いてて、おいしいよね」


リディアが目線を合わせると、少女は照れたように笑った。


「うんっ! お菓子の時間に、みんなで作ったの。今日は特別だから!」


リディアは少女に笑いかけると、そっと一枚を取り、口に含む。


――やさしい甘さ。ナイル国独自のスパイスの香りがして、表面はさくりと、芯はほろほろと崩れる。

……けれど、その余韻の中に、微かに漂う違和感があった。


ほんのわずか。けれど、確かに“魔力”の気配が混じっている。


「ねえ、このクッキー、材料はなに使ったの?」


リディアは自然な声で聞いた。少女はすぐに答える。


「小麦粉と、たまごと、砂糖と……あと、スパイス!」

「それだけ?」

「うん!おいしいでしょ?このスパイスは配給じゃなくて、私がお小遣いで買ったとっておきなんだよ!高級品なんだけど、最近安く作れるようになったんだって」


少女は誇らしげに説明をしてくれる。その後も、お菓子作りでのこだわりポイントを話してくれ、その無垢な姿に、リディアの笑顔が一瞬だけ揺れた。

けれどすぐに表情を整えると、もう一口クッキーをかじった。


(安く作れるようになったスパイス。調べる価値はある)


「リディア、どうしたんだい?」

「ちょうどよかった。レオナルドも一口食べてみて」


自分の食べかけのクッキーを差し出すと、レオナルドは少し驚いた後、パクリとひとくち口に含んだ。


「おいしいね」

「それだけ?他に感想ないの?」


レオナルドが首を傾げると、目の前で少女が目を輝かせてる。


「間接キスだ!リディアお姉ちゃんとレオナルドお兄ちゃんもしかして恋人なの!?」

「は!?」

「おや、そうみえるかい?」


少女の思わぬ発言にリディアは目を丸くする。レオナルドはなぜかノリよく返事しており、少女がさらに目を輝かせていく。


「騒がしいわね、どうしたの?」


後ろからカトリーナがやってきてリディアはますます混乱していく。


「カトリーナ!違うから!これはれっきとした任務だから!クッキー1人一枚は勿体無いと思って」

「何の話よ?」


リディアの周りはその後どんどん騒がしくなり、その日の孤児院への訪問は子供たちにとって楽しい思い出になった。


だが、リディアにとっては違う。

クッキーにわずかに滲む異質さ。

それが、真実を知らせる“予兆”であることを、リディアの直感はすでに告げていた。


ーーーーーー


当初、実習生たちは議会が用意してくれた宿泊施設に泊まる予定だったが、セレナから「ぜひ自分の家に泊まって欲しい」とのリクエストもあり、実習メンバーは二手に分かれて宿泊することになった。引率の教師と何人かの生徒は議会の用意した場所に、ルーク、レオナルド、カトリーナ、リディアはセレナの家に宿泊している。

驚くべきことにセレナは個人所有のタウンハウスを持っており、リディアたちはそこで快適に過ごしていた。


タウンハウスのリビングルームに、全員が集まる。ルークとセレナは引率教師や議会のメンバーと一緒に、この日は中毒症状を起こした患者の訪問をしていた。

2人は疲れ切った顔で報告をしていく。


「ひどいもんだ。中毒症状から体を掻きむしり、落ち着いたと思ったら目が虚になる」

「しかも、厄介なことにみなさん、欲するものが違いました。あるものはスープが飲みたい、あるものはパンを、またあるものはハーブ水を、というのですが、それらを与えてみても中毒症状はもちろん治りません......当然ですよね、食べ物ですもの」

「だけど今回の調査で分かったことが一つある」


ルークは言葉を区切ると、レオナルドをチラリとみた後重々しく口を開く。


「今回の件、闇魔法による精神操作が使われている可能性が高い。彼らは回復魔法では治らず、光魔法での治療に異常な抵抗感を見せた」


その言葉に、レオナルドは息を飲み、カトリーナは目を見開く。事態が理解できないのは、リディアとセレナである。


「え、光魔法を嫌がるから闇魔法ってこと?とりあえず治るならよかったじゃない」

「闇魔法による精神操作は、できる魔法使いがほぼこの世に存在しないと思っていい。それくらい難しい魔法なんだ。もし裏でそれをやってる魔法使いがいるとしたら......相当な手練れだ。俺たちじゃ太刀打ちできない」

