イヤリングと任務の内容
馬車が停まると、御者が合図を送り、扉が開けられた。
熱気を帯びた風が、むわりとリディアたちを包む。
最初に感じたのは、湿った空気に混じる、スパイスと果実の濃厚な香りだった。
肌をなでる風も、どこかざらついている。目の前に広がるのは、土色の広場と、色とりどりの布を張った屋台の群れ。真っ白な日差しが、建物の赤いレンガに反射して、まぶしく目を刺した。
「……これが、ナイル国……」
思わずリディアは呟いた。別の馬車で先に到着していたカトリーナも、扇子をぱたぱたとあおぎながらため息をついている。
「暑いわね……でも、思ったより活気がある」
子どもたちが広場を駆け、露店の店主が大声で客引きをする。色鮮やかな果実、香辛料、薬草、そして見たこともない機械。
魔法の気配はなく、かわりに科学技術が隅々まで根づいているのがわかる。小型の蒸気機関で動く車輪つきの屋台や、空を漂う広告気球も目に留まった。
「ナイル国にはあまり季節という概念がなくって、暑い日が多いんです」
横で、セレナが微笑む。
「表向きは、特に問題のない平和な街並みに見えるけど、みんな、油断は禁物だよ」
レオナルドが低く言った。
リディアも頷く。表面上は賑やかで、日常そのものに見えるが、どこか言葉にできない違和感がある。
人々の笑顔は自然だ。だが、その背後に、微かに怯えたような、張りつめた空気が漂っている――そんな気がした。
(……ここで、精一杯のことをする。セレナを、この国の人たちを助けるんだ)
リディアが実習用の荷物をギュッと握るのを、ルークは見ていた。
「リディア、今更だけどお前、ナイル語ってどの程度できるの?」
「......え!?」
「この実習に選ばれたからには、一般教養含めて成績上位ってことなんだろうけど、筆記試験と実際じゃ違うだろ?しゃべれんの?」
それは、リディアがずっと気にしていたことだった。実習に先立ち、長期休暇中も言語の勉強はしていたが、同じ発音でもイントネーションが違うだけで意味が変わるという、リディアからすると意味不明な言語形態をナイル国はもつ。文字の読み書きは(リディアからすれば)相当できるようになったが、会話、特に話す方は自信皆無だった。
「えーっと、ちょーっと怪しいかな」
「やっぱり……」
リディアとルークの会話を聞いていた周りのメンバーも、神妙に頷く。誰も、リディアにナイル語の習得は期待していなかった……。
「これ」
ルークが、儚げな金色のイヤリングを差し出す。その形はまるで、ひとしずくの雫が落ちる直前のように、先がわずかに尖り、滑らかに曲線を描いていた。あまりの美しさに、リディアはそっと指先で掴んだ。
「何?これ。すごく綺麗ね」
「それつけて、最低限の魔力流せば、ナイル語をマナギア語に耳元で変換してくれる」
「へ!?」
「しかも、魔力流しながら話せば、お前の言っていることもナイル語に変換してくれるから、まぁ実習中はずっとつけてろ。そのイヤリング、つけたら落ちないようになってるから」
「え!?そんなものがこの世にあるの!?」
ルークの差し出したものの希少性を理解し、リディアは仰天する。流石に、上流貴族であるカトリーナとレオナルド、他の生徒や引率の教師も驚き、レオナルドは思わず口を挟む。
「もしかして、アレン殿が作ったのですか?」
「そうそう。あの人、魔道具作りが趣味みたいなもんだから」
「それにしても、これだけ小さなイヤリングに、そんな機能を組み込むなんて」
「まぁあの人、魔道具作りに関しては天才中の天才だし」
ルークがしれっというと、レオナルドの顔が一瞬忌々しげに歪んだ。
「そんな貴重なものを平民に分け与えるなんて、ルーク先輩ってば寛容ですわね...!」
同行していた一人の貴族女子が尊敬の眼差しで見つめると、ルークはその子をギロリと睨みつける。
「魔法は本来人々に平等に与えられるべきだ。困ってる人にこそ、魔道具は役立つ。魔法が貴族のものと考えてるなら今すぐその考えを捨てるか帰れ。今から俺たちは、ナイル国の、魔法が使えない人々を助けるんだぞ」
普段穏やかなルークからの厳しい指摘に、言った側はたじろいだ。セレナは、ナイル国の問題に真剣に向き合ってくれるルークに胸打たれていたが、リディアはそんなやり取りに気づかず、もらったイヤリングを凝視した後、能天気にカトリーナと会話をしている。
「アレンって誰?この魔道具、絶対すごいよね」
「あなた、何も知らないのね。アレン様はルーク様のお兄様で、最近開発されている魔道具の大半はあの方が製作されたものよ。陽光祭でも、ルーク様と壇上に上がっていたでしょう」
その言葉にリディアは興奮する。あの魔法を繰り広げた人がこのイヤリングをーー
会話を続けようとすると「来ましたよ」とセレナから声をかけられる。前方から、ナイル国からのガタイの良い、よく日焼けした黒髪の青年が歩いてきたーー迎えの使者である。「あれは……」セレナは少し目を見開いた後、リディアたちを見遣る。
