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陽光祭・昼 ー再会とすれ違いー

厳しい暑さが続く中、リディアは水魔法と風魔法で冷風を出しながらも、父手作りの氷菓を口に咥え、カーペットの上で横になってだらけていた。頻繁に手紙をやりとりしているセレナから、今朝方届いた手紙を開けると、思わず口から氷菓の棒がポロリと落ちる。


「……え、これだけ?」


驚いて届いた封筒を再度確認するが、やはり便箋が1枚入っているだけである。

文面は一見、普段通りのものだった。丁寧で、簡潔で、親しみのある口調。けれど、いつも必ず書かれている、寮で今育てている植物の話もなければ、いつもの香木を焚いたようないい香りも便箋から漂わない。


「元気にしています。そっちも暑いですか? 陽光祭、楽しみにしてます。たぶん、賑やかになりますよね。リディアさんのご実家が出される出店で、またお肉の串焼きも食べたいですし、他の出店も楽しみです。」


たったそれだけ。

行間にある空白が、セレナの沈黙を表しているようで違和感を覚える。

以前ルークに言われた言葉を思い出す。


――魔法が大好きなのはいいけどさ。大事な人間は気にかけろ、大切にしろ


セレナは長期休暇中も寮で過ごしている。寂しくないか心配してたが、この前話した時も、マナギア国での生活を満喫してる様子で、寮では先生たちに質問をたくさんしてメキメキ魔法が上達している!と喜んでいた。あまり心配してなかったが、何かあったのだろうか。


「気にしすぎ、かなぁ……」


リディアは小さく、呟き、首を振った。

友達が元気をなくしているかもしれない。だったら、ちゃんと知りたい。力になりたい。

前は、セレナが嫌がらせを受けていたのを気付けなかった。だから、次セレナに何かあったら、気付けるようになりたいのだ。

そう思いはしたが、リディアにはどうしたらいいのか分からなかった。今まで、こういう経験がほとんどなかった。誰かの心の奥をのぞくような関係性を築いたことも、自分の“気付き”をどう行動に移せばいいか悩むことも。


もどかしくてたまらなかった。そのとき、台所から威勢のいい声が飛ぶ。


「リディアー! あんた、店の手伝いするって言ってたでしょ! 陽光祭まで日がないんだから、早くしなさい!」

「……はーい!」


立ち上がると、窓の外にはこの時期特有の大型の伸びやかな雲がひろがっており、街では、祭りに向けて準備を始める町の人々の姿があった。


陽光祭。太陽の恵みに感謝する、年に一度の盛大な祝祭。

昼は主に庶民を中心とした出し物が行われ。今年は、リディアの定食屋も屋台を出す。リディアも準備の手伝いに忙しくなる予定だった。

そして、夜になると街の雰囲気は一転、貴族が魔法を使って煌びやかなパフォーマンスを実施する。


(カトリーナも、何かやるって言ってたっけ……派手好きだからなぁ、すごいものになりそう……)


自然と口元に笑みが浮かぶ。

セレナとカトリーナとは約束をしている。レオナルドやルークとも会えるかもしれない。

そして自分は、その中で――セレナとどう向き合うべきなのか。


まだ、セレナに何かあったとは限らない、でもしっかり見ていよう。決意を固め、リディアは油のはじける音が聞こえる厨房へと歩き出した。


ーーーーーー


陽光祭当日。

朝から晴れ渡った空の下、町には眩しいほどの黄金色の装飾が施され、陽光を受けてきらきらと輝いていた。道沿いに立ち並ぶ屋台からは、肉を焼く香ばしい匂いや果物を絞る音が流れ、通りすがる子どもたちの笑い声が風に乗って駆けていく。

リディアはその中心、実家の屋台の前で慌ただしく手を動かしていた。


「串焼き三つと黄金パンですね! はい、お待たせしました!」


次々と客が押し寄せ、汗だくで対応する中、不意に聞き覚えのある声が背後から届く。


「リディアさん……!」


振り返ると、そこには夏用の薄いケープを羽織ったセレナの姿があった。赤い髪を編み込みにし、普段よりも少しおしゃれをしているのが新鮮で、けれど少し痩せたように見えた。


「セレナ……! 久しぶり!」


駆け寄り、思わずその手を取ると、セレナもぎゅっと握り返してくる。


「元気だった? 手紙、読んだよ」

「はい、変わらず元気ですよ……お店、賑わってますね。私も串焼きと黄金スープいただけますか?もうお腹ペコペコで……」


セレナは、まるでリディアを避けるようにして、屋台に向かう。


(……やっぱり、何かいつものセレナっぽくない)