「それって、ルークでも勝てないってこと?」


ルークが神妙に頷く。


「マナギア国では、闇魔法による精神操作は禁止されている。もし使った場合は、基本処刑。特例で、魔力が封じられることもあるけどね」


レオナルドが補足すると、リディアは驚く。


「はじめて知った」

「そもそも闇魔法を使える人間なんて、マナギア国では我がテネブレ家だけ、みたいなものだからね。なぜかみんな、魔法陣を知ってもうまく発現できないようだし。だから、この事実を知ってる人も少ないんだよ」


レオナルドは淡々と説明するが、その横でルークは心を痛めていた。

ルークは、レオナルドの過去を知っている。

レオナルドがかつて、母親に無意識に魔法を使ったことをーー。

そして、レオナルドの言う通り、普通であれば処刑されるが、テネブレ家の人間は生かされる。

それは、いざとなった時にマナギア国の切り札として"闇魔法"を持っておきたい、という国の事情に他ならない。

レオナルドは、マナギア国の切り札であり、道具なのだ。


「へー!そんなに難しいならわたしも使ってみたいけど処刑は嫌だな」

「リディアは、闇魔法向きなタイプに見えないしきっと難しいよ」


レオナルドは気にせず話しているが、その振る舞いがルークにとっては少し違和感だった。


「ところで、リディアさんたちは孤児院訪問どうでしたか?」


セレナの話題転換に、リディアが孤児院での様子を話し、少女からもらったクッキーを机に並べる。


「これが、違和感があるというクッキーですか?」

「私とレオナルドは食べても何も感じなかったけど、リディアは魔力を感じると言うのよ」


カトリーナが半信半疑で言うと、セレナとルークもそのクッキーを一口含んだ。


「確かに、魔力を感じます」

「本当だ。微量だけど......むしろ、よくこれリディア気づけたな」


2人が魔力を認めるとリディアは誇らしげに頷き、レオナルドとカトリーナは驚いた。


「本当ですか?」


ルークは肩をすくめて「レオナルドとカトリーナ嬢が気づかないのは仕方ない」とフォローする。カトリーナがムッとすると言葉を重ねていく。


「2人は魔力量が多いからな。自分たちの体内に大量の魔力が普段からみなぎってるから、ちょっとした魔力が体内に入っても気づかないんだろう。俺とセレナは魔力あんま多くないからな......まぁリディアは魔力多めだから、ちょっと気づくの意外だけど」


その言葉にカトリーナは戸惑う。

カトリーナも、ルークの名前だけは昔から知っていた。

天才アレンの残り滓ーー

そう揶揄されているのは知りつつ、本人との面識がないまま大きくなり、学園で会った時はすでに優等生だったルークを見て、噂はあてにならないと思っていたが......


「ルークって魔力少ないんだ!?それで模範生にも選ばれるってすごいね」

「そうそう、俺努力の人だから!もっと敬ってくれていいぞ。ってか、だから今更だけどルーク先輩って呼べよ」


ルークは気にせずリディアと楽しげに会話しているが、きっと苦労あっての今なのだろう。


「ということは......」


仕切り直すようにレオナルドが全員に声をかける。


「場合によっては、そのクッキーの材料に闇魔法が使われている可能性がある。そして......それが中毒症状につながってる可能性もある、ということだね」

「これをくれた女の子が言ってたの。材料のスパイス、高級品なんだけど安く作れるようになったから自分でも買えたって」


その言葉を聞くと、セレナは驚き、小声で「うそ.......」と呟く。


「セレナ?」


リディアが声をかけてる間にも、セレナの瞳には涙の膜が出来上がっていく。セレナはわなわなと口元を震わせた後、重々しく口を開く。


「このクッキーには多分『ハーツ』というハーブから作ったスパイスが使われています。他のハーブと異なり、多大な水分と養分が必要で、涼しい気候でしか育たず......確かに高級品です」


セレナは一度言葉を切り、続ける。


「......そして、この『ハーツ』の流通に関しては、我がソラキ商会がほぼシェア100%を占めています」


その言葉に全員がセレナを凝視した。

もし今の話が本当なら......


「......もしかしたら、我が商会もこの件に関わってるのかもしれません」


みんなが思い、口に出来なかったことをセレナが口にする。


リディアはセレナの言葉を聞いて、爪が食い込むほどの力で拳を握った。

――もしかしたら、セレナの家が、闇魔法に関与しているかもしれない。

心の奥底が、ひやりと凍るような感覚に包まれる。

これ以上、誰かが傷つく前に――真実を突き止めなくてはならない。

リディアは、決意を新たにした。

展開の都合で書かなかったこと

レオナルドとリディアの間接キスにカトリーナはそこそこ嫉妬しました。レオナルドがきちんとフォローしてひと段落。

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