「あの人は、議会に属するロニといい、若くして、議会の重鎮にも重宝される優秀な男です。わざわざ他国の実習生を迎えにくるような立場ではありません。やはり今回の実習、荷が重そうですよ」
実習メンバーはその言葉に顔を見合わせ、そっと頷き合う。
「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。私は上流議員であるロニと申します。どうぞこちらへ」
セレナの知らせ通りのことを告げたその男は、肩書きこそ立派だが、服装は街にいる市民と同じような服を着ており、リディアは好感を持った。だが、リディアの意識は、ルークからもらったばかりのイヤリングに向く。
(本当に言語変換されている……これ作ったアレンって人、とんでもないわね)
ロニに案内され、一行は広場を抜け、街の中心部へと向かった。建物はどれも四角く無骨で、機能美を重視したような造りだが、その随所に宗教的な装飾や、異国風の植物が飾られており、どこか独特の雰囲気を醸し出していた。
通されたのは、議会庁舎の応接室だった。
そこには、ロニと似たような服装の男が2名と、白衣のローブを纏った“聖職者“らしき中年の男が1名いた。
冷却装置が入っているのか、部屋の空気は外の暑さとは違い、ひんやりと涼しい。果物のジュースが用意され、リディアたちが束の間の休息をとっている間、彼らが自己紹介をする。ロニと似た服装の男たちは議会のもの、白衣の男は、まさに教会に勤めているらしく「アキト」と名乗った。生白い肌に銀色の髪で、リディアは絡みつくような視線を投げられ、不愉快な気持ちになる。
少し場が落ち着いたタイミングで、ロニが慎重な口調で告げる。
「改めまして、ようこそナイル国へ。ご存知の通り、今我が国は緊迫した状態です。流通経路は不明ですが、市民の中に、急に昏睡して、一時的な多幸感に包まれ、その後中毒症状のようなものを起こすものが出てきています。我々は薬を使ったものである可能性が高い、と考え『夢の滴』と呼んでいます。こちらについて、ぜひマナギア国の皆様には、魔法使いの観点から、調査のご協力をいただきたいのですが」
そこでロニが言葉を区切ると、アキトが口を挟む。
「ロニ。それはお前ら議会の考察だろう。だが、何度言わせるつもりだ。今回の事件はそもそも若者をはじめ、国民が女神様の信仰を怠ったことによる神罰だ。それを解消しない限り、この事件は解決しない。なのに、マナギア国から一体、何を調査してもらうというのだ」
「アキト殿、おやめください。今回の依頼は、議会での決議の上決まったことです。教会はこの件にそもそも関与していないはず、文句を言われる謂れはない」
ロニとアキトの間に亀裂が走る。
「……あのー、私はナイル国の人間です。議会と教会が一枚岩でないのは存じていますが、この国の一大事に揉め事では、一国民として心配になります……それに、国の非常時に政治的な争いをしている者たちに、ソラキ商会としても、ちょっと支援はしにくいのですが……」
セレナのその言葉に、ロニとアキトは顔を見合わせ、慌ててにこやかな笑顔を振りまく。
「それで、具体的に我々は何をすればいいんですか?」
ルークが尋ねると、ロニは気まずそうに目を逸らす。
「今回の件は、国の内情にも関わるものです。そちらの先生、そして、魔法局内定のルーク様、ソラキ商会のお嬢様であるセレナ様の3名には、個別でお話しをさせていただき、詳しい調査をお願いしたい。他の皆様には、別の任務をご依頼したく、教会からの使者、アキトより別途任務の説明をさせていただきます」
その言葉にリディアは思わず立ち上がった。
「え……ちょっと待ってください」
「はい?」
「私たちだって、ナイル国のために協力しに来たんです。それなのに、どうして“重要な話”から除外されなきゃいけないんですか?それって――私たちが信用できないってことですか?」
空気が再度、凍りついた。
「リディア……」とレオナルドが低く呼びかけるが、リディアは引き下がらない。
「私は……セレナがこの国を想って涙を流しているのを見ました。この国を、絶対に救いたいと思っています。なのに、そのように大事な話から外されては、何もできない……それでは、ここに来た意味がないです」
リディアは真っ直ぐにロニを見つめたが、ロニはすぐに目を逸らす。
「これは、議会で決議されたことです。ご納得いただくより他ありません」
「……っでも!」
リディアが叫ぶのを、ルークが止める。
「おっしゃる通り、国の一大事に関わることを大勢に知らせるのは得策ではない。さすがナイル国、非常時のリスク対策も万全ですね」
「ちょっとルーク!」
リディアが叫ぶ中、ルークは続ける。