そう感じたとき、向こうからさらにもう一人、優雅な足取りで歩いてくる影があった。


「今まで、昼の部には参加したことないけれど、すごい活気ね。夜の雰囲気と全然違うじゃない」


金色の髪が陽光を反射して輝く。炎を思わせるような赤いワンピースを鮮やかに着るその姿は、まるで舞台の主役のように華やかだった。


「カトリーナ!」

「カトリーナさん!」


三人が顔を合わせるのは、先日のリディアの実家で以来だったが、不思議と気まずさはなかった。自然と、言葉と笑みが交わされる。やがて三人は屋台の裏に腰を下ろし、串焼きを手に談笑し始めた。


「それにしても……セレナ、今日はちょっと元気がないんじゃなくて?全然食べてないじゃない」

「えっ……そんなこと、ないですよ」


カトリーナの問いに、セレナは微笑みながら否定するが、カトリーナは目を細める。


「あら?休み前は、アレも食べたいこれも食べたい、って言っていたのに、まだ2件しか屋台も回れてないし、残してるじゃないの」

「……ごめんなさい、暑さで少しばてちゃったみたいで、実は食欲落ち気味なんです」


リディアはそのやりとりを見て、焦るような思いを抱えていた。自分だけじゃなく、カトリーナもセレナに異変を感じている。やはり何かおかしいんだ。そう思っても、じゃあどんな言葉をかければ彼女の心に届くのか、それが分からずに、ただ黙ってしまっていた。セレナが苦笑いを浮かべて誤魔化すように目を伏せた、そのとき。


「おい、リディア。お前の父親、人使い荒すぎないか。ちょっと串焼き買いに立ち寄ったが最後、魔法で酒冷やせ、だの氷出せ、だの大変だったんだけど」


くたびれた声がして3人が振り返ると、日差しの中から汗だくのルークが現れた。いつもの飄々とした雰囲気からいっぺん、疲れた様子である。「これ、駄賃だってもらったから、皆んなで食ってくれ」と言って、海鮮と野菜を炒めた麺や爽やかなハーブで煮込まれた骨つき肉を差し出した。


「え、お父さん、そんなこと言ってたの?私に言えばいいのに、なんかごめん……」

「まさかルーミンハルト家の方を捕まえてそんなことさせている人がいるなんて、あなたのお父様、すごいわね」

「いや、カトリーナ嬢、そこ感心する場面じゃないから。俺だって夜、パフォーマンスあるのに、結構魔力取られたからな」


リディアがカトリーナとルークと話していると「っふふ!」と笑い声がする。そちらを向けると、セレナが肩の力を抜いたように笑っていた。


「いやー、ほんと疲れたわ。俺、もう一回戻って魔力回復してくる。じゃあなー」


ルークが手を振って去るのを見て「でもルークさん、あんなこと言って、パフォーマンス完璧に仕上げそうですよね」とセレナが楽しそうにしている。

いつもの調子を少し取り戻したセレナを見て、リディアの胸に勇気が湧いてくる。今なら、セレナに聞けそうーー


「セレナ、あのさ」


口にしていたジュースをおいてリディアは身を乗り出した。


「手紙読んで、ちょっと気になってたんだ。何かあった?元気ないし、それにちょっと……やつれて見えるよ」


カトリーナも気になっていたのだろう。深刻にならないように気をつけてはいるが、その瞳はセレナを射抜いている。だが、セレナは表情を一瞬こわばらせた後、満面の笑みを浮かべる。


「何かって何ですか?特に何もありませんよ!……楽しみにしていた陽光祭も想像以上で、とっても楽しいです!」

「嘘よ、だってセレナ、なんかいつもとーー」

「本当に、大丈夫ですから」


少し強めの語気で遮られ、リディアは言葉を飲み込んだ。周囲の喧騒が、かえって痛いほど耳に響く。


「リディア、セレナもそう言ってることだし、気のせいよ。それより、ルーク様にいただいたもの食べて、他の屋台も見ましょう。太陽をイメージにしたアクセサリーも売っているのよ、セレナ、見てみない?」

「いいですね!行きましょう!」


カトリーナが間を取り持ってくれ、その後も3人で祭りを回ったが、少し気まずい時間が流れ、気づけば日が落ちてきた。


「さて、と。私は貴族の務めもあるし、夜の部に向かうわ……あなたたち、私のパフォーマンスしっかり見てなさいよ。特にセレナ、あなたはね」


赤いワンピースの裾を翻し、背筋を伸ばして去っていくカトリーナの後ろ姿には、明らかな決意が宿っていた。

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