「お話いただいた通り、我々3名でお話しは伺った上で、調査にあたらせていただきます。ただし……我々実習のメンバーはそれぞれ得意魔法も違う。調査に必要な魔法を他のメンバーが得意とする場合、適宜、フォローしてもらう必要があります。その際は、こちらの判断で最低限の情報共有はさせていただく。それが無理なら、本件はご協力できない。よろしいですか?」
その言葉にリディアは目を見開き、レオナルドはその言葉に説得力を持たせるように、魔法の複雑性、ある事象が発生した場合、複数の魔法を使えた方がいかに合理的かを解く。
「わかりました。そういうことでしたら、そちらの判断に委ねます。ただし、誰にどの情報を伝達したかは、しっかり記録に取っていただきたい」
「もちろん、そのようにいたします」
ルークが外向きの笑顔で頷くと、ロニも神妙に頷く。
ルークは「リディア、座るんだ」と指示し、リディアが着席したタイミングで、カトリーナが「私たちは一旦黙っていうことを聞くわよ」と耳打ちする。
リディアは、自分の理解が追いつかないスピードで、物事が決まっていくことに戸惑っていた。
議会と教会の諍い、セレナの、実家の名前を使った牽制、自分には情報が共有されない事実ーー。
その中でもルークが、リディアを思い遣った発言をしてくれたことは、よく理解できた。
ーーーーーー
ルークたちはロニと場所を移し、リディア、カトリーナ、レオナルド、他数名の生徒は部屋に残された。
部屋には議会の人間2名とアキトが残っており、アキトから任務の内容を伝えられる。
「今回、皆様にお願いしたいのは孤児院への訪問と、孤児に魔法を見せることです」
それは、あまりにも予想外の内容だった。
「それは、つまりどういうことでしょうか?」
レオナルドが尋ねると、アキトは続ける。
「先ほど説明があった通り、国民の中でおかしな症状が出るものは、信仰心に欠ける若者が多い。これは、女神様への信仰を怠ったことによる神罰だ。そこで、皆様には“女神様から加護を受けたもの“として魔法の見せ物をしていただき、孤児たちへ女神の偉大さを見せつけ、信仰心を持ってもらうよう促していただきたい」
リディアは頭がかっとなった。
「それってーー!」
リディアが再度立ち上がって叫ぶのを、今度はレオナルドが諌める。
「念のため確認ですが、それは、議会と教会の方々、双方話し合いの上決まった任務ということでしょうか?」
レオナルドが部屋に残る議会のメンバーを見ると、2人の男が頷く。
「わかりました、ぜひ受けさせていただきます」
「ちょっとレオナルド!」
「リディア、いいから言うことを聞くんだ」
レオナルドがリディアを嗜め、カトリーナもリディアの袖を引き、座るように目線で促す。
リディアには、なぜレオナルドとカトリーナが落ち着いていられるのか、理解できなかった。
魔法は、女神の加護によるものではない。
なのに、嘘をつき、子どもたちを騙し、魔法を見せ物にしろ、と、あの男はそう言ったのだーー
魔法を愛するリディアにとって、冒涜である。
「リディア、孤児院ということは、何らかの事情で親を失った子や、親に捨てられた子がいるということだ。そういう子たちは、きっとこの国の現状に特に不安を持っているだろう。であれば、そういう子たちに“ささやかな楽しみ“を提供することは、この国にとって十分価値があると僕は思う」
レオナルドの発言にカトリーナも続ける。
「問題を根本から解決するのももちろん重要だけど、国民を守ることも大切なことよ。特に孤児なら、貧しさゆえに“楽になる方法“として悪い薬を手にしたくなるかもしれない。そういうのを防ぐことも、大事な仕事だと思うわ」
レオナルドとカトリーナの発言に、アキトは満足そうに頷く。
2人に指摘され、リディアはハッとすると同時に、自分が恥ずかしくなった。
リディアは、問題を根本的に解決することにこだわり、今困っている人のことをきちんと考えられていなかった。
でも、レオナルドとカトリーナには、それがしっかり、見えている。
それは、自分の生活に精一杯な平民と、領民のことを常に考えて政治を行う貴族との、れっきとした差であったーー。
「それに」
レオナルドは続ける。
「人々に魅せる魔法、楽しませる魔法。それは、リディアが得意とするものじゃないか?僕たち貴族より、君はそういうのがうまい」
レオナルドがリディアに微笑みかける。
(そうだ、私は、人々を楽しませる魔法使いになりたいんだ)
リディアは深呼吸をすると、冷静な眼差しでアキトを見つめる。
「先ほどは取り乱して失礼しました。ぜひ、任務受けさせていただきます」
任務内容は気に入らない。それでも、自分にできることがあるのならーー
リディアはそっと、アキトに頭を下げた。
別作品:現代恋愛小説「リケジョだってパリピになりたい!〜恋と実験、どっちも本気〜(全3話)」完結しました!
リディアとちょっぴり似た主人公“澄子“と、チャラ男に見せた真面目男子“翔真“の学園ラブコメです。こちらもぜひご覧ください!
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